ある冒険者の末路
「出かけるよ、キッド。用意しな」
朝食が終わったテーブルで、魔女はシュウジに言う。それを聞いたボルトたちが、やれやれという感で席を立とうとする。
「いや、キッドだけだ」
シュウジは自分の顔を指さして、不思議そうな顔をする。
「じゃあ、俺らは?」
「ジャガイモの世話でもしてな」
魔女は居間に歩いていき、椅子の背にかけていたジャケットを手に取る。
「急いでしたくしな。ぐずは嫌いだよ」
シュウジは慌てて部屋へと向かった。
小屋の前に、ナットが準備した馬が2頭並んで草をはんでいる。
「車じゃないんだ」
「あんたは馬に慣れないとね」
魔女は無駄な動きなく鞍へと身体を上げる。シュウジは習った方法を思い出しながら、ナットの手助けを受けてなんとか馬の背に登った。
「なに、そんなにかからないとこに行くだけだ」
魔女は鼻歌を歌いながら馬を進めた。シュウジは揺れる馬の背から、いつ落とされるのではないかと冷や冷やしている。
二人は森の抜け、谷を抜け、丘に登った。
魔女は丘の上で馬を停めた。シュウジが慌てて手綱を引く。
「見えるかい?」
魔女は丘の向こうを指さした。シュウジは陽の光を遮るために、手を眼の上にかざす。指差す先には、どことも変わったところのない寒村があった。距離置いて建つ十数軒の小屋と、その間に畑が広がっている。村の脇を流れる川には、穀物を挽く水車小屋が見える。
「ただの村だ」
「そうでもない」
魔女は村はずれにある一軒の小屋を指さした。他の小屋とは違い、真新しい。
「あそこに、元冒険者が住んでる」
冒険者という言葉に、シュウジの胸が高鳴った。いろいろと現実は見ているが、シュウジにとって「冒険者」は特別な職業であり、あこがれの一つであった。
そんなシュウジの気持ちを知ってか知らずか、魔女はシュウジにそこを見ているように言い、煙草に火をつけた。
しばらくして小屋から一人の男が出てきた。まだ若いが、だらしない格好をしている。腹をぼりぼりと掻きながら、バケツを手に川へと向かう。
シュウジは少しがっかりした。冒険者というから、屈強かつどこか明るい性格の男を想像していたからである。視線の先の男は、そんな期待を裏切っていた。
「どうだい?」
「どうだいって?」
「あの男の事さ」
「あの男?」
「元冒険者さんだ」
魔女は半目を開けて、紫煙を吐いた。
「あいつは、半周期ほど前にこの村に居ついた。冒険でそれなりの財宝を手にいれて、田舎で悠々自適な生活をしようとしてたのさ」
「それが?」
「ものの見事に失敗したのさ」
「どうして?」
魔女は煙草をはさんだ指を、川から戻ってくる男の方に向けた。
「冒険者というのは、根無し草だ。どこの誰ともわからない存在だ。そんな者を、村がはいそうですか、と受け入れると思うか?」
「でも、それなりに腕のたつ冒険者なんだろ?」
「そこも問題さ。どこの誰ともわからない、手を血に染めてきた連中。ただの農奴たちが、追い払えると思うかい?」
シュウジは水を樽に入れ、柄杓で水をすくって飲んでいる男を見る。確かに、男は鍛えられた身体に、いくつかの傷跡を残している。それに威嚇するかのようなタトゥーもそこここに入れていた。
「まぁ、奴も馬鹿じゃない。村へはいくらかの金をやったさ。それだから、あの小屋と小さな畑を手にいれたわけだ」
シュウジは小屋に視線を向ける。真新しく見えたのは、各所を修繕していたからだった。しかし、小屋の脇にある畑は、雑草に覆われている。
「だが、奴は何もしなかった。畑仕事はもちろん、粉ひき小屋の修繕も、鹿や猪から畑を守る柵の手入れも手伝おうとはしなかった。出ていく一方の金をケチって、脅したり盗んだりして食い物を得ている。一日中小屋の中で寝転んで、酒や草に溺れているのさ」
