魂の駆動体
「おい、何かおかしくないか?」
異変に気づいたのはボルトだった。姫の列が入った後に、それを追うように一団が神殿の中に滑り込んだのだ。聞いていた式の手順とは違うと思った。
「何かある……」
ボルトはレンチを呼んだ。列の後方にいたレンチがラチェットとともにやってくる。
「おそらくだが、式次第にない事が起こっているようだ。ただの俺の勘違いならいい。だが、俺の背中の毛がそう言ってない」
「予感がするって?」
「ああ。神殿に入って、中を確認する。何も起こっていないのならそれでいい。そうじゃなかったら、俺たちでやる」
ボルトの脇にナットがやってくる。
「レンチとラチェットは裏から行ってくれ。俺たちは側面から行く。入口からは入れないだろうからな」
「わかった」
レンチがラチェットともに音も無く列の後ろへと行く。ボルトもナットを連れて列を離れる。
「ボルト!」
列を抜けたボルトにシュウジが声をかけた。
「どこにいくんだ? トイレなら向こうだぜ」
「ちょうどいい。おまえも来い」
ボルトはシュウジに簡単に説明する。
「何かが起きてるって!? それを確認するだけだろ。出入口から中の人に聞けばいいじゃないか」
「神殿は儀式が終わるまでは封鎖されている。だから、不正規な方法で覗くしかない」
「大丈夫だよ。だって、誰も何も騒ぎになってない」
「いや、俺の予感が間違ったことは少ないのでな。おまえが来なくても、俺らは行く」
「わかった。一緒に行こう」
シュウジは剣の柄を軽く叩いて返事をする。ボルトはよしっと言う。
神殿の後方に回ったレンチたちは、神殿に付随する地下墳墓の入口に立っていた。
「せっかくの制服を汚したくないのに」
「こっちもドレスが台無しだよ」
「これで何も無かったら、ボルトはしばらく洗濯とトイレ掃除の刑にしよう」
レンチが戸を開ける。カビた空気が漏れだす。レンチは覚悟を決めて中に入った。
「暗い」
「ちょっと待って」
ラチェットが短く呪文を唱える。するとレンチのHK416が光り出した。
「ライトの呪文。銃、使えないでしょ」
「そうだね。助かる」
レンチはHK416を肩づけして前を歩く。銃を中心とした球形に灯りが進んでいく。通路の左右には棺桶が並び、時折ネズミや虫などが走る。
地下墳墓を抜け、神殿の奥の資材置き場やいろいろと準備する部屋や、控えの間がある構造に足を踏み込む。
「何か来る」
階段の上からゆっくりと降りてくる者の、金属が触れ合う音がする。相手はこちらの灯りが何物かを調べに来たようだった。
灯りの中に相手が入ってくる。黒い覆面に黒いサーコートを着た人物だった。レンチが驚いたのは、手にM4を持っていることだった。
「マリンコ!?」
声を上げるレンチの前にラチェットが立つ。銃声が響き、発射炎が迸った。
「間一髪ってやつだね」
放たれた銃弾はラチェットが展開した障壁によって防がれていた。黒の兵が銃とラチェットを交互に見る。ラチェットはニヤリと笑うと、指を弾いた。
黒の兵の身体が吹っ飛び、壁に押し付けられる。
「な、なに?」
「この前考えた魔法の応用だよ。障壁で相手を制圧するってね。さ、武装解除して」
レンチは黒の兵に近寄り、素早くM4を引っこ抜き、覆面をはぎ取った。その下には、歯の欠けたどこにでもいそうな傭兵崩れの顔があった。
「マリンコじゃない。おおかたどこかの冒険者かなんかだろうて」
ラチェットが黒の兵に近寄る。そして首をつかんだ。
「話してもらおうか? お返事は?」
ボルトたちは神殿に何基か立つ塔の一つに向かい、それを支える構造物によじ登っていた。何とか庇まで身体を持ち上げて、出窓の一つに潜り込めた。
階段の下に薄暗い空気がある。
「先は俺たちが行く。シュウジは後ろを警戒してくれ」
「大丈夫なのか?」
「俺たちには鼻がある。心配するな」
ボルトとナットが先行する。シュウジはいつでも剣を抜くことができるように、鞘を位置を動かした。
「誰か来る」
ボルトは姿勢を低くし、ナットが壁に身体を押し付け、シュウジに止まるように合図する。シュウジは歩を止めた。
下から黒の兵が上がってくる。ボルトは敵がM4を持っているのに一瞬驚いたが、すぐに冷静になった。この世界で、M4をぶらさげているような連中は自分たち以外にはいるはずがない。いるとしたら、エイコンの配下ぐらいだ。しかし、エイコンが配下を連れてきたとは一言も言っていない。ならば、普通の相手ではない。
