熱視線
昼下がり。
「邪魔するよ」
ロロドスの小屋のドアが開き、魔女とシュウジが入ってくる。ロロドスは手を止めて椅子から立ち上がり、二人を迎える。
「お久しぶりです。そちらが話に聞く……」
「そう。キッドさね。まぁ、自分ではシュウジって言ってるがね」
「ハゲで眼鏡でデブなおっさん……その耳は、もしかしてエルフ?」
シュウジの言葉に、ロロドスは笑顔を向ける。
「ええ。長年エルフをやらせてもらっています。こう見えても、若い時分にはいい男だったんですよ」
「へぇ……」
ロロドスはウェスで手を拭き、魔女には椅子、シュウジにはベッドに座るように言う。
「何を作ってたんだい?」
「ええ。レンズとやらを作っています」
「レンズ!?」
シュウジが驚く。
「レンズって、あの。眼鏡とかカメラの?」
「ええ。魔女殿やあなたの世界ではありふれたものかもしれませんが、この世界にはまだ存在していないか、ものすごく希少なものです」
ロロドスは近くの箱から、磨き上げられたレンズを取り出し魔女に手渡す。魔女は表面に触れないようにして持ち上げ、本棚から窓の外に向けてみる。
「……よくできてる。材質は?」
「特別に厚く吹いてもらったガラスです。それを切って、あとはこの砥石と、砥石片を臼で挽いて作った砂で丹念に研磨します」
机の上にある凹んだ砥石と、油を混ぜて液体になった砂を示す。
「まだ試作段階ですが、いくつかは完成しています」
「そういえば、なんだけど」
シュウジが魔女から渡された眺めながらロロドスに聞く。
「なんで窓ガラスが無いんだい?」
「窓ガラス……」
ロロドスが首をかしげる。
「窓扉の代わりにして、雨風を防ぐと同時に、外の光を中に入れるものさ」
「ふむ……なるほど! こう……」
ロロドスが黒板にチョークで絵を描く。円をいくつか並べて、それを四角で囲む。
「このように吹きガラスをつなげて、窓扉の代わりに、というわけですね」
「四角くない」
「ガラスを四角く作るのは難しいです。切って作ることもできますが、数や同じ大きさのものがそろえられません」
「まぁ、そこもいつかは解決できるさね」
「そうですね」
ロロドスはシュウジからレンズを受け取り、代わりに机の脇から大きな筒状のものを取り上げた。
「これが完成した『望遠鏡』とあなた方が言うものの試作品です」
魔女がおおっと声をもらす。シュウジは何が珍しいんだい? という顔をしている。
「この前話したばかりじゃないかい」
「ええ。興味が湧きましたので、すぐに作り始めました。幸いレンズは先に作っていましたから、あとは組み立てながら、あっちをいじり、こっちをいじりして、何とかできました」
「大きい」
シュウジが感想を口にする。
「ええ。まずは原理の習得です。改良して小型化するのはまた別の話ですから」
「また質問なんだけど。おっさんはなんでこんなことしてるんだい? メムに頼めば、レンズも窓ガラスも望遠鏡も手に入るのに」
魔女は、シュウジが自分の事をメムと呼んだことに気づいて、ほうっと言葉をもらした。
「ずるはダメです。原理は聞きましたが、それを自分たちで作ることが大事です。実際に手を動かして作ることにより、それがどのように作用して、どういう現象を起こすかがわかります。それが技術や知識というものですよ」
「ただの太ったエルフじゃないんだ」
「ええ。こう見えても、長年いろんな物を見てきています」
ロロドスは望遠鏡を見て、そうだ。という顔をした。
「そういえば、あることを思いついたんです。見ていってください」
「ほう、面白そうな事かい?」
「見ればわかります」
ロロドスはウィンクを返す。
しばらくして、3人は村はずれの空き地にやってきた。ロロドスは例の望遠鏡と、それより大きな筒状の物を抱えている。
「では、組み立てます」
望遠鏡と筒が鉄で作った足に取りつけられる。望遠鏡は正面に、筒はやや上を向いている。
「細工は流々仕上げを御覧じろってやつです」
ロロドスは座り込み、筒を右肩に載せ、両足を鉄の足に当てて踏ん張る。望遠鏡を右眼で覗き込む。
「行きます。あそこの岩のわきの木の枝……右に出っ張ているヤツです」
「風で揺れてるあれだね。相当な距離がある。200……いや220ってとこだね」
魔女の眼が本能的に距離を計測する。魔女はロロドスがとんでもない事をすることにピンときたようだった。シュウジの背を押して、脇に立つように言う。
「では」
ロロドスがコマンドワードを唱えると、筒からファイアボールが発射された。ファイアボールは宙を飛び、わずかな曲線を描いて進み、先ほど示した木の枝に命中して爆発する。
「どうです? 筒の中にはスペルストアワンドが入っています。そこにファイアボールをチャージして、コマンドワードで発射します。筒が上を向いているのは、発射されたファイアボールがその辺の地面にぶつからないためです」
「なるほど。よくできてる」
