第17話 嵌合(かんごう)調整って、つくれちゃう?
乃亜は順調に作業を進め、下腹部と両脚パーツにネオジム磁石の埋め込みを終わらせる。
下半身がある程度の形になり、じっくりと眺めていた乃亜はあることに気付く。
「――ねえ赤ちゃん。よく見ると、パーツ同士に隙間があるんだけど」
「ガレージキットは最初からピッタリとは合わないので、仮組みの準備として嵌合調整も行います」
「なにそれ?」
聞き慣れない言葉に乃亜は首を傾げる。
「ガレージキットを複製する際、レンジが固まる時に縮んでしまうことはよくあります。パーツ同士のはめ合いを微調整することを嵌合調整と言って、今回のようにパーツを合わせた時に隙間がある場合は、パテを使って埋めていきます」
「パテ……さっきの瞬間カラーパテみたいなやつ?」
「パテには種類がありまして各メーカーから色々出ていますが、ガレージキットで使うのはエポキシパテ、略してエポパテ。ポリエステルパテ、略してポリパテ。そしてラッカーパテですかね。光硬化パテという、紫外線ですぐに硬化するものもあります。それぞれに用途や長所・短所がありますが、俺は瞬間カラーパテを使うことが多いです」
葵は軸打ちの時に使った瞬間カラーパテ、スプレー缶の瞬間接着剤用硬化促進剤、そして道具類を置いている棚から容器入りのワセリンを持ってきた。
「先程少し説明しましたが、瞬間カラーパテは色付きの瞬間接着剤系パテです。高粘度であるため、合わせ目消しや気泡の穴埋めによく使っています」
「硬化促進剤は分かるけど、そのワセリンとかいうやつは?」
「ワセリンはパーツに、パテがくっつかないようにするために使用します。離型剤のような役割ですね」
「あーね!」
「実際にやってみせますね。まずパーツの接合部――片面にワセリンを塗り、パーツ同士をくっつけます」
仮ではあるものの、葵は実際に手を動かして作業の手順を解説していく。
「ワセリンを塗ったのでパテによる接合は防げます。瞬間カラーパテを容器から直接出すのは使いづらいため、クラフトテープに適量を出して爪楊枝などを使い、隙間にパテを盛っていきます」
「ねえ赤ちゃん。さっき瞬間接着剤系って言ったけど、すぐに固まるんじゃない?」
「瞬間カラーパテの自然硬化の時間は、およそ半日ぐらいなので焦らなくても大丈夫です」
「それ……瞬間って言える?」
「遅硬化タイプの瞬間接着剤なのでややこしいですね」
もっともな乃亜の疑問に葵は苦笑いを浮かべる。
「パテで隙間を埋めたら、硬化促進剤を吹きかけます。硬化促進剤は〝919プライマー〟がオススメですね。吹きかけたらパーツを分離して硬化を待ちます。硬化促進剤を使うと一分ほどで硬化しますよ。その後はヤスリで削り、形を整えてパーツ同士の隙間をなくしていきます」
「硬化促進剤、ヤバすぎ。そんなあっという間なんだ」
「硬化促進剤を使うことにより、エポパテやポリパテよりも作業時間を短縮できるので重宝していますね」
早速乃亜は葵のサポートを受けつつ、瞬間カラーパテを使った隙間埋め作業に入る。
パーツを合わせた時にできる隙間に瞬間カラーパテを適量盛り、硬化促進剤をスプレーしてすぐにパーツを外し、パテ部分が硬化したら紙ヤスリやスポンジヤスリで余計なパテを削って整えていく作業を進める。
「なんか、ヤスリも色々あるよねぇ」
「ヤスリには番号がありますが、これは目の粗さを表しています。番号が小さいほど目が粗く、大きいほど目が細かいです」
「おけえ! 覚えたし」
「研磨作業では、基本的に粗い目のヤスリから使っていきます。ガレージキットで使うのは240番・400番・600番のものであれば、作業に対応可能と思います」
「ねえ赤ちゃん。紙ヤスリとスポンジヤスリの違いって?」
「定番なのは紙ヤスリですが、スポンジヤスリの方がよく使いますね。スポンジヤスリは紙ヤスリよりも柔らかいので、曲面などの処理をする時は重宝します」
