第八十九話 悪役令嬢は研究成果を買いたい
悪役令嬢は愛されている
第八十九話 悪役令嬢は研究成果を買いたい
王国歴三百二十八年、四月十五日。
王都中央研究会館。
この日、一つの研究交流会が開催された。
主催は魔法研究団体《黎明の塔》。
参加費は無料。
優秀な研究には金貨十枚の奨励金が与えられる。
さらに、研究内容によっては専属研究員としての採用も検討されるという。
魔法を学ぶ学生にとって、魅力的な催しだった。
しかし。
「……本当に来てしまいました」
フィオナ・リードは、会館の前で立ち止まっていた。
隣にはルークとセシリアがいる。
「何だよ、緊張してるのか?」
「……はい」
「大丈夫だって!」
ルークは笑った。
「発表するだけなんだろ?」
「そうですけど……」
フィオナは鞄を抱きしめた。
中には、一つの魔法灯が入っている。
自分が初めて作った発明品。
まだ三時間しか使えない。
明るさも十分とは言えない。
それでも。
自分の手で作ったものだった。
「……頑張ります」
フィオナは、小さく頷いた。
そのとき。
「まあ!」
背後から、聞き覚えのある声がした。
「とっても大きな建物ね!」
三人が振り返る。
そこには、エリザベートが立っていた。
クラリス。
アレクシス。
そして、学院の制服を着たレオンも一緒だった。
「エリザベート様!」
フィオナが声を上げる。
「あなたも来ていたのね!」
エリザベートは嬉しそうに笑った。
「もちろんよ! フィオナの魔法灯を見に来たの!」
「……ありがとうございます!」
「それに!」
エリザベートは胸を張った。
「私も研究者になりたいわ!」
アレクシスが眉をひそめる。
「お前、研究するものがあるのか?」
「あるわよ!」
「……何だよ」
「まだ決めていないわ!」
「ないじゃねえか!」
◇
会館の内部には、数十の展示台が並んでいた。
魔法農具。
自動清掃装置。
遠距離通信魔道具。
そして、治癒術の補助装置。
学生から熟練研究者まで、さまざまな人物が研究成果を発表している。
「……すごい」
フィオナは目を輝かせた。
「こんなにたくさんの研究が……」
セシリアも一つの展示へ足を止めた。
「こちらは、治癒術の魔力消費を減らす装置のようですね」
「へえ!」
ルークが覗き込む。
「じゃあ、怪我をしたときに便利なのか?」
「はい。ただ、重い傷を治すには、まだ難しいようです」
「そうなのか」
二人が説明書を読んでいる間に。
「まあ!」
エリザベートは、別の展示台へ向かっていた。
「これ、何かしら!」
研究者が慌てて姿勢を正す。
「こ、こちらは自動給茶装置でございます!」
「自動?」
「はい! 魔力を供給すると、茶葉と湯の量を自動で調整し、お茶を淹れます!」
「まあ!」
エリザベートは目を輝かせた。
「便利ね!」
「ありがとうございます!」
「では、紅茶を淹れてちょうだい!」
「は、はい!」
研究者が装置を起動した。
小さな音。
続いて、湯が注がれる。
香りが広がった。
「どうぞ!」
エリザベートは一口飲んだ。
「…………」
研究者は緊張した面持ちで見守った。
そして。
「……美味しくないわ!」
「…………」
研究者の顔から血の気が引いた。
「も、申し訳ございません!」
「茶葉がよくないのね!」
「は、はい!」
「それとも温度かしら?」
「……お、おそらく」
「分からないの?」
「……まだ、調整中でして」
エリザベートは少し考えた。
そして、嬉しそうに笑った。
「では、完成したら教えてちょうだい!」
「……え?」
「美味しい紅茶が淹れられるようになったら、私が買うわ!」
研究者は目を瞬かせた。
「……本当でございますか?」
「もちろんよ!」
少女は胸を張った。
「ただし、美味しくなかったら買わないからね!」
「……は、はい!」
研究者は勢いよく頭を下げた。
エリザベートは満足そうに頷いた。
「ふふっ! 楽しみね!」
その後ろでアレクシスが呟いた。
「……お前、研究者にとって一番面倒な客だな」
◇
午前十一時。
研究発表会。
「続きまして、王立魔法学院より参加されたフィオナ・リードさんです」
司会者が告げた。
フィオナは、緊張した面持ちで壇上へ上がった。
「……よ、よろしくお願いします」
小さく頭を下げる。
そして、机の上に魔法灯を置いた。
「私が今回作ったのは、魔法石を使った携帯用の魔法灯です」
会場は静かだった。
「魔法石から魔力を取り出して、発光術式へ送る仕組みです」
フィオナは装置を起動した。
ぽっ。
柔らかな光が灯る。
「……この魔法灯は、術者自身の魔力を使わなくても点灯できます」
客席の何人かが頷いた。
しかし。
「……それは、既存の魔法灯と何が違うのですか?」
審査員の一人が尋ねた。
フィオナは、少しだけ言葉に詰まった。
「……えっと」
「魔法石を使う装置なら、すでに数多く存在します」
「……はい」
「携帯用の魔法灯も、珍しいものではありません」
