↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/94

第八十五話 勇者と聖女は入学する

悪役令嬢は愛されている


第八十五話 勇者と聖女は入学する


王国歴三百二十八年、四月八日。


王立魔法学院。


春。


それは、新しい出会いの季節である。


今年、王立魔法学院には二百四十七名の新入生が入学する。


王都の貴族。


地方領主の子供たち。


商人や職人の家に生まれた者。


そして、特別な才能を認められた者。


出身も身分も異なる彼らが、一つの学院で学び始める。


だが、今年の入学式は例年とは少し違っていた。


理由は二つ。


勇者と聖女。


王国が正式に認定した、二つの特別な称号。


その保持者が、同じ年に入学するのである。


そして。


もう一つ。


「ねえ、クラリス!」


「何?」


「入学式って、私も入学するのかしら!」


「しないわよ!」


王国最高位の公爵令嬢が、相変わらず元気だった。


◇


午前八時。


王立魔法学院、正門。


「……すごい」


一人の少年が、巨大な校舎を見上げていた。


茶色の髪。


灰色の瞳。


背中には、一本の剣。


名前はルーク・フェルド。


十五歳。


王国西部の小さな村で生まれ、剣術を学び、魔物討伐で功績を立てた少年である。


そして昨年。


王国の認定試験を突破し、正式に勇者の称号を授与された。


「……本当に、ここに通うのか」


ルークは小さく呟いた。


彼にとって、王立魔法学院は遠い世界の場所だった。


貴族や優秀な魔術師が通う学校。


自分とは無縁だと思っていた場所。


それが今、目の前にある。


「よし!」


少年は拳を握った。


「頑張るぞ!」


そのとき。


「……あの」


背後から声がした。


振り返ると、一人の少女が立っていた。


栗色の髪。


澄んだ緑色の瞳。


清潔な制服の胸元には、小さな銀の紋章がある。


「すみません。入学式の会場は、こちらで合っていますか?」


「え?」


ルークは周囲を見渡した。


「……多分」


「多分、ですか?」


「俺も初めて来たんだ」


少女は目を瞬かせた。


そして、小さく笑った。


「そうでしたか。私もです」


「じゃあ、一緒に探すか?」


「よろしいのですか?」


「もちろん!」


少年は笑った。


「迷子は二人の方が心強いだろ!」


「……ふふっ」


少女は口元を押さえた。


「そうですね」


そして、丁寧に頭を下げた。


「セシリア・ノールと申します」


「俺はルーク・フェルド!」


「ルーク様ですね」


「様はいらないよ」


「では、ルークさん」


「それでいい!」


二人は並んで歩き始めた。


このとき。


二人はまだ知らなかった。


自分たちが同じ学院に入学するだけでなく、王国中から注目される存在だということを。


いや。


正確には、知っていた。


ただ。


お互いが、その相手だとは知らなかったのである。


◇


午前八時三十分。


学院中央広場。


「……ねえ」


セシリアが、小さく声をかけた。


「ん?」


「先ほどから、皆さんがこちらを見ているような……」


「……そうか?」


ルークは周囲を見渡した。


確かに、視線が集まっている。


ひそひそと話す生徒。


こちらを指さす貴族の子供。


そして。


「……あの方では?」


「ええ、間違いありませんわ」


「勇者様……!」


ルークは足を止めた。


「……あ」


セシリアが顔を上げた。


「どうなさいました?」


「……俺のことだ」


「え?」


「勇者」


セシリアは目を瞬かせた。


「……勇者?」


「ああ」


ルークは少し照れたように笑った。


「俺、勇者なんだ」


「…………」


「……その」


「まあ!」


セシリアは目を輝かせた。


「あなたが勇者様なのですね!」


「……ああ」


「お会いできて光栄です!」


「いや、そんな……」


ルークは頭を掻いた。


「大したことじゃないよ」


セシリアは首を横に振った。


「勇者の称号は、誰にでも与えられるものではありません」


「……まあ、そうだけど」


「きっと、たくさん努力されたのでしょうね」


「…………」


ルークは、少し黙った。


そして、嬉しそうに笑った。


「……ありがとう」


「いいえ」


「ところで、セシリアは?」


「私ですか?」


「ああ。どこから来たんだ?」


「東部の聖堂からです」


「……聖堂?」


「はい」


少女は微笑んだ。


「私、聖女として認定されておりまして」


「…………」


ルークは固まった。


「……聖女?」


「はい」


「……お前が?」


「はい」