「魔法がすぐに目標地点に到着するわけではないので、時間的ロスがあって避けられるかもしれませんが、効果範囲が大きい魔法ならその点はカバーできます」
魔女とロロドスは視線をかわして、いたずらが成功したかのように笑い合った。
「なにがそんなに面白いんだ? ファイアボールを飛ばしただけじゃないか」
「いや。ただ飛ばしたんじゃない。『長距離を飛ばし』て、『誘導』したんだ」
「そうです! 『望遠鏡追尾式誘導弾』とでも言っておきましょうか」
「いやいや、ただ飛ばしてぶつけただけじゃないか」
シュウジの言に魔女が説明する。
「何が凄いか説明しようか。この世界の魔法の多くは、『目標を見て』そこに効果を及ぼすものが多い。今のファイアボールが良い見本だ。ということは、射程距離は術者の視力、空間認識力に依存することになる。そこで、望遠鏡を使って『空間認識』を拡げたというわけだ」
「その通りです。望遠鏡により遠くを『見て』、そこまで飛ばしたわけです」
シュウジはしばらく考えていた。
「……え、でも、そんな事ができて何の得が」
「まだわからないかい? わたしらの利点が台無しになるんだよ」
魔女はシュウジに言った。
「わたしらの銃──火器のアドバンテージは、魔法の射程外から攻撃できるという点にある。もちろん、1発の破壊力の差もあるが、この距離というのは埋めがたいものなんだ。確かにこの世界には、弓や機械弓、原始的ではあるが砲もある。だが、射程を伸ばすには限界がある。強い弓は引けず、火薬を多く入れた砲は爆発する。マリンコの武器に追いつくには、まだまだ時間が必要なんだ。だが、このハゲ眼鏡は、その溝を埋める発明をしたんだよ」
「あなたも言いますか」
ロロドスは頭を撫でる。
「望遠鏡が発達すれば、わたしが持つ狙撃銃にも匹敵するような射程を得られる可能性が出てくる、というわけだ。わたしは、今ここでロロドス、あんたを殺しておくべきかもしれん」
「勘弁してくださいよ~」
「もちろん、冗談さね」
魔女は煙草に火をつけた。ロロドスは一式を片付けながら話す。
「魔法も日々進化しています。それに技術もです。いつかはあなたがたの技術に追いつく事でしょう」
「魔法の進化……って、この世界には魔法学校とか無いのか?」
シュウジが驚く。
「ほら、魔法使いが集まって、魔法を研究したりする」
魔女はロロドスに向かって何やら言う。それを聞いたロロドスが、ああっと手を打つ。
「それがあなたの『異世界』の知識というやつですね。はい。ここには魔法学校などというものはありません。なぜなら、魔法使いは群れないからです」
「どうして?」
「ええ。自分が手に入れた魔法を、他の魔法使いに知られないようにするためです」
「なんでまた……協力すればいいじゃないか」
「いえ。そう簡単にはいかないのです。魔法の研究と、新たな魔法技術の獲得や、失われた呪文の復活には長い時間と資金、珍しい物品などが必要になります。私のようなエルフなら問題ありませんが、足長ともなれば、その時間は限られたものになります。そんな人生すべてをかけて導き出した呪文を、容易く他人に渡しますか?」
「そ、それは、まぁ」
「それに、危険な呪文を発明したりして、それを他の者に気づかれたらどうします? 良くて拷問の後に火あぶり、悪くてその場で首が飛びます」
ロロドスは面白いかのように言う。
「だから、魔法学校のようなものはないんです。魔法使いたちは、人里離れたところで知識を磨き、新たなものを作り出すのです。中には、大金と引き換えに他人に秘密を明かす者もいますが、多くが秘密とします。それが、ダンジョンの奥から発見される未知の魔法の呪文の正体というわけです」
「そうか。誰も知らない、誰にも受け渡されなかった呪文か……」
「そういうわけだ。遠距離、しかも誘導できる魔法なんて、魔法使いにとっては頭痛の種になるのさ。魔法使いの戦い方は、いかに相手の攻撃範囲に入らないようにしつつ、こちらの魔法をぶつけることだ。そこに、自分の認識範囲外から攻撃できるとなれば……だから、わたしはこいつを……」
魔女は首を絞める真似をする。ロロドスはぐえっという顔をする。
「まぁ、わたしらはいざとなれば、地平線の向こうから攻撃できるけどね」
「ずるは無しなんだろ?」
「わたしらは別さ」
「これだよ」
荷物を荷車に載せたロロドスが二人に言う。
「もちろんですが、この技は封印します。いつかは誰かに伝えるかもしれませんが」
「もったいない……」
「しょうがないさ。これが魔法使いの一面ってやつだ」
シュウジはまたこの世界の裏に触ったことを知った。
「さて、そろそろウチの使い魔たちが帰ってくる頃です。お急ぎでなければ、彼からいろいろと話を聞かせてもらいたいんです。その、異世界の話を」
ロロドスは期待にあふれたきらきらとした眼をシュウジに向けた。これがおっさんじゃなくて、美少女エルフだったらよかったのに、とシュウジは思った。




