39.新旧家族座談(無自覚)
お久しぶりでございますごめんなさい!(五体投地)
「う、わっ……その顔どうした龍治?! 喧嘩か?!」
「まぁ、そんなとこ……」
学校を早退した龍治は一度帰宅後、椋太郎の家へと転がり込んだ。
何故か。
腫れ上がった左頬を見た母が卒倒したからである。
「かくまってくれ……監禁される……」
「そんな物騒な単語日常生活に持ち込むなよ!」
「この顔を見た母さんが気絶したんだ……。目が覚めたら絶対に外出禁止令が出る……。うちの親の過保護さ加減甘く見るなよ……。部屋に見張りがつく……」
「お、おう。……まぁ上がってくれ。柾輝と火々池さんもどうぞ……」
「お邪魔します、椋太郎さま」
「申し訳ない……」
もはや見慣れた狭い部屋に招かれ、小さなちゃぶ台の定位置へ龍治は座った。ペトリとちゃぶ台へ頬をくっつけて、僅かなひんやり感を楽しむ。隣りに柾輝が座ったが、普段より距離が近かった。かなり心配してるらしい。
火々池は手土産の茶葉やお菓子を、これまた狭い台所で椋太郎へ渡していた。
来る途中で見かけたスーパーで適当に買ったものだが、消え物なので貰って困ると云う事はないだろう。値段もそこそこだから好きに消費して欲しい。
「ほら、龍治。これで冷やせよ」
「ありがとう」
ちゃぶ台へ懐いていた龍治へ、甲斐甲斐しく椋太郎が保冷剤を挟んだタオルをくれた。ありがたく受け取って、腫れた頬へと宛てる。湿布薬の上から伝わる冷気が、熱を持った皮膚に心地よかった。
寒がりの龍治に配慮してか、椋太郎が電気ストーブを中から強へ変更してくれる。電気代が頭を過ぎったが、せっかくの厚意を無下にするのも失礼だ。龍治は黙ってその優しさを受け入れた。また次も何か、役に立つ土産を持ってこようと心に決めて。
「……何があったか聞いてもいい奴か?」
龍治たちが来た時の定位置へ腰を下ろしながら、椋太郎が話を切り出してくれる。ちゃぶ台から顔を上げて、龍治は少し唸った。
「うーん。まぁ、いいかな。ちょっと長くなるけど」
「おう、どんと来い」
朝倉家絡みの事件以降、見た目をこざっぱりさせると共に性格にも変化が起きた椋太郎は、頼もしい顔で笑う。すっかり気のいい近所の兄ちゃんだ。実際にはご近所ではなく、車で来ないとそこそこ遠いのだが、椋太郎の家は。
火々池がテキパキとお茶とお菓子を並べてくれる。護衛にとっても勝手知ったる他人の家になってしまっている事に、少し笑った。
「いや、学校でさぁ……――」
龍治はポツポツと話す。
生徒会選挙の事、現生徒会の話、宗吾の事、面倒くさいお家事情、親戚と龍治のやらかし、宗吾の怒り。
龍治の目が届いてなかった部分には、柾輝が補足を入れる。火々池が時折腰を浮かせていたが、椋太郎が手で抑えてくれた。話の腰を折られずに済んで龍治としては助かる。
全て話し終わった後、椋太郎はちょっぴり苦く笑った。
「はぁー、なるほど。それはやっちまったなぁ、龍治」
「うっ、やっぱりそうか……」
「いやぁ、俺はお家事情とかそう云うの疎いからさ。男の子同士の喧嘩として見てるけど。そりゃぁ宗吾君は厭だろーな、って」
ぽんぽんと龍治の頭を撫でて、椋太郎はお菓子へ手を伸ばす。一口サイズのチョコレートを手に取って包み紙を剥がすと、ポイと龍治の口へ放り込んだ。突然の甘味に、頬の内側がきゅぅと痛む。この現象の名は何なんだろうか。「アイスクリーム頭痛」的な名称がついていても可笑しくない気がする。
「ライバルの親戚にいじめられたのも、そのライバルに助けられたのも、好きな女の子にソレを目撃されたのも、そりゃもう最悪だよ。別に龍治が悪いって訳じゃないのがまた辛い所だよなぁ。そこで龍治に怒っちゃったから、宗吾君とやらはもう逃げるしかなかった訳で。俺だったらしばらく学校休むね」
「うぐぅ」
「椋太郎さま。龍治様を責めないで下さい」
「はは、悪い悪い。いやホント、龍治は悪くないと思うよ。親戚を自分で止めに行った選択も間違ってなかったと思う。ただ、正しい事が常に正解とは限らないって話じゃないか?」
また椋太郎はチョコレートを手に取り、今度は柾輝の口元へ差し出した。素直に口を開いた柾輝に微笑みかけた椋太郎は、雛鳥へ餌をやるようにチョコを押し込む。
