表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北の森の魔女 第3シーズン  作者: 鉄猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/14

卒業の朝

 早朝。いつもより早く起きたシュウジは、着替えるとボルトとナットを起こさないようにそっと部屋を出た。

 まだ陽はあがっておらず、微かに明るくなった空の光で、小屋の中は薄暗く澄んだ静かな空気に包まれていた。

「おはよう。早いじゃないか」

 ダイニングに顔を出したシュウジに、居間の奥に座っていた魔女が声をかける。

「おはよう……ございます」

「ほう? ちゃんと挨拶できるようになったじゃないか」

 魔女はニヤリと笑った。シュウジは少し頭を下げながら、居間へと来ようとした。それを魔女が止める。

「まずは手を洗うんだろ? 手洗いは重要さね」

 魔女に言われてシュウジは洗面所に行った。シュウジが知っている家の洗面所に似てはいるが、水道があるわけではない。どこからか流れてくる清水をパイプで導いて、大きな水がめに落ちるようにしていた。ヒシャクで水をすくい、手と顔を洗う。棚のところにかけられている、それぞれのタオルから、自分用のものを取り、拭く。

 シュウジは恐る恐るという感じで居間に戻り、ソファに座った。魔女は煙草を消し、シュウジの方を向く。背景の窓から差し込む朝日で、魔女の表情は見えない。ただ眼鏡の輪郭だけが見えた。

「そろそろ家に戻れる頃かね」

 魔女の言葉に、シュウジはドキリとする。いろいろとあったが、自分の知っている「日本」の生活に近いこの魔女の小屋から帰るのは正直嫌だった。

 それを見透かしているかのように魔女は言葉を続けた。

「わたしとしては別にいつまでも居ても構わんのだが、その身体は伯爵家の息子のものだ。諦めてもらうしかない」

「でも──」

「でももだってもない。これは運命だ。受け入れるしかないさ」

 魔女の顔の前に赤い炎が立つ。煙草の先が光り、ふーっと吹き出した紫煙が漂う。

「一通りの戦闘技術は教えた。殺しにも血にも慣れたろう。思い上がった話し方も、少しずつ改善している。それに、いろいろな事を自分で考え、実行することも覚えた。卒業する時期さ」

 シュウジはしょんぼりと肩を落とした。伯爵の元に戻ったら、ここのように美味い食事も、きれいな環境も望めないだろう。それに地球とのつながりも絶たれてしまう──

 魔女はシュウジに同情していた。長い生活でも、シュウジの「地球人」としての思考を矯正することはできなかった。最初からそうすることはできないと、魔女は考えていたのだが。魔女にとっては、どこかの落としどころを探る日々であった。そのため、自分は極力手を出さず、ボルトたち、この世界で生まれ育ってきた者たちに指導を任せたのだった。

