↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
90/96

第九十話 悪役令嬢は手を離さない

悪役令嬢は愛されている


第九十話 悪役令嬢は手を離さない


王国歴三百二十八年、四月十六日。


アルヴェイン公爵邸。


午前七時。


「……何かしら、これ」


エリザベート・フォン・アルヴェインは、食堂に置かれた一枚の設計図を見つめていた。


大きい。


とにかく大きい。


食卓を覆い尽くすほどの紙には、複雑な術式と見たこともない記号がびっしりと書き込まれている。


「昨夜、お嬢様がお話しされていた魔法装置の設計案でございます」


セバスチャンが答えた。


「魔法装置?」


「はい。何でもできる魔法装置をお望みと伺いましたので」


「ああ!」


エリザベートは手を叩いた。


「そうだったわね!」


「現在、必要な魔力の供給方法を検討しております」


「そうなの?」


「はい。現状では王国全体の年間魔力消費量を上回りますが、供給源を新たに設ければ解決可能と考えております」


「まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「すごいのね!」


「恐れ入ります」


「でも、セバスチャン」


「はい」


「これ、誰が作るの?」


「ご命令をいただければ、直ちに製作へ移行いたします」


エリザベートは首を傾げた。


「どうして?」


「……と、おっしゃいますと」


「だって、私が作りたいのよ?」


沈黙。


セバスチャンは、ゆっくりと顔を上げた。


「……お嬢様が?」


「ええ!」


少女は胸を張った。


「私、自分で何かを作ってみたいの!」


「…………」


「だから、あなたたちが全部作ってしまったら、つまらないでしょう?」


セバスチャンは、しばらく黙っていた。


そして。


「……大変失礼いたしました」


深く頭を下げた。


「ご意向を取り違えておりました」


「いいのよ!」


エリザベートは微笑んだ。


「でも、この紙はいただくわ!」


「かしこまりました」


少女は設計図を丸めようとした。


しかし。


大きすぎた。


「……セバスチャン」


「はい」


「小さくしてちょうだい」


「かしこまりました」


老執事が指を鳴らす。


次の瞬間、巨大な設計図は手のひらほどの大きさになった。


「便利ね!」


「恐れ入ります」


エリザベートは満足そうに頷いた。


そして、小さな紙を鞄へしまった。


「では、行ってくるわ!」


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


少女が出発した後。


セバスチャンは、食堂に残っていた使用人たちへ向き直った。


「万能魔法装置の製作計画は、いったん停止いたします」


「承知いたしました」


「お嬢様ご自身が製作されるとのことです」


「素晴らしいことでございますね」


「ええ」


セバスチャンは静かに微笑んだ。


「では、お嬢様が必要とされた際に、あらゆる材料を提供できるよう準備だけ進めておきましょう」


「かしこまりました」


こうして。


王国全体の魔力供給事情を変えかねない計画は、停止された。


理由は、ただ一つ。


お嬢様が、自分で作りたかったからである。


◇


午前十時。


王立魔法学院。


「……分からないわ」


エリザベートは教科書を見つめていた。


その隣で、クラリスが微笑む。


「どこが分からないの?」


「全部よ!」


「……全部?」


「ええ!」


エリザベートは鞄から小さな設計図を取り出した。


机の上に広げる。


すると。


ばさっ!


