少年の失敗
「よしっ。だんだん良くなってきた」
ラチェットはそう言うと、額の汗を指で拭った。シュウジはそれを地面に片膝をついてみている。
「剣と盾の連携はまだまだだけど、剣のスピードは上がってる」
「褒めてくれてありがとよ」
シュウジは、褒めてはいるが、隙があると足蹴にしてくるラチェットの言う事には、素直になれなかった。
「じゃぁ、一つお手合わせ願おうかな」
テラスに座って教練の様子を見ていたボルトが立ち上がる。ラチェットは肩をすくめると、テラスに向かい、ボルトとすれ違う。シュウジは立ち上がり、ボルトに向き合った。
「あんた、武器は?」
「無しだ」
ボルトが両手をぶらりとさせて、シュウジの前に立った。シュウジは、なんだそれ、と思った。
「さぁ、来な」
ボルトが右手をあげて挑発する。シュウジは掛け声と共に踏み込み、剣を振るった。が、剣の軌跡の前からボルトの姿が消えていた。
「なっ!?」
見ると、ボルトがその場に寝転んでいたのだ。両脚を上げ、シュウジの腹にブーツの底を当てている。そして、右手を拳銃のようにして、バンっと言った。
「おまえは死んだ」
「拳銃なんてズルいじゃないか!」
「そうでもない。攻撃できるか?」
シュウジは再び剣を振るおうとした。が、ボルトが下から両足の蹴りを叩きつけてきた。シュウジは2、3歩後ずさる。そこにボルトが滑り込み、脚をシュウジの脚にからめて地面へと転がした。
「ちっ」
シュウジは立ち上がろうとするが、そこにボルトがのしかかってきた。脚で右腕が押さえられ、盾も片手で止められている。
「明日からは格闘技も教えることとしよう」
ボルトは立ち上がり、テラスへと戻っていく。一連を見ていたラチェットが、すれ違いざまにボルトを足払いして地面に転がした。
「あたしの弟子に何してくれんだよ」
ラチェットはボルトのケツに蹴りを叩きこんだ。
「それで、稽古の方はどうだい?」
前を行く馬上の魔女が話しかけてくる。
「ああ。剣と一緒に格闘技も習い始めた。まだよくわからない。投げられたり、関節を取られたりだ」
「まぁ、あんたの行く所では役に立つ技術さ。いつも近くに武器があるとは限らない。ちゃんと学べば、鎧を着た相手も素手で殺せるようになる」
「あんたはできるのか?」
「もちろん」
魔女は紫煙を吐いた。
魔女とシュウジの二人は、山道を馬で進んでいた。魔女はシュウジに北の森から北壁までの間にある、いろいろな土地を見せて回っていた。シュウジに、この国の現状と仕組みを教えるためである。シュウジの方も、おおまかな社会構造がわかってきていた。身分制度や領地経営の方法などである。これはシュウジが元の家に戻った時に、大事な知識となる。
やがて峠を越えた。坂道を下りながら、馬上で食事を摂る。今日のメニューは、乾いたパンと干し肉と水だった。
「レーションじゃないのか」
「そりゃ、いつまでも甘やかすわけにはいかないからねぇ。それに肉がついているだけ良いと思いな。普通なら、岩のように固い乾パンと水だけだ」
馬上で食事を摂るのは難しかった。揺れる馬の背で手綱を握ったまま、どうにかしてパンを口に運ばなくてはならないのだ。水筒を落としたら大変であり、シュウジはあたふたと手を動かし続けた。先に食事を終えた魔女は、その様子を煙草を吹かし、笑いながら見ていた。
何とか昼食も終え、暖かい日差しの中で、眠気が襲うころとなっていた。シュウジは大きくあくびをした。
二人が前から来る馬車に気づいたのはその時だった。2頭立ての大きな馬車である。御者の横や屋根の上には、クロスボウを持った男が座っている。
魔女は馬を道の端に寄せる。シュウジもそれにならい、馬車が通り抜けるのを待った。馬車の男たちは、魔女たちに一瞥を向けただけで、あまり気にもしていないようだった。二人が旅人のような外套を着こんでいたからもあった。
シュウジは通り過ぎる馬車を見て、驚きの顔をした。
「人が……」
太い格子がはまった窓から馬車の内部が見えた。そこには手かせをはめられた数人の少女の姿があった。皆うつむき、馬車が揺れるがままになっている。
シュウジは馬車が行くの呆然と見送った。それに魔女が気づく。
「どうしたのさ?」
「女の子が……」
「それは……」
魔女がその後を口にするより速く、シュウジは馬を巡らし、手綱を鳴らした。シュウジは馬車を追う。
「まったく……」
魔女はふっとため息をつくと、シュウジを追った。
シュウジの接近に馬車の屋根の男が気づいた。シュウジは右手で剣を抜くと、馬を馬車へと近づけようとする。男がクロスボウを構えて発射する。が、偶然車輪が石を噛んだため、その一撃は当たらなかった。
シュウジは馬を寄せ、馬車へと手を伸ばし、格子の1本をつかんだ。そして馬車へと乗り移った。シュウジの馬が離れていくのを見ていた屋根の男は、馬にシュウジが乗っていない事に気づき、驚いた。だが、次の瞬間に、その足をシュウジの剣が掬った。男は馬車から地面へと落下する。
屋根に這い上ったシュウジは前へと進む。落下した仲間の声を聞いた御者台の男がクロスボウを手に、振り向きながら立ち上がった。そして、シュウジの姿を見ると引き金をつかんだ。シュウジは頭を屋根に押しつけて、太矢が飛び去るのを願った。
