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第八十八話 悪役令嬢は招待されない

悪役令嬢は愛されている


第八十八話 悪役令嬢は招待されない


王国歴三百二十八年、四月十一日。


王立魔法学院。


この日、学院長マリアンヌは、一人の男を客人として迎えていた。


男の名は、ガルド・レイス。


王都に拠点を置く魔法研究団体《黎明の塔》の代表者である。


四十代半ば。


灰色の髪を後ろへ撫でつけ、細い銀縁の眼鏡をかけている。


その服装は、学者というより商人に近かった。


「初めまして、マリアンヌ学院長」


男は丁寧に頭を下げた。


「お目にかかれて光栄です」


「こちらこそ」


マリアンヌは微笑んだ。


「本日は、旧研究棟の件でお越しいただいたと伺っております」


「ええ」


ガルドは頷いた。


「どうやら、我々の研究設備がご迷惑をおかけしたようで」


「一名の生徒が負傷しております」


「……それは残念なことです」


「残念、でございますか」


マリアンヌの声色は変わらなかった。


ガルドも微笑みを崩さない。


「もちろん、必要な補償には応じるつもりです」


「ありがとうございます」


マリアンヌは机の上に、一枚の記録を置いた。


「では、まずこちらをご覧ください」


第四演習場。


魔力供給装置。


異常な魔力流出。


そして、旧研究棟に蓄積されていた魔力。


そのすべてが、詳細に記録されている。


ガルドは書類へ目を落とした。


「……なるほど」


「こちらの装置は、御団体の所有物で間違いございませんね?」


「ええ」


「では、誰が起動したのでしょうか」


「……それについては、現在確認を進めております」


「左様でございますか」


マリアンヌは頷いた。


そして。


「では、調査が終了するまで、御団体に対する学院施設の利用許可を停止いたします」


「…………」


ガルドの指が止まった。


「……それは、困りますな」


「何か問題でも?」


「我々には、正式な研究協定がございます」


「存じております」


「でしたら、学院長の一存で停止できるものではないはずです」


マリアンヌは静かに微笑んだ。


「協定には、安全管理上の問題が確認された場合、施設利用を一時停止できる旨が記されております」


「…………」


「旧学院長の署名もございますね」


ガルドは、しばらく黙っていた。


やがて、小さく笑った。


「……なるほど。よくお調べになっている」


「ありがとうございます」


マリアンヌは書類を閉じた。


「それでは、次のお話へ進みましょう」


「……次?」


「はい」


彼女は、穏やかに尋ねた。


「御団体は、学院の生徒に何をさせるおつもりだったのでしょうか」


◇


「……生徒?」


ガルドは首を傾げた。


「我々は研究団体です。学院の生徒と交流することは、何も不自然ではないでしょう」


「そのとおりでございます」


「では、何を問題視されているのでしょうか」


マリアンヌは、一枚の資料を差し出した。


『外部研究団体による学生研究協力制度』


そこには、《黎明の塔》の名前が記されていた。


研究奨励金。


設備利用支援。


研究員との交流。


そして、魔法適性に関する実証実験への参加。


「こちらの制度でございます」


ガルドは頷いた。


「ええ。優秀な生徒を支援するためのものです」


「素晴らしいお考えですね」


「ありがとうございます」


「ですが、最後の項目について、確認が必要です」


マリアンヌは書類を指さした。


「実証実験への参加、とは?」


「魔力の供給効率に関する研究です」


「具体的には?」


「個人ごとに異なる魔力の性質を分析し、より効率的な魔法装置を開発します」


「なるほど」


「危険な実験ではありませんよ」


「それは、どなたが判断されたのでしょうか」


「…………」


「学院では、学生を対象とする実験に事前審査を義務づけております」


ガルドは、わずかに眉を動かした。


「……随分と厳しいのですね」


「生徒の安全に関わることでございますから」


「しかし、そのような制約ばかりでは、研究は進みません」


「研究の進歩と安全性は、両立を目指すべきものと考えております」