設計図は元の大きさに戻った。


教科書。


羽根ペン。


インク瓶。


そして、アレクシスの机。


すべてが紙の下に消えた。


「おい!!」


隣から怒鳴り声がした。


「何だこれ!!」


「設計図よ!」


「見りゃ分かる!」


「私、これを作りたいの!」


「……何を?」


アレクシスは紙をめくった。


『全機能統合型・万能魔法装置』


「…………」


彼は、もう一度読んだ。


そして。


「……何だこれ」


「だから、魔法装置よ!」


「何でもできるって書いてあるぞ!」


「そうよ!」


「……お前、これを作れるのか?」


「作れないわ!」


即答だった。


アレクシスは黙り込んだ。


エリザベートは続けた。


「だから、勉強するの!」


クラリスが笑った。


「それなら、まず簡単な装置から作ってみたら?」


「簡単な?」


「ええ。フィオナが作っていた魔法灯みたいなものよ」


「……なるほど!」


エリザベートは頷いた。


「では、まず魔法灯を作るわ!」


アレクシスは、ようやく設計図を片づけた。


「……最初からそうしろよ」


◇


午前十一時。


魔法工学実習室。


フィオナは、小さな魔法灯を分解していた。


その横にはルークとセシリアもいる。


「……これが魔力供給回路です」


フィオナが説明した。


「魔法石から取り出した魔力を、発光術式へ送ります」


「へえ!」


ルークは目を輝かせた。


「じゃあ、ここを外したらどうなるんだ?」


「灯りが消えます」


「なるほど!」


セシリアが尋ねる。


「供給する魔力が多すぎた場合は?」


「制御回路が正常なら、一定以上の魔力は流れないようになっています」


「……正常でなければ?」


フィオナは少し考えた。


「装置が壊れる可能性があります」


「……そうですか」


そのとき。


「フィオナ!」


エリザベートが実習室へ入ってきた。


「私にも教えてちょうだい!」


「エリザベート様!」


フィオナは嬉しそうに立ち上がった。


「もちろんです!」


「ありがとう!」


エリザベートは椅子に座った。


そして、分解された魔法灯を覗き込んだ。


「……ずいぶん小さいのね」


「はい」


「これを組み立てれば光るの?」


「そうです!」


「まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「では、やってみるわ!」


少女は部品を手に取った。


一つ目。


二つ目。


三つ目。


そして。


「……あら?」


首を傾げた。


「何か余ったわ」


フィオナが覗き込む。


「……それ、制御回路です」


「そうなの?」


「はい」


「なくてもいいの?」


「駄目です!」


「……あら」


エリザベートは慌てて部品を戻した。


ルークが笑った。


「難しいな!」


「本当ね!」


二人が笑い合う。


セシリアも微笑んだ。


そのときだった。


ぱちん。


小さな音がした。


天井の魔法灯が、一瞬だけ暗くなった。


「……あれ?」


フィオナが顔を上げた。


次の瞬間。


ぱちん。


ぱちん。


実習室の魔法灯が、次々と消えた。


◇


「……停電?」


ルークが尋ねた。


「魔力供給が止まったのかもしれません」


フィオナは窓の外を見た。


校庭の向こう。


別の校舎でも、魔法灯が消えていく。


一つ。


また一つ。


そして。


学院全体を覆っていた薄い防護結界が、音もなく消失した。


「……おかしい」


フィオナが呟いた。


「どうしたの?」


エリザベートが尋ねる。


「学院の魔力供給は、いくつかの系統に分かれています」


「そうなの?」


「はい。だから、一つの装置が壊れただけで、全部の施設が止まることはないはずなんです」


そのとき。


廊下から悲鳴が響いた。


「誰か!!」


全員が振り返った。


「先生を呼んで!!」


ルークが立ち上がる。


「行こう!」


セシリアも杖を取った。


エリザベートは、机の上に置かれた魔法灯を見た。


そして。


「……フィオナ」


「はい?」


「これ、持っていきましょう」


「……え?」


「暗くなったら困るでしょう?」


フィオナは頷いた。


「……はい!」


◇


廊下には、一人の男子生徒が倒れていた。


制服の胸元には、学院の校章。


年齢は十六歳ほど。


右手には銀色の腕輪がはめられている。


そして。


その腕輪から、赤い光が漏れていた。


「……っ!」


セシリアが駆け寄った。


「大丈夫ですか!」


男子生徒は、苦しそうに息をしている。


「……外して」


「え?」


「これ……外して……!」


セシリアは腕輪を確認した。


しかし。


「……外れません」


金属の輪が、皮膚に密着していた。


