第25話 ゴールデンウィークって、つくれちゃう?
休日明けの月曜日。いつも通り学校に登校した葵だったが、昨日乃亜と交わした約束が頭から離れず、ずっと考え込んでいた。
(まさか、綾音さんから遊びに誘われるなんて……。しかも話を聞いたら、綾音さんと二人きりみたいだし……)
今まで友達がいなかった葵にとって、休日に友人と遊びに行くこと自体が初めてであり、ましてや異性である乃亜と二人きりとなると途端にハードルも上がり、あまりにも未知の領域すぎて悩むばかりだった。
(綾音さんと二人きりで遊びに行く……こ、これって、デートじゃないよな!? い、いや違う! 綾音さんとはただの友達だし、ちょっと自意識過剰すぎるか……)
葵はデートの定義について調べてみたものの、その基準は緩く、男女によっても認識が異なるため、ハッキリとは分からず余計に思い悩んでしまう。
ひとり悶々とする葵とは対照的に、誘った方の乃亜は普段と全く変わらず、友人の莉里奈や星羅と連休中の予定を話し合ったり、談笑して気にもとめていない様子だった。
(綾音さんと二人きり以前に、友達と遊びに行くとかこれまでなかったから、どういう風に過ごせば良いのか分からない……何だか、今から不安でいっぱいになってきた……)
今の葵にとって、乃亜と遊びに行くことは楽しみよりも不安な要素が勝っており、当日のことばかり考え過ぎて胃が痛くなってきた。
誘いを断ることも頭に浮かんだが、昨日誘いを承諾した際、うれしそうな笑みを浮かべた乃亜の顔が忘れられず、今更断るのは葵に無理だった。
誘ってくれた乃亜に迷惑だけは掛けたくないため、葵はネットで色々と調べてみることにする。
――五月に入り、ゴールデンウィークの連休がやって来る。乃亜との約束の日まで数日あるものの、葵は落ち着かない日々を過ごしていた。
(ダメだ……約束の日が気になって、ずっとそのことばかり考えてしまう……)
作業部屋でガレージキット製作をしていた葵は手を止め、椅子の背もたれに体を預けると天井を仰ぎ見る。
葵は乃亜と出掛けることが嫌なわけではないが、一緒に遊ぶというイメージが湧かず、不安な気持ちでいっぱいだった。
これまで友人がおらず、外へほとんど遊びに行かなった自分の人生を恨むが、それは葵自身が選択してきた道であるため、今更後悔しても仕方なかった。
葵が悩んでいる日にちは過ぎ、ついに乃亜と遊ぶ約束の日がやって来る。待ち合わせ場所になっているのは、乃亜の家から近い小田急線の登戸駅だ。
葵は早めに自宅マンションを出ると、いつも使っている新百合ヶ丘駅から電車に乗って待ち合わせ場所を目指す。
外出着をあまり持っていなかった葵は新品で購入し、今日はブルー系のシャツブルゾンにホワイトのルーズシルエットTシャツ、黒のチノパンツとスニーカー、肩に掛けたショルダーバッグというコーデだが、果たしてこれで正解なのか分からなかった。
これまで休日には葵の自宅マンションで乃亜と二人きりの時間を過ごしていた。それはガレージキット製作を教えるという立場もあり、葵にとっては色んな意味でのホームであるため緊張や不安は湧かないが、今日はいつもとは勝手が違う。外で乃亜と会うのは葵にとっては完全にアウェーな状況なのだ。
駅に到着する前、葵はスマホからLIMEで乃亜にメッセージを送る。到着した電車から降りた葵が改札から出ると、聞き慣れた馴染みのある声が耳に届く。
「赤ちゃーん!」
葵の姿を見つけた乃亜は手を振りながら駆け寄った。〝赤ちゃん〟という呼ばれ方には慣れたものの、人通りが多い場所では、もう少し声のボリュームを抑えて欲しいと葵は心の中で願う。
「天気も良いし、今日はよろ~!」
朝から明るく元気な乃亜のコーデは、頭に黒のボールキャップにチャコールグレーの長袖リブニット。生脚が映えるブラック系のコーデュロイ素材ショートパンツに黒のショートブーツを履き、ブランド物のハンドバッグで決めている。
乃亜が付けているカラコンやネイルチップは見慣れたものの、ショートパンツから大胆に覗くスラリとした白い肌の脚線美はとても刺激的で、葵は慌てて視線を逸らす。
