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北の森の魔女 "The Baba Yaga of the Northern Forest" 第3シーズン  作者: 鉄猫


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その刃に切れぬものなし

 麦が実る頃となった。この周期は穏やかな天候で、いつにない収穫が期待されていた。

 北壁からわずかに中に入った街に、魔女たちはいた。魔女はやり終えた依頼の談判のために、顔役の所にいっている。レンチとラチェットは買い物、ナットは車で待機している。ボルトとシュウジはいつものように、路肩に座って過ぎゆく人々を見ている。

「あれが吟遊詩人?」

 シュウジはギターの胴体にハンドルがついている楽器のようなものを抱えた、派手な衣装の人物を指して言った。

「ああ、そうだ。昔話に英雄の話、噂話に艶話なんかを酒場で披露して金をもらっている。持ってるのはガーディという楽器だ。こう」

 ボルトは手で幅や高さなど大きさを示してみせる。

「弦が張ってあってな、ハンドルを回すと音を出す構造になってる」

「て、ことは、回転を伝える仕組みはあるということか……」

「お、また何か閃いたか?」

「そんなんじゃないけど。自分は知ってるようにみえて、何も知らないんだと思ってさ」

「でも、そのニホンというところは、ここより発展してるんだろ?」

「そうだけど、その一つ一つがどういう構造で、どう動いているのかはわからないんだ」

 シュウジは小石を道に投げる。

「んだけど、そのものが『何をする』のかはわかっているんだろ? その最初の発想が、手を動かす連中には重要なのかもしれん。技術はあっても、発想がなければ、先には進めん」

 ボルトはなんの肉かわからない串焼きを二口で平らげ、串を道に放り投げる。

 少し時間が過ぎた。

「ところで」

「なんだ?」

 ボルトがシュウジに応える。

「レンチとはいつ結婚するんだ?」

 シュウジの言葉に、ボルトが驚く。

「見てればわかるぜ。あんたがレンチに惚れてること。そして彼女さんもまんざらではないことも」

「そうか……」

 ボルトは視線を前に向け、訥々と語りだした。

「ああ。できることなら、今にでもレンチの連れ合いにはなりたいさ。でもな、それはメムに対して悪い。大事な前衛二人が抜けることになる」

「えっ、でも、あんただけでも残るんじゃないのか?」

「それはできん。レンチと一緒になった時点で、俺は今の仕事を辞める」

 ボルトは歯の間に詰まった肉片を爪でかきだし、ぴっと飛ばす。

「レンチを家に残して死んじまうわけにはいかないし、いつ帰ってくるのか、無事なのか、ケガはないのか、とか心配されるのも嫌だ。だから、辞める。それに、俺の背中を護るのはレンチしかいない」

 ボルトはふっと笑った。

「だから、おまえのような鍛えがいのある次の兄弟が入ってくるまでは、結婚はしないさ」

「鍛えがいか……いじめがいの間違いじゃないのか?」

「まぁ、そう思うのならそう思っててくれ」

 そう話している二人のところにレンチとラチェットがやってくる。手に籠を提げている。

「さっきの話はレンチには秘密だ」

「わかってるさ」

 レンチが目の前に籠を置く。

「で、いつものように座っているわけ?」

「力のベルトをしてるんだろ? そんな籠なら小指でぶら下げられるはずだ」

「試してみる?」

「いや、今度にしておく」

 ラチェットも籠を下ろし、赤く熟れた果物を取り、ボルトとシュウジに投げ渡す。おっととシュウジはそれを受けとめる。

「そろそろ慣れた頃だろうから、次の買い物はあんたにまかせるわ。見慣れてるとはいえ、この身なりじゃぁ、初めて見た連中には驚かれるからね」

 ラチェットは眼帯と暗い肌を指して言う。

「メムもそろそろ戻ってくるこ……」

 ボルトの耳がぴくりと動き、視線を北の城門の方に向ける。二三度鼻を鳴らすと、表情が強張った。

「血の匂いだ! それも半端な量じゃねぇ!」

 ボルトは傍らに置いていたM4を取り上げる。

「おまえらはナットの所に行け。北の城門に何か起こってる」

「わかった」

 レンチとボルトが視線を合わせる。

「無茶しないで」

「ああ」

 ボルトは北の城門に向かった。その頃になると悲鳴があちこちであがり、住民たちが南に向かって通りを逃げてきていた。その流れに逆らい、ボルトは進んだ。

「なんだこりゃ?」

 城門の前の広場は、まさに血の海に沈んでいた。門を護っていた衛兵や、屋台の主や買い物客、通り過ぎていただけの住民や旅の者の死体が転がっていた。そのどれもが横や縦に真っ二つにされていたのだ。