「……理想論ですな」


ガルドは笑った。


「現実には、危険を伴う研究もある」


「ええ」


「それを理解した上で、協力する学生がいてもよいのでは?」


「もちろんでございます」


マリアンヌは頷いた。


「ただし、危険性について十分な説明があり、本人が理解して同意していることが前提です」


「…………」


「そして、学院の施設を使用するのであれば、学院の承認も必要となります」


ガルドは椅子に深く腰掛けた。


「……困りましたな」


「何がでしょう」


「あなたは、オスカー殿とは随分違う」


その言葉に、マリアンヌは微笑んだ。


「そうでしょうね」


◇


「……失礼する」


扉が開いた。


入ってきたのは、オスカー・ベルンハルトだった。


「お待たせしました」


ガルドが立ち上がる。


「これは、オスカー先生」


「久しぶりですな、ガルド殿」


二人は握手を交わした。


かつて、共に研究協定を結んだ者同士。


その関係は、決して浅いものではなかった。


「……学院長」


オスカーは、マリアンヌへ向き直った。


「今回の件について、私からも説明させていただきたい」


「お願いいたします」


老人は頷いた。


「《黎明の塔》との協定は、六年前に結びました」


ガルドは黙って聞いている。


「当時、学院には十分な研究設備がありませんでした」


「ええ」


「そこで、彼らの協力を受け、魔力供給技術の研究を進めたのです」


オスカーは続けた。


「研究そのものには、大きな成果がありました」


魔法石の蓄積効率。


魔力供給回路の改良。


複数の魔法装置を安定して稼働させる技術。


それらの一部は、現在の学院でも使用されている。


「しかし」


オスカーは、ガルドを見た。


「三年前、私は研究内容の一部に問題があると判断しました」


「……問題?」


ガルドが尋ねた。


「ええ」


「どのような?」


「研究目的が、当初の協定から逸脱していたのです」


マリアンヌは静かに耳を傾けていた。


オスカーは続けた。


「当初の目的は、魔法装置の効率化でした」


「そうですな」


「しかし、途中から研究の中心が変わった」


「…………」


「装置を改良するのではなく、人間の魔力そのものを改良する研究へと」


沈黙。


ガルドは、しばらく老人を見つめた。


そして。


「……それの何が悪いのでしょう」


静かに尋ねた。


◇


「考えてもみてください」


ガルドは立ち上がった。


「人間の魔力量には、生まれつき大きな差がある」


「そうですな」


「魔法適性にも差がある」


「ええ」


「優秀な術式を理解していても、それを使うだけの魔力がなければ、優れた魔術師にはなれない」


ガルドは続けた。


「では、その差をなくすことができたら?」


オスカーは黙っていた。


「誰でも、同じように魔法を使えるようになる」


「…………」


「生まれつき才能に恵まれなかった者にも、可能性が生まれる」


ガルドは微笑んだ。


「素晴らしいことではありませんか」


マリアンヌが口を開く。


「興味深い研究でございますね」


「でしょう?」


「ですが」


彼女は続けた。


「その方法は、すでに確立されているのでしょうか」


「……まだです」


「では、実験段階ということですね」


「ええ」


「その実験に、生徒を参加させるおつもりでしたか」


ガルドは、少しだけ黙った。


そして。


「……適性のある者に限ります」


静かに答えた。


マリアンヌは頷いた。


「承知いたしました」


それから、オスカーへ向き直った。


「先生」


「はい」


「旧学院長として、この研究を承認されたのでしょうか」


オスカーは、ゆっくりと首を横に振った。


「……いいえ」


「そうでございますか」


「私は、その研究の中止を求めました」


「…………」


「しかし」


老人は、ガルドを見つめた。


「彼らは、研究を続けた」


ガルドは肩をすくめた。


「研究者とは、そういうものです」


「……ガルド殿」


オスカーの声が、少しだけ低くなった。


「私は、研究を止めたのではありません」


「…………」


「学院の生徒を、研究材料にすることを止めたのです」


しばらく、誰も口を開かなかった。


