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北の森の魔女 "The Baba Yaga of the Northern Forest" 第3シーズン  作者: 鉄猫


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復讐は我にあり、我が報復せん

 その日。魔女はとある領主の葬儀に参列していた。寒い日ということもあり、他の人々と同じように外套に身を包み、棺が運ばれていくのを見送った。

「今日は来てもらってありがとう」

「いえ。ご主人には、食料品の手配などで良くしてもらったからね」

 魔女のところに葬儀を終えて、皆への挨拶を終えた領主夫人がやってくる。

「これからどうするんで?」

「この子が成人するまでは、主人の兄に後見人となってもらいます。距離は遠いけど、なんとかなると思うわ」

 夫人の陰に隠れた、まだ幼児と言っていい男の子が魔女の方をジッと見ている。魔女はひざまずき、ポケットからチョコバーを取り出す。男の子は母親と魔女の顔を交互に見る。夫人がうなずくと、男の子は魔女からチョコバーを受け取る。

「ありがと」

「どういたしまして」

 男の子はまた夫人の陰に隠れる。

「照れてるようだね」

「甘やかしすぎましたか」

 魔女と夫人は笑う。

「魔女殿にはお子さんは?」

「今は手に負えないのが1人いるってとこかね」

 魔女はシュウジの事を思い出し、そう言った。

「それはよかった。大変でしょ?」

「幸い、うちには頼もしい兄弟がいるから」

 夫人の夫が治めていた荘園は、北壁の近くはあるが、安定した収穫をあげる肥沃な地であった。先代からこの地を受け継いだ夫君は、抜群の知性と魔女の知識的援助の下、荒れ地をさらに切り開き、収穫量をさらに増やし、王国内でも有数な土地を築き上げた。しかし、夫君は流行り病のためこの10日ほど前に落命したのであった。

 棺を見送る葬列が町を抜け、門へと続く。魔女と夫人は、それを少し高台にある城の主城門の前で見送っていた。遺体はこれから火葬され、その骨は城下の教会へと納められることになる。

「ここは寒いし、城の中に入りませんか?」

「ああ。そうし──」

 魔女の眼がわずかな動きを察知した。

 動きがあったのは町の門だった。数十人の武装した兵が、葬儀のために開いていた門に侵入し、警備の兵と交戦をはじめたのだ。葬列が崩れ、人々が逃げ惑う。棺もその場に投げ捨てられるように置かれた。

「どこの連中だい!?」

「あの旗印は……隣地の……!」

 荘園領主の死は、その周辺地域のバランスを大きく崩す時があった。周辺の領主たちが、その地の簒奪に動くのである。夫人が主人の兄を頼ろうとしたのもそれが理由である。しかし、そのような時間を簒奪者たちは残してはいなかった。葬儀という、町の防御が最も手薄となる時を狙ったのだ。

「中へ!」

 城の中に入れば、それなりの時間を稼ぐことができ、数日あれば、ボルトたちを呼ぶことも可能となる。

 城門を破った兵たちは、城を落とすべく、主城門へと向かってくる。着飾った姿は、それが傭兵たちであることを示していた。

 荘園を管理する領主たちであったが、自前の兵力を持つ者は少なく、多くが傭兵を雇い入れ、彼らに土地を与えて半農半兵という立場を与えていた。傭兵たちは普段は畑を耕し、いざとなると戦いへと赴くのだ。その際には、敵地での略奪が許されることもある。それを目当てに領主に頭を下げる者は少なくなかった。

 魔女に促され、城を護る主城門の中へと向かおうとした夫人が何かに気づき、振り向くと魔女を突き飛ばした。何が! と魔女が思った次の瞬間、黒い影が先ほどまで魔女が立っていた場所に降り立った。

