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第18話 台座って、つくれちゃう?

 

「そのままではフィギュアを立たせることができないため、台座にも軸打ちが必要になります。まずフィギュアの下半身を仮組みし、台座の上に立たせて位置を決めます」


「おけえ!」


 乃亜は制服を着ている胴体パーツに下腹部と両脚、足のパーツであるローファーを仮組みすると、アクリルベースの上に立たせて位置を決める。


「こ、こう?」


「そうですね。できるだけ台座の中心になる場所が良いです」


 その後はガレージキットごと台座を引っくり返し、裏から足裏の固定がしやすそうな場所に油性ペンで印をつける。


「印をつけたら、表側から印を目指してドリルで穴を開けます。アクリルは加工しやすいですが、ピンバイスだと大変なので電動ドリルを使った方が早いですよ」


 葵は電動ドリルを勧めるが、乃亜はもし失敗してアクリルベースを破損させたら困ると断り、使い慣れてきたピンバイスを使って台座に穴を開けていく。


 しかし、作業は中々大変で貫通させるまで穴を開けた後、乃亜はバテたように疲れた右手をブラブラと揺らす。


「――綾音さん。もう片方の足にも軸打ちしますので、次は電動ドリルを使ってみませんか? 慣れると簡単ですよ」


「そ、そうする……手じゃ大変だし、挑戦してみる……」



「では片足を終わらせましょう。足の裏にも穴を開け終わったら、台座に開けた穴に真鍮線(しんちゅうせん)を入れて長さを調整し、接着剤で台座に固定します」


 葵の指示通りに作業を終わらせた乃亜は、アクリルベースの台座に下半身だけの仮組みしたガレージキットを立たせた。


「ヤバっ! ちゃんと自立してる!」


「まだ片足にしか軸打ちしていないので、もう片方の足もやりましょうか」


 先程と同じで台座に油性ペンで印をつけ、裏側から穴を開ける。


 今度は電動ドリルで穴あけに挑戦するため、葵に使い方を教わり、不要な木製ベースを使って何度か練習した後に実践(じっせん)すると、あれほど苦労したアクリルの台座にいとも簡単に穴が空いてしまった。


「ほんとに楽じゃん! 最初から電ドリ使えば良かったわ」


「怖いと思うのは最初だけですね。もちろん、きちんとした使い方をしないと怪我をしますので注意は必要です」


「それな! そこはガチ大事」


「では、台座にキットをもう一度立たせて下さい。軸打ちしていない足は穴を開けた場所に持ってきた後、そのまま台座の裏からドリルの刃で足の裏に印をつけます。こうすることで台座の穴と足の穴がずれることがありません」


「おけえ! じゃあ続けるね」


 乃亜は葵に指示された通り、足の裏にドリルで印をつけると足パーツであるローファーを取り外し、ピンバイスを使って足裏の穴を大きくしていく。


 その後、足パーツと台座に軸打ちする真鍮線(しんちゅうせん)の長さを調整し、最後に真鍮線(しんちゅうせん)を台座の穴に接着剤で固定するとアクリルベースの台座が完成する。


「――終わったー!」


 作業をやり切った乃亜は椅子の背もたれに体を預け、両腕を突き上げて大きく伸びをする。すると、レースカーテンが閉められた窓を見て外が薄暗くなっていることに気付いた。


「えっ!? 今何時!?」


 乃亜は作業机の端に置いていたスマホを慌てて手に取る。


「もう五時半を過ぎていますね」


「もう夕方!? マジか。時間経つのあっという間じゃん……こんなに集中したの、人生初かも」


「作業中は時間も気にせず、集中されていましたね」


「でも疲れみがヤバ~い……なんか、頭もボーッとしてるし」


「作業のキリも良いですし、時間的に今日はここまでですかね。お疲れ様でした」


「おつ~」


 乃亜はスマホを置いてもう一度伸びをすると、作業机に並んでいるパーツを眺めた。


「そーだ、帰る前に仮組みだけしたいんだけど! まだ下半身しか組んでないし!」


「台座もできましたし、せっかくなので仮組みしてみますか?」


「もち!」


 作業机に向き直り、乃亜はそれぞれのパーツを手に取ると頭部を組んで両腕と一緒に胴体につけ、背中にデフォルメされた天使の翼を取り付け終わると台座に立て、ガレージキット本体を正面に向けた。