そして。


ガルドは、静かに笑った。


「……相変わらずですな、先生」


◇


会談は、それから十分ほどで終了した。


《黎明の塔》の学院施設利用は、正式に一時停止された。


旧研究棟の装置は、学院の管理下に置かれることになった。


また、設備破損事故については、王国の関係機関も交えて調査が進められる。


ガルドは、特に抵抗しなかった。


「では、失礼いたします」


丁寧に一礼する。


「本日は、有意義なお時間をありがとうございました」


マリアンヌも一礼した。


「こちらこそ」


男は扉へ向かった。


しかし。


出ていく直前、ふと思い出したように振り返った。


「……そうそう」


「何でしょう」


「学院長」


ガルドは微笑んだ。


「私たちは、何も学院の中でしか研究できないわけではありません」


「存じております」


「王都には、民間の研究施設もございます」


「ええ」


「優秀な生徒が、自らの意思で我々の研究に参加したいと望んだ場合」


そこで、言葉を止める。


「……学院には、それを禁止する権限がございますかな?」


マリアンヌは、少し考えた。


「学院の規則と王国の法令に従い、判断することになります」


「なるほど」


ガルドは満足そうに頷いた。


「では、またお会いしましょう」


扉が閉まった。


オスカーは、静かに息を吐いた。


「……すまないことをしましたな」


マリアンヌが顔を上げる。


「何がでしょう」


「彼らを学院へ招き入れたのは、私です」


「存じております」


「……責任は、私にあります」


マリアンヌは、机の上の書類を揃えた。


「では、先生」


「……はい」


「調査へのご協力をお願いいたします」


オスカーは、少し驚いた顔をした。


そして。


「……もちろんです」


深く頷いた。


◇


午後一時。


王立魔法学院、魔法工学実習室。


「できました!」


フィオナの声が響いた。


机の上には、小さな魔法灯が置かれていた。


先日、エリザベートたちと考えたものだ。


魔法石を使用する。


明るさは一定。


持ち運べる大きさ。


そして、できるだけ安価に作る。


その条件を満たすために、フィオナは数日間、設計を繰り返していた。


「……本当にできたのか?」


アレクシスが覗き込む。


「はい!」


フィオナは頷いた。


「まだ試作品ですけど」


「点けてみろよ」


「分かりました」


少女は装置の起動板を押した。


ぽっ。


柔らかな光が灯った。


「……おお」


アレクシスが声を上げた。


クラリスも微笑む。


「綺麗ね」


「ありがとうございます!」


エリザベートは、しばらく魔法灯を見つめていた。


そして。


「……ねえ、フィオナ」


「はい!」


「これ、一晩中使えるの?」


「……いいえ」


フィオナは首を横に振った。


「今のところ、三時間ほどです」


「そうなのね」


「でも、魔力の消費量を減らせば、もっと長く使えると思います」


「……なるほど」


エリザベートは頷いた。


そして。


「では、三時間で本を読み終わればいいわね!」


「…………」


フィオナは、少し驚いた。


アレクシスが口を開く。


「それじゃ根本的な解決にならねえだろ」


「どうして?」


「本が長かったらどうすんだよ」


「次の日に読めばいいじゃない!」


「……まあ、そうだけど」


クラリスが笑った。


「でも、まず三時間使えるようになっただけでも、十分な成果じゃない?」


「……そうですね!」


フィオナは嬉しそうに頷いた。


しかし。


そのとき。


「……あれ?」


フィオナが顔を上げた。


「どうした?」


アレクシスが尋ねる。


「……少し、明るさが変わったような」


全員が魔法灯を見た。


光は、わずかに揺れていた。


「……故障?」


クラリスが尋ねる。


「いえ……」


フィオナは装置を確認した。


魔法石。


供給回路。


発光術式。


どれも正常だった。


「……おかしいですね」


少女は首を傾げた。


そのとき。


「外部の魔力が干渉しているのかもしれませんね」


背後から声がした。


振り返ると、レオンが立っていた。


「レオン!」


エリザベートが手を振る。