もむもむと口を動かす柾輝を優しい目で見てから、椋太郎は龍治へ同じ視線を注いだ。
「えーっと、武田さん、だっけ。その子が呼びに来たから龍治も素直に行っちゃったんだろうけど、そこは先生を頼った方が善かったんじゃないか?」
「先生を?」
「だって生徒同士のもめ事だろ? 担任の先生に云って、高等科に連絡して貰ったら良かったんじゃないかなって」
「そ、そっか。先生を頼って善かったのか……」
「俺ならそうするけど。なんだ? 『瑛光学園』の先生ってそんな頼りないのか? 名門校だから、一流どころが揃ってるイメージなんだけど」
「いや、確かに一流の先生たちだよ」
金持ち校として有名な『瑛光学園』だが、生徒を甘やかすだけでなく教育にはしっかり力を入れている。教師の多くは教え上手で有能だ。もちろん全員ではないが、龍治に関わる教師は優秀に当てはまる。
では何故頼りにしなかったかと云えば。
「でも綾小路が関わるとなぁ……」
「あー」
椋太郎が間延びした声を出す。「察した」と声が云っていた。
どれだけ優秀でも、有能でも、出来が良くても。綾小路の前ではそう云った要素は簡単に吹き飛ぶ。どれだけ正しい行いでも、綾小路が否と云えば否になってしまうのだ。
それは『瑛光学園』でも変わらない。むしろ強い。とかくあの学園では、『五大財閥』が幅を利かせているのだ。
綾小路のやらかしは、綾小路しか収められない。それが常識だった。教師が出て行っても弾き飛ばされて終わりだと、龍治すら思っていた。
今回は片方の綾小路が南九条葛定に負けた謡だったので、話は多少変わったけれど。
「なるほど。そう云えばそうだ。綾小路って最強の印籠だったなぁ」
「うん……」
「龍治はソレを背負ってくんだよな。そっか、そうだよなぁ……」
椋太郎は少しだけ遠くを見た。呆れたとか、現実逃避したとかではなく、近い未来を心配する眼差しだ。
「あのさぁ、龍治」
「なんだ?」
「云うかどうか迷ってたけど、云っとく。――お前の親父さんにこの前会ったよ」
「え゛っ」「えっ」
喉から掠れた声が出る。柾輝も驚きの声を上げた。
慌てて火々池へ目をやると、サッと無言で目を逸らされる。どう云う事だと詰め寄る前に、椋太郎がどうどうと龍治を宥めた。
「だ、大丈夫だったか? 酷いこと云われてないか? 無慈悲なことされてないか? うちの親父はまぁそのぅ、一般的な父親の枠に収まらないアレな感じのヤバい人なんだが」
「父親へのコメントそれでいいのか? ……まぁ大丈夫だって。うちの息子に近寄るなとか云われた訳じゃないから」
「そうなのか?」
あの変な方向へ過保護な父親の事だから、企業務めでないと云うだけで椋太郎を龍治の側から排除しそうだと思っていたのだが。
(うちの親父だけじゃなく、そう云う人って結構いるけど)
ゼンさんが両親の死後、弟と住む部屋を探していた時の事。好条件の物件を見つけられた訳だが、不動産屋越しに大家から云われたのだ。
「若い女の子だけど、きちんとした企業勤めの人だから貸す」と。
もしもゼンさんがそこそこの大手ではなく、中小企業や個人店などに勤めていた場合は断られていたのである。不動産屋曰く、こう云う大家さんは多いらしい。安定した収入を得られる人でないと、家賃滞納の可能性があるのであまり貸したくないのだとか。
そう云う事もあるのかと、ずっと実家住まいだったゼンさんは驚いていたけれど、龍治は「そうだろうな」と思ったものだ。
会った事のない人物の人柄を職業からおし量るのはよくある事だ。職業に貴賎はないと綺麗事を云ったところで、人から好まれる職、嫌われる職と云うのは現実としてある。それをあからさまに口にしているか、していないかの違いしかない。
椋太郎はただいま就職活動中。テープ起こしや翻訳の仕事はしているが、糊口をしのぐ為にやっていたものらしく、正職ではない。つまりフリーター。世の中には時間の自由が利くフリーターと云う存在は必要だと龍治は思っているが、定職についていないだけで毛嫌いする人は多い。
父・治之などその典型だったのだが。