「……はい」
審査員は続けた。
「では、あなたの研究の新規性は何でしょうか?」
フィオナは俯いた。
自分でも分かっていた。
この装置は、特別な発明ではない。
既存の技術を組み合わせたものだ。
魔力の消費量も、劇的に改善できたわけではない。
「……ありません」
小さな声が響いた。
「……新しい技術は、まだありません」
会場が静まり返った。
フィオナは、魔法灯を見つめた。
そして。
「……でも」
顔を上げた。
「私、この魔法灯を安く作りたかったんです」
「……安く?」
「はい」
少女は頷いた。
「魔法石を使う装置は便利です。でも、高いものが多くて……」
「それは、そうですね」
「だから、できるだけ少ない部品で作れるようにしました」
フィオナは装置を分解した。
内部には、単純な回路が組み込まれている。
「……この部分は、普通の金属線で代用できます」
「ほう」
「それから、魔法石も、小さなものを使えるようにしました」
「……なるほど」
「まだ三時間しか使えません」
フィオナは続けた。
「でも、もっと改良して、夜でも本が読めるような魔法灯を作りたいんです」
会場は、しばらく静かだった。
そして。
審査員が頷いた。
「……目的は分かりました」
「……ありがとうございます」
「ただし、研究としては、まだ初期段階ですね」
「……はい」
フィオナは深く頭を下げた。
発表は、それで終わった。
◇
「……駄目でした」
控室。
フィオナは、小さく呟いた。
「何言ってるんだよ!」
ルークが笑った。
「ちゃんと発表できたじゃないか!」
「……でも」
「魔法灯も光ったし!」
「……はい」
セシリアも微笑んだ。
「審査員の方も、目的は理解してくださっていましたね」
「……そうですね」
フィオナは、少しだけ笑った。
そのとき。
「フィオナ!」
扉が開いた。
エリザベートだった。
「私、あなたの魔法灯が欲しいわ!」
「…………」
フィオナは目を瞬かせた。
「……え?」
「売ってちょうだい!」
「……でも」
「なあに?」
「まだ、完成していません」
「知っているわ!」
エリザベートは頷いた。
「だから、完成したら売ってちょうだい!」
「……完成したら?」
「ええ!」
フィオナは、しばらく考えた。
そして。
「……ありがとうございます」
嬉しそうに笑った。
「頑張って、完成させます!」
エリザベートは満足そうに頷いた。
「ふふっ!」
その横でアレクシスが尋ねた。
「……いくらで買うつもりなんだ?」
「いくらでもいいわ!」
「値段を決めろよ!」
「だって、まだ完成していないでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
「では、完成してから決めればいいじゃない!」
「…………」
アレクシスは黙った。
クラリスが小さく笑った。
「今回は、エリザベートの言うとおりかもしれないわね」
「でしょう!」
少女は得意げに胸を張った。
◇
午後一時。
大講堂。
「皆様、本日はご参加ありがとうございます」
壇上には、ガルド・レイスが立っていた。
《黎明の塔》の代表者。
彼は、会場をゆっくりと見渡した。
「本日は、我々が進めている新しい研究について、ご紹介したいと思います」
壇上へ運ばれてきたのは、大きな魔法装置だった。
中央には水晶。
その周囲には、複雑な魔力回路。
そして、前面には人間が手を置くための板が設けられている。
「皆様は、魔法の才能について、どうお考えでしょうか」
ガルドが尋ねた。
「生まれつき魔力量が少ない者」
「術式を理解できても、魔力が不足している者」
「優れた制御技術を持ちながら、十分な出力を得られない者」
会場が静かになった。
フィオナは、思わず顔を上げた。
ガルドは続ける。
「我々は、そのような人々にも、魔法を使う可能性を与えたいと考えております」
彼は装置へ手をかざした。
「そのために開発したのが、こちらです」
『外部魔力供給式・術者補助装置』
ルークが首を傾げた。
「……長い名前だな」
セシリアが小さく笑った。
「そうですね」
ガルドは続けた。
「この装置を使えば、魔力量が少ない者でも、高度な魔法を扱うことができます」
会場がざわついた。
「……本当か?」
「そんなことが可能なのか?」
「魔法石を使うのとは違うのか?」
ガルドは微笑んだ。
「では、実際にお見せしましょう」
◇
壇上へ、一人の青年が上がった。
十六歳ほど。
やや痩せた体格。
緊張した表情。
「彼は、我々の研究に協力してくれている学生です」
ガルドは紹介した。
「通常の魔力量測定では、下位の評価を受けています」
青年は、水晶へ手をかざした。
淡い光。
すぐに消えた。
会場がざわつく。
「……確かに少ないな」
ガルドが頷いた。
「では、補助装置を使用してみましょう」
青年は、装置へ手を置いた。
複雑な術式が光る。
そして。
「《火球》」
ぼっ!
