第39話 調色って、つくれちゃう?
中間テスト明けの週末。ガレージキット製作を再開するため、乃亜はいつものように葵の自宅マンションを訪れていた。
「おじゃましま~す!」
ベージュのスキニーフィットTシャツに、ブルーのデニムミニスカートというコーデの乃亜は玄関でロングブーツを脱ぎ終えると、出迎えた葵に手土産であるエクレアが入った紙袋を渡す。
「いつもすみません」
「全然良いから。あたしにはこれぐらいしかできないし」
葵は乃亜を作業部屋に案内し、ドライブースに入れて保管してある製作途中だったガレージキットである見習い天使と数週間ぶりに対面する。
「マジ会いたかった~! エリスたんに会うの、めっちゃ久しぶりじゃん!」
「いよいよ、最後の工程である塗装をやっていきます」
「ついに塗装かぁ……エアブラシも練習したけど、上手く塗れるかマジ不安なんだけど……」
「綾音さん。前にも話しましたが、ガレキは塗装を失敗してもやり直せるので大丈夫です。確かに塗装は経験やテクニックが必要ですが、実際に色を塗って数をこなさないと技術をものにできません」
「だよね! ガチで頑張るし!」
乃亜は気合いを入れ直すと、塗装ブースが置いてあるテーブルの前に座る。
「塗装ですが、最初に各パーツに塗るための色を調色しなければいけません」
「一から色を作るってこと?」
「そうです。見習い天使のパーツは全20パーツでしたよね? これらを大まかなパーツごとに分けます。前髪と後ろ髪の〝髪パーツ〟。顔・首から胸元・右腕・左腕・腹部・右脚・左脚の〝肌部分のパーツ〟。胸部(セーラー服)・左右の上腕・下腹部・スカート(前後分割を一体化)・靴(ローファーで右と左)の〝服装パーツ〟。天使の輪、そして翼(右・左)のパーツですね」
「てか、塗る色は何を参考にするの?」
葵はガレージキットが入っていたパッケージに封入されていたカラー印刷の画像を乃亜に見せる。
「これはディーラーさんが製作した見本の作例です。キットのパッケージや箱絵に完成品が載せてあったり、説明書に色の指定がある場合もありますが、基本的にガレキは個人製作なのでその辺りの記載はバラバラです」
見本の作例をじっと眺めていた乃亜はたまらず眉をひそめる。
「これ見て同じ色を作るの、無理ゲーじゃん!」
「確かにそうですね。一応、完成品の見本ではありますが、ガレージキットの塗装に正解はありません」
「……どゆこと?」
「ガレージキットの塗装は、製作者の感性やセンスによって様々です。例えば、アニメ絵を参考に塗装する――逆に原作漫画のカラーイラスト風に塗装する――など、決まりや縛りはありませんし、作品に登場しないオリジナルのイメージで塗っても問題ありません」
「へぇ~、作る人のイメージで良いんだ」
「そこが塗装済みの完成品フィギュアとは、違うところでもありますね。同じキットは複数販売されるものの、塗装で同じ色を使っても製作者によって微妙に個体差が生まれます。それはある意味、他に同じものない自分だけの完成品を生み出せることになります」
「それ、なんか特別感あって超良いじゃん!」
それらを踏まえたうえで、葵は見本の作例を確認する。
「恐らく、この作例はアニメ絵を参考にしてありますね。キャラデザも原作漫画ではなくアニメみたいです。塗装はこの作例を参考にしますか?」
「そうする。塗装は初めてだし、見本あった方が分かりやすいし」
「分かりました。アニメ絵なら公式サイトに載っているキャラクター絵も塗装の参考にできますよ」
「マ!?」
葵は作業机の上に置いていたタブレット端末を手に取ると、『見習い天使が俺の恋愛フラグをバキバキ折っていく件』のアニメ公式サイトにアクセスし、キャラクター紹介のページに載っている見習い天使の画像を乃亜に見せる。
「制服バージョンも載ってる?」
乃亜はタブレット端末の画面をよく見ようと、無意識に葵へ身を寄せる。
(きょ、距離が近い!)