無理に引き剥がせば、腕を傷つける可能性がある。


ルークが剣を抜いた。


「切るか!?」


「待ってください!」


フィオナが叫んだ。


「その腕輪、魔力回路が刻まれています!」


「……だから?」


「壊したときに何が起きるか分かりません!」


ルークは剣を止めた。


男子生徒が呻いた。


「……頼む……」


セシリアは杖を構えた。


「《治癒》」


淡い光が生まれた。


しかし。


その光は、男子生徒の腕輪へ吸い込まれていった。


「……え?」


セシリアは目を見開いた。


もう一度。


《治癒》。


だが。


結果は同じだった。


「……魔力が」


彼女は顔を上げた。


「私の魔力まで、吸い取られています」


◇


「触らないで!」


エリザベートの声が響いた。


全員が振り返った。


少女は、男子生徒の腕輪を見つめていた。


「それ、魔力を持っていってしまうのでしょう?」


「……はい」


フィオナが答えた。


「では、触ったら駄目よ!」


エリザベートは、セシリアの腕をそっと引いた。


「あなたまで倒れたら、困るじゃない」


「……エリザベート様」


セシリアは、少し驚いた顔をした。


そのとき。


男子生徒が、震える声で呟いた。


「……僕が」


「なあに?」


エリザベートが尋ねる。


「……僕が、悪いんです」


「どうして?」


「……契約したから」


「契約?」


「……昨日、研究会で……」


フィオナの表情が変わった。


「……まさか」


少年は、小さく頷いた。


「……魔力を、増やしてくれるって」


「…………」


「……だから、僕……」


その言葉が終わる前に。


腕輪が強く光った。


「……っ!」


男子生徒の身体が跳ねた。


「危ない!」


ルークが駆け寄る。


しかし。


その瞬間。


「待って」


静かな声がした。


レオンだった。


いつの間にか、廊下の奥に立っている。


ルークが振り返る。


「……レオンさん?」


レオンは、男子生徒の腕輪を見た。


そして。


「そのままでは、外せません」


短く告げた。


それだけだった。


◇


「……どういうことですか?」


フィオナが尋ねた。


レオンは、腕輪に刻まれた術式を指さした。


「供給先があります」


「……供給先?」


フィオナは腕輪を覗き込んだ。


そして、目を見開いた。


「……あっ!」


術式の一部が、廊下の壁へ伸びている。


正確には、壁の内部を通る魔力供給回路へ接続されていた。


「……学院の設備に」


フィオナが呟いた。


「つながってる……!」


そのとき。


廊下の反対側から、教師たちが駆けつけてきた。


「全員、離れなさい!」


魔法工学担当の教師が声を上げる。


「その装置に近づいてはいけません!」


ルークたちは、男子生徒から距離を取った。


ただし。


一人だけ。


その場を離れなかった。


エリザベートだった。


「……エリザベート様!」


教師が叫ぶ。


「危険です!」


「知っているわ!」


少女は頷いた。


「だから、早く外してあげて!」


「現在、対処方法を確認しております!」


「そうなの?」


「はい!」


エリザベートは、男子生徒を見た。


苦しそうに息をしている。


顔は青白い。


腕輪の光は、少しずつ強くなっていた。


少女は、しばらく黙っていた。


そして。


「……ねえ」


男子生徒へ声をかけた。


「あなた、お名前は?」


「……え?」


「お名前よ」


少年は、苦しそうに答えた。


「……ノエル」


「ノエル?」


「……はい」


「そう」


エリザベートは頷いた。


「では、ノエル」


「……はい」


「私の手を握りなさい」


教師が息を呑んだ。


「エリザベート様!」


「大丈夫よ!」


少女は右手を差し出した。


ノエルは、その手を見つめた。


しかし。


「……駄目です」


小さく首を振った。


「……魔力が、吸われます」


「そうなの?」


「……はい」


エリザベートは少し考えた。


そして。


「では、魔法を使わなければいいわ!」


「…………」


「ただ、手を握るだけよ」


ノエルは、目を瞬かせた。


「……どうして?」


エリザベートは首を傾げた。


「どうしてって……」


少し考えた。


そして。


「あなた、怖いのでしょう?」


「…………」


「私も、知らないことは怖いわ」


ノエルの目から、涙がこぼれた。


「……僕」


「なあに?」


「……助かりますか」


エリザベートは、すぐには答えなかった。


その代わり。


「分からないわ」


静かに言った。


ノエルは俯いた。


しかし。


「でも」


少女は続けた。


「みんなが助けようとしているでしょう?」