黒の兵はボルトのすぐそばまで近づいていた。ボルトはタイミングを見計らって、相手の足をつかんだ。バランスを崩した兵の身体をナットが受け止め、首と右腕に腕を回した。ナットはボルトのアイコンタクトを受け取ると、兵の首をへし折った。
「やっぱり何かいやがった」
兵の装備を確認する。
「何なんだこいつら」
「少なくとも、招待客じゃない」
覆面をはぎ、その下の顔に見覚えが無いかを確認する。魔女のかつての家族という可能性があったが、年齢や喉の奥から漂ってくる酒の匂いに、そうではないと判断した。
「銃がある」
シュウジはボルトが壁の方に押しやったM4を指さした。
「使わないのか?」
「もちろんだ」
ボルトはM4を拾い上げ、慣れた手つきでバラシて床にパーツを転がした。
「どこのどいつがいつ整備したのかわからん銃が使えるか。弾が出るかどうかもあやしい」
ボルトが毒づく。その向こうでナットが兵のバッグから数本のマガジンを引っ張り出した。
「お、弾は使えるようだ」
ナットから投げ渡されたマガジンを素早く確認し、ボルトは提げていた愛用のM4にマガジンを挿入し、チャージングハンドルを引く。
「さて、ここからが本番だ」
神殿の中には緊張した空気が流れていた。
そんな中でも王は威厳を保ち、姫もまっすぐ背筋を伸ばして黒の男や兵たちを見据えていた。姫の父親の公爵も、シュウジの父親も、王を護る人の壁として立ち、一歩も退かない姿勢を見せていた。
魔女は神殿の中頃に立ち、辺りを見回していた。黒の男と、その配下は全部で15人ほど。全員がM4で武装している。だが、その手つきは充分に訓練されていないのが一目瞭然だった。おそらく、それぞれ数回試し撃ちをしたぐらいだろう。だが、その一撃が致命的な威力を発揮するのはわかっている。照準があいまいでも、15挺の射撃がすべて外れるのは統計学的にも考えられなかった。
魔女は待った。何かのタイミングで、形勢が動く事がある。その瞬間を狙うしかなかった。
そんな魔女の耳が、遠くで弾けた微かな銃声を聞き取った。おそらく、この中でそれに気づいたのは自分だけだろうと、魔女は思った。現に、目の前の男も、他の兵たちも気づいたそぶりは見せていない。ボルトか、他の誰かが動いているのだ、と魔女は確信した。そうなると、少し緊張がほどけた。
「さて、少し話でもしようじゃないか。朝までは時間がある」
魔女は黒の男に話しかけた。男は魔女の方を向く。
「一つ聞きたいんだが。もし、すべてがうまく行ったとして、あんたらはここからどうやって逃げるんだい?」
「ああ、その事ですか。それは、公爵の姫君を人質にします。姫君は公爵の一粒種です。どうあっても死なせるわけにはいかない、というわけです」
「なるほどね」
魔女は神殿の天井を見上げた。そして、その一部がゆっくりと開くのを見た。ボルトが顔を出す。ボルトは魔女に祭壇の方を見るように指さした。魔女がそちらに眼をやると、祭壇の奥のドアが微かに動き、そこからレンチとラチェットが音も無く出てくるのが見えた。
魔女は黒の男の方を向いた。
「ところで、死ぬのは怖くないか?」
男は応える。
「そうですね。まぁ、こんな稼業をやってれば、死ぬことなんぞは些細な事ですよ。もしかして、魔女ともあろう者が死ぬのが怖いので?」
「そうだね。死ぬのは怖いさ。だが、死は誰にでも平等に訪れるものさ。王にも姫にも、ここにいる貴族たちや街や国の人々、あんたにもわたしにも。誰もそれを逃れることはできない。あとにあるのは、それがいつかということさ。それがいつのことなのかは、誰にもわからない……」
魔女はポケットに手を突っ込み、煙草とライターを取り出す。煙草を口にくわえ、火をつける。ロウソクの光のみの薄暗い神殿の中に、赤い小さな光が灯る。光はわずかに光量を増し、その後に紫煙が周りを舞う。
魔女はゆっくりと紫煙を吐き出し、にたりと笑った。
「だが、今日じゃない」
銃声が響いた。ボルトとレンチの射撃が、数人の兵を撃ち崩す。神殿の横のドアが開き、ナットとシュウジが雪崩れ込み、近くにいた兵を投げ飛ばし、剣でとどめを刺す。ラチェットがスカートをひるがえして跳び、引き抜いた細身の剣で兵の首を薙ぐ。
