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北の森の魔女 第3シーズン  作者: 鉄猫


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バケツ戦争

 事件が起こったのは、麦の収穫が終わった頃だった。

 伯爵家と隣接する子爵家の領地の境界線となっていた川を、子爵家の傭兵たちが渡り、村から1個の木製のバケツを奪ったのだった。この川は一種の暴れ川で、毎年暖かい時期を迎えると増水し、流れを大きく変えていた。当然農業に水は欠かすことができず、長年水利権を巡っての争いが続いていたのだ。

 そこに降って湧いたこのバケツ強盗が、大きな火を噴くことになったのである。

 伯爵は子爵に対してバケツの返還を要求した。ただのどこにでもあるバケツではあったが、バケツは水を表すものであり、その象徴を奪われた事は、水源を奪われたのと同様と見なしたのだ。子爵はその返還を拒否し、さらには境界線の変更を伯爵に要求した。変化した川の流れに、取り決めた境界線では現状を示していないというのだった。

 両者の対立は決定的なものとなり、互いに兵を川岸に進めた。伯爵と子爵は、王都に使いを出し、王の差配を受けようとしていたが、その結果が届くには長い時間がかかるとみられた。

 川岸に布陣した双方の兵たちは、雇われた傭兵たちが大半を占めていた。領地を守るための常備兵を持てるのは、王家や経済力のある貴族しかできなかった。そこで、土地を管理を任せ、半農半兵という形で、傭兵を集めるのが普通であった。傭兵たちは戦が起こると駆り出され、領地を守るために戦うのだった。

 派手な鎧や衣装を身に着け、戦場での己の働きを誇示する傭兵たちが居並ぶ姿は、一篇の絵巻物のようである。伝令の馬が走り、騎馬に跨り戦いの開始を待つ騎兵や、槍を並べる歩兵たちの緊張が空気を満たしていた。

 伯爵は十数騎の馬廻の者たちを従え、前衛の後方に、手勢とともに位置していた。水源の確保という死活問題を他人に任せるわけにはいかなかったのだ。伯爵の横には、騎乗のシュウジの姿もあった。

「敵は動くのでしょうか?」

 シュウジは父親に語り掛けた。伯爵は息子がまた何かを閃くかと思い、戦場に連れてきたのだ。

「こういう時には、先に動いた方が負ける。兵をまとめるのが、将の仕事だ」

 前線となっている川辺では、互いの兵たちが罵りあい、裸の尻を見せたりと、挑発をくりかえしている。兵たちも先に動いた方が浮足立ち、そこを突かれる事を知っている。

 しかし、長い間の待機は精神をすり減らす。それぞれの我慢が限界に達した時、戦端が開いた。

 どちらが先に動いたのかはわからない。数本の矢が射かけられたのと同時に、騎兵が川に入った。先に相手側の岸を抑え、味方の前進を助けねばならなかった。

「上流から兵を進ませると良いと思います」

 シュウジは騎兵や歩兵が、川の流れに難儀しているのを見て言った。

「流されることを前提にすれば、うまく岸にたどりつけます」

 伯爵はそうか、と頷いた。もちろんそれはわかっている。しかし、軍略もそんなに教えていない息子が自ら発した事に関心した。

「それは魔女殿の教えか?」

 伯爵の言葉に、シュウジは頷いた。伯爵は伝令にその旨を伝える。

 川の中では騎兵同士の戦闘が行われていた。剣や矢を受けた騎兵が水面に落ち、流れに赤い色を足す。

 上流に移動した別動隊が川に入り、流れに乗る形で反対側の岸辺へとたどり着いた。そこで迎え撃つ歩兵同士が剣を交える。

 戦いは伯爵側の優勢で進んでいた。元々兵の数も練度、さらには健康状態も相手側より高かったのである。それに潤沢な伯爵家は、多額の報酬を傭兵に支払うこともできた。それを目当てに傭兵たちは戦っている。

 戦闘の中で負傷する兵が運ばれてくる。専門の薬師が陣の後方に手当て所を設け、負傷者の手当てを行っていた。

 ここのでの手当は、諸侯のものとは違っていた。普通のケガの手当ては、傷に熱した植物油を注ぎ込み、布で縛るというものであった。もちろん麻酔など無い状態では、この方法によってショック死する者もいた。伯爵の手当て所では、油に代わりジャガイモから作った蒸留酒を使用していた。さらに、傷口に当てる布は熱湯で茹でた後に乾かしたものが使われた。これもシュウジがもたらした革命的な方法であった。

 伯爵の兵が対岸に橋頭保を作り上げ、騎兵と歩兵が次々と上陸していく。子爵側の傭兵たちは、伯爵の兵たちに圧倒され、浮足立ちはじめた。

「では、参るか」

 伯爵はシュウジに声をかけ、右手を上げた。後方に位置していた本隊が前進する。本隊の目的は、子爵領に攻め込み、バケツを奪取することにある。シュウジはたかがバケツ一つに、と思ってはいたが、水と言う戦略資源を確保するために命を賭けているのだということは、充分に伝わってきた。