「親父さんから聞いたんだけど、『瑛光学園』って学園内に護衛を連れて行けないんだって?」
「あ、うん。校則でそうなってるな」
ほぼ全員が良家名家成金の子だ。誘拐の危険性が大変高いので送り迎えは推奨されているが、護衛を学園内まで連れて行く事は禁止されている。何故か。単純に大所帯になって迷惑だからと云う理由と、校風として「自主性を養う」と云うものがあるからだ。
幼い頃から他人に傅かれるのが当然と云う子は多い。親の云う事を“聞くだけ”の良い子も多い。するとどうなるか。自分で考える力が衰える。周りの云う通りにしていれば善いと、自らの意思で行動が出来なくなる。それを防ぐ目的が一応学園にはある訳だ。
親は子を導くものだが、それが永遠に出来る訳ではない。親は子より先にいなくなるのだ。子供にはしっかり自立して貰わないといけない。そうした教育は家でするものだが、「学園でも多少はお手伝いしますよ」と云うスタンスだ。
なので、教師以外の大人はなるべく近くから排除する。護衛イコール親との連絡係である場合が多いのだ。護衛の云う事は親の言葉と同義に近い事もある。学園でまで親の云いなりでは意味がない。
だからこそ学園生徒会はあれほどの権力と自主性を持ち合わせているとも云える。
それと、セキュリティの高さは学園の売りの一つなので、「学内に各家の護衛がいなくても大丈夫ですよ」と云うアピールもあった。事実、その手の信頼性は高いのだ『瑛光学園』は。
「親父さんな、俺に職業斡旋して来たんだわ」
「はぁ? あの親父が? 椋太郎に? は? いったいどんな無茶ブリしてきたんだ? 場合によっては一暴れするけど? は? お祖父様にチクろう」
「親父さんへの信頼度低くない? いや、普通だよ表向きは。『瑛光学園』に就職しないかって」
「――は?」
瞳孔がかっぴらいた気がする。椋太郎と火々池が「ひぇ」と云って腰を引かせた。そこまで怖い顔をした覚えはないが。
しかしこの反応、致し方ないのではないか。椋太郎が『瑛光学園』に就職なんて、龍治にとって地雷でしかない。
ゲームの『久遠椋太郎』は学園で教師をしていたのだ。高等部へ中途編入してきたヒロインと運命の再会を果たし、ルートによっては好感度を深めていくのである。
せっかくゲームと違い、『瑛光学園』とは無関係な場所に就職してくれそうだったのに。何をしてくれているのか、我が父は。「腹パンしても許されるのでは?」と思考が危険な方向へ舵を切る。
「なんで椋太郎を『瑛光学園』なんぞに誘ってんだ、あのクソ親父は」
「お、落ち着けよ。なんでそんな怒ってんだ?」
「……学校で厭な思いした椋太郎を、また同じ職場に誘う父親の無神経さに怒ってる」
本当は違う理由だが、前世の記憶や乙女ゲーの話など出来るわけがない。それ故の適当な誤魔化しになってしまったが、本音も多少は混じっていた。
女子校のカウンセラーとして大変な苦労をし、元生徒にストーカーまでされ、その迷惑女子生徒が事故死までしたのだ。厭な思いどころではない。完全にトラウマ案件だ。
それを踏まえれば、父親の行為はあまりに人の心がない。やはり人の姿をした怪獣の類いだったか、あの親父。
「いや、大丈夫だって。用務員にならないかってお誘いだったから」
「――………………なんて?」
「だから、用務員。意外と大変なんだって? 身元確かで用務員をやってくれる人を探すのって」
「あぁまぁ、そうかも……」
用務員は施設にとって必要不可欠な人材だが、仕事内容は掃除やゴミ処理、設備点検などのあまり進んでやりたくない物や、足腰に来る力仕事も多い。汗水垂らして働く彼らに龍治は敬意を払っているが、そう云った仕事は厭だと云う人もいる。特に立派な大学を出たような人は、この手の職業を軽視しがちだ。自分がやる事ではないと思っている。厭な話、確かに賃金はあまり高くないので、資格を持っていればもっと実入りのよい職を選ぶものだ。
となると、『瑛光学園』のような場所では、人材が不足がちになってしまう。下手な人を雇い入れて、情報を抜かれたり漏らされたり、子供たちに不利益な行為をされては堪らないからだ。
