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北の森の魔女 "The Baba Yaga of the Northern Forest" 第3シーズン  作者: 鉄猫


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心の隙間

「敵は数万。こちらは300。勝てますかね?」

 先任曹長は煙草に火をつける。彼は火のついたライターを差し出した。煙草を出し近づける。ジジッと音が鳴り、闇の中に赤い火が灯った。

「ああ。勝てはしないが、いい線まではいくだろうさ。最後のトラックが行って36時間経ってる。ここで防げば、避難民に追いつくことはできないさ」

 視線を森の奥へと向けた。闇に包まれた森の向こうには、この世界のあらゆる種族で構成された軍隊の群れがいる。静かにしていれば、その息づかいが聞こえるかもと思った。

 照明弾が上がる。パラシュートに吊るされた光源がゆらゆらと揺れながら、辺りに光を投げかけた。その光に、一列に掘られた塹壕が照らし出される。各所にM3ブラッドレーや、HMMWVを配置した。充分な火力を提供できるだろう。

 時間が過ぎる。MREを開けて食べる。これが最後の食事になるだろう。

「そろそろ夜明けです」

「ん」

 東の空が明るくなってきた。森の木々を一本ずつ見分けられるほどの明るさが辺りを覆う。

 動きがあった。背の低い人影が見える。斥候だろう。

「数は12ほどです。射撃は?」

「撃て。全滅させてかまわない」

 塹壕からまばらな発射音が響く。悲鳴が聞こえ、森の中へ逃げていく音がした。

「来るぞ。用意しろ」

 M14を構える。部下たちもそれぞれ銃を構えて白い息を吐いている。

 鬨の声が聞こえた。同時に森の中から無数とも思える人影が走りだして来る。足長の他に、ドワーフやハーフフット、ゴブリン、オーク。ジャイアントの姿も見える。この世界に住まう様々な二脚の知的種族の混成部隊だった。

 HMMWVのミニガンが吠える。まだ皮鎧しか着ていない敵は、瞬く間に肉塊になり果てる。巨大な種族に対しては、M3の25㎜弾が撃ち込まれた。ホブゴブリンやオーガが頭や上半身を吹き飛ばされて後ろに倒れる。迫撃砲が間の抜けた音を発し、森の中に致命的な破片をぶちまける砲弾を撃ち放った。

 しかし、津波とも思える敵の流れは止まらなかった。地雷の爆発も、その勢いを止めることはできなかった。塹壕の部下も手にした銃やグレネードランチャーで迎撃する。敵は死体の山を築きながら迫ってくる。

 左手で合図する。陣地の後方からロケット弾が発射される音が響いた。ロケットは白煙を残して高く飛び、空中でカバーを開き、無数の子弾をばらまいた。

「頭を下げろ!」

 壕の中に潜り込む。雨のような音が響き、爆風が頭の上を駆け抜けていった。

「頭を上げろ!」

 顔を上げる。クラスター弾頭を喰らった敵の先陣は文字通り消滅していた。その後ろへもクラスター弾が雨のように降り注いでいき、爆発が森の彼方へと続いていく。

 それでも敵は止められなかった。相手は損害に構わず攻め立ててきた。数を任せて踏みつぶすつもりなのだろう。ミニガンが撃つのをやめた。銃身が過熱したのか、弾が切れたのだろう。銃手はM4を持ちだし、射撃をくわえている。

 矢が飛び交うようになった。敵は弓兵を前進させてきた。矢の雨の援護を受けながら、敵兵が殺到する。突撃してくる敵兵の何人かは銃撃で倒されるが、何人かは塹壕に達した。ギラリと光る剣や斧が振り上げられる。