「あの綾音さん……今日どこに行くのか、まだ聞いていないのですが……」
当日まで秘密と教えてもらえず、行き先を聞かされていない葵はどこか不安そうだ。
「今日遊びに行くのは、横浜~!」
「横浜……ですか?」
「赤ちゃん、行ったことある?」
「まだないです」
「なら、ちょうど良いじゃん!」
乃亜と合流した葵は登戸駅から電車に乗り、目的地である横浜みなとみらいを目指す。
(やっぱり……家でガレキ製作の手伝いをしている時とは感覚が違う……)
葵にとって、休日に友人とどこかへ遊びに行くことは初めての経験であり、どう振る舞えば良いのか分からず、不安や緊張の色を隠せない。一方、乃亜は葵と違っていつも通りであり、リラックスした表情でスマホを見ている。
(休日に綾音さんと一緒に出掛けるなんて……未だに信じられない……)
夢でも見ているのではないかと葵は隣を見るが、そこには私服をおしゃれに着こなす乃亜が確かに存在している。
(作業部屋ではいつも二人きりだから、とっくに慣れたと思っていたけど、外だと妙に緊張してしまう……)
外出時は作業部屋と違って人の目があり、長身で髪色も明るい乃亜は人混みの中でも目立つ存在だ。隣にいる葵は、他人から視線を向けられているのではないかと変に気になり、つい周囲を意識してしまう。
平静を装いつつも、周囲の目が気になってしまう葵と違い、乃亜は気にしている様子は全くなかった。
途中で電車を乗り換え、一時間ほどで目的地に到着し、葵と乃亜はみなとみらい線の元町・中華街駅で電車を降りた。
「――綾音さん。みなとみらい駅を過ぎましたけど、この駅で良かったんですか?」
「全然おけえ! 定番中の定番だけどさ、まずはここじゃない?」
乃亜に案内されて元町・中華街駅から徒歩で一分ほど歩くと、華やかで個性的な中国建築の建物と、牌楼と呼ばれる中国のアーチ形門が建つエリアが葵の視界に入る。
「ここって……横浜中華街ですよね?」
「秒で分かった?」
「駅名に中華街と入っていましたし、ネットでは見たことはありましたので……。でも実物は迫力ありますね!」
「ほんとそう! やっぱ生で見ないとね~」
乃亜が葵を最初に連れてきたのは横浜観光スポットの定番、横浜中華街だ。
横浜中華街の名物といえば、何と言っても中華グルメである。店内で食べるお店の他にも、店頭の売店で商品を販売している店も数多くあり、華やかな中華街を散策しながら食べ歩きすることもできる。
「観光地なせいか、人が多いですね……」
「それな~。連休だし、人混みがエグすぎ」
ゴールデンウィークの連休中ということもあり、横浜中華街は多くの観光客であふれかえっていた。どこを見渡しても人だらけで、外国人観光客も加わっているせいか、その混雑ぶりはとてもすさまじかった。
「昨日莉里奈達と渋谷行ってきたけどさー、同じかそれ以上に激混みだし」
「やっぱり、週末や連休中はどこも混雑しますよね」
通り沿いの店には、本格的なチャーハンや焼き小籠包に北京ダックの他、伝統的な点心や中国各地の料理まで様々な中華グルメの店が並び、通りを散策するだけでも中国の雰囲気を味わえる。
「一緒に食べ――……あれ? 赤ちゃん?」
今まで左隣にいたはずの葵が見当たらないことに気付き、慌てて乃亜が周りを見回すと、いつの間にか葵は乃亜の右側に移動していた。
「ビビった……急にどしたん? はぐれたと思ったじゃん」
「あ、いえ……男女で歩く時、男性は女性の右側を歩くと書いてあったので……」
事前にネットで調べた情報を隠しもせず、葵は披露する。
「そんなのどーでも良いから。じゃあ、食べ歩きしよっか!」
「食べ歩き……ですか?」
「ほら行くよ! 人混みエグいし、はぐれないよーに」
乃亜は人の多さに気後れしていた葵の左手首を掴むと、先導するように腕を引っ張りながら歩き出す。
(あ、綾音さんが直に俺の腕を!?)
葵の意識が思わず左手首に集中する。
周りの目が少し気になりながらも、初めて横浜中華街だったので葵は右も左も分からず、事前にリサーチもしていないため乃亜についていく他なかった。




