刻の住人
「何してるんだい?」
シュウジはテラスの前にシートを広げて、なにやらやっているボルトに声をかけた。ボルトは振り返らずに答える。
「M4を直しているんだ」
シュウジが手元を覗き込むと、そこにはバラバラにされたM4のパーツが並んでいた。一部にきれいに寸断されたものもある。イトヌキとの交戦時に破壊されたものらしかった。
「銃を丸ごと交換したらいいじゃん」
「そうは行くか。こいつとは長い付き合いだ。トリガー部分は長い間をかけて調整したし、グリップは手に合わせて削り込んでる。みんな同じ銃に見えても、それぞれが違う。中には弾がてんでバラバラに飛んでいく、とんでもなく出来の悪いのもいる。パーツを選んで、この世で一番の銃を作るんだ」
ボルトはフレームにトリガー部分を装着し、引き金の引き具合を確かめる。
「こいつは自分の命を護るための重要なものだ。その分時間をかける」
「ふーん」
「で、おまえが持ってるそれは何だ?」
ボルトはシュウジが抱えている、茶色の球体を指さして首をかしげた。
「ああ。これはサッカーボールだよ。猪の膀胱を膨らませて、それを猪の皮で覆ってある。ナットに作ってもらった」
「さっかーぼーる? また、変な物を作ったな」
「こうやって使うんだ」
シュウジはボールを落とし、何度かリフティングしてみせる。足、膝、頭を使ってボールをコントロールしてみせた。
「何の芸だ?」
ボルトが笑う。
「ホントは地面に転がして、11人対11人で戦う球技だよ。ルールは簡単。このボールを手を使わずに運んで、相手のゴールに放り込めば1点だ」
「ふむ。で、その『きゅうぎ』とやらは、何の役に立つんだ?」
ボルトが不思議そうな顔をする。
「役に立つって……そう、スポーツだよ、スポーツ。身体を動かして、心身を育てるんだ」
シュウジは学校で習った教科書の内容を思い出して、それを口にした。
「すぽーつ? 心身を鍛える、か。なるほど。体操や訓練と同じようなもんだな」
ボルトは作業の手を止めて、立ち上がった。
「貸してみろ」
シュウジはボールをボルトに渡した。ボルトは見よう見まねでボールを蹴る。ボールはあさっての方向に飛び跳ね、転がっていく。ボルトはそちらとニヤニヤ笑いしているシュウジの顔を交互に見て、ボールを拾ってきて、また蹴る。ボールはまた飛んでいく。
「難しいもんだな」
「そりゃ、すぐにはうまくならないさ。練習あるのみだ、な」
シュウジはさんざっぱら掛けられたボルトの口調を真似して言った。ボルトはボールをシュウジに投げ渡す。
「チキュウでは、こんなもんで遊んでいるのか?」
「サッカーは、地球で最も人気があって、競技人口も多いスポーツだね」
「腹は膨れん」
「それでも、これを職業にしている人もいる」
「球蹴って金稼ぐのか!?」
ボルトの顔が驚愕で埋まる。
「そうさ。トッププレイヤーなら、大きな家やかっこいい車を買ったり、中にはサッカーチームを運営してる人もいる」
「それが戦いの無い世界か……」
ボルトは座り込み、再びパーツを手にとり組み合わせる。
「俺たちケイナインは、生まれもっての戦士なんだ。雄雌ともに武器の扱いを覚え、群れや居留地を護るために外敵と戦う。覚えるのは戦うことだけ。他には何もないのさ」
フレームにグリップを取り付け、その具合を確かめる。
「俺はメムに育てられたから、親父やお袋のような戦士にはなれなかったが、この身体に流れている血が、それ以外の道を示そうとはしていない。俺はおまえがうらやましい。戦うこと以外の事を良く知っていることをな」
ボルトは照れ隠しにパーツをごちゅごちゃと拾っては投げする。
「でも、俺は、日本の事を考えても、もう帰れないんだぜ」
「ニホンはいいところか?」
ボルトの言葉にシュウジはうなずく。