「あなたも来たのね!」


「はい。講義が終わりましたので」


レオンは机へ近づいた。


そして、魔法灯を見た。


「……なるほど」


「何か分かるの?」


エリザベートが尋ねる。


「まだ断定はできませんが」


レオンは、静かに答えた。


「学院内の魔力供給が、一部制限されているようです」


「……制限?」


フィオナが首を傾げる。


「はい。第四演習場の事故に伴う、安全措置でしょう」


「……ああ」


アレクシスが頷いた。


「そういえば、研究棟の調査をしてるんだったな」


「ええ」


レオンは続けた。


「学院の魔力供給経路は、いくつかの施設で共有されています」


「……なるほど」


フィオナは、自分の魔法灯を見た。


「だから、周囲の魔力が変化して……」


「その可能性はあります」


「……そうなんですね」


フィオナは、嬉しそうに頷いた。


「ありがとうございます!」


レオンは微笑んだ。


「いえ」


エリザベートは、しばらく魔法灯を見つめていた。


そして。


「……ねえ、フィオナ」


「はい」


「これ、外でも使えるの?」


「……はい!」


「では、外で試してみましょう!」


「……外?」


「ええ!」


エリザベートは満面の笑みを浮かべた。


「今日はいいお天気だもの!」


アレクシスは額を押さえた。


「……何で魔法灯を昼間に試すんだよ」


「……あら」


エリザベートは少し考えた。


そして。


「では、夜にしましょう!」


「そういう話じゃねえ!!」


◇


午後三時。


学院の掲示板。


一枚の新しい告知が貼り出された。


『王都魔法研究交流会』


主催。


《黎明の塔》


開催日。


四月十五日。


会場。


王都中央研究会館。


対象。


魔法研究に興味のある学生。


参加費。


無料。


そして。


『優秀な研究提案には、研究奨励金を支給』


掲示板の前には、多くの生徒が集まっていた。


「……研究奨励金?」


「金貨十枚だって!」


「すごいな!」


「研究設備も使わせてもらえるらしいぞ」


そんな声が飛び交っている。


その中に、フィオナもいた。


「……金貨、十枚」


少女は、告知を見つめた。


金貨十枚。


それだけあれば。


新しい魔法石を買える。


研究用の工具も買える。


そして、今よりずっと多くの実験ができる。


「……すごい」


フィオナは、小さく呟いた。


そのとき。


「フィオナ!」


背後から声がした。


振り返ると、ルークとセシリアが立っていた。


「どうしたんだ?」


「……あっ」


フィオナは、告知を指さした。


「これです」


ルークは、紙を覗き込んだ。


「……研究交流会?」


「はい」


「へえ!」


少年は目を輝かせた。


「面白そうだな!」


セシリアも頷いた。


「研究奨励金まであるのですね」


「……はい」


フィオナは、小さく頷いた。


「私、参加してみたいです」


「いいじゃないか!」


ルークは笑った。


「……でも」


フィオナは、少しだけ俯いた。


「私の研究なんて、まだ試作品が一つできただけですし……」


「それでも、作ったんだろ?」


「……はい」


「じゃあ、見せればいいじゃないか!」


フィオナは顔を上げた。


セシリアも微笑んだ。


「私も、そう思います」


「……ありがとうございます」


フィオナは嬉しそうに笑った。


しかし。


そのとき。


「……待てよ」


ルークが告知をもう一度見た。


「この団体名……」


「……どうしました?」


「どこかで聞いた気がするんだ」


セシリアも、少し考えた。


「……確か、演習場の事故について」


フィオナは目を見開いた。


「……あっ」


三人は、もう一度告知を見つめた。


《黎明の塔》


その名前は、事故調査の報告に記されていた。


◇


「……この研究会には、参加してもよいのでしょうか」


午後四時。


一年生の教室。


フィオナは担当教師に尋ねた。


教師は告知を確認した。


「……現時点では、学院として参加を推奨できません」


「……そうなんですか」


「ええ。主催団体が、現在調査対象となっているためです」


「……分かりました」


フィオナは頷いた。