「まぁ、この世界での生活にも慣れたろう。世界の仕組みを知る事もできたはずさ」

「やっぱり、出なければ……」

「しょうがない。そういう約束さね」

 シュウジはどうにかして小屋に残る方便を考えていた。だが、すべて魔女には通用しそうもなかった。

「お、オレは……」

 口から言葉が出なかった。そんなシュウジを魔女は見ていた。

「別に英雄になれと言ってるわけじゃない。その頭にある地球の知識を使えばいい。今までいろいろやってきたろう? それと同じことをすればいいのさ」

 顔を上げるシュウジに、魔女は言った。

「せっかくの一生だ。成すことを成せ」

 同じ地球人であるシュウジに、魔女は餞別を投げ与えた。

「──大きくなったら帰ってきな。待ってる」

 日差しが小屋に差し込んできた。シュウジはその明るさに眼を細めた。


 数日後、シュウジを迎えるために、馬車と騎兵の一団がやってきた。小屋の前にはシュウジと、リベットを除いた魔女の小屋の面々が立っている。

「自信を持つことだな。自分はそうだと思っていないだろうが、相当強くなっている」

 ボルトは魔女が騎士と話しているのを見ながら、シュウジに言った。

「元王国騎士団のてっぺんのあたしの弟子だ。間違いない」

 ラチェットがシュウジの背中をばんばんと叩く。

「大丈夫。あなたならできるわ」

 レンチが語りかける。ボルトに頭をぐりぐりされ、ラチェットに横腹を肘で突かれているシュウジは、ははっと小さく笑った。まだ帰りたくない、という思いがあった。

 そんなシュウジに、ナットがバスケットを差し出した。

「これは……」

 差し出されたバスケットの中には、いろいろな調味料が入っていた。シュウジはその中から一本の瓶を抜き出す。「TERIYAKI」と書かれたラベルがある。

「あの時の……」

 皆でハンバーガーを作った時の記憶がよみがえる。あの時に、自分はチームの一員になれたのだと感じたのだ。。

 シュウジの頬を涙がつたう。涙をぬぐい、鼻をすする。でも、涙は流れ続けた。

「──これだけは覚えていろ。おまえは俺たちの家族だ。シュウジ」

 ボルトがシュウジの肩をポンと叩く。そして、背中を押した。

「出来の悪い弟! 元気でやれよ!」

 シュウジはととっと数歩踏み出した。涙をぬぐい、思いを振り切るように振り返らなかった。

「お別れだ」

 馬車に乗り込むシュウジに魔女が声をかける。

「何かあったら、すぐに行く」

 魔女はシュウジに手を差し出した。シュウジはその手をしっかりと握りしめた。


 シュウジは世界への順応を進めることにした。

 両親へは長い時間をかけて状況を説明した。その言に、伯爵たちは何が起こったのかを理解したようだった。そして、自分たちの子が普通では無い事を受け入れたのである。

 シュウジは伯爵家の跡継ぎとなるための教育を受けることになった。様々な作法や、読み書きを習った。それと前後して、シュウジは家の環境を変えることにした。

 手始めにしたのは洗面所の設置だった。さすがに水道を作ることはできなかったが、水がめを各所に置き、何かあれば手を洗い、それを皆にするように命じた。さらに、歯磨きの方法を伝えた。ボルトに虫歯で人が死ぬ。という話を聞いていたからである。技師にいくつかの歯ブラシを試作させ、自らそれを使い、改良を加えていった。

 さらに、城の窓や部屋の戸を改修させ、換気を良くするようにした。じめじめとしている城の部屋を少しでも乾燥させるためだった。さらに寝具を定期的に干すことも召使いたちに教えた。まめに服を着替えて洗濯し、湯を沸かし、それで沐浴するという、誰も考えたことがない奇妙な事もするようになった。

 伯爵家の面々は、まだ少年である伯爵家の跡取りが、奇妙な生活を実践していることと同時に、多くの知識を持っていることに驚いた。同時に、シュウジの理想を実現するための様々な方策を一緒に考えたり、工作したりすることに面白みも感じていた。職人は腕を振るい、それまでになかった道具や家屋の構造などを作っていった。

 徐々にだが、自分たちの生活環境が良いように変わってくるようになると、シュウジへの期待感や信頼感が高まり、それは忠誠心へとなった。

 半周期も経つと、伯爵家の様子は大きく変化した。まずは病人が大きく減ったのだ。手洗いの推進と、飲み水を一旦煮沸してから飲むようにしたことによる、病原菌への接触が減ったからだった。さらに、換気や風呂といったことも、病原菌を遠ざけることになったのである。シュウジは薬を発想はしたが、まったく知識がなかったため、教会や神殿の薬師や学者、城の庭師、近郊の猟師などに協力を仰いだ。様々な薬草が集められ、それらの効能を記録した文章が作成された。それは誰でも閲覧でき、様々な病気へ対応できるようになった。

 食生活にも新たな波が押し寄せた。シュウジは厨房にも顔を出し、ナット直伝のこの世界の社会レベルで可能な料理のレシピを披露した。これには薬草の知識もリンクされ、薬草や新たな食材が料理に使われるようになった。焼いたり煮たりするだけ、塩味だけ、というだけというのは過去の話となった。さらに大麦を使った麦茶や、薬草の煎じ汁なども飲まれはじめた。これは生水を飲まないようにする、という方策でもあった。

 伯爵家の変わりようは領民にも噂として広がり、出入りの商人などがその様子を事細かに伝えた。農村では、さっそく手を洗うことと、寝具を干す、ということが真似されるようになった。これにより、荘園で毎年起こっていた流行り病にかかる者の数が減ったのである。

 シュウジはめきめきと成長した。伯爵もその成長に目をみはり、互いに連携しながら、いくつかの失敗もあったが、様々な施策を行った。城の者や、近隣の村の住民、伯爵が所有する荘園は、自分たちの生活を変えた領主に、多くの賛辞を送った。

 しかし、このような発展が、誰かの嫉妬や羨望を惹き立てるのは当然の事であった。伯爵領と接する他の貴族たちは、豊かになる伯爵の地を欲しいと思い始めたのだ。

 そして、それは始まった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