「〝てんフラ〟のエリスたん! シルエットだけで、エリスたんって分かるし! まだ色はついてないけど、よき~!」


「台座とのバランスも良さそうですね」


「まだ完成じゃないけどさ、自分の手で立体化したんだーって、もう鬼ヤバじゃーん!」


「綾音さんが頑張ったからです。まだ先がありますが、初めてでここまでできるのはすごいことですよ」


「赤ちゃんの教え方が上手いからじゃん! あたし一人なら、とっくにギブだし」


 ()められて謙遜(けんそん)する葵だが、乃亜から「自信持ちなよ」と(はげ)まされる。


「めっちゃ疲れたけど、充実感マシマシだわ!」


 仮組みのキットをうれしそうに眺める乃亜の姿を見ていると、葵もつられて微笑んだ。


「作業の続きは、また週末やりますか?」


「ちょ待ち」


 乃亜はスマホを手に取ると予定を確認する。


「えーと、日曜は大丈夫。土曜はバイトで、その後は莉里奈(りりな)達と約束あるかも」


「分かりました。俺はいつでも構いませんので、綾音さんの都合が良い時に連絡下さい」


「りょ~! また連絡するわ」


 こうして乃亜のガレージキット製作は仮組みまで終了した。


 帰り支度を始めた乃亜を待つ間、葵は日が暮れ始めた窓がふと目に入る。


「あの……駅まで送りましょうか?」


 玄関まで乃亜を見送りにいったところで、葵は勇気を振り絞って()いてみる。


「今日は大丈夫! まだけっこー明るいし」


「そうですか」


 靴を履き終えた乃亜は髪を軽くかき上げると、改めて葵の方に向き直る。


「赤ちゃん、今日もほんとにありがと! じゃあ、また学校で!」


「はい、お気を付けて」


 乃亜は玄関ドアが閉まり切るまで、葵に笑顔を振りまきながら手を振って別れを告げた。


 玄関ドアが閉まって室内が静まり返る中、葵は乃亜のまぶしい笑顔が残像のように焼き付いた玄関前で、余韻(よいん)に浸るようにしばらく立ち尽くしていた。


(――何だか、今日も夢のような一日だった……)


 家に友人が遊びに来ること自体が初めてであり、ましてやその友人というのが葵が関わるはずなかった存在である乃亜なのだ。


 乃亜と過ごした週末の二日間が、夢や(まぼろし)だったのではないかと思えるぐらい葵は現実感が湧かず、作業部屋に戻って乃亜のガレージキットを改めて見たことで、実際にあったことだと実感する。


(……あれ? いつもの作業部屋なのに、何だろう……この気持ちは――……)


 葵にとって作業部屋は、自分の好きが集まった落ち着ける場所だ。実家にある自室を再現しているため、一人暮らしを始めてもこれまで過ごしてきたプライベート空間という意識が強い。


 だが、今の葵は慣れ親しんだはずの作業部屋にどこか物足りなさを感じていた。


(一人でいることには慣れているし、嫌なことがあっても作業部屋に()もっていたら気が楽になるのに、今日はやけに作業部屋の中が(さび)しく見える……)


 薄暗い作業部屋の中、葵の視界と重なるように笑いかけてくる乃亜の顔がふと浮かび上がった。


 〝「あたしら、もう友達じゃん?」〟


 好きな話をして無邪気に笑う顔、慣れない作業に(のぞ)む真剣な顔――。この二日間で見た乃亜の様々な表情がいくつも浮かび、葵の心は例えようのない感情でいっぱいになる。


 これまで友人がいなかった葵にとって、高校で初めて友達になった乃亜はある意味であまりにも強烈な人物だった。


 明るくポジティブで、思ったことをそのまま口にする――そんな乃亜と友達になり、距離感の近さや勢いに押され、葵は思わず気後れしてしまうこともあった。


 だが、この二日間をともに過ごし、葵は乃亜の性格や人柄をすぐ側で知ることができた。


 屈託(くったく)のない笑顔やギャルらしい口調でも、言葉の端々に優しさがにじむ。最初は圧倒されていたはずなのに葵は気が付けば、その隣にいる時間がどこか心地よく感じられるようになっていた。


 乃亜とは来週も会う約束をしている。だから、今日の別れが全ての終わりというわけではない。


 それでも乃亜が帰った後、静まり返った部屋の空気の中で、葵は胸の奥にはぽっかりと小さな寂しさが残っていることに気付く。それは葵が乃亜としっかりと友人関係を築いたという証なのだろう。


 これまで一人で過ごすことに、葵は慣れていたはずだった。誰かを待つことも誰かと時間を共有することも、自分には(えん)のないものだと思っていた。


 今まではそうだった――だが今、葵の心には確かな変化が生まれている。


 乃亜と出会ったことで自分の周りにある見えない壁が、少しだけ薄くなったような気がしていた。



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