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第八十七話 悪役令嬢は事件を知る

悪役令嬢は愛されている


第八十七話 悪役令嬢は事件を知る


王国歴三百二十八年、四月十日。


王立魔法学院。


入学式から三日目。


学院の掲示板には、一枚の告知が貼り出されていた。


『第四演習場の使用を、当面の間禁止する』


理由は、前日に発生した設備の破損事故。


一名の負傷者を出したものの、幸いにも重大な被害には至らなかった。


しかし、学院側は事態を重く受け止めていた。


安全装置が正常に機能しなかった原因。


魔力供給量が設定値を超えた理由。


そして、誰が設備の管理責任を負っていたのか。


調査すべきことは多い。


そんな中。


「まあ!」


エリザベート・フォン・アルヴェインは掲示板を見つめていた。


「演習場が使えないのね!」


「そうみたいね」


クラリスが頷く。


「残念だわ!」


「仕方ないわよ。事故があったんだから」


「……そうね」


エリザベートは少し考えた。


そして。


「では、直せばいいのではなくて?」


隣にいたアレクシスが口を開いた。


「だから、その原因を調べてるんだろ」


「……あら」


「直しても、また壊れたら困るだろ?」


「なるほど!」


エリザベートは頷いた。


「では、ちゃんと調べないといけないわね!」


「……そういうことだ」


アレクシスはため息をついた。


以前なら、エリザベートは演習場の使用禁止を撤回させていたかもしれない。


だが、今日は違った。


彼女は掲示板をもう一度見つめると、満足そうに頷いた。


「では、今日は何をして遊ぼうかしら!」


「勉強しろ!」


◇


午前九時。


第一講義室。


新入生たちの間では、昨日の事故が話題になっていた。


「勇者が怪我をしたらしいぞ」


「聖女が治したんだって」


「演習場の建物が壊れたって本当?」


そんな声が飛び交う。


ルークは、少し居心地が悪そうにしていた。


「……俺、そんな大怪我じゃなかったんだけどな」


隣でセシリアが微笑んだ。


「噂というのは、広がるうちに大きくなるものですから」


「そうなのか?」


「ええ」


「……困ったな」


ルークは頭を掻いた。


そのとき。


「ルークさん」


フィオナが声をかけた。


「ん?」


「昨日のことなんですけど……」


「どうした?」


少女は、一枚の紙を取り出した。


そこには、小さな数字と線がいくつも書かれていた。


「……それ、何だ?」


「昨日、探知器で測った魔力の記録です」


「……記録?」


「はい」


フィオナは頷いた。


「私、気になって、昨日の夜に調べてみたんです」


セシリアが覗き込む。


「何か分かったのですか?」


「……少しだけ」


フィオナは、紙の中央を指さした。


「ここです」


そこには、通常とは異なる波形が描かれていた。


「演習場の建物が壊れる直前、魔力の供給量が急に増えているんです」


「……ああ」


ルークが頷く。


「先生も言ってたな」


「でも、おかしいんです」


「……何が?」


フィオナは、少し緊張した表情で続けた。


「供給量が増えたのに、魔法の出力はほとんど変わっていないんです」


「…………」


ルークは首を傾げた。


「……どういうことだ?」


「普通、魔力をたくさん流せば、魔法の出力が上がります」


「……ああ」


「でも、昨日の記録では、魔力だけが増えているんです」


セシリアが尋ねた。


「では、その魔力はどこへ行ったのでしょう?」


フィオナは頷いた。


「……それが分からないんです」


三人は紙を見つめた。


そして。


「……先生に聞いてみよう!」


ルークが言った。


フィオナは目を瞬かせた。


「……いいんでしょうか?」


「何で駄目なんだ?」


「……私、まだ一年生ですし」


ルークは笑った。


「一年生だから、分からないことがあるんだろ?」


「…………」


「だったら、先生に聞けばいいじゃないか!」


フィオナは、少しだけ笑った。


「……そうですね」


セシリアも頷いた。


「私も一緒に参ります」


「……ありがとうございます!」


三人は、授業が始まる前に担当教師へ相談することにした。


◇


午前十時。


魔法工学研究室。


「……なるほど」


研究主任のエルマーは、フィオナの記録を見つめていた。


元王宮筆頭魔術師。


現在はアルヴェイン公爵家に仕える人物である。