しかし。


教師は続けた。


「ただし、研究交流会そのものは、学院とは別の場所で開催されます」


「……はい」


「学院の規則に反しない範囲で、学生が外部の研究会に参加することまで、すべて禁止できるわけではありません」


「……なるほど」


「ですが、安全性が確認できていない団体です。慎重に判断してください」


「……はい」


フィオナは、深く頭を下げた。


その後ろで、ルークが口を開いた。


「先生!」


「何でしょう」


「俺たちも、一緒に行った方がいいですか?」


「……一緒に?」


「はい!」


ルークは頷いた。


「フィオナ一人だと、心配なので」


教師は、少し考えた。


「……その前に、参加する必要があるかどうかを考えてください」


「……あっ」


「危険かもしれない場所へ行くとき、人数を増やせば安全になるとは限りませんから」


「…………」


ルークは、少しだけ黙った。


そして。


「……分かりました!」


深く頷いた。


◇


午後五時。


アルヴェイン公爵邸。


「……おや」


オスカーは、机の上に置かれた一通の封筒を見つめていた。


差出人。


《黎明の塔》。


中には、短い手紙が入っていた。


『親愛なるオスカー先生へ』


『本日のご助言、誠にありがとうございました』


『我々は、学院の規則を尊重することにいたしました』


『今後は、学院の外で研究を継続いたします』


『先生がかつて望まれたように、才能に恵まれなかった者にも、魔法を学ぶ機会を提供したいと考えております』


『四月十五日』


『王都中央研究会館にて』


『お会いできることを、楽しみにしております』


オスカーは、しばらく手紙を見つめていた。


そして。


「……ガルド殿」


小さく呟いた。


「あなたは、まだ分かっておられないのですな」


老人は手紙を机に置いた。


その表情は、普段の穏やかなものではなかった。


◇


同じ夜。


王都中央研究会館。


地下研究室。


「……参加希望者は?」


ガルドが尋ねた。


助手が答える。


「現在、二十七名です」


「ほう」


「そのうち、王立魔法学院の新入生が六名」


「……なるほど」


ガルドは頷いた。


「専門課程の希望は?」


「魔法研究が十一名、魔法装置開発が八名、治癒術が五名、その他が三名です」


「……悪くない」


男は微笑んだ。


「魔力量の多い者は?」


「数名おります」


「制御技術に優れた者は?」


「こちらも」


「……そうか」


ガルドは、机の上の研究資料を開いた。


そこには、一つの術式が描かれていた。


複雑な魔力回路。


複数の供給源。


そして。


中央に、一人の人間を示す図。


「……先生」


助手が尋ねた。


「本当に、学生を対象にするのですか?」


ガルドは、静かに答えた。


「当然だ」


「……しかし」


「何だ?」


「学院側が、我々を警戒しています」


「知っている」


「では……」


ガルドは、ゆっくりと顔を上げた。


「私は、誰にも強制するつもりはない」


「……はい」


「研究に参加する者には、きちんと説明する」


「……はい」


「危険性についても、説明する」


「…………」


助手は、少しだけ安心した。


しかし。


次の言葉で、その表情が変わった。


「ただし」


ガルドは微笑んだ。


「説明したところで、理解できるとは限らないがね」


「…………」


男は、研究資料を閉じた。


そして。


「……準備を進めたまえ」


静かに告げた。


「四月十五日には、予定どおり研究交流会を開催する」


「……承知しました」


助手は深く頭を下げた。


その後。


ガルドは、一人で研究室に残った。


机の上には、古い研究記録が置かれている。


そこには、六年前の日付と。


オスカー・ベルンハルトの署名があった。


ガルドは、その名前を指でなぞった。


「……先生」


小さく呟く。


「あなたが始めた研究ではありませんか」


その声に、答える者はいなかった。


地下研究室の奥では。


巨大な魔力蓄積装置が、静かに光っていた。


――第八十八話・完

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