教師たち。


フィオナ。


ルーク。


セシリア。


そして、レオン。


エリザベートは、その全員を見た。


「だから、あなたも頑張りなさい」


「…………」


「一人で怖がっていたら、つまらないじゃない」


ノエルは、ゆっくりと手を伸ばした。


そして。


少女の手を握った。


◇


「……原因が分かりました!」


フィオナが声を上げた。


教師が振り返る。


「何だね!?」


「この腕輪、学院の魔力供給回路を通じて、別の装置へ魔力を送っています!」


「……別の装置?」


「はい!」


フィオナは術式を指さした。


「でも、ただ送っているだけじゃありません!」


「どういうことだ?」


「この人自身の魔力も、一緒に流しているんです!」


教師の顔色が変わった。


「……何だと?」


「供給される魔力を増やすための装置じゃありません」


フィオナは、震える声で続けた。


「……魔力を流すために、人間を使っているんです」


沈黙。


教師は、すぐに指示を出した。


「学院の魔力供給を停止しろ!」


しかし。


「駄目です!」


別の教師が叫んだ。


「供給を急に止めれば、装置内部に残った魔力が逆流する可能性があります!」


「……っ!」


廊下が騒然となった。


そのとき。


「先生!」


エリザベートが声を上げた。


「何でしょう!」


「この人を助けるには、どうすればいいの?」


教師は、少し考えた。


「……腕輪へ流れる魔力を、徐々に減らす必要があります」


「そうなのね!」


エリザベートは頷いた。


そして、フィオナを見た。


「あなた、できる?」


「……私が?」


「ええ!」


フィオナは、腕輪を見つめた。


複雑な術式。


見たことのない回路。


そして、絶え間なく流れる魔力。


「……分かりません」


小さく答えた。


エリザベートは頷いた。


「そう」


そして。


「では、先生と一緒に考えましょう!」


「…………」


フィオナは顔を上げた。


エリザベートは続けた。


「あなた、魔法装置が好きなのでしょう?」


「……はい」


「先生は、あなたよりたくさん知っているわ!」


「……はい」


「なら、二人で考えればいいじゃない!」


フィオナは、少しだけ笑った。


「……そうですね」


教師も頷いた。


「では、始めよう」


◇


十分後。


「……できた!」


フィオナが声を上げた。


教師が確認する。


腕輪から伸びる供給回路。


その途中へ、新しい制御術式が追加されていた。


学院の設備から供給される魔力を、少しずつ減らす。


同時に、男子生徒自身から流れ出る魔力も遮断する。


「……よし」


教師が頷いた。


「実行するぞ」


フィオナは、緊張した面持ちで頷いた。


「……はい!」


制御術式が起動した。


腕輪の光が弱まる。


一段階。


二段階。


三段階。


そして。


ぱきん。


小さな音がした。


腕輪の中央に、亀裂が入った。


次の瞬間。


光が消えた。


「…………」


廊下が静まり返った。


ノエルは、ゆっくりと顔を上げた。


「……あれ?」


右手。


腕輪は、何の力も持たない金属の輪になっていた。


教師が近づく。


「……外せるか?」


ノエルは、震える手で腕輪を引いた。


するり。


金属の輪が外れた。


「…………」


そして。


「……外れた」


小さく呟いた。


「……外れました!」


フィオナが声を上げた。


ルークが拳を握る。


「やった!」


セシリアも、ほっと息を吐いた。


「……よかった」


教師たちが、男子生徒の状態を確認し始めた。


ノエルは、まだエリザベートの手を握っていた。


「……あの」


「なあに?」


「……ありがとうございます」


エリザベートは微笑んだ。


「どういたしまして!」


そして。


「でも、ノエル」


「……はい」


「そろそろ手を離してちょうだい」


「……え?」


「私、次の授業があるの!」


「…………」


ノエルは目を瞬かせた。


そして。


小さく笑った。


「……はい」


二人の手が、ゆっくりと離れた。


◇


午後二時。


学院長室。


「……三名」


マリアンヌは、報告書を見つめていた。


「はい」


教師が答える。


「今回の装置を使用していた生徒は、現在までに三名確認されています」


「全員、無事でしょうか」


「はい。身体の状態は安定しています」


「それは何よりです」


マリアンヌは、静かに頷いた。


「装置については?」


「学院の魔力供給設備と接続されていました」


「……なるほど」


「現在、すべての接続を遮断しております」


「承知いたしました」


マリアンヌは書類を閉じた。


そして。


「では、王国の調査機関へ正式に報告してください」