 本隊が川を渡る。前衛は土手を越え、子爵の兵を散々に打ち負かしつつ、領内深く入り込んでいた。

「勝ち、ですか?」

 シュウジは、初めての本物の軍隊同士の戦いを、驚きと恐怖の眼で見ていた。傭兵たちは土地や金のために命を張り、殺し殺されの状況に身を置いている。まるで「武士」のようだ、とシュウジは思った。

「だいたいはそうだが、まだ終わってはおらん。相手の将が負けを認めるまではな」

 伯爵はさらなる戦果の拡大を目指して兵を進めた。

 その時であった。

「伯爵様!」

 馬廻の騎士たちが驚きの声と共に指差す。それまでどこに隠れていたのか、子爵の傭兵たちが側面に現れ、まっすぐ本隊に向かって突進してきたのだ。

「伯爵様を守れ!」

 騎士たちが伯爵とシュウジの周りを固め、歩兵たちが円陣を組む。そこに伏兵が雪崩をうって打ち込んできた。

 戦いは乱戦となった。傭兵たちの中には魔法を使える者がいるようで、そこここで火球が弾け、雷撃が奔った。兵がなぎ倒され、騎士の騎馬がいななき大きく前脚を蹴上げる。混乱した兵がむやみやたらと剣や長柄武器を振り回すが、敵の騎兵に討ち取られる。

 伯爵が剣を抜いた。それを見たシュウジも剣を抜く。ここは覚悟を決める時だった。

──大丈夫だ。あの時を思い出せ。

 シュウジはラチェットの素早い剣の動きを頭に描いた。あの通りにやればいいのだ。

 伯爵の姿を認めた敵兵が叫ぶ。伯爵とシュウジに向かって長柄武器が切っ先をそろえてくり出される。武器の中には馬上の者を引きずり落とすためのフックがついているものもある。鎧やベルトにそれらが絡まれば万事休すであった。シュウジは剣を振るい、自分と父親へ向かう長柄武器の切っ先を振り払う。

「父上!」

 シュウジは思った。ここで自分が囮になって、伯爵を逃がすべきだと。時には自分の身を捨てても、仲間を助けねばならない、と魔女から教えられていた。あの時は冷笑で聞き流したが、いざその状況に置かれた自分が自然とそう思ったのには、驚かずにはいられなかった。

 伯爵はシュウジの眼にその決意を見た。伯爵は迷っていた。他世界の知識を持つ、自分の息子を失いたくはなかった。そこで伯爵は、決断した。

「逃げよ。我が息子よ!」

 思いがけない言葉に、シュウジは一瞬思考が停止した。伯爵が何を考えているのか理解できなかった。

 長柄武器が無防備となった二人に向かって伸びる。

 次の瞬間。兵士のこめかみから血が糸をひいて吹き出した。血を吹き出して倒れる兵の姿に、シュウジは目を見張った。

 鋭い飛翔音が周囲を駆け抜ける。そのたびに兵士が頭や胸から血を吹き出して倒れていくのだ。

 シュウジは振り返った。そして、川向うの小高い丘にいる者の姿を見た。


「命中。次目標」

 ターゲットスコープを覗くボルトの横で、魔女はM40のボルトハンドルを操作する。ビーンバッグに載せられた狙撃銃の銃口をわずかに動かし、引き金を絞る。発射された弾頭は川を越え、シュウジの横を抜けて兵士の頭を爆ぜさせる。

 魔女はくわえた煙草の先を上下させた。この状況を楽しんでいたのだ。


 斬りかかる者が次々と血を吹いて倒れるという事に、傭兵たちは縮み上がった。魔法とは違う、何か不可思議な力が働いているのだろうと思ったのだ。シュウジとの間に一瞬の間隙が生まれる。そこに馬廻の騎士が飛び込んできた。騎士は槍をくり出し、歩兵を突き殺していく。

「ご無事で!?」

「そのようだ」

 騎士の声に伯爵が応える。何が起こったのかわからず、伯爵はシュウジの方を見た。シュウジは川向うを見つめていた。

「もしかすると、魔女殿か?」

「そのようです」

 シュウジの視線の先で、ボルトが手を振っている。その横にいる魔女は、身を起こすと、ぷーっと紫煙を吐き出した。


 一時は窮地に陥ったが、戦は伯爵側の勝利で終わった。子爵側の将は負けを認め、バケツを伯爵側に引き渡した。その後、王による裁定が届けられ、伯爵に有利となる境界線が引きなおされた。

 後年、この戦は「バケツ戦争」と呼ばれ、発端となったバケツは、伯爵家の宝物として、城の宝物庫に置かれることとなった。


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