 そして、その真ん中にそれは立っていた。人のパーツを細く引き延ばしたかのようなシルエットで、赤と緑という色が複雑に渦巻く肌、そして頭のところには眼と口のような黒い染みがあった。

 ボルトは銃口を上げた。この状況を見れば何が起こっているのかは理解できた。迷うことなく引き金を引く。ばばっと三発の弾頭が飛ぶ。しかし、それは細い糸のような腕を振るい、弾頭を空中で切断した。切断された銃弾は安定した回転を維持できなくなり、それの左右を通って地面に落ちた。

「やるじぇねぇか」

 ボルトは冷や汗が流れるのを感じた。本能は逃げろと言っている。だが、ここでこいつを防がねばならない、と理性が言っていた。

 ボルトはストックを肩に押し付け、弾倉が空になるまでリズミカルな銃撃をくわえた。しかし、その射撃もそれは糸のような腕で叩き切る。

「マジかよ……」

 空になったマガジンを落とし、予備弾倉をポウチから引き抜き装填しようとした時、それは腕を振るってきた。ボルトの本能が「避けろ」と叫んだ。ボルトは姿勢を低くして頭上を襲った一撃をかわした。しかし、思わず上げてしまった銃が軌跡に重なってしまっていた。姿勢を戻したボルトが見たのは、斜めにきれいに切断されたM4の姿だった。

「くそっ、気に入ってたやつなのに」

 憎まれ口を放ちながら、ボルトはM4の残りを背中に回し、拳銃を抜く。カービンでも歯が立たなかった相手に、拳銃で勝てるはずは無いと思った。

「ボルト!」

 そこに百人力の声が聞こえてきた。

「メム!」

 左の視界の奥から、M14を構えた魔女が進んできた。

「こいつは腕でなんでもぶった切るようなヤツです!」

「知ってる。こいつは『通り魔』だ。その中でも『イトヌキ』と呼ばれているやつさ」

「通り魔?」

 魔女は視線をイトヌキと呼んだ相手に向けたまま答える。

「どこから来て、何が目的か、知性があるのかどうかもわからない怪異さ。不意に町や村に現れ、人を殺すとどこかに消える、そういうやつだ」

 魔女が銃撃をくわえる。イトヌキは腕を振るい、銃弾を切断する。

「こいつは物体の一部を文字通り『引き抜く』能力がある。切るんじゃない。引き抜くんだ。だから、鎧で防ぐ事は出来ないわけさ。さらに、飛来物を本能的に迎撃する」

「じゃぁ、どうやって殺すんですか?」

「わたしらが遭遇した時は、ミニガンで叩き殺したさね。さすがに数百発の銃弾をすべて『抜く』ことはできなかったようで」

 魔女はイトヌキに距離を取らせるために銃撃をくわえる。その意図に気づいたボルトが後退する。

「ボルト。車は近づけさせるな。銃だけ持ってこさせろ」

「i,copy」

 ボルトは道を走り、ちょうどやってきていたHMMWVを停止させる。

「何が起こってるの!?」

「説明は後だ。銃を持って降りろ。車内にいると危ない」

 車内は危ない、という声を聞いたシュウジは、以前の事を思い出し、あたふたとHMMWVを降りる。

 道すがらボルトは面々に説明した。とにかく相手がさばききれないほどの銃弾を撃ち込む必要があると。

「じゃぁ、俺の出番はないじゃないか」

「おまえはこれを使え」

 ボルトはポケットからキューブを取り出し、シュウジに投げ渡す。

「相手が腕を振るったら、その▽のマークを押せ。防御フィールドが発生する」

「もし、それを抜けてきたら?」

「死ぬしかないな」

 ボルトはナットから予備のM4を受け取り、装弾すると駆けだした。シュウジもその後に続く。

 魔女はイトヌキと対峙していた。イトヌキは動体を察知すると反射的に攻撃をくわえてくる、というのに気づいたのだ。M14を構えてぴたりと静止すると、イトヌキも行動を止めた。顔のように見えているのはただの模様のようで、光学以外の方法で周りを見ているのだろう。

