第41話 色の三原色って、つくれちゃう?
乃亜がエアブラシの洗浄を終えてダイニングにやって来ると、テーブルにはすでに昼食が準備されていた。メニューは食パンにツナマヨとキャベツ、とろけるチーズを挟んでフライパンで焼いたホットサンドとコンソメスープだ。
「お疲れ様でした。綾音さん、熱いうちにどうぞ」
ちょうどキッチンから戻って来た葵も合流し、テーブルの席に着くと二人でお昼を食べ始める。
「うまっ! 表面カリカリだし、溶けたチーズがツナマヨとめちゃ合う~!」
塗装作業で疲れていた乃亜だったが、料理に舌鼓を打つと自然に笑みがこぼれる。
時短メニューとはいえ、料理を「美味しい」と言って食べてくれる乃亜の姿を見ていると、葵もつられてうれしくなる。
「なんか最近さ、赤ちゃんが作ってくれるお昼が楽しみなんだよね~!」
「そう言って頂けると俺もうれしいです」
「でもさ、作ってもらうばかりも悪いし、交代制とかにしない?」
交代制と聞いて葵は乃亜の手料理が食べられる――と、一瞬だけ思ったものの、すぐにそんな浮ついた考えを振り払う。
(綾音さんの手料理も気になるけど、今はガレキ製作中だし……)
「お昼は今まで通り、俺が作りますよ! もしくは外へ食べに行きましょう。綾音さんの料理が食べたくないと言うわけではなく、お昼のこととか余計なことを考えず、今は作業だけに集中してもらいたいんです。それに食材費や手土産も頂いていますので、お気持ちだけで十分ですよ」
「そっか~。じゃあ、しばらく赤ちゃんの厚意に甘えちゃうね」
「お任せ下さい!」
葵の厚意と強い熱意に押される形で乃亜はひとまず納得する。
昼休憩を挟んだ後、午後からは肌以外のパーツの塗装作業に入る。
「――塗料の調色についてですが、シアン・マゼンタ・イエローという純色のものがあります。綾音さんは〝色の三原色〟というのを聞いたことがありますか?」
「なーんか、聞いたことがあるような、ないような……」
乃亜はあまりピンときていない様子だ。
「色の三原色はシアン・マゼンタ・イエローの三色で、他の色を作るための基本となる色のことです。シアンは青緑、マゼンタは赤紫、イエローは黄色ですね。この各色を足すことで様々な色を作ったり、色味を加えることができます。もちろん調色できない色もありますが、この辺りは実際に調色しながらの方が分かりやすいですね。では胸部の部分、セーラー服を塗装していきましょう」
葵は収納棚からピュアホワイト、風群青の塗料ビンを取り出す。
「制服……セーラー服は白色、ホワイトですね。表面処理後に白サフを吹いていますが、今回はそのままベースとして下地に使います」
「サフに塗装しなくてもそのまま使えるんだ」
「サフは下地にもなりますよ。白サフがグレーっぽい場合は、ホワイトでベースを塗装した方が良いですね。制服のシワ部分にはシャドーを入れますが、こちらは風群青にホワイトとクリアーを混ぜてシャドー色を作ります。セーラーカラーの水色はホワイトをベースにしてシアンで青味を足した後、イエローを足すと水色が作れますが、みずいろを調色しても良いですね」
葵の説明を黙って聞いていた乃亜だったが、理解できずに頭がパニックになったのか、呆けたような顔で固まってしまった。
「す、すみません! 一気に説明してしまいました! ひとつずつやっていきましょう」
「なんか、呪文聞かされているみたいでエグかった」
保護メガネや防毒マスクにニトリル手袋など、準備を済ませた乃亜は葵に教わり、各塗料ビンから塗料を移して塗料皿に適量出し、調色スティックで混ぜて色を作る。
最後に薄め液を加えて完成した色をスペアボトルに移し、マスキングテープに[エリス 制服 シャドー]と記載してボトルに貼る。
調色が終わると、準備したエアブラシのカップに塗料を入れ、セーラー服に薄く細吹きでシャドーを入れていく。
「シャドーは影となる部分ですが、色を吹くとシワの凸部分など必要ないところにも色が乗ってしまいます。その場合は水で濡らしたメラミンスポンジを使い、余計に色が乗った部分を磨いて色を落とせば大丈夫です」
セーラー服のシャドーが終わると袖とセーラーカラー、スカートにある白いラインを出すために、0.7ミリの極細マスキングテープでマスキングする。
マスキング後、セーラーカラーの基準色となる水色を作った後、取り分けた分にクリアーを混ぜて中間色、ホワイトを加えてハイライト色にする。