「何でもあるさ。コンビニにネット、ゲームにマンガ。どこかに行きたければ電車や車、飛行機もある。誰かに連絡したければスマホを使えばいい……だけど、ここにはそれは無い」
シュウジはボールを抱えたままテラスに座りこんだ。
「ここにあるのは、文字通りの血と銃の煙の匂いだけだ」
「その、マンガとやらは、こんな世界の生き方を教えてはくれなかったのか?」
シュウジは泣き笑いの表情を浮かべて応えた。
「こんなハードな世界なんて無かったさ。どれもこれも、異世界で悩みも無くうまくやって、成り上がる話ばかりさ」
「まぁ、おとぎ話というものは得てしてそんなもんだ」
「正直なところ、俺は日本に帰りたい。もしくは日本の事は全部忘れてしまいたい。何をやっても、何を見ても、日本の現実と比べてしまうんだ。わかるか? あんたに」
「いや、わからん。残念ながら」
ボルトは銃を組み立てる手を止める。
「その苦悩を知る人間に、どうすればいいか聞くしかないだろう」
「そうさね」
頭の上から聞こえた声にシュウジは顔を上げる。そこにはくわえ煙草の魔女が立っていた。
「わたしは、日本のマンガも小説も読んだことが無いから、そこに何が書かれていたかは知らないがね。でも、異なる世界の記憶を持って、異なる世界を生きる辛さは知っているさ」
シュウジはおずおずと魔女に聞いた。
「あんたは……どうしたんだい?」
魔女は一度視線を森の方に向けた後、シュウジの方を見た。
「忘れた」
「忘れた?」
「ああ。頭の中に箱を作って、そこに故郷の事や思い出を詰めて蓋をした。そうでもしないと狂ってただろうね」
魔女はテラスの柱にもたれると、煙草の灰を落とした。
「<通路>が閉じ、皆が死に、わたしはここに残された。最初はすぐに<通路>が再びつながり、帰れると思っていたさ。でも、熱望の『1年』が過ぎ、希望の『10年』が過ぎ、絶望の『100年』が過ぎ……わたしは何度か口に銃口を突っ込んで死のうと思ったさ。だけど、こうも思った──同じ死ぬのなら、戦いの中で死のうと。死んだ仲間の分も生き続け、戦い続けようとね。そこで地球の事は忘れることにした。残したのは身についた技と武器と部隊を動かす知識だけさね。そうすれば、長い時を過ごすことができる。簡単ではないけど、できない話ではないさ」
「俺にもできると思うか?」
「さぁね。どう折り合いをつけるかだ。それに」
「それに?」
魔女は煙草を消し、バケツに吸殻を落とす。
「わたしはこの世界では、どうやら不老のようでね。まだまだ長い時間を過ごしていかないといけないらしい。でも、あんたはこの世界の住人、何十周期が経てば、墓場行きさね。それまで我慢すればいいだけさ」
シュウジは目の前に立つ老年の女性が、物凄く強い人間なのだと気づいた。想像できないほどの長い時間を、ただ一人の地球人として生きてきたのだ。思い出す故郷の記憶を持ち、帰れないという現実を噛みしめ、時というシステムに逆らい続けるという存在──
シュウジは眼を大きく見開いた。魔女が笑っている。
「──そろそろ、旅立つ頃かね」
シュウジは急に己を恥じる感情を覚えた。自分は何ともったいない時間を過ごしてきたのだ。ここまで偉大な人生の師匠に、自分は何ていうことをしてきたのか、と。もっと素直になれば、もっと学べたのではないのか、と思った。
「ボルト、俺は……」
「お、やっと、おまえから名前呼びに繰り上げか」
ボルトがシュウジの方を向く。シュウジはボールを投げ渡した。
「今まで……」
「いや、礼には及ばん。俺もちゃんとしないと、夕飯を抜きにされてたからな」
ボルトが大声で笑う。魔女も笑い、シュウジも小さい笑いからじきに大きい笑いに変わった。
「何やってるの?」
騒ぎを聞いたレンチとラチェットが小屋から出てくる。
「いや、ボルトのやつがね……」
小屋に夕暮れの陽が差し、テラスの面々をオレンジ色に照らした。