 銃声と剣戟の音が響き渡る。近接戦闘で塹壕から敵兵を追い出し、銃撃をくわえる。

「えらい騒ぎですな」

 先任曹長が銃を撃ちながらのんびりした口調で言う。

「なに、もうじき終わるさ」

 M14で弓兵を狙い撃ちにする。歩兵は怖くない。だが、近距離までに迫った弓兵は脅威である。矢は数本でこちらの戦闘能力を奪う。

 銃撃は続いた。壕の中に積み上げられていた弾倉が次々に空になり、銃身の過熱で壊れたライフルを捨て、予備に交換して撃つ者もいる。箱ごと壕内に持ち込んでいた手榴弾が次々と投げつけられる。敵の歩兵が倒れ、死体によって地面が見えなくなるほどだ。弓兵の他に魔法使いも前進してきた。火球や雷撃、ガスが塹壕に撃ち込まれる。車輛が炎上し、何人かは魔法の直撃を受けて地に転がる。

「そろそろ看板です」

 看板──弾薬が切れるということだ。集められ、運用できるありったけの武器弾薬を用意していたが、それが失われるのだ。左右の壕を見る。多くの部下が近接戦闘や弓兵、魔法によって撃ち倒されていた。

 甲高い音を聞いた。振り返ると、いつも北の空に見えていた青白い光の塔が明滅していた。

「<通路>が……」

 何人かの部下が北の空を見ている。敵兵も攻撃する手を止め、呆然と顔をあげている。

 音は鋭く周囲を薙ぎ、そして不意に止まった。耳の中に耳鳴りだけが残る。

 北の光の塔は消えていた。<通路>が閉じたということがなぜかわかった。

「これで最期になりますか。おもしろい日々でした」

 先任曹長が煙草に火をつけ、M4に銃剣を取り付ける。

「フィックス・ベイオネッツ!」(Fix bayonets)

 生き残りの部下たちが銃に銃剣を取り付け、持てるだけの弾倉を服のあちこちの差し込めるところにねじこむ。

「いきましょうや」

「そうさな」

 先任曹長から煙草を受け取り、深く吸う。紫煙をぽわっと吐き出し、それが流れていくのを見る。煙草を先任曹長に返し、銃を天に向けて差し上げる。

「さぁ来い、くそ小僧ども! 永遠に生き続けるつもりか!?」(Come on, you sons of bitches! Do you want to live forever?)

 そう叫び、塹壕を真っ先に飛び出す。光の塔が消えるのを呆然と見つめていた敵兵に向かって突撃する。背後で「Oorah」声が上がる。塹壕から十数人の部下たちが飛び出してくる。相手に至近距離の銃撃をくわえ、銃剣を叩きこむ。敵の剣を銃で受け止め、蹴り倒し、銃弾を胸に撃ち込む。銃を剣で飛ばされた者が、ヘルメットを武器として相手に殴り掛かっている。敵兵を投げ倒し、喉もとに深々と銃剣を差し込む者がいる。敵から武器を奪い、相手の首筋に叩き込む者がいる。ナイフや拳を武器にして、討ち倒した敵を捨て、次の敵に向かう者がいる。誰もが勇敢に、悪魔のように戦った。絶叫が響き、血しぶきが飛ぶ。もはや人間性はそこにはなく、戦闘機械だけが動いていた。

 やがて静かになった。

「……地獄の底までついて行こうと思いましたが、どうやらここまでのようです……」

 かたわらに立っていた先任曹長が膝から崩れ落ちる。その身体には十数本の矢が突き刺さっていた。

 辺りを見回す。すべての部下が倒れていた。壕の中で動けなかった者も、動く腕や脚を使って這い出し、壕の外で最後まで奮戦し死んでいた。中には敵の喉に噛みついて死んでいる者もいた。

 敵はこちらを見ていた。振り向くと、敵はびくりとし、数歩下がった。その目には恐怖の色があった。歩を進めると、それに合わせて敵は後退する。弓兵も魔法使いも怯えている。敵は数千の死体を積み上げたが、こちらを殺しきることができなかったのだ。

