第30話 下地処理って、つくれちゃう?
ゴールデンウィークが明けた翌週の週末。乃亜はいつものように葵の自宅マンションを訪れており、作業の途中だったガレージキットの表面処理を進めていた。
「――赤ちゃん。スジ彫り終わったけど、どんな感じ?」
葵は乃亜が作業を終わらせた各パーツを手に取り、スジ彫りの出来栄えを確認していく。
「良いですね! 初めてなのに、ここまでできるのはすごいです」
「えへへ。あたしの腕つーか、赤ちゃんの教え方が上手いからだし」
「綾音さんも作業をしていく中で上達していますよ」
「でもさー、やっぱスジ彫りやるのと、やらないのとでは全然違うよね~」
「全体の立体感やディテールが強調されて、クオリティーが向上しますね」
スジ彫り作業で午前中が終わり、葵が準備したツナマヨホットサンドとスープで昼食を取った後、休憩を挟んで午後から作業を再開する。
「次はパーツの気泡埋めですね。気泡埋めにはシアノンDWを使っていきます」
「シアノン……瞬間接着剤だっけ?」
「そうです。気泡の処理ですが、デザインナイフや彫刻刀を使い、空気が残らないように気泡の穴を広げた後、シアノンを充填して硬化促進剤をスプレーし、硬化させて紙ヤスリで削ります」
乃亜は葵にアドバイスを受けながら作業を進め、パーツの気泡埋めを終わらせる。
「この後はパーツ表面の傷消しのため、1000番までのヤスリを使って磨いていきましょう。そのままだと傷が分かりづらいため、パーツにサフを吹きます」
「さふ?」
初めて聞いた言葉に乃亜は首を傾げる。
「サフとは、サーフェイサーの略で塗装前の下地処理に使われる塗料のことです。サフを吹くことにより、パーツ表面の細かい傷を埋めてくれる他、乾燥後は肉眼では見えにくい傷などが分かりやすくなります」
「へぇ~、メイクでいうファンデーションみたいなやつかー」
「最近はプライマーサーフェイサー、通称〝プラサフ〟というサーフェイサーにプライマー効果を併せ持つ製品もありますね。レジンにそのまま塗装しても塗料が剥がれてしまうため、塗装の前には必ずプラサフやプライマーを吹いておきます」
「その、プライマーっていうのは知ってる」
「そうなんですか?」
「化粧下地ってさ、プライマーのことだし。あと化粧品とは別物だけど、ネイルアートでも使うよ」
「化粧やネイル……成分は違うかも知れませんが、プライマーはパーツに塗装の食いつきを良くして、接着効果を持たせるものです。化粧やネイルのプライマーも役割は同じみたいですね」
「てかさ、メイクとガレキ製作の流れってなんか似てない? メイクに置き換えるとめっちゃ覚えやすいし」
「綾音さんの解説を聞いていると、案外そうかも知れません」
「あと、ネイルとも共通点あること多いしね~」
自分の得意な分野と重なる部分もあり、より親近感や興味が湧いた乃亜は葵から教わった技術や知識をどんどん吸収していく。
「今回は捨てサフです。表面の傷消しや研磨のため、再度ヤスリがけを行い、納得がいくまで繰り返していきます」
「納得いくまでか……よし! やってみる!」
葵は作業の前に道具類を置いている棚から、塗装クリップと乾燥台を持ってくると乃亜に見せる。
「パーツにサフを吹く時、この塗装クリップを使います。塗装の時にも使いますね。パーツをクリップで空中に保持し、サフを吹いた後は乾燥台に立てて乾燥させます」
「あーね。そのまま置けないし」
「塗装クリップは、竹串や割り箸にクリップを固定したものや、パーツを立てる乾燥台も発泡スチロールや粘土の他、段ボール製のネコの爪研ぎなどでも代用できますよ」
「そっか。専用のものじゃなくてもいけるんだ」
「今回は捨てサフなので薄く吹きます。サフ吹きは塗装ブースでやりましょう」
「塗装ブース、大活躍じゃん!」
「塗装の前に説明するつもりでしたが、よく使うので詳しく説明しておきますね」
机の上には、縦横50センチメートルほどの箱型のものが置いてあり、背面には器具が取り付けられて銀色をした太いダクトも伸びている。
「塗装ブースは市販品もありますが、これは俺が自作しました」
「マ!? 赤ちゃんが作ったの!? めっちゃ器用じゃん」
ヤスリがけの粉塵対策で使っているが、乃亜は改めて塗装ブースの中を覗き込む。内部には正面に斜めになった板のような部分があり、塗料の跡も残っている。
「換気装置とか言ってたけど、どんな構造?」
「ボックス本体と内部にある整流板――正面から見える板ですね。それらはホームセンターにある端材を使い、背面部分にはフィルターとシロッコファンがあって、手前の塗装スペースの真上にLEDライトを付けています」
「シロッコファン?」
「プロペラではなく、縦長の細長い板状をした羽根が筒状になったファンのことです。シロッコファンから繋がった排気ダクトは外に出しますが、ここは賃貸でエアコンのダクト穴も小さかったため、窓にはめる形に加工したダクトが繋がるボードを窓に設置し、塗装ブースを使っています」
仕組みはふんわりとしか分からなかったが、乃亜は腕組みして感心したようにうなずく。
「こんなの作れるとか、マジヤバくない?」
「塗装ブースを使わないと部屋の中が汚れたり、窓を開けておいても塗料の匂いがこもってしまうので必須アイテムです」
「あーね。硬化促進剤をスプレーする時も窓開けるし、サーキュレーターも使っているのはそーいうことか」
「はい。換気はとても大事なことなので」
説明を終えたところで、葵は塗装ブースを稼働させると塗装ブースの中で、右脚のパーツにグレーのサフを吹いて手本を見せる。
「全体に薄く吹くことを意識して下さい。最終的な仕上げサフでも一回でやろうとせず、数回に分けてから吹くのがコツです」
葵にアドバイスを受けながら、乃亜は全てのパーツにサフを吹き終わり、一息つくと塗装クリップが挿してある乾燥台を眺める。
「乾燥時間って、どれくらい?」
「捨てサフは薄いので、三十分から一時間ほどで乾くと思います。乾いたらヤスリで磨いていきましょう。グレーサフなので、ヤスリがけしたところは削れていき、磨いたところは一目で分かります」
サフの乾燥後、曲面が多い美少女ガレージキットであるため、1000番までのスポンジヤスリを使う。
乃亜は保護メガネに防塵マスク、作業の時は常に付けているニトリル手袋という格好で塗装ブースの前に座り、ヤスリがけを進める。
「サフを吹くと細かいキズが埋まり、磨いた後にまたサフを吹くことで表面がきれいに整います」
「ヤスリがけって、ガチ根気いる作業だわ……」
一回のサフ磨きではきれいにならなかったため、乃亜は何度かサフを吹いて乾燥、サフ磨きを繰り返した。
「――赤ちゃん、どう?」
乃亜はサフ磨きを一通り終え、葵に仕上がりを確認してもらう。
「問題ないと思います。どのパーツも良い仕上がりですね」
「ヤバ~、キャパい! マジ疲れたん……」
一仕事終えた乃亜は椅子の背もたれに寄りかかり、やり切ったように脱力した。




