意志と意味
まず、ナギアとメルルゥは簡易的な契約を結んだ。その後、人間界でメルルゥが警戒されずに行動するために、ナギアはメルルゥに呪いをかけた。その呪いは、他の人間がメルルゥを見ても彼女に関する記憶を思い出せなくなる能力、そしてメルルゥとナギアの間で意識の共有を可能とする効果を持っていた。
アイテムショップの少年が自分ののことを忘れてしまうことを悩んでいたメルルゥに、ナギアは
「大丈夫、きっと記憶がなくたってまたあなたと出逢えば笑顔になる。もう一度やり直せばいいだけ、また仲良くなればいいの」
と告げて、新たな名を与えた。
その名はミルミル。彼女はこうしてメルルゥからミルミルという存在に置き換わり、普通の少女としての一歩を踏み出したのだ。
しかし、ミルミルはナギアのことをあまり信用してはいなかった。でもそのことを考えると意識の共有により何をされるか分からない。だからミルミルは最後までナギアのことを信じたように装いつつ、自分に生きる意味を与えてくれる存在、その人のために生きようと考えた。
最後の最後には、あの少年に全てを打ち明け、彼の言うとおりに生きようと。そう誓ったのだ。
少年と会うときは浮かれすぎず、決して自分のことは打ち明けない。ナギアに目をつけられないように大人しい少女として少年に近づいていった。やはりその少年はミルミルのことを覚えていなかったが、初めて会った時と同じように喜び笑顔で迎えてくれた。その笑顔を見たときはミルミルも泣いて喜んでしまおうかと思った。
一日を終える際はナギアに今日一日に起こった出来事を報告するのが日課だったが、嘘偽りなく事実を伝えた。それも意志の共有をしているから嘘はつけないためである。だからこそ、ミルミルは少年の前では必要以上にはしゃがず、ナギアに目をつけられない程度の振る舞いに抑えていたのだ。
報告を聞くナギアはいつも穏やかな笑顔で、早くもっと仲良くなれるといいね、なんて言ってミルミルの頭を撫でていた。ミルミルはその姿を見て、少年にもう真実を告げてしまって、一緒にナギアの元へ来てもらおうかとも考えた。
だが、ミルミルはやはり少年を信じることにしたのだ。
あの少年にとっては何の意味もない、普段通りの笑顔だったのかもしれない。でもそれがミルミルの心の門を開き、彼女に人との触れ合いの暖かさを教えたのだ。ミルミルはそのことをいついかなる時も忘れず、生きる糧としていた。きっとその思いはナギアにも伝わっていただろう。だからこそナギアも応援してくれているのだと、ミルミルは思っていた。
メルルゥとして少年と過ごした期間の半分くらいが過ぎて、少しづつミルミルも気兼ねなく少年と打ち解けられてきた頃、ナギアは日課の報告を聞くなりこんなことを言った。
「ミルミル、明日はちょっと用事があって家に戻れないから、ミルミルもあの少年の家に泊まってくるといいよ」
「え、と、泊まり!?」
「そう、お泊り。どうしたの、ミルミル。意思を共有しているせいか私の胸がドキドキしてきたんだけど……?」
「そ、そんなことないから!! もうっ、ナギアズルい!!」
ミルミルもこの頃になるとほとんど警戒心も解け、少年を信じていることには変わりはないが、近い将来ナギアと店員の三人で過ごすような日々もやってくるんじゃないかと考えるような日々を過ごしていた。機械的な連絡だけでなく、世間話や時には恋愛話など、女の子同士でしかできないような恥ずかしい会話も経験済みだった。実はミルミルにとって、そんな体験も初めてであり、少年との時間と同じように幸せな時間だった。
「冗談だよ。だけど、お泊まりの件は本当だからね。せっかくのチャンスなんだから楽しんできてよね!!」
「…………うん」
こうしてミルミルは生まれて初めて好きな異性と一夜を共にすることになった。その緊張ときたら尋常ではなく、意志の共有でそれを察したナギアがワザワザ落ち着いてという旨の意思を伝えてきて、ミルミルも顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしていた。
それだけでは済まず、ナギアはいつかの夜に二人でした恥ずかしい話を思い出させるようなこともしてきた。
「ミルミルはスタイルがいいよね、トランジスタグラマーって言うんだっけ?
「えっと……よくわからないけど、スタイル、いいのかな?」
「すごくいいじゃん!! 私なんてこんなに薄っぺらいのに、ミルミルは私より低い身長でこのボリューム!! はぁ……言ってて悲しくなってきたよ」
「で、でもでも、おっきいと重いし邪魔だしこうやって腕を組もうとしても……」
「あぁああああ!! それワザと!? ワザとやってるんでしょ!! もう怒ったぞ!!」
「え、ちょっと、ナギア何するの!? ワザとじゃ――ってきゃああああああ!?」
とか、
「ミルミル絶対男の子の経験あるでしょ?」
「え、どういうこと?」
「だっておかしいんだよ。男の子の経験ないのにそんなにおっきくなるわけないんだ」
「ナギア、何を言っているのかよくわからないんだけど……男の子と仲良くなったことなんてないよ?」
「…………じゃあ体だけの関係?」
「か、からだの関係?」
「うーん、ミルミルから恥じらいも焦りも感じられない。ってことは本当に経験ないの……?」
「…………?」
なんて会話の記憶がどんどん勝手に思い出されていく。これも全てナギアの仕業だ。
「帰ったら絶対お仕置きするんだから……」
そんなことを思いながら、ミルミルは迫るそのときを胸をざわつかせながら待っていた。
しかし、同時に冗談では済まされないような問題も抱えていた。
ここ最近、ミルミルは夜中に酷い痛みを覚えていた。頭痛や吐き気、めまいといった症状に始まり、頭の中をかき混ぜられるような苦痛も頻発していた。その痛みからは逃れることができず、ミルミルはいつも嘆くように叫び、痺れで自由が失われた指先で虚無を掴むようにしてもがいていた。それは決まって夜中に集中していて、ナギアに伝える術もなく苦しむ毎日だった。事情を言って、ナギアに付き添ってもらったこともあったが、その時は症状は起こらなかった。孤独を感じてしまう、そんな時に決まってやってくる症状だった。
「きっと大丈夫、きっと――」
ミルミルは胸の前で手をつなぎ、そっと天を仰いでいた。