幸い太矢は頭上をすり抜けた。シュウジはそれを感じると身体を起こし、剣を振った。御者台から剣を受けた男が地面に転がり落ちる。シュウジは男と入れ替わりに御者台に滑り込むと、御者を蹴り落とした。そして手綱を引き、馬車を停止させる。
シュウジは御者台を下り、後ろへと向かった。
「もう大丈夫だ。待ってろ」
シュウジの声に、格子の向こうの少女たちは驚いた顔をした。この少年が何をしようとしているのか、理解に苦しむ表情であったが、興奮しているシュウジにはそれがわからなかった。
「鍵だ。鍵がいる」
シュウジは格子戸の鍵を探した。おそらく男たちが持っているだろうと思い、蹴り落とした御者を探そうと振り返った。すぐそこに短剣を構えた御者の姿があった。
「!」
シュウジは自分の頭から血の気が引くのを感じた。すべてがスローモーションのように見えた。御者は短剣を構えている。自分の剣は鞘の中にある。盾は無い。どうする? シュウジは自分に問うた。そして、答えを見つけた。
シュウジは反射的に地面に背面から転がった。そして両足をあげて、御者を蹴り飛ばした。蹴られた御者はよろめき、その間にシュウジは立ち上がり、剣を抜いた。奇襲に失敗した御者は、勝ち目は無いとみて、短剣を投げ捨て逃げていった。
シュウジはため息をつき、御者台に登り、鍵を探した。
「あった。これだ」
鍵束を手に御者台を降りる頃に、魔女が到着した。
「何てことをしたんだい、おまえは」
魔女が珍しく怒りの含んだ声を上げた。馬から降り、大股でシュウジの前にやってくる。
「いや、人攫いを倒した、わけで」
「馬鹿だね、あんたは。これは人買いの馬車だ」
「人買い……? 人攫いじゃないのか?」
魔女はおろおろとしているシュウジを置き、馬車から落ちた2人の男を検分しに戻り、しばらくして帰ってきた。
「2人とも死んでた。おめでとう。これで晴れて罪人の仲間入りだ」
「説明してくれ」
魔女はシュウジの耳をつかみ、格子へと顔を押しつけた。
「人買いはな、喰うに困った家族から人を買うんだよ。男は大事な労働力だ。手放すわけにはいかん。そこで、女性がそれに選ばれる。人買いは家族に金を渡し、買われた女性は町の労働力として、商家や飯屋などに売られるんだ。それをおまえは台無しにした」
「でも、手かせが」
「まぁ、商品に逃げられるわけにいかないからな。逃げたとしてもどこにも行く場所はないが」
魔女は格子の向こうを見た。絶望の匂いがした。
「──こうなったら仕方がない。彼女たちを売らないといけない」
「森の小屋に連れて行けば?」
その言葉に、魔女はシュウジの頭を格子に押しつける。
「どこまで馬鹿なんだよ。そんなことできるわけがないのがわからないのかい? あんただけも大変なのに」
魔女はシュウジを放すと、格子の向こうの少女たちに何事かを告げた。会話が終わり、少女たちは諦めの顔をした。
「また人買いに売ればいい!」
「人買いにもギルドがあるんだ。この娘たちは、もう商品にはならないんだ。この娘たちを買った者たちを、おまえが殺してしまったからね。もう生まれた村にも帰れやしない」
魔女はシュウジに馬に乗るように命じると、自分の馬を馬車につないだ。そして、御者台に上ると、馬車を進めた。
今朝通り抜けてきた村に到着した魔女は、村人を呼び寄せ、その手に金を握らせ、とある人物たちを呼ぶように言った。魔女は娘たちを馬車から降ろし、村人に食事と寝床を用意させた。その間、魔女はシュウジと眼を合わせることすらしなかった。
数日して男たちがやってきた。何もできないシュウジは、その光景を黙ってみていた。魔女は男たちの頭と何かを話している。他の男たちは不安げに並ぶ少女たちを検分し、頭に何事かを告げた。そして、人買いの馬車に娘たちを乗せ、どこかへと走り去った。
「どこに行ったんだい……?」
シュウジは魔女におずおずと聞いた。魔女は男たちから受け取った金の入った革袋を、手間賃だと言って村人に渡した。
「さあね。どこかの街の娼館じゃないかな」
「じゃぁ、あの男たちは……?」
「人攫いだよ」
シュウジは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「え……あ……?」
言葉が口から出なかった。
「ギルドに回状が回る。ギルドは、売った村の連中が、娘たちを奪い返しに来たんだろうと思っているわけだ。村へ人がやられ、そうではないとわかっても、人買いはあの娘たちを買いはしない。もう信用がないからね。そうなると、あとは宿無しになるしかない……そうなるより、娼婦の方が幾分もマシさ」
魔女は煙草を口にくわえた。
「キッド。もし正義の味方の存在を信じているのなら、その考えは捨てる事だ。おとぎ話の王様も、カートゥーンの中のヒーローもいない。誰もが生きるのに精いっぱいな世界なんだ。だから、自分ができないことに顔を突っ込むな」
シュウジは地面を見つめる事しかできなかった。魔女も何も言う事なく、遠く見ているだけだった。