「…………」


少年は天を仰いだ。


「……すげえな」


セシリアが首を傾げる。


「何がでしょう?」


「いや……」


ルークは笑った。


「迷子同士だと思ってたら、勇者と聖女だったんだな!」


セシリアは目を瞬かせた。


そして。


「……本当ですね!」


二人は声を上げて笑った。


周囲の新入生たちは、その光景を呆然と見つめていた。


◇


午前九時。


「クラリス!」


エリザベートは正門前で手を振った。


「おはよう!」


「おはよう、エリザベート」


クラリスが微笑む。


その隣には、アレクシスもいた。


「……今日も元気だな」


「もちろんよ!」


エリザベートは胸を張った。


「今日は入学式でしょう!」


「ああ」


「私、とっても楽しみなの!」


「……何が?」


「新しいお友達が増えるのよ!」


アレクシスは眉をひそめた。


「……お前、友達を増やすつもりなのか?」


「もちろん!」


「……そうか」


「あなたも増やしなさい!」


「余計なお世話だ!」


クラリスが笑った。


「でも、今年は本当に賑やかになりそうね」


「どうして?」


「勇者と聖女が入学するんですって」


「……勇者?」


エリザベートは首を傾げた。


「ええ」


「それって、魔物を倒す人?」


「まあ、そういうイメージはあるわね」


「まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「では、ドラゴンも倒せるのかしら!」


アレクシスが顔を上げた。


「……おい」


「なあに?」


「お前、家にドラゴンいるだろ」


「ポチのこと?」


「ああ」


「ポチは倒しては駄目よ!」


「じゃあ何で聞いたんだよ!」


エリザベートは考え込んだ。


そして。


「……勇者って、他に何をするのかしら?」


クラリスが微笑んだ。


「それは、本人に聞いてみたら?」


「そうね!」


エリザベートは満足そうに頷いた。


「では、見つけたら聞いてみるわ!」


アレクシスは、何も言わなかった。


ただ。


少しだけ、勇者の身を案じた。


◇


午前九時三十分。


入学式会場。


王立魔法学院、大講堂。


二千人以上を収容できるその建物には、すでに多くの新入生と保護者が集まっていた。


正面には王国の紋章。


その下には、学院の校章が掲げられている。


新入生たちは、指定された席に座っていた。


「……緊張するな」


ルークが呟いた。


隣のセシリアが頷く。


「私もです」


「聖女でも緊張するのか?」


「もちろんです」


「……そうなのか」


セシリアは微笑んだ。


「私は人を治療する方法を学んできました。でも、学院の授業については知らないことばかりです」


「へえ」


「だから、少し不安なんです」


ルークは頷いた。


「俺もだ」


「ルークさんも?」


「ああ。剣なら自信がある。でも、魔法理論とか政治とか……」


彼は少し考えた。


「……全然分からない」


「ふふっ」


「笑うなよ」


「すみません」


セシリアは微笑んだ。


「でも、安心しました」


「何が?」


「私だけではないんですね」


ルークは笑った。


「当たり前だろ」


そのとき。


前方の扉が開いた。


「ご起立ください」


会場に声が響く。


新入生たちが、一斉に立ち上がった。


そして。


王立魔法学院学院長。


マリアンヌが、壇上へ姿を現した。


◇


「新入生の皆様」


静かな声が、講堂に響いた。


「本日は、ご入学おめでとうございます」


深い一礼。


会場から拍手が起こる。


マリアンヌは顔を上げた。


「皆様は、それぞれ異なる場所から、この学院へお越しになりました」


貴族。


平民。


魔術師の家系。


商人の家系。


そして、特別な称号を持つ者。


「これまで学んできたことも、得意とすることも、皆様それぞれに異なります」


マリアンヌは続けた。


「この学院では、魔法学、王国統治学、貴族教養学を中心に、さまざまな分野を学んでいただきます」


ルークは真剣に聞いていた。


セシリアも、静かに壇上を見つめている。


「そして、本年度から新たな教育課程を設けました」


会場が少しざわついた。


「基礎教育を終えた生徒には、専門分野ごとの研究課程を用意しております」


魔法戦闘。


魔法研究。


治癒術。


魔法装置開発。


行政実務。


そして、外交・領地経営。


「また、生徒同士が教え合う学習補助制度も、本年度より正式に導入いたします」


クラリスが、隣のエリザベートを見た。


「……よかったわね」


「ええ!」


エリザベートは嬉しそうに頷いた。


「私、絶対に七十点を取るわ!」


「しーっ」


