第24話 ヤスリがけって、つくれちゃう?
まずは葵の手本を参考にして、240番の紙ヤスリやセラカンナ甲刃でパーツのパーティングラインを慎重に削っていく。
「――げっ!?」
作業の途中で手を止めた乃亜は、手元のパーツを見たまま固まる。
「ど、どうかしましたか!?」
顔を硬直させた乃亜が、体を小さく震わせながら助けを求めるように振り向く。隣で作業を見守っていた葵は乃亜の手元を覗き込んだ。
「やっちゃった……」
葵は乃亜からパーツを受け取って確認すると、パーティングラインだけでなく、パーツ表面もセラカンナ甲刃の刃先によって軽く削り取られていた。
「これヤバいよね……失敗しちゃった?」
「そうですね……浅いですが、パーツ部分も削れています」
「マジごめん! 固いとこがあってさ、ちょい力を入れたらザクッって、いっちゃった……」
削る必要のないパーツの表面を削ってしまい、乃亜は肩を落とす。
「綾音さん。心配しなくても大丈夫です。削れた部分はパテで埋めて、ヤスリで整えれば元通りになりますよ」
「……え? マジ!?」
「本当です。それに失敗は誰にでもあるので、気を落とさないで下さい。失敗も経験のうちですよ」
葵から励まされると乃亜はすぐに気持ちを切り替え、やる気を取り戻す。
「だよね! てかさ、初心者のあたしが最初から上手くできるわけないし、次は気を付ける!」
「先程の失敗で、力加減や慎重さが求められることが分かったかと思います。急ぐ必要はありませんので、ひとつずつ作業を進めていきましょう」
「失敗はしたくないけどさ、やり直せるならビビらずやれそうだし」
パーツを受け取り、気合いを入れ直した乃亜は作業に戻る。
「パーティングラインは削る必要がありますが、元の造形を残すように意識して下さい。それから紙ヤスリを使った面は平らになってしまうため、240番のスポンジヤスリで表面を丸くならすと、自然な造形になります」
パーティングラインの処理やヤスリがけを進めていくと、削ったレジンのカスが出るため、乃亜は作業しながらブラシを使って削カスをパーツから落とす。
「超音波洗浄機もありますが、水を使うため最後の洗浄でやりましょうか」
「超音波? 赤ちゃん、マジで色んな道具持ってるよねー」
「便利だと思って、つい揃えちゃいますね……。それに使ってみないと分かりませんので」
「それわかる! あたしも新しいメイク用品とか、めっちゃ買うし」
工具の使い方や、一連の作業に慣れていない乃亜は葵のサポートを受けながら、パーティングラインの処理を午前中と昼食を挟み、午後からの数時間で何とか終わらせる。
「パーティングラインの処理が終わったら、次はスジ彫りをやっていきましょう。複製によって潰れたり、埋まった線や溝、ディテールが甘くなった段差部分を掘り直していきます」
葵の手本やアドバイスを受けながら、乃亜は集中して作業を進めるが、夕方までに全パーツの処理は終わらなかった。
「――綾音さん。今日はここまでにしておきましょう。無理して仕上げる必要はありませんので」
「そーする……はぁ~っ、マジ死ぬ! 細かい作業とか、めっちゃ多すぎだしー」
「表面処理は時間が掛かって、とても根気がいる作業ですが、仕上がったパーツはどれもきれいですよ」
「ほんとそう! マジ頑張ったし」
「処理前よりシャープになり、パーツのディテールも強調されています。表面処理は出来栄えに繋がりますので、焦らず丁寧にやっていきましょう」
「とりま、今日はここまでか~」
「お疲れ様でした」
片付けを終わらせ、帰り支度を始めた乃亜はふとあること思い出す。
「――そーいえば、来週ってゴールデンウィークで連休になるじゃん? 赤ちゃんは何か予定あんの?」
「俺ですか? 特にありません。連休中もずっとフィギュア製作や造形の勉強ですかね」
「はぁっ!? 赤ちゃん、どこか遊びに行かないの!?」
信じられないといった顔で驚いている乃亜に葵は苦笑いを返す。
「は、はい……今までも、ずっとそんな感じなので……」
「ずっと? 小さい頃から?」
「そうです。小学校、中学校とゴールデンウィークや夏休み、冬休みなどの長い休みの間は、ずっと家に籠もってフィギュア製作や造形の勉強をしていましたので、どこかへ遊びに行った記憶がないですね」
「マ!? え、でもさぁ……親が旅行に行こうとか、遊びに連れて行くとか言わなかったの?」
「両親からは休みの度に誘われましたけど、俺は家でフィギュアを作っている方が楽しかったので、行きたくないと断っていました」
「赤ちゃんがフィギュア好きなのは分かるけど、そこまでとは……」
「俺があまりにもフィギュア製作にのめり込んでいたこともあり、両親も俺の考えを尊重してくれて、中学生になってしばらくすると無理には誘わず、家を空ける時は日雇いのハウスキーパーさんに任せていました。今考えてみると……駄々こねて、一方的にわがままを言って、両親を困らせてきたなと反省しています」
「赤ちゃん……ガチでフィギュアが好きなんだ」
真実を話した葵は乃亜からドン引きされるかと覚悟していたが、乃亜の反応は意外にも淡白で拍子抜けする。
「それで……今でも連休は昔と同じように過ごしています。別に外出するのが嫌というわけではないのですが、今のままでも苦ではないです」
「そう……」
乃亜も原型師になるという葵の夢は応援しているため、小さい頃からの生き方に口出しはしなかった。話が一区切りすると、葵はスマホを手に取って五月のカレンダーを確認する。
「綾音さん、連休中に作業はされますか? さっきも言った通り、俺は特に予定がないので、作業するなら都合が良い日を教えて下さい」
「ちょい待ち。連休はバイトもあるけど、莉里奈達とも遊ぶ約束あるから――」
スマホとにらめっこする乃亜を見ながら、葵は黙って返事を待つ。
(俺と違って綾音さんは友達がいるし、色々と予定があるだろうから、次の作業はやっぱり連休明けかな……)
葵の友人は乃亜だけであり連休中も出掛ける予定もないため、例年通りフィギュア製作や立体造形関係の勉強をする流れだと、ゴールデンウィークの予定を思い浮かべる。
「――ねえ赤ちゃん。連休中、予定空いてるんだよね?」
「は、はい。特に予定はないので、いつもの流れでフィギュア製作をしようかと……」
「じゃあさ、連休のこの日! あたしと遊びに行かない?」
カレンダーを表示したスマホ画面を葵に突きつける乃亜。
「……えっ?」
葵はキョトンとしてしまい、乃亜の放った一言をすぐに理解できなかった。