「使い勝手が違うんだ」
「それから、紙ヤスリやスポンジヤスリは短冊状にしたり、棒に貼り付けてスティック型にしたりと、使いやすいようにあらかじめ加工してストックしています。今回は状況によって使い分けますが、240番のスポンジヤスリで表面をならしていきましょうか」
葵に教わりながら、乃亜はヤスリ掛け→パテ盛り→ヤスリ掛けの作業を繰り返して下腹部と両脚パーツの隙間を埋め終わらせた。
「……マジで、地味にしんどかった……」
「お疲れ様です。他のパーツ同士にも隙間がある場合、今の要領で嵌合調整していきます。今のところ、他のパーツは問題なさそうですね」
ようやく仮組みに辿り着こうとした乃亜だったが、ここで前髪と後ろ髪のパーツが顔パーツにしっかりとはまらないことに気付いた。
「――赤ちゃんヤバい! パーツが合わなくて隙間ができるんだけど!」
葵は乃亜から髪のパーツを受け取って合わせてみる。
「これはレジンキットの歪みによるものですね。何度か話しましたが、パーツはピッタリと合わないことが普通です。この程度は不良品ではありませんね」
「やっぱ、パテで隙間埋め?」
「いいえ。この程度の歪みなら大丈夫です。レジンは温めると柔らかくなりますので、ヒートガンやお湯を使って整形することができます」
「硬そうだけど、お湯で柔らかくなるんだ。ヒートガンっていうのは?」
「ドライヤーよりも高温の温風を出すことができる、ドライヤーの強力版のような道具です。ヒートガンがなくてもドライヤーで代用できますし、厚みのあるパーツや歪みが大きいなら、全体を浸すことができるお湯の方が効率は良いかも知れません」
葵は道具置き場からヒートガンを持って来ると、作業机の近くにあるコンセントから電源を取る。
「これがヒートガン? 見た目はドライヤーっぽいけど、工具みが強い」
乃亜は葵に教わりながら、前髪と後ろ髪のパーツをヒートガンで温める。
「あとは柔らかいうちに、パーツ同士をくっつけてやれば大丈夫です」
「すごっ! きっちりハマった!」
「他に歪みがあるパーツはなさそうですね。これで各パーツへの軸打ちとネオジム磁石の埋め込み、嵌合調整が終わりました。次は――」
「次は、いよいよ仮組みっしょ!」
「いいえ、まだです」
葵の冷静なツッコミに乃亜は肩透かしを食らう。
「えーっ!? もう組み立てられるじゃん! まだ何かあんの?」
「――綾音さん。フィギュアにとって、大事なものを忘れていませんか?」
「大事なもの? 造形と彩色とか?」
「それも大事ですが、台座です! 台座がないと、フィギュアを立たせることができません」
葵に言われて乃亜は今さらながら気付く。
「え、待って。台座……台座ないじゃん! えっ、はっ? パーツチェックしたけど、入ってなくない!?」
「綾音さん、落ち着いて下さい! 基本的にガレージキットには台座がついてないんです」
「マ!?」
「ガレージキットは個人製作のため、キットに合わせて台座を作らないんです。最近の3Dプリンターによるキットでは、台座がついてくる場合もありますね」
「じゃあ、どうすんの?」
「自分で台座を用意する必要があります。台座は木製やアクリル製のものが一般的ですね。例えば百円ショップにある木製コースターを改造して作ったりもできますが、ちょうどアクリルベースが余っているので良ければ使って下さい」
葵は作業机の一番下の引き出しを開けると、保護フィルムが貼られたままの直径15センチメートル、厚さ8ミリメートルの円形をしたアクリルベースを出して乃亜に渡す。
「これ新品じゃん! もらって良いの?」
「構いませんよ。ぜひ使って下さい」
「ありがと! 赤ちゃん優しすぎ!」
葵の厚意に感謝しながら、乃亜はフィギュアを固定するため、台座の軸打ちに取り掛かる




