婚礼の夜
王都は久しぶりの慶事の中にあった。王と公爵家の姫との婚儀が行われるからだった。
諸侯が集まり、このような時ではないと王都に来ることもできない諸侯の配下、それらを護る傭兵、物見遊山の豪農たちが都へとやってきた。麦の収穫が終わったこともあり、それらの者たちと一緒に、近隣の民草も姿を見せていた。余暇を楽しむ事にようやく慣れてきた街の民と一緒になり、通りのあちこちに開かれた市や、演劇や演芸を楽しむための劇場、呑み屋や露店、娼館や賭場などに金を落としている。
そんな祝祭に浮かれる王都に、魔女の一行がやってきた。さすがにHMMWVでの王都入りは避け、旅馬車を乗り継いでの到着である。
「シュウジの奴、さっさとサスペンションを発明しろってんだ」
ボルトが大きく伸びをし、こわばった背中の筋肉を解放する。レンチやナットもストレッチし、行程のほとんどを寝て過ごしたラチェットは猫のようなあくびをする。
「おかげで尻が痛くなった」
「なんでもかんでも作るわけにはいかないからね。それに、世の中のすべてを知ってるわけじゃない」
魔女は広場を見回っている衛兵を呼ぶ。異装の集団を見た衛兵は、それが魔女の一行だと気づき、全身を緊張で硬くする。
「北の森の一行が着いたって伝えな。予定通りのところに宿入りする」
衛兵はぎくしゃくと一礼し、大慌てで走っていった。魔女はそれを少し笑いながら見送り、ボルトたちに荷物を持つように言い、旅馬車の御者に銀貨の入った革袋を投げ渡した。
婚礼の日。魔女たちは王城へと入った。魔女たちは海兵隊のドレスジャケットに身を包み、それぞれが銃を携行していた。これは魔女たちにとって、剣と同じものである、という意志表示でもあった。もちろん、弾倉は外され、実弾は装填されていない。
「これが今の流行りだって」
ラチェットが皆の前でくるりと回った。スカートがふわりと円を描く。豪奢な刺繍をした深い紫のドレスに、白いエプロンドレス、銀色の長い髪をちいさなウィンプルで覆い、三つ編みを後頭部でまとめている。
「よく似合ってる」
魔女が感心する。
「こういうのを何て言うんだ? 馬の鼻取りにも衣装ってやつか」
そう言ってへらっと笑うボルトのむこうずねをラチェットが蹴りつける。
「痛っ! やめろよ、おまえが本気を出したら骨が折れる」
「次は本気でやる」
ラチェットがあかんべぇをする。ボルトの頬をレンチがつねる。
「さて、わたしは諸侯と共に祭礼の場に行く。おまえたちは従者の列だ」
魔女は帽子を被りなおし、はたと何かを思い出したかのように振り返った。
「そういえば、ボルト。未来のお妃が、おまえを呼んでる」
「俺を?」
「祭礼の前に挨拶しに行きな」
「失礼します」
ボルトは何人もの兵士や召使が立ち並ぶ廊下を抜け、姫が待つという部屋に入った。
「北の森の……」
「待ってたわ」
部屋の主がボルトの方を向く。その顔は美しさと気品にあふれていた。
「覚えておりませんか?」
「あ、いや……」
ボルトは思い出した。人攫いの館から救い出した少女の事を。
あたふたするボルトを見て、姫はころころと笑う。
「私もあれから大きくなりましたから。あの時助けていただけなかったら、今頃どうなっていたか」
「いえ。海兵として当然の行いをしたまでです」
ボルトはかかとを合わせて敬礼する。
「あの時と全く変わっていませんね」
「外面はそうかもしれません。でも、いろいろと経験を積みましたし、真に愛する者もできました」
「それはよかった。そうでなかったら、あなたを私の騎士に呼びましたわ」
「騎士、ですか」
ボルトは頬をかき、照れ隠しした。
「さすがに騎士になることはできませんが、何かありましたら駆けつけます」
「それが、海兵隊なのかしら?」
ボルトは姫の言葉に大きくうなずいた。
「さて、支度もあるでしょうから、これにて失礼します」
ボルトは廊下に出る。そして、従者たちの待合の部屋へと向かった。
「お、そこを行くのは」
声をかけられ、ボルトは声の方を向く。
「あ、野ネギ野郎!」
「えらい言われようだな」
階段をエイコンが降りてくる。
「こう見えても男爵だよ。少なくともここではそう振る舞って欲しい」
「あいにく、俺たちはその枠組みの外にいる」
ボルトとエイコンがいろいろと近況について話しているところに、偶然シュウジが通りかかった。
「おい、シュウジ!」
久しぶりに本名で呼ばれて、シュウジは振り返った。そこにボルトと若い男がいる。
「紹介しよう。シュウジだ。こっちはエイコン。一応男爵だ」
「噂はかねがね」
エイコンはシュウジに向かって頭を下げる。
「たしか、海兵隊の訓練を受けた人ですよね?」
シュウジがボルトに聞く。
「おまえの兄弟子だ。だから、ここではおまえの方が頭を下げろ」
「さすがにそれは……」
エイコンが恐縮して手を振る。伯爵家の跡取りとはいえ、席次ではシュウジの方が当然上であった。