「メム!」

 ボルトたちが広場にやってくる。そこにイトヌキの手が伸びた。シュウジがキューブのボタンを押すと、イトヌキの手は空中で弾き飛ばされた。

「どうやら物理フィールドは効くようだ」

 ボルトはラチェットに目配せする。ラチェットはレンチを連れて、魔女の向うへと走る。その動きに対応しようとしたイトヌキに対して魔女とボルトが牽制射撃をする。そうすると、イトヌキは銃弾の迎撃を優先した。

「しかし……このままじゃ、埒が明かないねぇ……」

 魔女はイトヌキを見ていた。イトヌキはするりと立ったままである。通り魔はどこかに住んでいるわけではない。そういう意味では雨や雷のようなものだった。倒すか、消え去るまで待つしかなかった。

 シュウジは恐る恐るイトヌキの様子を見た。肌の表面に模様が渦巻いている。時おり腕を振るって、魔女が放つ銃弾を糸抜きしている。

「そうだ。ボルト」

「なんだ? キッド」

「俺が昔読んだマンガにこういうセリフがあったんだ。『どんなに剣の腕があっても、水を切ることはできない』っていう。だから、あいつも液体は切れないんじゃないか?」

「液体……」

 ボルトはしばし考えていた。

「──そうか! ナット!」

 兄の声に弟は反応する。

「燃料缶だ! レンチ! こっちに来い!」

 レンチが反応し、走り出す。そこに糸が飛ぶが、それはラチェットの防御魔法が防ぐ。

「せっかく向こうに行ったのに、何を?」

「この芸当はおまえじゃないとできない。ナット、用意はできたか?」

 ナットがハバーサックから5ガロン(20リットル)燃料缶を数個取り出す。

「メム!」

 ボルトはホールディングバッグから取り出したサーメイト手榴弾を、魔女に投げ渡した。魔女は何が、と思ったが、ボルトの周辺の動きを見て、察知したようだった。

「よし、レンチ。あいつに向けてこの缶を投げろ」

「わかった」

 レンチは燃料缶を軽々と持ち上げると、片手でイトヌキに向かってなげつけた。ボルトはM4を構え、イトヌキの注意を引くために発砲する。

 イトヌキは銃弾と缶のどちらにも反応したが、到達時間の差を使って両方を迎撃した。銃弾を切り裂き、その後に缶を真っ二つにした。が、そこから飛び散ったディーゼル燃料をもろにかぶった。それを見たレンチは続けざまに缶を投げつけた。イトヌキは迎撃するが、液体の糸を抜いても液体を止めることはできない。

 燃料まみれになったイトヌキは、何かの動きを察知して、顔のようなものを魔女に向けた。魔女はサーメイト手榴弾のピンを抜き、イトヌキ目掛けて投擲した。その動きにイトヌキが反応し、手榴弾と魔女に向けて糸を放った。手榴弾は切断されたが、ラチェットが張った防御魔法によって魔女への攻撃は防がれた。

 上だけになったサーメイト手榴弾は空中で信管が発火し、わずかに残った燃焼剤を燃え上がらせた。それで充分だった。糸抜きによって引き抜かれ、霧状になった燃料が点火し、周囲に散らばった燃料を爆発的に燃焼させた。その只中にいたイトヌキは一瞬にして業火に包まれた。

 炎の中でイトヌキは悶え、ぐるぐると動いていたが、やがて動きをとめ、ロウソクが燃え尽きるように火の中に消えた。

「街の連中に言ってきな。燃え尽きるとは思うけど、念のため砂を用意するようにと」

 魔女の指示にレンチが了解と言い、顔役の下へと走った。

 幸い石造りの道と、城門近くの広場であったため、建物への延焼などはなく火は収まった。イトヌキが立っていたところには何も残っていなかった。

 騒ぎは続いていたが、ボルトとシュウジは道端に座ってその様子を見ていた。

「水は切れない、か」

「マンガで読んだのを思い出しただけさ」

「そうだ! そのマンガの話をしてくれるか? いろいろと面白そうだ」

「えーっ! 俺は絵が描けないぜ」

「いや、話となんていうか……さっきの言葉みたいなものだけを教えてくれるだけでもいい」

「それなら何とかできるか」

「領主になるのをやめて、吟遊詩人になるか?」

 シュウジはボルトを小突く。ボルトは悪ぃ悪ぃと返した。

「さて、帰るとするよ」

 HMMWVが目の前にとまり、魔女が声をかける。

「ここは放っておくので?」

「わたしらはいないほうがいいさね。通り魔の仲間と思われても面倒さ」

「それはそうですね」

 ボルトとシュウジは腰を上げ、HMMWVに乗り込んだ。一行は城門を抜けて、夕暮れの道を走っていった。


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