アレクシスが小声で注意する。


「今、式の途中だぞ」


「……あら」


エリザベートは口元を押さえた。


マリアンヌは、何事もなかったように続けた。


「学院に入学された皆様には、これから多くのことを学んでいただきます」


そして。


「同時に、私たち教師もまた、皆様から学ばなければなりません」


会場が静かになった。


「教育とは、一方が知識を与えるだけのものではありません」


「教える者がいて、学ぶ者がいる」


「そして、学ぶ者が成長したとき、それまで知らなかった新しい可能性が生まれる」


マリアンヌは微笑んだ。


「皆様が、この学院でどのような可能性を見つけるのか」


「私は、楽しみにしております」


再び、深い一礼。


拍手が響いた。


◇


「続きまして、王国認定特別称号保持者の紹介を行います」


式典担当者が告げた。


会場がざわつく。


「まず、勇者ルーク・フェルド殿」


「……っ!」


ルークは姿勢を正した。


セシリアが小さく囁く。


「頑張ってください」


「……ああ!」


彼は立ち上がった。


壇上へ向かう。


その姿に、会場中の視線が集まった。


勇者。


王国の歴史において、その称号は特別な意味を持つ。


三百年前、初代勇者は黒竜ヴァルガスを封印した。


以来、勇者は王国を守る者の象徴とされてきた。


その称号は、単に剣が強いという理由だけでは授与されない。


王国が定めた試験を突破し、人々を守るための資質を認められた者だけが、その名を名乗ることを許される。


ルークは壇上に立った。


そして、深く頭を下げた。


「ルーク・フェルドです」


少し緊張した声だった。


「西部の村から来ました」


会場は静かだった。


「俺は、剣を使うのが得意です」


一部の生徒が小さく笑った。


ルークは続けた。


「でも、知らないことがたくさんあります」


「だから、ここで勉強したいと思っています」


そして。


「いつか、本当に誰かを守れる勇者になりたいです」


少年は頭を下げた。


大きな拍手が起こる。


セシリアは、嬉しそうに微笑んだ。


◇


「続きまして、聖女セシリア・ノール殿」


セシリアは静かに立ち上がった。


壇上へ向かう。


その姿に、会場が再び静まり返った。


聖女。


高度な治癒術を扱い、王国の認定を受けた者に与えられる称号。


その力は、病や怪我に苦しむ人々を救うために使われる。


しかし、治癒術は万能ではない。


治せる傷もあれば、治せない傷もある。


必要な魔力量も、術式の難易度も、症状によって大きく異なる。


セシリアは壇上に立った。


そして、静かに微笑んだ。


「セシリア・ノールと申します」


澄んだ声が響く。


「私は、東部の聖堂で治癒術を学んでまいりました」


彼女は続けた。


「治癒術は、人を助けるための技術です」


「ですが、私には、まだ助けられない方がたくさんいらっしゃいます」


会場が静かになった。


「私は、そのことを忘れたくありません」


少女は、ゆっくりと頭を下げた。


「ここで学び、少しでも多くの方を助けられるようになりたいと思います」


拍手が響いた。


ルークは、大きく手を叩いていた。


「……すげえな」


彼は小さく呟いた。


壇上のセシリアは、少し照れたように微笑んだ。


◇


午前十一時。


入学式終了。


新入生たちは、講堂を出て、それぞれの教室へ向かっていた。


「……終わった!」


ルークは大きく息を吐いた。


「緊張したな!」


「お疲れさまでした」


セシリアが微笑む。


「セシリアもな!」


「ありがとうございます」


二人は並んで歩き始めた。


そのとき。


「……あの!」


後ろから声がした。


振り返ると、一人の少女が立っていた。


少し古びた鞄。


控えめな装飾の制服。


そして、緊張した表情。


「……すみません」


少女は小さく頭を下げた。


「教室が、どこにあるのか分からなくて……」


ルークは笑った。


「俺たちもだ!」


「……え?」


「今から探すところなんだ」


「……そうなんですか?」


「ああ!」


セシリアが微笑む。


「よろしければ、ご一緒しませんか?」


少女は目を瞬かせた。


そして、小さく頷いた。


「……はい!」


「私はセシリアです」


「俺はルーク!」


「……フィオナ・リードです」


少女は頭を下げた。


「よろしくお願いします」


「よろしく!」


三人は並んで歩き始めた。


勇者。


聖女。


そして、魔法装置の研究を志す少女。


彼らはまだ、お互いについてほとんど知らなかった。


それでも。


「……ねえ、フィオナ」


ルークが尋ねた。


「はい?」


「お前、魔法は得意なのか?」


「……いいえ」