「まぁ、冗談だ」
「君……じゃなくて、あなた様がいろいろと発明をされていることは聞いております。それには私も大変興味がありまして……いつか機会ができましたら、ぜひ」
エイコンの好奇心あふれた視線を見て、シュウジはこの世界のモノ好きは同じような眼をしているなぁ、と太ったエルフを思い出して、少し可笑しく思った。
「ほんとうはもう少し話していたいのですが、祭礼の席に行かねばならないので。こう見えても、末尾といえ、諸侯の一人なんでね」
エイコンは再び大きく礼をして、その場を去っていった。ボルトとシュウジはその背中を見送った。
魔女は祭礼が行われる神殿へと向かっていた。神殿には王と姫、この婚礼を取り仕切る大司教、そして諸侯が入り、祭礼が終わるまでは神殿は封鎖されることになる。従者たちは神殿へ続く道を護り、婚礼が終わった王と妃を迎えることになっていた。
「そこの方」
魔女は立ち止まり、顔を向けた。そこには異装の小男がもみ手をしながら、左右に身体を動かしながら立っている。「道化」や「愚者」と呼ばれる、王の従者の一人である。
「何か用か?」
魔女は感情をのせない視線を送る。
「いえ。北の森の魔女様をお近くで見られるのは初めてでございまして。ご挨拶をと」
「そうか?」
「ええ」
「それはおかしいな? おまえは先王の愚者でもあったはずだ」
魔女の言葉に道化の顔が一瞬こわばった。だが、すぐに緩んだ笑みを浮かべる。道化はどこかオカシク歪んだ人物であるか、それを演じる者たちである。普通の人ではないゆえに、王に許可なく話しかけたり、包み隠さずに事を伝えたり、意見することを許されている特殊な立場の人間だった。
「いえ。先王様は、病床にわたくしめをお呼びにはなりませんでして」
魔女はそれが暗に、魔女が先王の部屋にやってきたことを知っていると告げていることに気づいた。
「王はどう思われますかね」
「わたしにも忠告か?」
「いえ、魔女様に忠告などできるわけが……ただの道化のたわごとでございまして。では」
道化は大仰な態度で一礼すると、妙なテンポで歩いて行った。
夜が訪れ、婚礼の儀式が始まった。
古い伝統に基づいた服を身に着け宝剣を携えた王が、祭壇で妻となる女を待っていた。神殿の扉が開き、純白の緩やかな服を着た姫が、公爵を横にやってくる。諸侯が剣を抜き、切っ先を合わせて剣のトンネルを作る。魔女はM14を胸の前に掲げて、姫を見送った。
「ん?」
魔女が何かの気配を感じたのは、姫が祭壇へあと少しというところだった。閉まるべき神殿の扉が閉じていないのだ。そして、そこに立っていた神官がゆっくりと膝から崩れ落ちるのを見た。
神殿の入口から鎧の上に黒いサーコートをつけた十数人の兵が入ってくる。魔女が眉間にしわを寄せる。闖入者たちは、手にM4を持っていたのだ。
諸侯が異変に気づきざわめく。黒の集団は銃を構える。魔女の事や、エイコンの配下の銃兵を知っている諸侯たちは、自分たちと対峙している存在が、遠くから自分たちを殺せる存在であることを理解し、ゆっくりと後ろへと下がった。
「王を護れ! 急げ!」
魔女が叫ぶ。その声に祭壇の近くにいた諸侯たちが、自らの身体で壁を作った。
「さすがは北の森の魔女。判断が速い」
黒の兵の中から、一人の男が前に進んだ。顔に大きな斬り傷のある男だった。
「先に言っておきますが、我々はその辺をゴロゴロしているただの冒険者です。今回の仕事の報酬は充分過ぎるものでして。なので、この危ない橋を渡ることにしました」
「そうか。目的はなんだ?」
魔女はずいっと前に進んだ。黒の兵の何人かが銃を構えなおす。黒の男はそれを制する。
「簡単な話です。王位を明け渡していただきたい。ということです。幸いここには、大司教様もおられる。大司教様が廃位を宣言すれば、王はその席を失います。ああ、それは婚儀の前に、となりますが」
「誰の差し金だ?」
「ええ。私は詳細は知りません。話によると、先王の甥にあたる人物が、次の王座につくことになっているとか」
諸侯たちがざわめく。ここまでの陰謀ともなれば、今ここにいる人間の中に、その陰謀の黒幕がいるのは確実である。互いの顔をみて、何かをつかみ取ろうとする。
「我々も、神殿を血で汚すことは避けたい。皆さんも死体になってここを出るのは願い下げでしょう。そうですね。夜明けまでに決めてください。それまでに決まらなければ、我々は、このマリンコの武器を使って、皆さんを撃ちます」
黒の男が手にしたM4を軽く叩く。
「これの力を一番知っているのはあなたでしょう? 北の森の魔女? 皆にそれを伝える時間をあげましょう」
「そうだな」
魔女は黒の男の前に立ち、辺りを見回した。危機には違いないが、少しも慌てていない自分がいるのが妙に可笑しかった。
「わかった。とりあえず、朝まで待とうかね」




