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黒の空、黒の街


 帰り道の途中、マーニュはいい事を思いついた。それはもう、彼女自身生まれてから死ぬまでの中で最高のひらめきだったと自負するほどの。


「そういうことだったんだ!! 私の一番大切なモノ!!」


 マーニュはイヴに貰ったありったけのお金を握りしめて闇夜の街を走っていた。本当なら往復で三時間かかる道もマーニュはなんと一時間とちょっとで走りきっていた。マーニュも詳しいことは分かっていないが相当早く家に戻れると思っていた。

 

 だからこそ、少しだけ《寄り道》をしていたのだ。そこはスラムとほど近い街で、主に闇市などが開かれる場所。スラムが居住区とすればこの街はスラムの人を対象とした、いや、スラムの人間を釣る釣り堀だった。


 マーニュはとびっきりの笑顔で夜の街を徘徊していた。そこらじゅうでフードで顔を隠した人々がやましいことでもあるかのように隠れながら取引をしている。こんなところではマーニュのような少女は珍しいのか、みんな驚いたように彼女を見つめていた。しかし見るだけで、誰も近寄ろうとはしない。何故ならみんなスラムを身近に感じているからこそ、知っているからだ。


 スラムで目立つような人間と関わってもろくなことがないことを。だからみんな見て見ぬふりをするのだ。


 一方でマーニュはそんなこと意にも介さずスキップしてハミングすらしていた。

 

 その理由、それは帰路の途中、どうにかして姉を救えないかと考えていたときのことだった。


「おねえちゃんのために薬を買おうとしても、高いからダメとか、私はいいからとか、自分のために使いなさいなんて言われて買わせてもらえない。でも私はおねえちゃんに元気になって欲しい。どうしたらいいのかなぁ……」


 いつも通りの悩みをただぼーっと考えていた。いつも答えは出ず、とにかく姉の言うことを聞いているのが一番の姉孝行だと思っていた。しかし、今日のマーニュは頭がいつも以上に回転していた。そして、ある一つの秘策をひらめいた。


「そうだ!! おねえちゃん私がちゃんと花を持ってこれたら私のお願いを聞いてくれるって言ってた!!」


 マーニュは自分が天才なのではないかと思うほど、思考が研ぎ澄まされていくのを感じていた。


「ってことは、私がおねえちゃんにお薬飲んでってお願いすれば、おねえちゃん元気になる!!」


「それに私にとって一番大事なのはおねえちゃんだもん!! このお金は誰がなんと言おうとおねえちゃんに使うんだもん!!」


 いつもなら目を惹かれる美味しそうなお菓子や、甘い匂いも今はすべてがどうでもよかった。目的は唯一つ、おねえちゃんを元気にする薬だけだ。


 だがマーニュにはどの薬が姉を良くするのかよく分からなかった。最初はあのお兄さんのところに行こうとも考えたのだが、ずいぶん遠いしもう遅い。遅い時間に人の家に行くのは迷惑だとイヴから言われていたのを思い出したのだ。


 だから家から近いこの場所で、お店を探していたのだ。しばらく探していたが、それらしい店はないしそもそも人に声をかけていいような雰囲気ではなかった。


「いけない……そろそろ帰らないと……」


 その時だった。背の低い老人がマーニュの肩をポンと叩いた。


「お嬢ちゃん、こんなところで何をしているんだい?」


「あ、おじいさん。あの、私お薬が欲しくて……おねえちゃん痛いところいっぱいあるから、それを治す薬が欲しいの」


「ふむ……」


 その老人は、マーニュの言葉を聞いて少し考えた。そして、パッと表情が明るくなり、


「お嬢ちゃん、そのおねえちゃんはどんな痛いところがあるのかな?」


「えっとね、血が出てたりね、アザがあったりね、あとお腹とか頭も痛そうにしてる!!」


「そうかいそうかい。ならちょっとおいで、じいさんがいいものを持ってきてあげよう」


 そう言って、老人は近くのテントのようなところにマーニュを呼び、少しの間テントの中で準備をしていた。マーニュは時間がないので焦っていると、ようやくテントの中から老人が出てきた。その手には薄緑色の液体が入った瓶があった。


「これはね、ここらにはない植物の葉を何種類も調合したお薬なんだ。これならきっとお姉さんの傷も治すことができると思うよ」


「え、ホント!?」


「ああ、本当だとも」


 マーニュはその言葉を聞いて、飛び上がるほど喜んだ。ずっと元気のなかったおねえちゃんにこれを渡し、驚きながら喜ぶ姿を思い浮かべ、人前だということもお構いなしに喜びをあらわにする。


「おじいさん、それください!!」


「もちろんだとも。早く使ってあげなさい」


 おじいさんはその薬を快くマーニュに手渡した。マーニュはそれを大事に受け取ると、慎重にポーチに運び入れた。そして代わりにたくさんのお金が入った包みを出す。


「どれくらい払えばいい?」


「ちょっと見せてご覧」


 マーニュこれまで誰にも触らせなかった包みを老人へと手渡した。


 月はまだ煌々と輝き夜道を照らしていた。だが、雲もまた広がり始めその月を覆い隠さんと肥大化していく。それは時間の経過とともに満月をも飲み込みやがて辺りは漆黒の空間で満たされていく。


 もう光は消え失せていた。届かない光は無いのと同じ、そこに残ったのは終わりのない闇であった。





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