「神」との戦い
伯爵の息子──シュウジの発想は、城内や領内に居る知識層・職能集団を大きく動かした。夢想と思われていたアイデアのブレイクスルーとなったり、異なる技術集団が保有していた技術の交流などが行われ、それは新たな発見や技術として結実した。
シュウジの言で伯爵が始めたのが、水利関係の強化であった。シュウジも「バケツ戦争」を実体験したところから、水の大切さを理解し、川や池といった水源の管理と、畑に水を供給する方法を提案したのだ。そのアイデアを受け入れた職能集団により、いくつかのため池が作られることになった。それは畑への水の供給が目的であったが、干ばつなどの緊急時には生活用水として使うことも考えられていた。ため池には食糧となる魚も放された。
シュウジは、粉ひき所の水車の構造を利用した揚水装置のアイデアも示した。原理や細かい設計は職能集団が担当し、水車の大型化と、バケットによる水路への揚水の実験が行われ、実用化されていった。その技術から派生した足踏み式揚水装置も作られ、畑への水やりはもちろん、水汲みの場でも使われるようになった。
シュウジの下には、錬金術師や技師といった者たちが入れ替わり立ち代わり訪れていた。シュウジは先行している地球の技術をわかりやすく説明し、技師たちの質問にもわかる限り答えた。技師たちは、シュウジの計算速度の速さに興味を示した。複雑な文字を使って計算を行っていた技師たちは、シンプルなアラビア数字による計算の優位性をすぐに見抜いたのだ。すぐに様々な定理や計算法が導き出され、物の設計はもちろん、建物の建設、土地管理といった場面でも使われるようになった。
これらの事から、シュウジは知るようになった。ここの人たちは決して知識や技術が遅れているわけではない。異なる世界に合わせた発展をしていたのだ。彼らが気がつかなった事を、自分がたまたま知っていたにすぎない。のだと、シュウジは理解した。これらの技術に、地球で幾多の人間が導き出した知識が注ぎ込まれることによって、新たな技術体系の確立が、今現在行われているのだ。その技術には地球には無い、魔法も加えられている。魔法の欠点は、持続時間の短さだったが、金属加工や建設作業にその力を発揮している。
しばらくすると、伯爵の城には他の領主たちからの使いや、技師が訪れるようにもなっていた。皆が伯爵の子息の知恵を欲していたのである。伯爵は惜しみなくそれを伝えるようにシュウジに言った。シュウジはそれに従い、包み隠さず知識を披露した。
その頃城下町では、奇妙な遊びが流行っていた。豚の膀胱を膨らませて、それを革で覆ったボールを蹴飛ばしあうという遊びだった。子供たちはそのボールを、開いている家の戸などに蹴り込んだ者が勝ち、というルールを作った。家の用事をさぼってボール蹴りに熱中する子供たちに、親たちは閉口していたが、じきに若者や大人たちの間でもこのボール遊びが広まっていった。大人たちは仕事の合間にボールを蹴りあい、ついには教会や神殿の戸口にボールを蹴り込むに至った。町によっては、住民総出の祭りに発展したところもあった。
ボール蹴りが流行る町の裏では、技師や絵師たちにより新たな文化が作られつつあった。「絵物語」の発達である。それまで一枚絵と物語の文章を書きこんでいた形式が変化し、一枚のキャンバスにいくつかの絵が描かれ、そこにこま切れの文章が書かれるようになったのである。当初は1冊だけの肉筆回覧形式であったが、木版画の技術を利用した印刷が行われ、一気にその冊数が増えたのである。それまで錬金術師や魔法使いだけのものだった「本」が、一般化しはじめたのだ。識字率の高い上層階級の者たちは本を読むようになり、吟遊詩人の中には、絵物語を広げて語って聞かせる者も出始めていた。
シュウジの改革は、じわじわと進んでいたのだった。
しかし、それを文化侵略と思う者たちがいた。神学者たちである。
神学者たちは、厄災戦の原因でもある「マリンコ」の知識を異端と見ていた。厄災戦から今まで、その排除と封印化を続けていたのである。しかし、このシュウジという「異端」の登場に、神学者たちは恐怖を覚えた。異端として宗教裁判にかける事もできたが、相手は王国内でも実力のある伯爵家である。下手をすると戦争が始まる可能性もあった。
そこで神学者たちが考え出したのは、シュウジだけを闇に葬り去る事ことであった。
暗殺である。
闇の中を3人の神官戦士が音をたてないように歩いていた。手にはメイスを持ち、盾を装備している。彼らは伯爵の城下町にある教会から派遣された、いわば「神の戦士」であった。神の名の下に、マリンコの技を使うシュウジを倒すという事である。
しかし3人は、この任を心の底では良いとは思っていなかった。伯爵領から広がった新たな時代の空気に、今までの旧態然とした世界とは比べ物にならないほどの、一種の清々しさを感じていたからだ。だが、神官戦士としては、神の名により与えられた任は果たさねばならなかった。そうでなければ、自分たちが先に罰せられるのだ。
「ん?」
先頭を歩く神官戦士が立ち止まった。もう少しで城門というところである。
「なんだこれは?」
城壁に滑石で大きな〇にバツ印が書かれているのだ。その前に自分が立っている。神官戦士の勘が、すぐに逃げろと告げた。しかし、次の瞬間には、神官戦士の首元に銃弾が叩き込まれた。首を寸断された身体が転がる。その様子を見た神官戦士が立ち止まり、来た道を引き返そうとした。しかし、空を斬ってやってきた弾頭がその二人も即死させる。