事実、過去にあったらしい。とある財閥の子女の帰宅時間やその日の行動を調べられて、誘拐事件に発展しただとか。それ以来、用務員の採用にも細心の注意を払うようになったそうだ。
「俺はまぁ、身元に問題ないらしくて。確かに勘当されたとは云え、実家はそこそこの家だったし。俺自身はただのフリーターだけど、まぁ……龍治の友達だから」
「俺の友人が称号扱いになってるの、仕方ないんだけどなんだかなぁ……」
「それが『綾小路』なんだろ? ……まぁその、それで親父さんから云われてさ」
「何云ったんだ、あのクソ親父は」
「……学園の用務員に推薦するから、影ながら龍治を見守ってくれないか、って」
「えっ」
「まぁ、護衛みたいな事までは期待されてないよ。俺は格闘技とか出来ないし、一般人だし。ただ何かあったら教えて欲しいって云われてさ」
「よしあの親父殴る」
「断ったんだけど」
「えっ」
監視を永続的にやめさせる事は無理だろうとは思っていたが、まさか人の友達を巻き込むとは。絶対殴ろうと心に誓った龍治は、椋太郎の「お断りした」発言に驚いた。
何故って相手は『綾小路』の現当主、一般人が逆らえる相手ではない。これはもう、椋太郎の用務員就職は確定事項となり、龍治の監視役を押しつけられたのだと思ったのだが。
治之の“頼み”を断ったと云う椋太郎に、柾輝と火々池も驚いている。
火々池など顔色を青くして冷や汗まで掻いていた。どうやら、椋太郎が治之に呼び出された件は知っていても、内容や結果までは知らなかったようだ。
「いや、就職の紹介はありがたいし、『瑛光学園』の用務員なら給料も確かだからいいんだけどさ。友達の事を監視してソレを親へ告げ口するって最悪だろ? だから友達を裏切る事は出来ません、って断った」
「だ、大丈夫だったか?! 何もされてないか?! なんだったら俺が出るとこ出てやるぞ?! 訴訟も辞さない!」
「龍治様……」「龍治様……」
「親父さんへの信頼度底辺すぎて草も生えないんだが……」
龍治の心配をよそに、椋太郎は妙に落ち着いている。その姿を見て、龍治の焦燥感も僅かながら減った。
少なくとも、社会的に抹殺するような事を父親はしていないらしい。やらかしていても可笑しくない父親なのだが。
なんと云ってもあだ名の一つが「政財界のゴ■ラ」である。何をやったらあの伝説的怪獣があだ名になると云うのか。身内ながらひたすらヤバい。
「なんか秘書の人には怒られたよ。ご当主の命令に逆らうとは何事か、って」
「無関係の一般人に命令しておいて素直に云う事聞くと思ってるところに綾小路関係者のヤバさが出てると思うんだけど、椋太郎はどう思う?」
「お前の真顔は怖いなって思う」
「そんな事聞いてないが?」
「まぁ落ち着けって。親父さんは別に怒ってなかったよ。なんか嬉しそうだった」
「えっ」
さっきから「えっ」を連発しすぎだと自分でも思うが、つい口をついて出てしまう。話の展開が毎回予想外なせいだ。
椋太郎の語る綾小路家当主の姿と、普段見聞きしている父親像があまりに不一致すぎる。
「龍治が云うように、綾小路の権威って絶大だろ? 大抵の人間は綾小路家当主に何か云われたら二つの返事をする訳で。たとえそれが、直接関係のない他人だったとしても」
「そうだな……」
「親父さんにとっては珍しかったんじゃないか? 自分の命令に逆らってでも、龍治を優先する存在が」
「…………そうかも」
現代日本において常に最優先される存在の一角、それが綾小路家当主治之だ。
それこそ彼が黒と云えば白も黒に塗り潰される。直接関係のない一般人でも彼を前にすれば萎縮して、頼まれごとをされれば「はい」か「Yes」しか云えまい。そしてそれに文句を云える部外者など一握りもいない。治之の機嫌を損ねれば、存在ごと抹消されてもおかしくないのだ。
それほどの財力と権力を持ち合わせた存在が綾小路家であり、その現トップが治之なのである。
その治之を前にして、直々に頼み事をされていながら、椋太郎は龍治との友情を優先したのだ。どう考えたって、治之に諾々と従っていた方がいいのに。例えその命令を受け入れて龍治の監視役を担ったとしても、責める気などまったく起きない。仕方ない事だと納得していただろう。父に腹パンはするが。