魔女は男にどうだい? と、ふへっと笑みを投げかけ、黒の男の右手を取った。そしてひねり上げ床に投げつける。
わずか数瞬で神殿に静寂が戻ってきた。黒の兵は銃撃を受けるか、剣で斬られるか、首をへし折られていた。魔女は黒の男の腕を限界までひねり上げ、肩関節を外した。嫌な音と絶叫が響く。
「大丈夫でしたか?」
シュウジがナットとともに魔女の下にやってくる。魔女は紫煙を吐き、男を足蹴にする。
「見ての通りさね」
神殿に安堵の空気が流れる。諸侯たちの壁が開き、王がやってくる。
「また助けられた。北の森の魔女よ」
「あんたとの仲だ。気にすることはないよ」
魔女が王に笑いかける。
しかし、その眼が大きく見開かれた。王の肩越しに、あの道化の姿を見たのだ。道化は短剣を手にしていた。魔女が王の肩に手をかけ、避けさせようとしたが間に合いそうも無かった。
そこに割り込んだのがシュウジだった。シュウジは道化の短剣を胸に受けた。
シュウジは短剣をつかみながら、剣を振るった。道化の首が飛び、床に転がる。
「がぁっ……」
シュウジが仰向けに転がる。口からは緑色の泡が噴き出していた。短剣に塗られていた毒のためだった。
視界がぐるりと回った。そして暗黒がやってきた。
くそっ、とシュウジは思った。ようやく面白くなってきたというのに。ここで死ぬなんて、と。
魔女は小屋のテラスの椅子に座り、遠くをながめていた。時折、ウサギやイタチが目の前を通り過ぎる。魔女はそれには一瞥もせず、ただ視線を遠くにやっていた。
向うから馬車がやってきた。飾りや造りから、それが伯爵家のものであるとわかった。魔女は立ち上がり、馬車を迎えた。
停まった馬車から、一人の青年が降りる。魔女はその顔を見て、少し残念そうな表情を浮かべた。青年は深々と頭を下げた。
「──彼は行ってしまいました」
青年は魔女にそう語った。
「そうかい」
魔女は視線を外し、空を見上げた。
「でも、彼は多くの物を残してくれました。彼の思い出と、彼が見知っていたものすべてをです」
青年は笑みを浮かべた。
「……そうさね。それはよかった」
魔女はそう言うことしかできなかった。
修司は目を覚ました。トラバーチン模様の天井と、点滴のスタンドが目に入ってくる。
「……オレは……」
その声を聞いた看護師が驚き、病室を出ていく。そして、医師と両親が部屋にやってきた。
修司はしばらくして退院した。まる3年ほど昏睡状態だったという。しかし、医師も驚いていたのだが、筋肉がまったく削げることがなく、逆にまるで鍛えているかのように増えたというのだ。
高校の卒業資格をとるための勉強をしつつ、修司は<通路>にまつわる資料に当たった。すでに20年以上前の話ということと、アメリカ一国が主導したこと、さらにはその後に起きた全地球的な人口の減少と、度重なる戦争と地震などの大事件の陰に埋もれてしまい、その全体像はつかむことができなかった。資料も英語のものがほとんどで、AIの支援を受けても、その翻訳には時間と労力がかかった。<通路>の発見、その後の植民、侵攻と失敗、<通路>の閉鎖などは歴史の彼方へと消えつつあったのだ。
そんな中、修司は探し続けた。海兵隊の中に「魔女」を見つけようとしたのだ。しかし、派遣された人数は数万人に及び、そのすべての顔写真を確認することはできず、この試みは挫折することとなった。
しばらくして、修司はあることに気づいた。走る事や、筋トレを苦も無くできるというのだ。さらには、複雑な剣術の動きを無意識で出せるということである。自分が昏睡状態だった間に起こったことは、本当の体験だったのだと。
週に二度ほど、代々木公園で行われている、中世の騎士たちの戦いを再現している剣術家の集まりに参加し、修司は異世界の剣術を披露した。そのあまりにもの鋭さに、他の参加者は驚嘆し、どこで学んだかを聞いてきた。修司はそれに笑みを返すだけだった。
夜の街を自転車で走る。街灯の灯り。コンビニ。電車やバス。スマホ。そんなものが無い世界など、数年前は想像することさえなかった。だが、自分はそんな世界にいた。
どこか遠くの恒星を回る星にあるのか、もしくは他の次元にある世界なのか。そこには、魔女とその仲間たちが間違いなく生きている。修司はまた会う時が来ることを願って、ペダルを踏み込んだ。




