第31話 プラサフって、つくれちゃう?
確認が終わったパーツをトレイに戻し、葵は次の作業を指示する。
「お疲れ様でした。サフ吹き、サフ磨きが終わると仕上げサフですが、仕上げサフの前に削りカスを落とすため、パーツを洗浄しましょう。乾燥も必要なので仕上げのサフ吹きは次回ですね」
「洗浄って、手洗い?」
「超音波洗浄機を使います」
葵は棚の下から炊飯器を小さくしたような形の超音波洗浄機を持ってくると、作業机に置いて水も準備する。
「これが超音波洗浄機……赤ちゃん、何でも持ってるよね~」
「あると便利ですよ」
「一応さ、ブラシで掃いたけど不十分?」
「超音波洗浄機ならスジ彫りした溝の部分など、細かいところの削りカスもきれいに落ちます。手作業での洗浄は大変なので重宝していますね」
「あーね。手作業はしんどいかも」
乃亜は離型剤落としのことをふと思い出してうなずく。
「専用のカゴがありますので、パーツを全て入れて下さい」
乃亜がパーツをカゴに入れて渡すと、受け取った葵は超音波洗浄機の中に張った水にカゴを沈めてスイッチを入れた。洗浄が始まると、超音波によって微細な泡が発生する。
「洗浄後の乾燥は自然乾燥でも良いですが、明日も作業される予定なので食器乾燥機に入れて乾燥させますね」
本日の作業と片付けが終了し、帰り支度を済ました乃亜を葵は玄関で見送る。
「――赤ちゃん、明日もよろ!」
「表面処理は明日で終わりそうですし、その次は塗装作業になります」
「ついに塗装か~。なんかムズそうだけど、完成が見えてきた感じ?」
「そうですね」
「おけえ! 頑張るわ」
乃亜が帰った後、作業部屋に戻った葵は洗浄が終わったパーツをドライブースに移し、明日行う作業の準備を始めた。
翌日の日曜日。朝早くから葵の自宅マンションを訪れた乃亜は、手土産のプリンを葵に渡すと、作業部屋に行って本日の作業を始める。
「今日は仕上げサフですね。サフを吹かないと、塗装しても塗料が剥がれてしまうため、ガレキ製作では塗装前にサーフェイサーを吹かないといけません」
「りょ! 昨日やってコツは掴んだし」
「サーフェイサーですが、白・黒・グレーが一般的でクリアータイプのものや、カラーサフと呼ばれる色付きのものもあります。製品もスプレータイプのものと、瓶に入ってエアブラシで吹くタイプがあります」
葵は普段からガレージキット製作に使っているサーフェイサーを乃亜に見せる。
「今回はスプレータイプのプラサフ(プライマーサーフェイサー)を使いましょうか。明るい色や、薄く塗装するところにグレーを使うと影響がありますので、髪と制服、翼はホワイトの白サフ、ローファーはグレーで吹きます。肌はサフレス塗装なのでサフは吹きません」
「サフを吹かない? でもさ、サフを吹かないと塗装が剥げちゃうんじゃない?」
「そうですね。その代わり、肌の部分には透明のマルチプライマーを吹きます」
「ああ~、透明のやつならいけるか」
「サーフェイサーもプライマーも下地処理に使います。サーフェイサーはパーツ表面の傷を埋めて、均一化するものです。プライマーは無色透明で、傷埋めなどの効果はありませんが、下塗りすることで塗装とパーツの密着性を上げて食いつき――つまり、接着性を良くするものになります」
「ねえ、赤ちゃん。さっき塗装の前にはさ、サフを吹かないといけないとか言ってなかった? 必要なのはプライマーじゃない?」
乃亜の疑問を受けて、葵ははたと気付く。
「誤解させてしまい申し訳ありません! 最近はサーフェイサーにプライマー効果のあるものもが販売されており、説明で単に〝サフ〟と言った場合も、プライマーが入ったプライマーサーフェイサーのことを指している場合があるんです」
「あーね、だからか」
「いつもの癖で、俺もプラサフ(プライマーサーフェイサー)のことを単にサーフェイサーと呼んでしまいました」
「その辺さ、なんかややこしいよね~」
葵は頭の中で、サーフェイサーとプライマーは役割が違うものと分かっているため、特に違和感は覚えなかったが、何も知らない乃亜からしてみれば、解釈が違うと疑問に思ってしまったのだ。
誤解を解いたところで、葵は改めて説明する。
「肌以外はプラサフを使いますので、プライマー+サーフェイサーを処理することになります。肌はサフレス塗装をしますので、サーフェイサーが入っていないプライマーのみを吹くというわけです」
「おけえ! 完全に理解した」
流れを説明し終わり、いよいよ実際の作業に移る。
塗装グリップで固定したパーツと、各プラサフとプライマーのスプレー缶を持って乃亜は塗装ブースが置いてある机に移動する。
手にはニトリル手袋を着用し、保護メガネに防塵マスクも付けた乃亜は緊張した面持ちで仕上げサフを開始する。
「一度にやろうとすると、厚くなってしまいますので、昨日の捨てサフの時と同じように薄く吹き付け、十分~十五分ほど乾燥させた後、再び薄く吹いて重ね塗りして下さい」
葵のアドバイスを受けながら、プラサフとプライマーを吹き終わったパーツを乾燥台に全て立て終わった乃亜は小さく息を吐き、燃え尽きたように気が抜けて脱力する。
「なんとか、全部終わった……」
「あとはしっかり乾燥させましょう。完全乾燥は一時間~二時間ほどですね」
「じゃあ……午後から塗装?」
乃亜は椅子から体を起こすと、作業机の上にある置き時計を見る。
「塗装はまた別の日ですね。午後からは、塗装に使う道具の紹介や使い方を説明します。塗装は素早く進めないといけませんので、作業しながらの説明は難しいんです」
「あーね。塗料って、すぐ乾いちゃうし」
仕上げサフを吹いたパーツを、食器乾燥機で代用しているドライブースに入れた後、ちょうどお昼になる。
本日も葵が手作り料理を振る舞い、メニューは卵にチーズを入れたふわとろのチーズオムライスだ。
「――ごちそうさま! 今日も美味すぎた!」
「お粗末様です」
「……てかさ。お昼って赤ちゃんに作らせてばっかじゃん? 次はあたしが作ろーか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。綾音さんは作業に集中して疲れていますし、自炊は休日限定とはいえ、いつもやっていることなので苦ではありません」
「いや、でもさぁ……」
ガレキ製作のサポートに毎回の昼食と、葵の世話になってばかりの乃亜はその気遣いに感謝しつつも、このまま甘え続けるばかりで良いのかと疑問に思う。
「材料費も頂いていますし、気にしないで下さい」
何を言っても葵は折れそうになく、仕方なく乃亜が身を引いた。
「……じゃあさ、大変な時はすぐに言ってよね。あたしもできることは何でもやるし」
「分かりました」
乃亜の気遣いは葵もうれしかったが、今は作業に集中してもらうため、可能な限り負担を掛けたくない考えだった。