「……はい」


「また、学院内で使用されている外部製の魔法装置について、緊急点検を実施します」


「承知しました」


「それから」


マリアンヌは顔を上げた。


「今回の事故に関わった生徒たちについてですが」


「……はい」


「事情を確認するまでは、処分を決定しないでください」


教師は、少し驚いた。


「……よろしいのですか?」


「はい」


「しかし、学院の設備を無断で使用したことは……」


「もちろん、調査する必要がございます」


マリアンヌは頷いた。


「ですが」


静かに続けた。


「研究協力への同意と、危険な装置の使用について十分に理解していたかどうかは、別の問題です」


教師は黙った。


そして、深く頭を下げた。


「……承知いたしました」


◇


その日の夕方。


王都中央研究会館。


地下研究室。


「……失敗したそうです」


助手が報告した。


ガルドは、机の上の記録を見つめていた。


「そうか」


「装置は三基とも停止しました」


「……なるほど」


「学院側が、原因を特定したようです」


ガルドは頷いた。


「……そうだろうね」


助手は、少し不思議そうな顔をした。


「……驚かれないのですか?」


「何を?」


「装置が停止したことをです」


ガルドは、静かに笑った。


「……停止したこと自体は、問題ではない」


「……え?」


「今回、知りたかったのは別のことだ」


男は、一枚の記録を取り出した。


そこには、三人の生徒の測定結果が書かれていた。


魔力量。


適性。


制御技術。


そして。


外部魔力の受容量。


助手は、記録を見つめた。


「……これは」


「そう」


ガルドは頷いた。


「魔力量の少ない人間でも、外部から供給された魔力を受け取ることはできる」


「……はい」


「だが、それだけではない」


男は、最後の項目を指さした。


「今回、三人のうち一人だけ、異常な数値を示した」


「……異常?」


「そうだ」


そこには、他の二人とは比較にならない数値が記されていた。


助手は、思わず声を上げた。


「……あり得ません!」


「私も、そう思ったよ」


ガルドは微笑んだ。


「だが、記録には残っている」


「……計測器の故障では?」


「その可能性もある」


「……では」


「だから、もう一度調べる必要がある」


男は、静かに立ち上がった。


「それに」


「……はい」


「興味深い報告が、もう一つ届いている」


「……何でしょう」


ガルドは、別の書類を差し出した。


それは、今回の事故についてまとめられた目撃証言だった。


『事故発生時、公爵令嬢エリザベート・フォン・アルヴェインが現場に居合わせた』


『装置使用者の手を取り、救助活動に立ち会った』


ガルドは、その文章を見つめた。


「……アルヴェイン公爵家」


小さく呟く。


「実に興味深い家だ」


◇


その夜。


アルヴェイン公爵邸。


「セバスチャン!」


「はい、お嬢様」


「今日はね、男の子を助けたの!」


「左様でございますか」


「ええ!」


エリザベートは嬉しそうに頷いた。


「フィオナも、先生も、とっても頑張ったのよ!」


「それは何よりでございます」


「私、何もできなかったけれど!」


「…………」


セバスチャンは、静かに微笑んだ。


「そのようなことはございません」


「そうなの?」


「はい」


エリザベートは、少し考えた。


「……でも、私、腕輪を外せなかったわ」


「左様でございますか」


「それに、魔法も使えなかったの」


「……はい」


少女は、しばらく黙っていた。


そして。


「……だから」


顔を上げた。


「明日も勉強するわ!」


セバスチャンは、深く頭を下げた。


「かしこまりました」


エリザベートは満足そうに笑った。


その後。


彼女は自室へ戻り、教科書を開いた。


魔力供給。


制御術式。


外部供給回路。


今日、実際に目にしたものばかりだった。


「……難しいわね」


少女は小さく呟いた。


そして。


ふと、右手を見た。


今日、ノエルが握っていた手。


何の変哲もない、自分の手。


「……ふふっ」


エリザベートは、楽しそうに笑った。


「明日は、何ができるようになるのかしら!」


その頃。


王立魔法学院の学生寮では。


ノエルが、静かに眠っていた。


腕輪は、もうない。


痛みもない。


ただ。


彼の机の上には、一枚の紙が置かれていた。


『魔力測定結果』


そこには。


事故前の数値と、事故後の数値が記されている。


そして。


その二つは。


まったく同じではなかった。


――第九十話・完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。