学院からの依頼により、今回の事故調査にも協力していた。


「この記録は、君が取ったものかね?」


「……はい!」


フィオナは緊張した面持ちで答えた。


エルマーは頷いた。


「よく記録していたね」


「……ありがとうございます」


「ただし、これだけでは原因を断定できない」


「……はい」


「魔力の計測器にも誤差はある。それに、周囲の術式が干渉した可能性もあるからね」


フィオナは頷いた。


「……そうですよね」


「しかし」


エルマーは、紙の一部分を指さした。


「この変化は、確かに気になる」


ルークが顔を上げた。


「じゃあ、何か分かるんですか!?」


「調べれば、分かるかもしれない」


「……!」


「まずは、学院の魔力供給記録と照合しよう」


エルマーは、隣にいた助手へ声をかけた。


「第四演習場の供給記録を持ってきてくれたまえ」


「承知しました」


助手が部屋を出ていく。


ルークは、少し考えた。


「……あの」


「何だね?」


「俺たちも調べるのを手伝えますか?」


エルマーは微笑んだ。


「気持ちはありがたいが、事故現場には入れられない」


「……そうですか」


「安全が確認されていないからね」


ルークは、少し残念そうに頷いた。


しかし。


「君たちには、別の仕事を頼もうかな」


エルマーは続けた。


「……別の仕事?」


「昨日の出来事を、できるだけ正確に書き出してほしい」


「……それだけですか?」


「それだけ、ということはないよ」


エルマーは微笑んだ。


「事故の調査では、何が起きたのかを正確に知ることが、とても大切なんだ」


ルークは頷いた。


「……分かりました!」


セシリアも頭を下げる。


「承知いたしました」


フィオナは、記録用紙を見つめていた。


自分の小さな探知器が、事故の原因を調べる役に立つかもしれない。


それだけで、少し嬉しかった。


◇


正午。


学院食堂。


「魔力が消えた?」


エリザベートは、目を丸くした。


「はい」


フィオナが頷いた。


「正確には、どこへ行ったのか分からないんです」


「まあ!」


エリザベートは、少し考えた。


「では、誰かが使ったのではなくて?」


「……え?」


フィオナは顔を上げた。


「だって、魔力って使うためにあるのでしょう?」


「……はい」


「なら、使った人を探せばいいじゃない!」


「…………」


フィオナは、少し考え込んだ。


アレクシスが口を開く。


「そんな簡単な話じゃないだろ」


「どうして?」


「魔力がどこへ流れたのか、分からないんだろ?」


「そうね」


「だったら、使った奴も分からないじゃねえか」


「……なるほど!」


エリザベートは頷いた。


「では、流れた場所を調べればいいのね!」


「……だから、それを調べてるんだよ!」


「まあ! そうだったわ!」


クラリスが笑った。


そのとき。


「……あの」


フィオナが、小さく声を上げた。


「どうした?」


ルークが尋ねる。


「……流れた場所」


「……ああ」


「魔力が、演習場の外へ流れた可能性もあるんでしょうか」


アレクシスが眉をひそめた。


「……外?」


「はい」


フィオナは紙を取り出した。


「探知器は、一定範囲の魔力反応しか測れません」


「……そうだな」


「もし、その範囲の外へ魔力が流れていたら……」


ルークが顔を上げた。


「……分からないってことか?」


「……はい!」


フィオナは頷いた。


エリザベートは満足そうに笑った。


「では、先生に教えてあげましょう!」


「……そうですね!」


フィオナも、嬉しそうに笑った。


◇


午後一時。


学院長室。


「……演習場の外部へ?」


マリアンヌは、報告を受けていた。


目の前にはエルマーと、学院の設備管理責任者がいる。


「はい」


エルマーが頷いた。


「生徒の記録をもとに、供給経路を再確認しました」


「結果はいかがでしたか?」


「第四演習場へ供給された魔力の一部が、別の経路へ流れていたことが確認されました」


「……なるほど」


マリアンヌは、机の上に置かれた学院の設備図を見た。


第四演習場。


その地下には、魔力供給用の配管が通っている。


そして。


その配管は、学院の南側へ伸びていた。


「……こちらですね」


マリアンヌが指さした。


エルマーが頷いた。


「はい」


学院の南側。


現在は使われていない、古い研究施設。


旧研究棟。