じわじわ、頬が熱くなる。変な笑顔になりそうで両手で顔を押さえた。落ち込みながらココへ来たと云うのに、胸が喜びでいっぱいになっている。
自分チョロすぎないかと考えていると、ゼンさんが「仕方ないんじゃない? そりゃ嬉しいでしょー」とニコニコしながら云った気がした。
(嬉しいよ。嬉しいに決まってる)
龍治の専属の使用人も護衛も職務の上では龍治を優先するが、雇い主は治之だ。龍治が命令したところで、それが治之の意向にそぐわなければ従わない。
龍治への監視を緩めたのは、龍治自身が父を攻撃して監視の意思を弱めたからだ。そうでなければ龍治がどれほど強く「監視するな」と命じたところで、彼らは云う事を聞かない。それが仕事と云うもの。雇い主の意向に背いて子供のわがままを聞いていては、ただの給料泥棒だ。それが普通。当たり前。
椋太郎は綾小路家で雇われているわけではないが、それでも当主からしたら吹けば飛ぶ存在なのに。
それでも椋太郎は、龍治の味方でいてくれたのだ。嬉しくないわけがない。危ない橋は渡らないで欲しいが、それはそれとして、椋太郎の気持ちはこの上なく嬉しかった。
(椋太郎に何かあったら、絶対俺が守ろう……)
恩には恩で、誠意には誠意で報いるべきだ。ここまでしてくれる友人を、絶対に守り抜かなければと龍治は改めて決意した。
「まぁ、用務員に就職の件は引き受けたんだけど」
「え、今の流れで……?」
「うん。親父さんに龍治の事を報告する気はないけど、まぁ、その……」
椋太郎がそっぽを向いて、頭をかく。照れている仕草だ。
「……俺は何の力も持ってないけど、龍治が困った時すぐ手助けに行ける場所にいられるって云うのは、いいな、と思って……」
そう云ってしばし沈黙した後、椋太郎はちゃぶ台へ額をぶつけた。ゴッと痛々しい音がする。
「ちょ、椋太郎どうした?!」
「いや今の俺だいぶキモくない? ストーカー入ってない? 大丈夫? 龍治引いてない? 俺の言動ヤバくない?!」
「だ、大丈夫だって! 俺は嬉しいぞ! 学園で椋太郎に会えるのも嬉しいし! なっ、柾輝!」
「はい。素晴らしいです椋太郎さま。一緒に龍治様をお守りしましょうね!」
「そこまで大仰な話じゃないんだ……」
「この火々池も感服しましたよ、椋太郎さん。今のお話、護衛仲間と共有しておきますねっ」
「火々池さんはからかってるでしょう?!」
「いえいえ、そんなそんな……」
「顔が! ニヤついてる!」
大人同士でじゃれ合い出した。
いつの間にこんな気の置けない仲になったのか。自分の友達と護衛が仲良しと云う現実、どう受け止めればいいのだろう。
喜ぶべきだと思うのに、微妙な気持ちになった。
*** ***
椋太郎の家で夕食を済ませた頃、父親からテレビ電話が掛かってきた。「迎えをやるから家に帰ってきなさい」と云う言葉にNoを突きつけて通話をぶっち切る。
流石にまずいのではと柾輝たちが心配するので、とっても厭だったがこちらからかけ直す事にした。
ワンコールどころか半コールで繋がったので、電話した事をさっそく後悔してしまう。
『龍治……』
めちゃくちゃ情けない顔をした父親がスマフォの画面に映った。息子のささやかな拒否にここまで落ち込むとは。美丈夫が台無しでである。
それはそれとして、主張はきっちりしておくべきだ。
「帰ったら明日学校に行けなさそうだから帰んない」
『君は聞き分けの良い子だと思っていたのだけれど』
「父さん知ってるか? 聞き分けの良い子って、“大人にとって都合の良い子”って意味なんだって。父さんは俺に云うこと聞くだけのお人形でいて欲しいんだ?」
『龍治……』
父が絶句する。
椋太郎が「もっと優しく!」と小声で云ってくるので、言葉を付け加える事にした。
「……話をしなくちゃいけない相手がいるんだよ」
『伊達家のご子息の事かい?』
「あ、やっぱ把握済みなんだ? 誰に聞いたの? 場合によっては向こう一ヶ月、父さんと口利かないけど」
『ヴッ。……南九条家の葛定くんが教えてくれたよ』
「葛定さんか。なら仕方ない。父さんに恩売りたかったのかなー」
『龍治……。怪我をしたのだろう? 竜貴さんも心配してるから、帰って来なさい』