巨大な炎が生まれた。
会場から歓声が上がった。
「……すごい!」
ルークが目を見開いた。
フィオナも、驚いていた。
「……あんなに大きな魔法が」
青年は、もう一度術式を展開した。
今度は水。
続いて風。
どちらも、通常の魔力量では到底実現できない規模だった。
「お分かりいただけたでしょうか」
ガルドは微笑んだ。
「人間の才能は、生まれ持った魔力量だけで決まるものではありません」
拍手が響いた。
フィオナは、しばらく装置を見つめていた。
そして。
小さく呟いた。
「……でも」
セシリアが振り返る。
「どうしました?」
「……魔力は、どこから来ているんでしょう?」
◇
「質問があります!」
会場に声が響いた。
フィオナだった。
ガルドが顔を上げる。
「どうぞ」
「その装置は、外部から魔力を供給しているんですよね?」
「そのとおりです」
「では、その魔力は何から供給されているんですか?」
ガルドは微笑んだ。
「我々が独自に開発した蓄積技術を利用しています」
「……蓄積技術?」
「はい」
「では、魔力を蓄えるための供給源が、別にあるんですね?」
「もちろんです」
フィオナは頷いた。
「……どこにあるのでしょうか」
会場が静かになった。
ガルドは、少しだけ目を細めた。
「それは、研究上の機密です」
「……そうですか」
「ええ」
「では、魔力を補充するための費用は?」
「……費用?」
「はい」
フィオナは続けた。
「装置を使うために、どのくらいの魔力を消費するのでしょうか」
ガルドは、しばらく少女を見つめていた。
そして。
「……興味深い質問ですね」
静かに答えた。
「ありがとうございます」
「君は、王立魔法学院の学生かな?」
「……はい!」
「名前は?」
「フィオナ・リードです」
「……フィオナさん」
ガルドは微笑んだ。
「よろしければ、研究に協力していただけませんか?」
「…………」
フィオナは目を瞬かせた。
「……私が?」
「ええ」
「……でも、私は」
「魔力量が少ないのでしょう?」
「……はい」
「だからこそ、価値があるのです」
フィオナは、装置を見つめた。
そして。
「……考えさせてください」
静かに答えた。
ガルドは頷いた。
「もちろんです」
◇
午後二時。
研究会館、相談室。
フィオナの前には、一通の書類が置かれていた。
『研究協力契約書』
研究への参加。
能力測定。
魔力供給実験。
そして、研究成果の取り扱い。
細かな文字が何ページにもわたって記されている。
「……難しいですね」
フィオナが呟いた。
ガルドが微笑んだ。
「専門的な契約ですからね」
「……はい」
「ご不明な点があれば、何でもお尋ねください」
「……ありがとうございます」
フィオナは、ゆっくりと書類を読んでいた。
その隣には、ルークとセシリアが座っている。
そして。
「ねえ!」
エリザベートが、書類を覗き込んだ。
「これ、何を決めるものなの?」
ガルドが答えた。
「研究への協力についてでございます」
「研究?」
「はい」
「フィオナが?」
「そのとおりです」
エリザベートは首を傾げた。
「……魔法灯を作るの?」
「いいえ。今回の研究は、魔力そのものに関するものです」
「そうなのね」
エリザベートは書類を見つめた。
そして。
「……これ、全部読まないといけないの?」
「もちろん、内容をご理解いただく必要がございます」
「まあ!」
少女は驚いた顔をした。
「大変ね!」
アレクシスが呟いた。
「……お前も読めよ」
「どうして?」
「何が書いてあるか分からねえだろ」
「……そうね」
エリザベートは頷いた。
そして、隣にいたレオンへ書類を渡した。
「読んでちょうだい!」
「かしこまりました」
アレクシスは額を押さえた。
「自分で読め!!」
◇
「……少し、よろしいでしょうか」
しばらくして、レオンが顔を上げた。
ガルドが微笑む。
「何でしょう」
「こちらの契約では、実験によって得られた測定結果を、御団体が研究目的で利用できることになっていますね」
「ええ」