「中間色でシャドー、ハイライト色は全体に吹きます。まずは全体にハイライトを吹いた後、シャドーを入れましょう」
「おけえ。じゃあ、塗るね」
乃亜は隣で見守る葵から適時アドバイスを受けつつ、制服の塗装を仕上げていく。
制服の塗装が終わると一旦休憩を挟み、休憩後に制服の白ラインの乱れを極細の面相筆で修正し、残りのパーツも塗っていく。
両脚は肌の部分をマスキングテープで保護して靴下の黒を塗り、ローファーのブラウンも調色して塗っていく。
塗装中は葵が常に付き添って説明やアドバイスで乃亜をサポートし、乃亜は脇目も振らずに集中して塗装に向き合った。
「――では、最後に下腹部のパン……下着の塗装ですね」
「ついにパンツ!」
フィギュアとはいえ、葵は乃亜の前だったので直前で言い方を変えたものの、乃亜は気にする様子もなくストレートに言ってしまう。
下腹部のパーツは腹部~腰、そして左右の両脚が繋がる部分であり、塗装しやすいように分割されている。
慣れない塗装で疲れていたはずの乃亜だったが、下腹部のパーツを前にしてなぜか生き生きし始める。
「美少女フィギュアってさ、なんかスカートの中を確認しちゃうんだよね~。赤ちゃんはしない? するよね!?」
乃亜の圧――ではなく、謎の熱意に押されて嘘をつけなかった葵は素直にうなずく。
「俺もフィギュア製作をしているので下腹部を避けて通れませんし、見えない部分にもある程度はこだわりたいですね」
「それな! そーいう職人的な部分でマジ良くない? てか、やましい気持ちとかじゃないし」
堂々と胸を張って主張する乃亜だったが、ふとある疑問を口にする。
「そーいえばさ、美少女フィギュアのパンツってほとんど白じゃない? あれなんで?」
「そうですね……ランジェリーフィギュアなどは、下着を着用したキャラクターというテーマやコンセプトがありますので、下着はかなり細かく造形して作り込んであります」
「ランジェリーのやつ、あれガチな造形だよね~」
「そのようなランジェリースタイルではないフィギュアの場合、基本的には服を着ていますし、スカートでも基本的には外から見えない部分になります。作中では凝った下着をつけていても、見えないものにコストを掛ける必要はありませんし、デザインもシンプルで白の無地にしておくのが、キャラクターの印象やイメージも壊すことがないためだと思われます」
「あーね! なんとなく分かったわ」
「確かに白の無地が多いですが、よく見るとシワや食い込みが細かく再現され――」
そこまで言った葵はハッとして口をつぐむ。
(お、俺は……綾音さんの前で何の話をしているんだ!?)
葵は乃亜の反応が気になったが、当人は何も気にする様子もなく、むしろ共感するように何度もうなずいていた。
「それ分かる! 見えないとこまでこだわってるのが超良いの! この見習い天使たんのガレキもさ、食い込みとかめっちゃ細かいしね~」
「それでは話を戻しまして……下着の色ですけど、何色にしますか? 自分で塗るので色は自由に決められますよ」
「エリスたんは見習いとはいえ天使だし、やっぱ白でしょ! アニメでも白だったしね」
乃亜は即断する。
「では白で塗りましょう。下着はスカートの中になりますので、ハイライトも少し暗めにします。制服のシャドーに使った白の中間色をハイライト、シャドーは調色してもう少し暗い色にしましょうか」
「おけえ! 服装はこれが最後だし、頑張るわ」
早速、乃亜は葵に教わりながら調色作業に取り掛かった。
色を塗り終わったパーツにクリアーを吹き終わった後、乃亜は椅子の背もたれに体を預け、両手をバンザイしたまま大きく後ろに仰け反った。
「ガチったわ……疲労エグすぎ……」
「お疲れ様でした。今日一日でだいぶ進みましたね!」
塗装の残りは髪パーツと天使の輪に翼、それから顔のアイペイントである。
「キリが良いところまで続けていたら、外が暗くなってしまいましたね」
「集中したせいか、時間経つのマジ早いわ~」
椅子から立ち上がった乃亜は両腕を高く上げ、強張った体をほぐすように身を左右に捩る。
「綾音さん。後片付けは俺がやっておきます。外は暗いので駅まで送りますね」
「ありがと! 赤ちゃんのおかげでめっちゃ完成に近付いたし」
「お役に立てているなら幸いです」
今日予定していた塗装作業が終了し、残りのパーツはまた明日ということになった。