乃亜の体に触れないよう注意しながら、葵は説明を続ける。
「このキャラ画像を調色の参考にしますね。キャラクターの設定画だけでなく、他にも作中の特定のシーンや印象的なイメージなどから、塗装を考えるのも面白いですよ」
今回は初めてのガレージキット製作ということもあり、作例とアニメ公式サイトのキャラクター画像を参考にして塗装することになった。
「見習い天使の各カラーですが、髪は金髪、セーラー服は白色、セーラーカラーとスカートは淡い水色、リボンはピンクですね。靴のローファーはブラウン系、天使の輪は黄色系、翼は白色となっています。まずは塗装の準備をしましょう」
葵はテーブルの上に数十本の塗装クリップと乾燥台を準備する。
「各パーツには、塗装クリップをつけておきます」
「それないと手が汚れるしね」
「塗装クリップは真鍮線が入るメス側パーツの穴に差し込んだり、オス側のダボをクリップで挟んだりして固定します。小さなパーツなどはソフト粘着剤である〝ひっつき虫〟を使ったりしますね」
「で、塗装したやつは乾燥台に立てて乾かすと」
「その通りです」
乃亜は各パーツに塗装クリップを付け終わると、塗装するパーツごとに分ける。
「まず、どのパーツから塗る感じ?」
「最初は肌から塗装していきましょうか」
「肌って……めっちゃ重要なとこじゃん!」
「そうですね。でも肌が塗れるようになったら、他のパーツの塗装もコツが掴めると思いますよ」
「マジか。じゃあ頑張るし」
「調色の前に、両脚パーツの靴下部分をマスキングしておきましょうか」
葵はテーブルの上にある道具箱から、各種サイズのマスキングテープを取り出す。
「マスキングテープは、塗装をする部分以外に塗料がつかないようにする保護用の粘着テープです」
「これ知ってる! 文具コーナーとかにもあるよね? 色んなカラーやデザインがあって、ラッピングとか装飾に使うやつ」
「今は様々なマスキングテープがあるみたいですね。塗装に使うマスキングテープは、一般的な1.5センチ幅のものから0.1ミリのものまで、各幅のサイズを揃えています。テープとは別にマスキングゾルという液状のマスキング材もあります」
「わっ、細っ! 0.1ミリとかエグすぎ……」
乃亜は葵に教わりながら、両脚の靴下部分にマスキングテープを貼って色が乗らないように保護した。
マスキングが終わると、葵は机のサイドに収納している塗料置き場から二つの塗料ビンを出して乃亜の前に置く。
「肌の塗装に使うのはこの二色、サフレスフレッシュピンクとサフレスフレッシュオレンジです」
葵は他にも塗料皿と調色スティックなども合わせて準備する。
「肌の色はキャラによって変わりますが、今回はフレッシュピンクを1.5、フレッシュオレンジを1の割合で混ぜます。これが基準色ですね。この基準色をベースにして、中間色やシャドー色、ハイライト色を作れます」
乃亜の服に塗料が付かないように葵は未使用のエプロンを渡し、乃亜は葵に手伝ってもらいながらエアブラシの準備を済ませた。
手にはニトリル手袋を着用し、保護メガネに防毒マスクも付けた乃亜は緊張した面持ちで塗装ブースの前に座る。
「いよいよって感じで、超ビビる!」
初めての塗装に緊張する乃亜に対し、葵は深呼吸して落ち着くよう伝えた。
「今回、肌はサフレス塗装です。エアブラシを使ったグラデーション塗装で肌を塗っていきますね。綾音さんはメイクが得意ということですが、実はフィギュア用のウェザリングマスターという商品もありまして、化粧品のようにブラシでオイルパステルを塗ってグラデーションを付けられる商品もあります」
葵がタブレット端末でウェザリングマスターの商品画像を見せる。
「これメイクパレットじゃん! へぇ~、こんなのもあるんだ」
「エアブラシによるグラデーション塗装が難しいなら、肌の塗装にウェザリングマスターを使うという手もあります」
「あーね。でもせっかく練習したし、エアブラシで挑戦するわ。ヤバかったらウェザリングマスターを使うってことで良い?」
「分かりました。まずはやってみないと分からないですし、エアブラシに慣れるためにもまずは実践しましょう」
こうして、乃亜は初めてのエアブラシ塗装に挑戦することになる。