 M14を肩に担ぎ、煙草を取り出し、火をつける。その一挙手一投足を敵兵は見ていた。ゆっくりと吸いこみ、大きく煙を吐き出す。恐怖が拡がっていくのがわかった。下手に動けば、次に死ぬのは自分だと思っているのだろう。

 不意になぜか可笑しく感じた。

 千の敵の前で、大声で笑った。



 魔女は眼をあけた。いつの間にか昼寝をしていたようだった。窓の外からは柔らかな日差しが差し込んでいる。

「夢か……」

 椅子から立ち上がり、ソファに座る。頭を後ろに倒し、背を伸ばす。口から自然とあーっという声が漏れる。

「何かありましたか?」

 逆さになった視線の先にレンチが立っている。

「お茶かコーヒーでも?」

「ああ。そうだな」

 魔女は立ち上がると、戸棚からクッキーの箱を持ってきた。レンチがコーヒーの入ったマグを二つ持ってくる。

「うなされてましたよ」

「ああ。あんまり見たくない夢を見ていたもんでね」

「夢、ですか?」

「わたしも夢ぐらいみるさ」

 魔女とレンチは向かい合わせに座る。

「みんなはどうしてる?」

「ええ。ボルトとキッドは森に行ってます。ナットはお昼寝中。ラチェットは納屋で何かしてます。リベットは……いつも通り」

「そうか……」

 魔女はふぅと、ため息をついた。

「どこか具合が悪いんですか?」

「ああ。あの一件以来、寝つきが悪くてね。あんまり寝た気がしない」

「例の件ですか……」

「子供が死ぬのを見るのは……ね」

 魔女は両手を伸ばして見せた。左手の薬指に銀色の指輪がはまっている。

 しばし静かな時間が流れた。不意に魔女が口を開く。

「レンチ……わたしには旦那と子供がいてね」

 その言葉にレンチが驚く。

「だ、旦那さん……それに、こ、子供ですか!? えっ、それってあの」

「なに、こちらの世界ではないさ。向こうの世界、地球にさ」

 魔女はクッキーを一口かじる。

「男の子と女の子が一人ずつ。まぁ、二人とも独り立ちする年齢にはなってた。そうだから、わたしはこちらに行く任務に志願したわけさ」

「旦那さんは、どんな方でした?」

「まぁ、どこにでもいる優しくてドジな男さ」

「会いたいですか?」

「ああ。もちろん。だが、向こうはどれぐらいの日数が経っているのかわからない。知っている者はすべて死んでいるかもしれない。でもね……わたしは帰りたい──愛する人のことは忘れられないもんだよ」

「あ、え。なんで、そんな話を……私に」

「知っててほしいのさ。同じ女としてね」

 レンチは、どうして魔女が話したわけをわからずにいた。

「わたしがボルトやキッドのようなクソガキや、おまえさんやラチェットのようなかわいい子を育てるのは、愛しい人に会えないという、心の隙間を埋めるためなんだろうね。それに、子供の死に怒りを感じるのも、それが理由なんだろうさ」

「心の隙間……」

「子供への愛、さね」

 魔女は辺りを見回して、誰もいない事を確認して、レンチに向き直った。

「レンチ──ボルトの子が欲しいかい?」

 いきなりの問いに、レンチはあわあわとする。

「それは……あの、その……まぁ、……はい、何といいますか……」

「そうだろうね。愛する人の子が欲しいというのは、女として純粋で普通の気持ちさね。おかしくはない」

 レンチは照れ、テーブルにのの字を書いている。

「奇跡というものがあるのなら……ボルトとの子供を……」

「こればっかりはどうなるか、わたしにもわからないさね」

「ボルトには内緒にしておいてください」

「ああ。もちろんだとも。わたしの子供の話も秘密しといてくれないかい」

「わかってます」

 レンチはふふっと笑った。

「──なんにせよ、話を聞いてくれてよかったさ。このところのもやもやが晴れた気がする」

「もう1杯いかがですか?」

「もらおうか」

 レンチがキッチンに向かう。魔女はその背を見て、ふっと笑った。



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