フィオナは少し困った顔をした。


「私、魔力を扱うのが苦手で……」


「そうなのか」


「はい」


「でも、ここに入学したんだろ?」


「……はい!」


フィオナは嬉しそうに頷いた。


「魔法装置の設計を勉強したくて、試験を受けたんです」


「へえ!」


ルークは目を輝かせた。


「すごいな!」


「……え?」


「俺、そういうの全然分からないからさ!」


「……でも、勇者様は剣が得意なんですよね?」


「ああ!」


「……すごいです」


「そうか?」


「はい!」


セシリアが笑った。


「皆さん、得意なことが違うのですね」


ルークは頷いた。


「そうだな!」


そして。


「じゃあ、三人で勉強すればいいんじゃないか?」


フィオナが目を瞬かせた。


「……三人で?」


「ああ!」


「……勇者様と、聖女様と?」


「だから、様はいらないって!」


セシリアが微笑んだ。


「私も、セシリアで構いませんよ」


フィオナは二人を見つめた。


そして。


「……はい!」


嬉しそうに頷いた。


その瞬間。


背後から、声が響いた。


「まあ!」


三人が振り返る。


そこには。


金色の髪。


青い瞳。


そして、誰もが思わず見惚れるほど美しい少女が立っていた。


「あなたたち、新入生ね!」


◇


「……え?」


ルークは固まった。


セシリアも目を瞬かせた。


フィオナだけが、嬉しそうに声を上げた。


「エリザベート様!」


「まあ! フィオナ!」


エリザベートは笑顔で近づいた。


「入学できたのね!」


「はい!」


「おめでとう!」


「ありがとうございます!」


二人は嬉しそうに笑い合った。


ルークは、その光景を見つめていた。


「……なあ」


セシリアに小声で尋ねる。


「……あの人、誰だ?」


「……私も存じ上げません」


フィオナが慌てて答えた。


「アルヴェイン公爵家のエリザベート様です!」


「……公爵家?」


ルークは目を丸くした。


「えっ、そんな偉い人なのか!?」


エリザベートは胸を張った。


「そうよ!」


「……あっ」


ルークは慌てて頭を下げた。


「失礼しました!」


セシリアも続く。


「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません」


エリザベートは首を傾げた。


「……どうして謝るの?」


「……え?」


「何も悪いことをしていないでしょう?」


ルークは目を瞬かせた。


「……そう、ですけど」


「では、いいじゃない!」


エリザベートは満足そうに頷いた。


そして。


「ところで!」


目を輝かせる。


「あなたたち、勇者と聖女でしょう!」


「……あっ、はい!」


ルークが答えた。


「そうです!」


「まあ!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「会いたかったの!」


セシリアが微笑む。


「光栄です」


「ねえ、勇者!」


「はい!」


「あなた、ドラゴンと戦ったことはある?」


「……ドラゴン?」


「ええ!」


ルークは少し考えた。


「……いえ、まだありません」


「そうなの?」


「はい」


「では、今度見せてあげるわ!」


「……え?」


「私の家にいるの!」


沈黙。


「…………」


ルークは固まった。


「……家に?」


「ええ!」


「……ドラゴンが?」


「そうよ!」


エリザベートは満面の笑みを浮かべた。


「ポチっていうの!」


「…………」


ルークはセシリアを見た。


セシリアも彼を見た。


そして。


「……ポチ?」


二人の声が重なった。


エリザベートは嬉しそうに頷いた。


「とっても大きいのよ!」


「……そ、そうなんですね」


「ええ!」


「……どのくらい?」


「そうねえ……」


エリザベートは少し考えた。


「この学院より大きいかしら!」


「…………」


ルークは黙り込んだ。


セシリアも、言葉を失っていた。


そのとき。


「……おい」


背後から、呆れた声がした。


アレクシスだった。


「エリザベート」


「なあに?」


「新入生を困らせるな」


「まあ! 困っているの?」


「見りゃ分かるだろ!」


エリザベートは三人を見た。


「……そうなの?」


ルークは慌てて首を振った。


「いえ、その!」


「……?」


「……ちょっと驚いただけです!」


「そう!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「なら、よかったわ!」


アレクシスは額を押さえた。


「……よくねえよ」


◇