 それは黒いドラゴンだった。表面の艶めいた黒い鱗が波打つ。その背には鎧を着た乗り手がいる。

 しかし、魔女はそれを見てはいなかった。視線はドラゴンの足元に向いている。

 ドラゴンの足の下。そこには夫人と男の子が倒れ伏していた。血がじわじわと広がっていく。ぴくりとも動かない男の子の手には、あのチョコバーが握りしめられている。

「ハハッ! この門の護り手はおまえだけか?」

 竜騎兵が槍の穂先を魔女に向ける。魔女はじっと動かない二人を見ている。その様子に、竜騎兵は首をかしげる。

「俺を恐れて動けなくなったか? へぇ、よく見たら婆さんじゃないか? 俺の相手には、少々歳をとりすぎてるなぁ」

 竜騎兵が嘲笑う。ドラゴンが首を下げ、鼻息を魔女へとぶつける。

 魔女はひざまずき、夫人へと手を伸ばした。夫人がその手に気づいて顔を上げる。

「……坊やは……無事…?」

「ああ。無事だ。わたしが見守るさね」

 その言葉を聞き、夫人は「よかった」とつぶやき、眼を閉じてがくりと地に伏した。魔女は立ち上がり、竜騎兵に背を向ける。

「どうした? 降伏するなら今だぞ!」

 主城門へと向かう坂を乱入した兵たちが上がってくる。

「……けろ」

 魔女のつぶやきに竜騎兵が、聞こえないなぁ、と首をかしげる。

「……どけろ」

 魔女が腰のホールディングバッグからM14をまるで剣のように引き抜く。

「その足を……その足をどけろと言ってるんだよ!」

 振り向いた魔女はM14を構えると、的確な射撃を竜騎兵とブラックドラゴンへと放った。弾頭は竜騎兵の鎧とドラゴンの鱗を貫通し、内部損傷を引き起こすロッドを開いた。旋回力を残した弾頭は、ロッドを体内で回転させ、内臓をずたずたにする。マリンコ(海兵隊)は敵を確実に仕留めるために、貫通後に破片化したり、姿勢を大きく変える弾頭を使っていた。戦争における条約なぞなかったからだ。

 竜騎兵とドラゴンが激痛にのけぞる。魔女は容赦なく射撃を続けた。竜騎兵の兜を、胸郭を、腹を、腕を、脚を弾頭が破壊する。ドラゴンも頭部に射撃を受け、顔面がずたずたの肉塊に変わる。弾倉を交換し、ドラゴンの逆鱗にありったけの弾を撃ち込む。

 血を吹いて竜騎兵とブラックドラゴンが倒れた。それを見た兵士たちの足が止まる。魔女は外套をはぎ、戦闘服を露わにする。

「こいつは……」

「まさか……」

 兵たちの間に動揺が走る。

「北の森の──魔女!」

 魔女はM14の弾倉を交換し、ボルトレバーを開放する。重い音をたてて弾薬が装填される。魔女は無言で兵に対峙した。その眼は陽の光を反射した眼鏡で見えない。

 兵たちは槍や棹状武器を構えてじりっと後退する。目の前にいる相手は、今さっきいとも簡単に竜騎兵とブラックドラゴンを倒したのだ。恐怖が周囲を覆っていく。

 緊張に耐えかねた一人が声を上げる。それにつられて数人の兵が魔女に向かって走り出した。魔女はそれにむかって引き金を引く。兜をかぶった兵の頭が地面に落とした果実のように爆ぜる。

 兵たちは恐慌に陥った。相手はその名を知られる「魔女」である。深い北の森に住み、挑戦した者は誰も帰ることはなかった。その魔女が目の前にいる。進んでも退いても自分たちには死しかない。

 踏みとどまった兵たちががむしゃらに突撃してくる。魔女は無言で銃を構え、事務的ともいえる最小限の動きで引き金を引いた。兵たちは突撃してきた勢いのまま撃ち倒され、地面を滑る。

 魔女は倒れた兵の斧を拾い上げる。そして、こちらを向いて下がろうとしている兵に向けて投げつけた。斧を額に受けて兵は倒れる。

 魔女は再びM14を構え、リズミカルに引き金を引きながら前進する。恐怖で足がすくみ、進むことも退くこともできなくなっていた傭兵たちは倒れていく。魔女の弾は、板金鎧もその下のチェインメイルも簡単に貫き、内部を破壊する。殺戮の中を魔女は無言で進む。

 弾倉を交換し、さらに射撃を続ける。武器を捨てて逃げ出した兵の背中を撃つ。構造物の陰に隠れて奇襲を試みた兵の剣をいなし、腹に銃口をおしつけて発砲する。血を吐く相手を蹴り飛ばす。

 城下で略奪をしていた兵たちが、城の方から聞こえてくる聞きなれない破裂音に顔を上げる。そこに城から逃げてきた兵たちがやってきた。兵たちは口々に「魔女が来る!」と叫んでいた。傭兵たちは略奪品を取り落とし、通りをやってくる魔女の姿を見た。しかし、わずかな時間しかそれを見ることはできなかった。魔女と目が合った者は、次の瞬間には頭を銃弾で砕かれたのだ。

 魔女は容赦しなかった。武器を捨てて逃げる者。略奪品を地面に投げ捨て慈悲を乞う者。手を上げて降伏する者。すべて公平に対処した。至近距離からM14を撃ち放ち、硝煙と死体を残して進む。

 町を囲む城壁が死の罠となった。警備兵たちは城から聞こえる音と、敵の動きを見て、城門を閉じたのだった。町の中に閉じ込められる形になった傭兵たちは、避難のために家屋の中に入ろうとするが、住民が抵抗し、中に入れずに通りに残された者は、魔女が撃ち倒した。