「そこは椋太郎の迷惑になるからって云うところじゃないの?」
『椋太郎くんは龍治の事を迷惑に思う人じゃないだろう』
「……」
家族以外には冷血で、人の心がない癖に。こう云う予想外なところで血の通った事を云うから、龍治はなんだかんだで父親を嫌いになれないのである。
照れている椋太郎を視界の端に収めながら、龍治はふーっと細いため息をついた。
「……椋太郎から話聞いた。俺の監視させようとしたんだって?」
『監視じゃないよ。見守り役だよ』
「どっちも一緒だ。……断った椋太郎に何もしなかった点は評価する。なんかしてたら父さんと一生口利かなかったけど」
『ヴッ』
「……父さんはさぁ、俺がこう云うと譲歩してくれるって分かったけど、母さんはしないだろ? 絶対怪我が治るまで監禁されるじゃん。だから帰んない」
『いくら竜貴さんだって監禁なんてしないよ。軟禁くらいだから』
「どっちも一緒だよ! 家からは出れなくなるじゃん! とにかく、今日は椋太郎の家泊まるから! 心配だったらアパート近くに護衛増やしといて!」
『分かった……。じゃあ明日、学園へ行く前に連絡しなさい。それが条件だよ』
「ずいぶん優しい条件だね。いいけど」
『龍治からのモーニングコール、父さん楽しみにしてるね』
「……」
なんか気持ち悪かったので、無言で通話を切った。息子に執着気味の男親って気味悪いなと、改めて龍治は思う。愛情を感じると云うより、恐怖を感じる。
(ゲームでも妙な執着してたんだよなぁ……。綾小路治之って……)
『せかきみ』に出てくる『龍治』の父は、名前と立ち絵ありのサブキャラだ。他の攻略キャラルートでもチラチラ出るが、一番出番があるのは当然『綾小路龍治』ルートである。
ゲームなので、各攻略キャラは解消しなくてはならない問題を抱えている。ヒロインと乗り越えるべき課題がなくては、物語が盛り上がらないからだ。それらの問題はトラウマであったり、周囲との関係であったり、難のある性格であったりと様々。
『綾小路治之』がヒロインの前にそうした問題として立ち塞がるのは、真トゥルーエンドのルートだ。ヒロインを「綾小路家の嫁として相応しくない」と邪魔してくるのではなく、「貴様のような小娘に大事な龍治を渡さない」と排除しにかかってくる。
現実で考えると、治之に睨まれただけでヒロインは人生終了のお知らせだと思うのだが、そこはゲーム。正しい選択肢を選び、ステータスを上げれば『龍治の父』と云う障害は乗り越え可能だ。最終的には和解も出来る。
ただ、そこへ至るまでのシナリオで描かれる『綾小路治之』は、だいぶヤバい父親だった。
(『龍治』は親子関係に悩んでて、冷血な父から愛されていないと思っていたのに、実は溺愛から発展したどぎつい執着をされてたんだよなぁ……)
その表現が、なんと云うか、割と気持ち悪かったと云うか。その理由を知っても「まぁ仕方ない……なんて思うかぁッ!」と突っ込みたくなると云うか。
プレイしたゼンさんは「おぶわっ」と不思議な悲鳴をあげて、後日オタ友達と「治之クソやばい」で一時間は盛り上がっていた。
実際の父も人外じみた冷血さはあるけれど、龍治は「まぁ愛されてるんだろな、うん」と遠い目をしながら納得している。若干の執着は感じているが、ゲームほどのヤバさはないと思っていた。たまに気持ち悪いが。
――それもそのはず。
(…………ゲームだと、竜貴が、亡くなってるからな……)
お久しぶりです、ごめんなさい。(二回目)
今年中になんとか続きアップ出来た……! と泣いてます。いや、最初はもっと早い予定だったんですよ? いやほんとほんと。
他ごとにかまけていたのもありましたが、「これで大丈夫かな……。久々の続き、ちゃんと書けてるかな……。ガッカリされないかな……」とぐずぐず燻ってたのもあります。ハー、小心者!
「楽しみにしてる」と云って貰えると、やる気がアップすると同時に不安にもなる面倒くさい奴なのです。期待に添えないのが一番辛い……ウググゥ。
そんな訳で……少しでも、楽しんでいただけたなら、幸いです。
続く「宗吾との腹割って話し合い回」も頑張りますぅ……。