「ところで、聖女!」


エリザベートがセシリアを見た。


「はい」


「あなたは何ができるの?」


セシリアは微笑んだ。


「私は、治癒術を得意としております」


「治癒術?」


「はい。怪我や病気を治療するための魔法です」


「まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「それなら、私にも教えてちょうだい!」


「……え?」


「私、今、魔法を勉強しているの!」


「そうなのですね」


「ええ!」


エリザベートは胸を張った。


「まだ三十二点なのだけれど!」


「…………」


セシリアは、少し驚いた顔をした。


「……三十二点?」


「そうよ!」


「……それは」


少女は言葉を探した。


そして。


「……これから、たくさん勉強できますね」


「でしょう!」


エリザベートは満足そうに頷いた。


その横で。


アレクシスが呟いた。


「……うまい返しだな」


クラリスが笑った。


「そうね」


セシリアは、二人の声を聞いて少し困ったように微笑んだ。


◇


正午。


新入生たちは、それぞれの教室へ向かう時間になっていた。


「では、またね!」


エリザベートが手を振った。


「はい!」


フィオナが元気よく答える。


ルークも笑った。


「また会いましょう!」


セシリアは深く頭を下げた。


「本日は、ありがとうございました」


エリザベートは満足そうに頷いた。


そして。


「ねえ、勇者!」


「はい!」


「あなた、強くなりたいのでしょう?」


「……え?」


ルークは少し驚いた。


「……はい」


「そう!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「では、頑張りなさい!」


「……はい!」


ルークは力強く頷いた。


「頑張ります!」


「ふふっ!」


エリザベートは手を振った。


「私も頑張るわ!」


三人は、その場を後にした。


◇


「……すごい人だったな」


廊下を歩きながら、ルークが呟いた。


セシリアが頷く。


「ええ」


「公爵令嬢って、みんなあんな感じなのか?」


「……どうでしょう」


フィオナが小さく笑った。


「エリザベート様は、少し特別だと思います」


「……そうなのか」


「はい」


ルークは少し考えた。


そして。


「……でも、いい人だったな」


セシリアが微笑んだ。


「そうですね」


フィオナも頷いた。


「はい!」


三人は楽しそうに話しながら廊下を進んだ。


そのとき。


前方から、一人の教師が歩いてきた。


「君たち」


「はい!」


「新入生だね?」


「そうです!」


教師は微笑んだ。


「では、教室はこちらだよ」


三人は顔を見合わせた。


そして。


「……あっ」


ルークが呟いた。


「……俺たち、また迷ってたのか」


セシリアが笑った。


「そうみたいですね」


フィオナも、声を上げて笑った。


◇


午後二時。


王立魔法学院、第一講義室。


新入生たちは、初めての授業を受けていた。


担当教師は、黒板に大きく文字を書いた。


『魔法とは何か』


「皆さん」


教師が口を開いた。


「魔法とは、魔力を用いて現象へ干渉する技術です」


ルークは真剣に聞いていた。


セシリアも教科書を開いている。


フィオナは、すでに羽根ペンを構えていた。


「魔法を成立させるためには、魔力、術式、制御の三つが重要になります」


教師は続けた。


「では、まず魔力について説明しましょう」


ルークは小さく頷いた。


「……なるほど」


セシリアが微笑む。


「基本から教えていただけるのですね」


フィオナは嬉しそうに書き込んだ。


そして。


その少し離れた教室では。


「先生!」


エリザベートが元気よく手を挙げていた。


「今日こそ七十点を取るわ!」


「……エリザベート様」


教師は微笑んだ。


「まずは、問題を解いてからにしましょう」


「そうだったわね!」


教室に笑いが起きた。


◇


午後四時。


学院の中庭。


ルークは、一人で木剣を振っていた。


一振り。


二振り。


三振り。


その動きは、同年代の生徒とは明らかに異なっていた。


速い。


しかし、それだけではない。


無駄が少ない。


剣を振るたびに、身体の重心が正確に移動する。


何千回も繰り返してきた動きだった。


「……ふっ!」


最後の一振り。


木剣が空気を切る。


ルークは息を吐いた。


「……まだまだだな」


そのとき。


「お見事ですね」


背後から声がした。


振り返ると、セシリアが立っていた。


「……セシリア!」


「練習ですか?」