「その利用期間について、明確な記載がございません」
「……なるほど」
ガルドは頷いた。
「研究には時間がかかりますから」
「左様でございますか」
レオンは、書類を閉じた。
「では、研究が終了した後も、測定結果を利用される可能性があるということでしょうか」
「……その可能性はございます」
「承知いたしました」
それだけだった。
ガルドは、わずかに眉を動かした。
青年が何を考えているのか、分からなかった。
しかし。
そのとき。
「……あの」
フィオナが口を開いた。
「ガルド先生」
「はい」
「私は、この契約を結びません」
「…………」
ガルドは目を瞬かせた。
「……理由を伺っても?」
「……はい」
フィオナは、少しだけ緊張していた。
それでも、続けた。
「私は、魔法装置について勉強したいんです」
「……ええ」
「でも、この契約では、私が何を調べられるのか分かりません」
「…………」
「それに、測定結果をどのように使うのかも、まだ理解できていません」
ガルドは、静かに頷いた。
「……なるほど」
「だから、今は契約しません」
フィオナは、深く頭を下げた。
「せっかく誘っていただいたのに、申し訳ありません」
しばらく、沈黙が続いた。
そして。
「……結構です」
ガルドは微笑んだ。
「ご自身で判断されたのであれば、尊重いたしましょう」
「……ありがとうございます」
フィオナは、ほっと息を吐いた。
そのとき。
「まあ!」
エリザベートが声を上げた。
「あなた、断ったのね!」
「……はい!」
「そう!」
エリザベートは満足そうに頷いた。
「では、魔法灯の続きを作りましょう!」
「……え?」
「だって、まだ完成していないのでしょう?」
「……はい」
「私、あなたの魔法灯が欲しいの!」
フィオナは目を瞬かせた。
そして、嬉しそうに笑った。
「……はい!」
ガルドは、その光景を静かに見つめていた。
◇
午後四時。
研究会館の外。
「……結局、奨励金はもらえなかったな」
ルークが呟いた。
フィオナは頷いた。
「……はい」
「残念だったか?」
「……少しだけ」
少女は笑った。
「でも、勉強になりました」
「そうか!」
ルークも笑った。
セシリアが尋ねる。
「魔法灯の改良は、続けられそうですか?」
「はい!」
フィオナは頷いた。
「次は、もっと長く使えるようにしたいです」
「素敵ですね」
「……ありがとうございます」
そのとき。
「ねえ、フィオナ!」
エリザベートが振り返った。
「なあに?」
「私、あなたに頼みたいことがあるわ!」
「……はい?」
「完成したら、私の家にも一つ置いてちょうだい!」
「もちろんです!」
「でも!」
エリザベートは、人差し指を立てた。
「誰でも買えるようにするのよ!」
フィオナは目を瞬かせた。
「……誰でも?」
「そうよ!」
エリザベートは胸を張った。
「私だけのものだったら、つまらないじゃない!」
「…………」
フィオナは、しばらく少女を見つめていた。
そして。
「……はい!」
大きく頷いた。
「頑張ります!」
エリザベートは満足そうに笑った。
「ふふっ!」
その横でアレクシスが呟いた。
「……お前が独占しないなんて、珍しいな」
「失礼ね!」
エリザベートは頬を膨らませた。
「私が最初のお客さんになるのは、決まっているでしょう!」
「……結局それかよ」
「もちろんよ!」
クラリスが笑った。
レオンも、静かに微笑んだ。
◇
同じ頃。
王都中央研究会館。
地下研究室。
「……フィオナ・リードは?」
ガルドが尋ねた。
助手が答える。
「契約には至りませんでした」
「……そうか」
「しかし、他に三名の学生が研究協力へ同意しております」
「……なるほど」
ガルドは頷いた。
「十分だ」
助手は、少し驚いた。
「……よろしいのですか?」
「何がだね」
「今回の交流会では、もっと多くの協力者を集める予定だったはずです」
「予定は予定だ」
ガルドは、机の上に置かれた契約書を確認した。
三名。
いずれも、王立魔法学院の学生だった。
