第3話 ギャルって、つくれちゃう?
乃亜が葵を連れて行った先は、普通教室棟の三階から更に階段を上がったところにある屋上前の踊り場だった。
屋上に繋がるドアは施錠されているため行き止まりであり、唯一の逃げ道は葵達が上がってきた階段しかない。
肩に掛けていたスクールバッグを足元に置き、階段を背にした乃亜はドアの前で縮こまっている葵を見据える。
流し前髪にした手に取りたくなるほど美しい、ハイトーンミルクティーベージュに染めたロングヘアを乃亜は指先で軽くかき上げると、左手首には袖からブレスレットが覗き、右耳に3連、左耳には2連のシルバー系ピアスが光る。
制服である黒いスクールセーターの下には、第二ボタンまで外した長袖の白いスクールシャツ。赤いネクタイが胸元で揺れると、その無防備さと挑発を同時に漂わせた。
紺色のチェック柄プリーツスカートはとても短く、裾から健康的な太ももが覗いているが、乃亜にはためらいや羞恥もなく、むしろ自分の存在を誇示するような堂々さがある。スラリとした長い脚にゆったりとしたシルエットを浮かべる白いルーズソックスも印象的だ。
追い詰めるような乃亜の瞳は葵のことを静かに射抜き、立ち塞がる乃亜によって退路を断たれた葵はどうすることもできなかった。
ここまで来たら抵抗しても無駄だと判断し、葵は制服のポケットを探ると財布を取り出して乃亜の前に差し出す。
「どうぞ、お納め下さい!」
葵の意味不明な行動を前にした乃亜は面食らってしまう。
「――はっ? 赤千谷くん、何してんの?」
「何ってお金です。今はこれしか持ち合わせがないので勘弁して下さい!」
「いやいやいや! マジでイミフなんですけど!?」
「今朝、綾音さんが言っていた昨日の件……俺がスマホで美少女フィギュアを見ていたことで、何か話があるんですよね?」
「そーだけど……。てかさ、何でそれが財布を出すことに繋がるわけ?」
あまりに葵が一方的過ぎて、乃亜はこの状況をまるで理解できていない。
「そ、その……フィギュア趣味をバラされたくなかったら、金を出せと脅されると思いまして……」
「はぁっ!? そんなことしないから! てーいうか、あたしそんなガラ悪く見える!?」
「な、何となく……」
「何となくって……はぁ~っ、マジイミフじゃん……」
乃亜は昨日の件で葵が何か誤解していることに気付き、呆れたようにため息をつく。
「てかさ。脅すつもりとかないから」
勝手に誤解されて乃亜は軽いショックを受ける。そんな乃亜を前にし、葵も状況が掴めなかったがひとまず財布をポケットに戻す。
「なんか誤解してるけど、あたしは赤千谷くんと話がしかっただけなの」
「……俺と、ですか?」
「昨日はさ、赤千谷くん逃げちゃって何も話せなかったしね。改めて訊くけど、赤千谷くんって美少女フィギュア好きなの?」
ストレートに尋ねられた葵は口籠ってしまうが、すでに昨日の件もあって今更誤魔化すのは無理があるため、正直に打ち明ける。
「……す、好きです。美少女フィギュアに限らず、フィギュア全般ですが……」
乃亜から冷めた視線を向けられ、罵られるだろうと怯える葵だったが、恐る恐る様子をうががうと、そこには予想外の光景が広がっていた。
「マ!? ほんと!? やっぱそうか~、くふふっ、へぇ~」
葵がフィギュア好きだと耳にした瞬間、乃亜はドン引きするどころか、目をぱっと輝かせた。切れ長の大きな瞳が欲望に満たされるようにキラキラと光り、まるで好物を前にした子供のように頬を緩ませている。
感極まっている乃亜の行動が理解できず、葵は首を傾げるばかりだ。
(綾音さんのこんなだらしない表情、初めて見たかも……)
葵の記憶にある乃亜の印象は、クールで格好良い佇まいの女の子だった。友達としゃべっている時には自然体でよく笑うが、その笑みの奥にある本心までは決して見せない——そんな印象だった。
だからこそ、己の全てをさらけ出したように、無邪気で子どもっぽい表情で微笑む乃亜の姿に葵は強いギャップを覚えてしまう。
「なーんだ、あたしと同類じゃん! 実はさぁ、あたしもフィギュア好きなんだよね~。特に美少女フィギュアが大・大・大・大好きなの!」
(あ、綾音さんが……俺と同じフィギュア好き!?)
突然のカミングアウトに葵は呆気に取られ、理解が追いつくまで時間が掛かる。
「で、でも……綾音さんって、学校でフィギュアの話題とか全然話していないですよね?」
休み時間ごとに乃亜は同じギャルの友人達と過ごしており、その楽しげな会話は席が近い葵の耳にも意識せずに届いてしまう。
しかし、会話の内容はメイクやコスメ、ファッションに最新トレンドなどオタク趣味とは関係ないものであり、乃亜が美少女フィギュア好きだとは想像もしていなかった。
「あーね。別に隠してるつもりはないし、むしろオタク趣味はオープンだけどね」
「そ、そう言えば……バッグにアニメキャラのキーホルダーや、ぬいぐるみとかをたくさん付けていましたね」
床の上にある乃亜のスクールバッグを葵はチラッと無意識に見てしまう。
「気付いてた? やっぱ分かる人には分かるかー。美少女フィギュアだけじゃなくて漫画やアニメ、ゲームとかもめっちゃ好き! てーいうか、赤千谷くんはどーなの?」
「お、俺も……漫画やアニメは昔から好きです。ジャンルに限らず、気に入ったキャラのフィギュアはよくチェックしています」
「あたしと一緒じゃん! 良いよね、フィギュア!」
フィギュア好きを見つけ、無邪気に喜んでいる乃亜の姿が葵はどこか可笑しかったが、それは乃亜のことをバカにしているわけではなく、普段の陽キャなギャルである乃亜からは想像がつかないギャップを新鮮に感じていた。
「莉里奈と星羅――いつもつるんでる友達ね。あの二人はあんまアニメとか興味なくてさー、こっちから話題振ってもリアクション薄いんだよね~。興味ないからつまんないだと思う。だからさ、いつもは二人も知ってる共通の話題とかばっか話してるから、あんまオタクに見られたことないかも」
オタク趣味の話をできる友人がいないため、いくら乃亜がオープンなオタクギャルでもこれまで周囲に認知されることはあまりなかった。
「今はさぁ、ネットで同じ趣味の人とも繋がれるじゃん? でもやっぱリアルで話した方が楽しくない? 相手の表情とかリアクションも見たいしー」
オタク趣味はネットでも語り合えるが、陽キャでコミュ強であるオタクギャルの乃亜にとって相手の顔が見えないネットより、現実で趣味が合う人と共通の話題でワイワイ盛り上がりたい思いが強かった。