「ああ!」


ルークは笑った。


「毎日やってるんだ」


「そうなのですね」


「……セシリアは?」


「私は、学院の治癒術研究室を見学してまいりました」


「へえ!」


「初めて見る術式が、たくさんありました」


セシリアは嬉しそうに笑った。


「……とても勉強になりました」


ルークは頷いた。


「よかったな!」


「はい」


二人は、しばらく並んで立っていた。


やがて。


ルークが口を開いた。


「……なあ、セシリア」


「はい」


「俺さ」


少年は木剣を見つめた。


「勇者になったのは、もっと強くなりたかったからなんだ」


「……はい」


「でも」


少しだけ、言葉を止める。


「勇者って呼ばれるようになってから、みんな俺のことをすごい人だと思うんだ」


セシリアは静かに聞いていた。


「……俺、まだそんなにすごくないのにな」


「…………」


「守れなかった人だって、いる」


ルークは小さく笑った。


「……だから、ここに来たんだ」


セシリアは、しばらく彼を見つめていた。


そして。


「……私もです」


静かに答えた。


「……え?」


「私も、まだ助けられない方がたくさんいます」


「……そうなのか」


「はい」


セシリアは微笑んだ。


「だから、もっと学びたいのです」


ルークは頷いた。


「……そっか」


そして。


「じゃあ、一緒だな!」


「はい」


二人は笑った。


春の風が、中庭を吹き抜けていった。


◇


その夜。


アルヴェイン公爵邸。


「セバスチャン!」


「はい、お嬢様」


「今日は勇者と聖女に会ったわ!」


「左様でございますか」


「ええ!」


エリザベートは楽しそうに笑った。


「二人とも、とっても面白い人だったの!」


「それは何よりでございます」


「それでね!」


少女は少し考えた。


「勇者は強くなりたいんですって!」


「なるほど」


「聖女は治癒術を使えるのよ!」


「左様でございますか」


「私も、もっと勉強しないといけないわね!」


セバスチャンは微笑んだ。


「お嬢様のご成長を、心より楽しみにしております」


「ふふっ!」


エリザベートは嬉しそうに頷いた。


そして。


「……ねえ、セバスチャン」


「はい」


「勇者って、どのくらい強いのかしら?」


老執事は少し考えた。


「……勇者として認定されるほどの実力をお持ちなのでしょう」


「まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「では、アレクシスより強いのかしら!」


「……それは、実際に比較してみなければ分かりません」


「そうなのね!」


少女は、楽しそうに笑った。


「では、今度二人に戦ってもらいましょう!」


「かしこまりました」


セバスチャンは静かに頭を下げた。


ただし。


今回の彼は、すぐに決闘の準備を始めなかった。


なぜなら、お嬢様はこうおっしゃったからである。


『戦ってもらいましょう』


つまり。


二人の同意が必要だった。


「……お嬢様」


「なあに?」


「お二人がお断りになられた場合は、いかがいたしましょう」


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「……そうねえ」


頬に指を当てる。


「そのときは、私が戦うわ!」


「…………」


セバスチャンは静かに微笑んだ。


「かしこまりました」


エリザベートは満足そうに頷いた。


「ふふっ!」


そして、窓の外を見た。


夜空には、いくつもの星が輝いていた。


新しい友人。


新しい勉強。


そして、新しい物語。


少女は楽しそうに笑った。


「……明日も、楽しみね!」


その頃。


王立魔法学院の学生寮では。


勇者ルーク・フェルドが、明日の授業に備えて教科書を読んでいた。


その隣の女子寮では。


聖女セシリア・ノールが、治癒術の研究書を開いていた。


そして、別の部屋では。


フィオナ・リードが、小さな魔法灯の設計図を描いていた。


三人とも。


まだ、自分たちがこの学院で何を経験することになるのか、知らなかった。


けれど。


それぞれの胸には、確かな願いがあった。


強くなりたい。


人を救いたい。


そして。


誰でも使える魔法装置を作りたい。


その願いが、いつかどのような形になるのか。


今はまだ、誰にも分からない。


ただ一つ、確かなことがある。


この日。


王立魔法学院に。


勇者と聖女が、入学した。


そして、その学院には。


すでに一人の悪役令嬢がいた。


――第八十五話・完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。