「どうして、そんなことに……」
「そりゃ、今まで畑で働いたことが無いからさ。どうやって畑を維持するかの方法を村人に乞うことは、小さなプライドが邪魔してできやしない。村の連中は、奴が暴れたらどうしようもない事を知っているから、見て見ぬふりをするしかない」
シュウジは自分の中の冒険者像が崩れていくのを感じた。もっと、世界の皆から尊敬される存在だと思っていたからだ。
「それに、多くは無いとはいえ、それなりの金と財宝を持っている。それを見逃すのを是としない連中がいる」
「誰だ、それは?」
「野盗だよ」
魔女がふんっとせせら笑った。まるでそれが現れるのを知っていたかのように、魔女の指さす林の方から、武装した男たちが姿を現した。
「こういうわけさ」
野盗たちは畑に踏み込み、武器を振り上げて村人を威嚇する。農具を捨てて、村人たちは逃げ惑う。それを見たシュウジは、馬を向けようとする。それを魔女は片手で制した。
「でも、ここで黙って見てるわけには!」
「待ってな。茶番が始まる」
しばらくすると、あの小屋から、鎧を身にまとい剣を手にした元冒険者が姿を現した。男は剣を振り上げ、野盗たちに向かっていく。
「そうだよ。あれでこそ、冒険者だ」
「そう思うかい?」
「何だって、さっきから冒険者を腐しているんだよ! 村の危機に立ち向かっているんだぜ! たった一人で!」
魔女はぺっと煙草を吐き飛ばした。
「確かにそういう、崇高な魂を持った者もいないわけではない。だが、大部分はああいう、小賢しい連中だ」
冒険者が声を上げて突っ込んでいくと、野盗たちは散り散りに逃げていく。
「茶番って言ったのは……もしかして……?」
「ああ、そうだよ。これは演技だ。奴が野盗に金をやって、村の危機を救うという芝居を書いたのさ。村には無くてはならない存在として売り込むための」
魔女は鞍袋からM14を引き抜いた。シュウジは喉をごくりと鳴らす。
「村人も、もううんざりしているのさ。あの男のために、貧しいながらも平穏な生活が蝕まれることにさ」
魔女はM14の装弾レバーを引き、構える。
「村長は領主に訴えた。そして、わたしの下に依頼が来た」
元冒険者は、村長に何やら言っている。村長はぺこぺこと頭を下げている。男は、ふんぞり返り大きく笑った。
「こういうことさ」
魔女の人差し指が動いた。一瞬の間を置いて、銃声と発射炎が銃口から飛び出す。
シュウジはスパンっという音を聞いたように思った。弾頭は元冒険者のこめかみを貫き、頭蓋の反対側から血と脳漿を地面へとぶちまけさせた。
倒れた男の周りを村人たちが取り囲み、しばらくすると、一人また一人とその場を離れ、また畑へと向かっていった。男の死体は、粉ひきの老人がどこかへと引きずって行った。
シュウジはその光景を呆然として見ていた。魔女は煙草に火をつけた。
「冒険者を上がる、なんてのは夢のまた夢さね。大多数はダンジョンで死に、わずかに残った者たちは、大金を元手に、町で冒険者から金をせびりとる仕事に付くか、世を捨ててどこかに隠遁するかだ。村で二度目の人生を、なんてのはたいがい成功しない。これが現実さ」
シュウジは拳を握りしめた。そして、震えながら魔女に聞いた。
「じゃぁ、あんたはなんなんだ?」
「そりゃ、わたしはアウトサイダーさ。いわば、魔物と一緒さね。人の世界の外にいる、得体のしれない存在」
シュウジは言葉を飲み込んだ。
「なんて顔してるんだい? 人の姿をしている者が、人であるとは限らないんだよ」
魔女は馬の頭を北の森へと向けた。シュウジは何も言い返す事ができず、それに従った。