 最後の兵が血しぶきとともに地面に転がる。魔女は無表情かつ無言でそれを見下ろしていた。

「……あの……魔女様……」

 荘園を管理を任されている城詰めの地頭(じがじら)が、恐る恐る魔女に話しかける。魔女が応える。

「主人の棺の奪還と、夫人と子の埋葬を頼む。それと王都に土地争いの仲裁の使いを出せ。わたしの名を出せば、王が対応するだろう」

 魔女はそう言い残すと城門へと向かった。その背に地頭が声をかける。

「どちらへ行かれるので?」

 魔女は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。

「クソ野郎にけじめをつけさせるのさ」

 魔女が微かに口元を曲げた。歯ぎしりの音が響く。



 隣地の城は大変な騒ぎに包まれていた。

 領主の死の隙をついて己の領地の拡大を図った企てが、たった一人の手によって失敗に終わったのだ。しかもその一人というのが、あの北の森の魔女だという事だと知り、どうすればよいのかと、領主と地頭たちは頭を痛めた。傭兵や冒険者たちであれば、金や身分などの餌でどうにかなる話であったが、相手はそんなものでは首を縦に振らない存在である。最後の頼みとして、王都へと使いを送った。王と魔女の関係は知られている。もしかすると王が仲裁に入ってくれるかもしれない、という一縷の望みをかけたのだ。

 城下に傭兵たちが集められた。配下の傭兵たちは数十人はいたが、集まったのは20人ほどであった。あとは襲撃先で死体になっているか、逃亡していた。集まった者たちの間にも動揺は拡がっている。

 領主は城を固めさせた。時間を稼ぎ、使いが何らかの報をもたらすをことに期待するしかなかった。

 夜がやってきた。

 領主は部屋の窓から何かが投げ込まれる音を聞いた。部屋の中に転がってきたのは人の頭で、その持ち主は王都への使いとして送った者だった。

 その直後城の下で重い破裂音が響いた。それは20回ほど響くと終わった。領主は何が起こったのか理解した。

──魔女が来る。

 無駄だとわかりながらも、部屋の中から金貨や財宝をかき集めた。もしかするともしかするかもしれない。それだけが彼の脳裏にあった。

 ついに城の中から破裂音が聞こえてきた。それは、まさに死神の足音だった。

 部屋のドアが開く。入口に魔女が立っている。領主は床に集めた財宝を指さす。

「こ、これで……命だけは……」

 魔女はくわえていた煙草をぷっと吐き捨てた。

「それで退くような奴だと思うかね?」

 魔女が歩を進める。

「これはわたしの復讐さ。誰の物でもない。わたし自身が思い、考え、決断した復讐さね。だから、誰も止められない」

 魔女は煙草を口にくわえ、火をつける。紫煙がただよう。

「この世界に、死より残酷な事があればいいんだが……できる限りやってみようかね」

 魔女がナイフを引き抜き、領主へと大股で近づく。

「なに、少しばかり苦痛を与えるだけさ。どこからがいい? 歯ぐきか? 指か? それとも陰部からか? 人生最後の体験だ。どうせなら、自分で選ばせてやるさ」

「やめてくれ! 助けてくれ!」

「あの人たちには、それを言う間も無かったさ」

 魔女は逃げようとする領主を腕をつかんで床に投げ倒すと、マウントポジションをとる。両腕を膝で押さえ、ナイフを向ける。

「では、歯ぐきから行くとしようかね」



 跡取りを失った夫人の領地は、王が代官を送り、夫の兄の子の一人が成人した際に引き継ぐということとなった。領地の簒奪を狙った領主の土地は召し上げられ、それは死んだ夫人のものとなり、それまでの土地同様に受け継がれることになった。

 簒奪を謀った隣地の領主は、身体をズタズタにされた状態で見つかった。数日は生きてはいたが、どうすることもできずに死ぬに任される事になった。



「どうしたんですか。どこか具合でも悪いんですか?」

 小屋のテラスの椅子に座り、黙って遠くを見ていた魔女にボルトが話しかける。

「ああ。ちょっとね。気が重い」

「──例の件ですか。領地争いは過酷とはいえ、あれはないです。自業自得としか」

 ボルトは草の葉をちぎり、ぽいと投げ捨てる。魔女は大きなため息をついた。

「子供が死ぬのを見るのは、いつまで経っても慣れやしない。眼を閉じると、顔を思い出してしまうさね」

「自分は──それは言わずにおきます」

「わかってるさ」

「何か温かいものでも?」

 ボルトの声に、魔女は迷いを捨てるかのように伸びをした。

「そうしようかね。皆を呼んできな。一休みとしよう」

 魔女は立ち上がり、小屋の中に入っていく。ボルトがそれに続き、ドアを閉める。

 夕方の日差しが小屋に差し込んでいた。


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