「……彼らは、契約内容を理解しているのかね」
助手が尋ねた。
ガルドは、少し考えた。
そして。
「説明はした」
静かに答えた。
「……はい」
「質問にも答えた」
「……はい」
「その上で、自ら署名した」
「…………」
「ならば、問題はないだろう」
助手は、何も言わなかった。
ガルドは、契約書を閉じた。
そして、別の資料を取り出した。
そこには、旧研究棟の設備図が描かれていた。
「……ところで」
「はい」
「学院の魔力供給経路は、現在どうなっている?」
「旧研究棟への供給は停止されています」
「……そうか」
「また、学院長の指示により、設備の警備も強化されています」
ガルドは頷いた。
「……なるほど」
そして。
「では、次の方法を考えよう」
「……次の方法?」
「ああ」
男は微笑んだ。
「研究に必要なものは、魔力だけではないからね」
「…………」
「場所も、人間も、機会も必要だ」
ガルドは、契約書を指で叩いた。
「幸い、こちらには三名の協力者がいる」
助手は、小さく頷いた。
「……はい」
「ならば、研究は進められる」
ガルドは、静かに立ち上がった。
「次の実験は、王立魔法学院で行おう」
助手が顔を上げた。
「……学院で?」
「そうだ」
「しかし、立ち入りは禁止されております」
「知っている」
「では……」
ガルドは微笑んだ。
「だから、学生に協力してもらうのだよ」
「…………」
助手は、しばらく黙っていた。
そして。
「……承知いたしました」
深く頭を下げた。
◇
その日の夜。
アルヴェイン公爵邸。
「セバスチャン!」
「はい、お嬢様」
「今日は、面白いものをたくさん見たわ!」
「左様でございますか」
「ええ!」
エリザベートは、嬉しそうに語り始めた。
「お茶を淹れる機械もあったの!」
「なるほど」
「でも、美味しくなかったわ!」
「それは残念でございました」
「それから、フィオナの魔法灯も見たの!」
「左様でございますか」
「まだ三時間しか使えないんですって!」
「なるほど」
「でも、完成したら私が買うわ!」
セバスチャンは微笑んだ。
「かしこまりました」
そのとき。
「……ねえ、セバスチャン」
「はい」
エリザベートは、少し考えた。
「研究って、面白いのね」
「左様でございます」
「でも、難しいわ」
「そうでございますね」
少女は、しばらく黙った。
そして。
「……私も、何か作ってみたいわ!」
セバスチャンは、静かに頭を下げた。
「どのようなものをご希望でしょうか」
「そうねえ……」
少女は考え込んだ。
そして、目を輝かせた。
「魔法で、何でもできるものがいいわ!」
「…………」
セバスチャンは、静かに微笑んだ。
「かしこまりました」
その夜。
アルヴェイン公爵邸の使用人たちに、一つの命令が伝えられた。
『お嬢様が、何でもできる魔法装置をご希望である』
使用人たちは、ただちに検討を開始した。
魔力供給。
術式構築。
物質変換。
空間操作。
時間制御。
生命活動。
それぞれの専門家が招集され、実現可能性の調査が始まった。
そして翌朝。
公爵邸の地下研究室には。
『全機能統合型・万能魔法装置』
と書かれた設計図が置かれていた。
ただし。
その装置には、一つだけ問題があった。
必要な魔力量が、現在の王国全体の年間消費量を大きく上回っていたのである。
使用人たちは、静かに考えた。
そして。
誰かが言った。
「……足りないのであれば、増やせばよろしいのでは?」
全員が頷いた。
「なるほど」
「そのとおりですね」
「では、魔力の生産方法を検討しましょう」
議論は、何事もなかったように続けられた。
一方。
その頃のお嬢様は。
「……ふふっ」
自室で楽しそうに教科書を開いていた。
「明日は、何を勉強しようかしら!」
彼女は、まだ知らなかった。
自分の何気ない一言によって、公爵邸では王国の魔法研究史を根本から覆しかねない計画が始まっていることを。
そして。
王都の別の場所でもまた。
魔力を巡る研究が、静かに進められていた。
――第八十九話・完