「……ここへ、魔力が流れていたと?」


「その可能性が高いと考えています」


マリアンヌは静かに頷いた。


「では、確認いたしましょう」


「はい」


「ただし、安全が確認されるまでは、生徒を近づけないようにしてください」


「承知しました」


「それから、警備の者にも連絡を」


「はい」


マリアンヌは、設備図を閉じた。


そして、エルマーへ尋ねた。


「今回の事故は、自然に発生したものでしょうか」


エルマーは、少し考えた。


「……現時点では断定できません」


「そうですね」


「しかし、供給経路に変更が加えられていたことは確かです」


「……なるほど」


マリアンヌは、静かに微笑んだ。


「では、誰が変更したのかを調べる必要がございますね」


◇


午後二時。


旧研究棟。


建物の扉には、すでに学院の警備兵が立っていた。


内部へ入ったのは、エルマーを含む三名の調査員。


そして、学院の設備管理責任者だった。


「……古いな」


エルマーが呟いた。


壁には、長い間使われていない術式が刻まれている。


床には埃が積もっていた。


しかし。


「……おかしいですね」


設備管理責任者が足を止めた。


「何がだね?」


「この床です」


男は足元を指さした。


そこだけ、埃が薄くなっていた。


「……最近、誰かが通っています」


エルマーは頷いた。


「そのようだね」


一行は奥へ進んだ。


やがて。


地下室へ続く階段が現れた。


「……ここか」


階段を下りる。


地下室の中央には、巨大な魔法装置が設置されていた。


かつて、学院の研究者たちが使用していた魔力蓄積装置。


現在は、使用を停止されているはずのものだった。


しかし。


装置の中央には、淡い青色の光が灯っていた。


「…………」


エルマーは、静かに目を細めた。


「……動いているね」


設備管理責任者が顔を青くした。


「そんなはずは……!」


「どうした?」


「この装置は、十年以上前に停止されたものです!」


「……なるほど」


エルマーは装置へ近づいた。


そして、表面の術式を確認した。


「……新しい回路が追加されている」


「……え?」


「誰かが、この装置を改造したようだ」


設備管理責任者は、慌てて記録を取った。


「……どうして、こんなことを」


エルマーは、装置の中央を見つめた。


そして。


「……魔力を蓄えていたんだね」


静かに呟いた。


「……蓄えていた?」


「第四演習場から流れた魔力は、ここへ集められていたのだろう」


「…………」


「それなら、演習場の供給量が増えた理由も説明できる」


設備管理責任者は、装置を見つめた。


「……誰かが、学院の魔力を集めていたということですか?」


「そう考えるのが自然だね」


沈黙。


エルマーは、ゆっくりと装置の表面を調べた。


そして。


小さな金属板を見つけた。


そこには、古い学院の紋章が刻まれていた。


「……これは」


設備管理責任者が顔を上げた。


「……旧式の研究許可証です」


「……なるほど」


「ですが、なぜこんなものが……」


エルマーは金属板を手に取った。


そして、静かに言った。


「……学院長に報告しよう」


◇


午後四時。


アルヴェイン公爵邸。


「……旧研究許可証ですか」


オスカー・ベルンハルトは、マリアンヌからの連絡を受けていた。


「はい」


マリアンヌが頷いた。


「旧研究棟にて、使用されていることが確認されました」


「……なるほど」


オスカーは、少しだけ眉をひそめた。


「その許可証は、私が学院長だった頃に発行したものです」


「左様でございますか」


「はい」


「では、現在も有効なのでしょうか」


オスカーは首を横に振った。


「……いいえ」


「……」


「少なくとも、今回のような使用を認めた覚えはありません」


マリアンヌは静かに頷いた。


「承知いたしました」


オスカーは、少し考えた。


そして。


「……学院長」


「はい」


「一度、直接お話しした方がよろしいでしょう」


「……どなたとでしょう」


オスカーは答えた。


「……その許可証を使用している者たちと、です」


◇


同じ頃。


王立魔法学院。


南門。


一人の男が、学院の警備兵に呼び止められていた。


「失礼ですが、身分証を確認させてください」


男は、静かに微笑んだ。


「もちろんです」


灰色の外套。


革の手袋。


そして、胸元には小さな銀の徽章。


