第19話 平日って、つくれちゃう?
月曜日。葵がいつもの時間に登校して教室に向かっていると、週末に乃亜と二人きりでガレキ製作をしたことが、急に頭の中でフラッシュバックする。
乃亜とは同じクラスであるため、学校では確実に顔を合わせることになるためか、葵は妙に緊張していた。
以前までは学校へ行くことなど気にもしなかった葵だが、月曜日が迫って来るとどんな顔をして乃亜と会えば良いのか分からず、一人で悩んでしまって不安だけが募り、昨晩はベッドに入っても中々寝付けなかった。
教室の前に着いた葵は深呼吸し、緊張した面持ちで入るも乃亜はまだ登校しておらず、教室にその姿はない。
少し安堵して席に座り、時間潰しのためにスマホを触っていた葵は他のクラスメイトが登校してくるたびビクついていたが、ついにその瞬間が訪れる。
聞き慣れた声が廊下の方から聞こえてきたかと思うと、乃亜が友人であるギャル二人と談笑しながら教室に入ってきた。
乃亜はキーホルダーやぬいぐるみがジャラジャラと付いたスクールバッグを机に置き、二つ隣の席に座っている葵をその目に捉える。
「――赤ちゃん、おはよ~!」
乃亜のよく通るハリのある声が教室に響き、耳にしたクラスメイト達の視線が、一斉に挨拶された主の方に向く。
「お、おはようございます……」
クラス中の視線を浴びながら葵は何とか挨拶を返すものの、その声はか細くて語尾は掠れてしまう。
弾むような足取りで葵の元までやって来た乃亜は、クラスメイトからの視線を避けるようにうつむく葵の顔を真横から覗き込んだ。
「赤ちゃん! 土日はありゃーと♥ マジ楽しかったし!」
「は、はい……こちらこそ……」
「この次もよろ~」
ご機嫌な乃亜とは真逆に、ピンポイントで挨拶されて仲良く会話する姿をクラスメイト達から見られ、どう思われているのだろう気にする葵は、極度の緊張で動けない。
土日は乃亜と一緒に過ごしたものの、葵は学校で乃亜の目を見ることができず、バクバクと刻む心臓の鼓動を耳の奥で聞いていると、乃亜の両隣に二つの人影が現れる。
「――あれ~? 乃亜って、えーっと……赤谷くん? と、絡んでたっけ?」
「莉里奈、その名前違くないか?」
最初に声を掛けたのは、かき上げ前髪にブロンドのロングヘアを波巻きウェーブにした金髪ギャルの不知火莉里奈。名前の間違いを指摘したのはノー前髪の真ん中分けにして、ストレートのセミロングヘアをホワイトシルバーに染めた銀髪ギャルの富士桜星羅だ。
新たにギャル二人が登場し、葵はますますどうして良いのか分からなくなった。
(こ、この二人は確か……綾音さんの友人で……不知火さんと富士桜さんだっけ?)