ナットが命中したと告げる。魔女は暗視照準器に大型のサプレッサーを装着したM200のボルトハンドルを引き、空薬莢を排出する。横のナットが夜戦仕様のターゲットスコープを動かし、周囲を偵察する。
「お客さんだね」
ナットの指さす方向に魔女は照準器を向ける。城の後ろの方に十数人の人数が走っていくのが見える。
「あっちはボルトたちに任せて大丈夫さね。こっちは他の連中が来ないかを待つだけさ」
魔女は煙草に火をつけ、ぽわんと紫煙を吐く。
城の後方に向かっていたのは教会に雇われた冒険者の一団であった。腕に自信がある冒険者たちは、高い報酬につられてこの仕事を引き受けたのだ。相手はマリンコの技術を持つが、ただ一人の少年である。楽な仕事だと誰もが思っていた。
石段を駆け上がり、城へとつながる防壁の前に達する。ここに縄梯子をかけて、城へ侵入しようというのである。何本かの縄梯子が投げられ、冒険者たちは防壁の上に這い上がる。
「ようこそ。あの世の入口に」
冒険者たちは防壁の上に立つ、小柄なダークエルフの姿を見て足を止めた。銀色の髪が夜風に舞い、右眼を隠した眼帯が現れる。
「で、誰から死ぬのかな?」
ラチェットは手にしていた細身の剣で地面に円を描く。顎をあげ、相手を見下す視線を向ける。
「くそっ!」
冒険者の一人が剣を振り上げラチェットに向かった。ラチェットは剣を素早く走らせた。
「あ、がっ……」
冒険者が膝を落とす。手から剣が転げ落ち、両腕がだらりと下がる。喉からは血が噴き出ている。冒険者の左右の脇の下と首筋が斬られていた。斬られた男は口からピンク色の泡を吹いて倒れる。その様子を見ていたラチェットがニタリと笑う。
「さて、次は誰かな?」
ラチェットの声に冒険者たちはいきり立った。しかし、ここは狭い防壁の上だった。数では勝ってはいたが、ラチェットと対峙するのは一人だけとなる。ラチェットは、踏み込んでくる冒険者のつま先を斬り飛ばし、倒れてくる身体の首筋に鋭い一撃をくわえる。また一人が死体となり、ラチェットは姿勢を正して次の相手を挑発する。
冒険者の一部が縄梯子を巻き上げ、防壁の向こう側へと投げおろした。このまま城内に乱入しようというのだ。ラチェットが次々と死体を増やしていく間に、冒険者たちは暗闇の中庭に降り立ち、目標がいるであろう城の中に入るための入口を目指した。
カシュッというため息のような音が数度、闇の中で聞こえた。胸に2発、頭に1発の銃弾を受けた女戦士がぐらりと倒れる。そして、その向こうに緑色の四つ目の怪物が姿を現した。
「よう、小僧ども。相手が悪かったな」
ボルトはサプレッサー付き拳銃を構え、慌てふためく集団に向けて銃撃する。胸に2発、頭に1発を撃ち込み、着実に倒していく。拳銃の弾が尽きると、銃をバッグに投げ入れ、素早くM4に持ち替える。冒険者たちは、全くの暗闇の中で恐慌状態となっていた。あえて緑色の眼の怪物に近寄ろうとする者はいなかった。もう逃げるしかないと彼らは思ったのだ。縄梯子に駆け寄り、その順番を巡って争いが起こる。ボルトはその様子を見て肩をすくめた。
「レンチ。あとは任せた」
「i,copy」
レンチは、こちらもサプレッサーを装着したHK416を構え、醜い争いをしている冒険者たちに、慈悲無き銃撃をくわえた。しばらくすると、誰も動かなくなった。
「そっちはどうだ?」
ボルトは防壁を上のラチェットに聞いた。
「こっちは片付いたよ。2、3人逃げたようだけど」
「そいつらは追わなくていいだろう」
「わかった」
ラチェットは剣を一振りして血のりを飛ばすと、鞘に納めた。
「それにしても、メムはどうしてこの事を知ったの?」
レンチがボルトに聞く。
「ああ。俺たちの兄弟は各町々にいて、いつも聞き耳を立てているのさ」
「それで、か」
レンチは倒れている冒険者を見下ろした。
「こいつらも私たちが相手になるとは思ってなかったんでしょうね」
「これで懲りてくれればいいんだが」
「それはどうだか」
レンチはふぅっとため息をつく。
「シュウジが心配か?」
「それは、まぁ」
「ま、これで伯爵の方も対策を練るだろうさ」
「それで解決するならいいんだけど」
レンチは暗視装置を上げ、上を見上げた。防壁の上のラチェットが視線を感じて、手を振った。
陰謀を巡らせた神学者たちは恐慌に襲われていた。自らが放った刺客が、まさか北の森の魔女によって倒されるとは思っていなかったからだった。魔女はどこにでも現れ、長い指で確実に死を与えてくる。その指に自分たちが絡めとられると思ったのだ。
彼らとしても自分たちの命と地位は喪いたくはなかった。確かにマリンコと、その具現化した存在である「北の森の魔女」は、異端であり倒さねばならない。しかし、今の今までそれに成功した者はおらず、その多くが命を落としている。下手に刺激すると、何が起こるかわからない。教会の奥まで指を伸ばされるようなことがあれば、自分たちは権力を失うことにもなりかねない。
そこで神学者たちは、目を閉じる事にした。伯爵家への襲撃は、一部の狂信者による犯行ということにしたのだ。生き残った冒険者は、教会が持つ力によって闇から闇へと葬られた。
騒動は終わり、伯爵の地はまた普段通りの日々がやってきた。