男は懐から一枚の金属板を取り出した。


「……こちらです」


警備兵は、それを確認した。


旧式の学院研究許可証。


しかし。


「……申し訳ありません」


警備兵は首を横に振った。


「こちらの許可証は、現在使用できません」


「……ほう」


男は目を細めた。


「それは、なぜでしょう」


「学院長の指示により、旧研究棟への立ち入りが禁止されました」


「……なるほど」


男は、少し考えた。


「では、学院長にお会いできますか?」


「……お約束は?」


「ございません」


「でしたら、事前に申請をお願いいたします」


「……そうですか」


男は、静かに微笑んだ。


そして、金属板を受け取った。


「承知いたしました」


そのまま、学院の門を離れた。


警備兵は、男の後ろ姿を見送った。


何もおかしなことはなかった。


正式な許可証を持たない者の立ち入りを断った。


ただ、それだけである。


しかし。


学院から十分ほど離れたところで。


男は、足を止めた。


そして。


懐から、小さな通信魔道具を取り出した。


「……私だ」


魔道具の向こうから、低い声が返ってきた。


『どうだった?』


「旧許可証は使用できなくなった」


『……そうか』


「学院側が、研究棟の異常に気づいたようだ」


『……では、どうする』


男は、静かに笑った。


「……予定を変更する」


『予定を?』


「ああ」


男は、学院の方角を見た。


「……新しい学院長は、なかなか優秀らしい」


『……それで?』


「だから、正面から入るのは難しい」


『……なるほど』


男は、小さく息を吐いた。


そして。


「……オスカー殿は、もう学院長ではない」


静かに呟いた。


『……そうだな』


「ならば、彼との約束に縛られる必要もないだろう」


通信魔道具の向こうで、しばらく沈黙が続いた。


そして。


『……準備を進めろ』


短い返事。


男は頷いた。


「承知した」


通信が切れた。


男は、再び学院を見つめた。


春の陽光に照らされた、美しい校舎。


その中では、今日も多くの生徒たちが学んでいる。


「……さて」


男は小さく笑った。


「今度は、もう少し慎重に進めるとしよう」


◇


その夜。


アルヴェイン公爵邸。


「セバスチャン!」


「はい、お嬢様」


「今日は、事件があったんですって!」


「左様でございますか」


「ええ!」


エリザベートは頷いた。


「演習場の魔力が、どこかへ行ってしまったの!」


「なるほど」


「でも、見つかったらしいわ!」


「それは何よりでございます」


「ええ!」


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「……ねえ、セバスチャン」


「はい」


「魔力って、盗めるの?」


老執事は、静かに答えた。


「方法によっては、可能でございます」


「……まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「では、私の魔力も盗まれてしまうの?」


「……それは」


セバスチャンは、少しだけ考えた。


「お嬢様のお身体に、何者かが勝手に干渉することは、決して許されません」


「……そうなの?」


「はい」


「でも、盗まれるかどうかを聞いているのよ?」


「…………」


セバスチャンは、静かに微笑んだ。


「……盗まれないようにいたします」


「まあ!」


エリザベートは満足そうに頷いた。


「では、安心ね!」


そして、教科書を開いた。


そのページには、魔力の供給方法について書かれていた。


魔力石。


魔力蓄積装置。


外部供給回路。


そして。


魔力の移動。


エリザベートは、しばらく文字を見つめた。


「……ねえ、セバスチャン」


「はい」


「魔力って、誰かにあげることもできるの?」


「可能でございます」


「……そうなのね」


少女は頷いた。


そして、少しだけ笑った。


「……便利ね!」


「左様でございます」


エリザベートは、再び教科書へ目を落とした。


今夜も、知らないことがたくさんあった。


そして。


彼女は、まだ知らなかった。


学院の地下で集められていた魔力が、何のために必要とされていたのか。


それを知ることになるのは。


もう少し、先のことである。


――第八十七話・完

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