「ちょ莉里奈! 赤ちゃんの名前、赤千谷くんだから」
「そーだ、赤千谷くんだ!」
乃亜に指摘された莉里奈は「あはは」と笑って間違えていたことを誤魔化す。
「莉里奈はさ、絡んだことある奴にも色んな呼び方つけるし、本名とかあんま覚えないからなぁ」
呆れた様子で呟く星羅の一言に乃亜も同意する。
「えーっ!? 別に良いじゃーん! てかさ、二人はどーいう関係?」
「ふつーに友達だけど? 先週、意気投合したみたいな?」
「乃亜、まーた変な絡み方してないよな? 乃亜って距離感おかしいし」
ギャル同士の会話が席の隣で続く中、葵は椅子から動けずに萎縮し、様子をうかがうためにふと顔を上げると、乃亜の右隣にいた星羅と思わず目が合ってしまう。
怯えた葵が反射的に目を逸らすと、星羅は莉里奈と会話で盛り上がる乃亜の脇腹を肘の先で小さく突く。
「おーい、乃亜~。ここで騒ぐから赤千谷くん迷惑してんじゃん」
「え? マジごめん! あたしらウザかった?」
「い、いいえ……俺は大丈夫です、はい……」
「もーっ! 赤ちゃんと話したかったのに、二人が絡んでくるからじゃん!」
乃亜は葵に一声謝罪すると、莉里奈と星羅の腕を掴んで引っ張っていった。
莉里奈達が乃亜の席に集まっておしゃべりを始めると、それまで集まっていたクラスメイトの視線が散り散りになり、教室内は何事もなかったように以前の状態に元へ戻る。
まるで嵐が過ぎ去ったように周りが静かになり、葵は胸を撫で下ろすと深呼吸して心を落ち着かせる。
(俺と違って綾音さんは、学校でも全然変わらないなぁ……。それよりも、クラスのみんなに綾音さんとの関係をどう思われたのかが心配だ……)
先週まで葵と乃亜は会話どころか、挨拶を交わすこともない関係であった。しかし、翌週にはなぜか不自然なほど仲良くなり、いつの間にか友達同士になっていたのだ。
葵が逆の立場だった当然不思議に思う光景であり、週末に何かあったのではないかと邪推されてしまうことを恐れていた。
葵に友達はおらず、クラスメイトの中にも話したことのある生徒はいない。逆に他のクラスメイト達も高校入学後に同じクラスになり、二週間ほど立ってある程度の人間関係が出来上がっていたため、自ら率先して葵に話し掛けにいく者もいなかった。
先程の乃亜と友人達の会話から、葵の自宅マンションで乃亜のガレージキット製作を手伝っているという秘密の関係は、莉里奈と星羅も知らないことに葵は安堵していた。
もし一人暮らしをしている葵の自宅マンションに乃亜が通っていることを周囲が知った場合、変な噂が立てば乃亜に迷惑が掛かると葵は考え、ガレキ製作の件を口止めしようとする。
だが、ここで葵は障害にぶつかる。
授業の間にある休み時間や昼休みなど、葵はいくらでも乃亜と話せるタイミングがあると考えていたが、乃亜は基本的に友人である莉里奈や星羅と休み時間が終わるまで談笑しており、一人になることがほとんどなくてあっという間に放課後になってしまった。
(――……綾音さんと、話すタイミングが全くなかった……。これじゃ以前と変わらないよな……)
乃亜には友人がいて、他のクラスメイトにも気軽に声を掛けて気さくに会話し、特に休み時間は莉里奈達と集まって談笑している。葵には友人がおらず、交友関係がないのでコミュニティに入れない。
同じ教室にいる乃亜が、無視しているわけではないことは葵も十分理解しており、乃亜には葵以外の付き合いもあるので、葵は以前と同じようにできるだけ目立たないように過ごすが、乃亜の席は二つ隣なので会話の内容がつい耳に入ってしまう。
朝のこともあって葵は自意識過剰になり、自分の話が出るのではないかと放課後まで乃亜の会話に聞き耳を立ててしまったが、乃亜は友人と最近のトレンドにメイクやコスメ、スイーツなどの話題しか話していない。
その後も、週末に葵と楽しげに話していたフィギュアやアニメなどの話題が出ることは一切なかった。
乃亜はオタクであることを隠してつもりはなく、スクールバッグにはアニメキャラのキーホルダーやぬいぐるみをぶら下げているため、分かる人から見ればアニメ好きな人だとアピールしているようなものだった。
(……綾音さん、学校ではフィギュアの話とかしていないみたいだし、その辺は切り分けているのかな? 口止めの件は、週末に会った時でも大丈夫そうだ)
乃亜が周りに話さなければ、葵と乃亜の秘密の関係が他に知られる恐れはないため、葵はまた日を改めることにする。
夕方のホームルームが終わると乃亜は星羅の席に向い、莉里奈も加わると楽しそうに談笑を始めた。そんな様子を横目に見ながら、葵は荷物をまとめると一人で教室を後にする。
(――学校でも休日と同じように接する必要はないし、用がない時はこれまで通り一人で過ごそう)
乃亜とは割り切った関係をこれからも続けようと考えながら、葵が校門を出たところで聞き馴染みのある声に呼び止められた。




