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第八話 お嬢様のお友達

悪役令嬢は愛されている


第八話 お嬢様のお友達


「お友達を呼びなさい!」


王国歴三百二十七年、十二月二十四日。


午前七時。


エリザベート・フォン・アルヴェインは、朝食の席でそう告げた。


「かしこまりました」


老執事セバスチャンは静かに頭を下げた。


「今日はお茶会がしたいの!」


「承知いたしました」


「お菓子もたくさん!」


「すでにご用意しております」


「それから、お花も!」


「温室よりお運びいたします」


「あと、可愛いドレス!」


「本日のお召し物は、三十二着ご用意しております」


「まあ!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「楽しみだわ!」


「恐悦至極に存じます」


少女はパンケーキを一口食べた。


そして、ふと首を傾げた。


「……ところで」


「はい」


「私のお友達って、誰だったかしら?」


「確認いたします」


「お願いね!」


「かしこまりました」


今日もお嬢様は大変お元気でいらっしゃる。


実に喜ばしいことであった。


◇


午前七時三十分。


地下第三会議室。


「では、定例会議を始めます」


セバスチャンが告げた。


「本日の議題は、お嬢様のお友達についてです」


「お茶会でございますね」


マリアンヌが微笑んだ。


「はい」


「招待状の準備は整っております」


「結構です」


「ですが、一点確認がございます」


「何でしょう」


「招待するお友達は、どなたでしょうか」


会議室が静まり返った。


「……なるほど」


セバスチャンは頷いた。


「それが問題ですね」


「はい」


「お嬢様は、お友達を呼ぶようにとおっしゃいました」


「そのとおりです」


「では、お友達をお呼びしましょう」


「承知いたしました」


マリアンヌは一礼した。


しかし、席を立たなかった。


「……いかがなさいましたか」


「お友達の名簿がございません」


「なるほど」


セバスチャンは頷いた。


「では、作成いたしましょう」


「かしこまりました」


◇


午前八時。


使用人控室。


「本日の教育課題についてですが」


マリアンヌが告げた。


「はい」


レオンは静かに頭を下げた。


「お嬢様のお友達をお招きしていただきます」


「承知いたしました」


「ただし、通常の招待とは異なります」


「はい」


「お嬢様は、お友達がどなたなのかをお忘れになっております」


「承知しております」


「では、最初の質問です」


マリアンヌは一枚の紙を差し出した。


『お嬢様のお友達を探す方法』


「あなたなら、どうなさいますか?」


「過去の交友関係を調査いたします」


「結構です」


「ありがとうございます」


「では、次の質問です」


『過去にお嬢様と親しくされた方が、現在はお嬢様を嫌っている場合』


「どうなさいますか?」


「……お嬢様にご報告いたします」


「不正解です」


「……」


「お嬢様は、お友達をお呼びするようにとおっしゃいました」


「はい」


「その方がお嬢様を嫌っていることは、お嬢様のご要望と関係がございますか?」


「……ございません」


「そのとおり」


マリアンヌは微笑んだ。


「では、最後の質問です」


『お嬢様のお友達が、お嬢様を殺そうとしている場合』


レオンは少し考えた。


そして、静かに答えた。


「……お招きいたします」


「素晴らしい」


「ありがとうございます」


「ただし」


マリアンヌの微笑みが、わずかに深くなった。


「お嬢様に危害が及ばぬよう、準備は必要ですね」


「承知しております」


「結構です」


◇


午前九時。


王宮。


「今度はお茶会だと!?」


国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「アルヴェイン家より、王都の貴族令嬢たちに招待状が送られております」


「……それだけか?」


「はい」


「ならば、好きにさせろ」


国王は椅子に座り直した。


「お茶会くらい、何の問題もあるまい」


「陛下」


「何だ」


「招待状を受け取った令嬢たちが、全員辞退を希望しております」


「……なぜだ」


「過去のお茶会で、少々問題がございまして」


「問題?」


宰相は一枚の報告書を取り出した。


「三年前、エリザベート嬢のお茶会に参加した令嬢が、ドレスを褒められました」


「それがどうした」


「翌日、その令嬢の家には、同じドレスが三百着届いたそうです」


「……」


「二年前には、お菓子を美味しいと褒めた令嬢が」


「……どうなった」


「翌朝、自宅の庭園が菓子工房になっておりました」


「……」


「昨年は、お嬢様の髪を綺麗だと褒めた令嬢が」


「……もういい」


国王は手を挙げた。


「聞きたくない」


「承知いたしました」


「……それで、今回は何が問題なのだ」


「全員が辞退を希望しております」


「ならば、辞退させればよい」


「陛下」


宰相は困ったように眉を下げた。


「何だ」


「アルヴェイン家より、辞退理由を確認する使者が派遣されております」


沈黙。


「……使者?」


「はい」


国王は天井を見上げた。


「……無事に帰れるとよいな」


◇


午前十時。


アルヴェイン公爵邸、応接室。


「本日は、お招きいただき光栄ですわ」


一人の少女が、優雅に頭を下げた。


名はクラリス・フォン・ベルモンド。


伯爵家の令嬢である。


「まあ!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「クラリス!」


「ご無沙汰しております、エリザベート様」


「久しぶりね!」


「はい」


「あなた、少し太ったんじゃなくて?」


沈黙。


クラリスの笑顔が固まった。


「……そ、そうでしょうか」


「ええ!」


エリザベートは無邪気に頷いた。


「前より丸くなったわ!」


「……」


「でも、可愛いわよ!」


「……ありがとうございます」


クラリスは微笑んだ。


その指先は、わずかに震えていた。


◇


午前十一時。


庭園。


お茶会が始まった。


白いテーブルクロス。


色鮮やかな花々。


豪華な菓子。


そして、エリザベートを囲む五人の令嬢たち。


「ねえ、クラリス」


「はい」


「その髪飾り、素敵ね!」


「ありがとうございます」


「私も欲しいわ!」


「……」


クラリスは一瞬だけ固まった。


「……よろしければ、同じものをお作りいたします」


「本当?」


「はい」


「じゃあ、今すぐちょうだい!」


「……今すぐ、でございますか」


「ええ!」


クラリスは困ったように微笑んだ。


そのとき。


「かしこまりました」


セバスチャンが一歩前に出た。


「お嬢様」


「何?」


「こちらでございます」


老人が銀の盆を差し出す。


そこには、クラリスの髪飾りと寸分違わぬものが置かれていた。


「まあ!」


エリザベートは歓声を上げた。


「素敵!」


「お気に召しましたか」


「ええ!」


少女は満足そうに頷いた。


「セバスは本当に優秀ね!」


「恐悦至極に存じます」


クラリスは、静かに息を吐いた。


◇


正午。


「ねえ、みんな!」


エリザベートが手を叩いた。


「私、遊びたいわ!」


「まあ、素敵ですわ」


令嬢たちが微笑んだ。


「何をなさいますの?」


「そうねえ……」


エリザベートは少し考えた。


そして、満面の笑みを浮かべた。


「かくれんぼ!」


沈黙。


「……かくれんぼ、でございますか」


「ええ!」


「……楽しそうですわね」


「でしょう?」


少女は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、私が鬼ね!」


「かしこまりました」


セバスチャンが答えた。


「では、皆様には屋敷内にお隠れいただきます」


「ふふっ!」


エリザベートは目を閉じた。


「百まで数えるわ!」


令嬢たちは、一斉に立ち上がった。


◇


午後一時。


アルヴェイン公爵邸、廊下。


クラリスは、必死に走っていた。


「……どうして、こんなことに」


彼女は小さく呟いた。


屋敷は広大だった。


廊下は複雑に入り組み、部屋は数え切れないほど存在する。


「……ここなら」


クラリスは一つの部屋に入った。


そこは、使われていない客室だった。


彼女は扉を閉め、静かに息を吐いた。


そのとき。


「失礼いたします」


背後から声がした。


振り返ると、レオンが立っていた。


「……あなたは?」


「当家の使用人でございます」


「……そう」


クラリスは安堵した。


「お願い。ここに隠れていることは、エリザベート様には内緒にしてちょうだい」


「承知いたしました」


「……本当に?」


「はい」


「ありがとう」


クラリスは微笑んだ。


「あなた、優しいのね」


レオンは静かに頭を下げた。


「恐れ入ります」


◇


午後一時三十分。


庭園。


「誰も見つからないわ!」


エリザベートは頬を膨らませた。


「つまらない!」


「申し訳ございません」


セバスチャンが頭を下げた。


「みんな、どこに隠れたのよ!」


「屋敷内でございます」


「そんなこと分かってるわ!」


「失礼いたしました」


「もう!」


少女は腕を組んだ。


「全員、連れてきなさい!」


「かしこまりました」


セバスチャンが指を鳴らした。


数分後。


五人の令嬢が、庭園に集められた。


「まあ!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「みんな見つかったのね!」


「はい、お嬢様」


「ふふっ!」


少女は満足そうに頷いた。


「やっぱりセバスは優秀ね!」


「恐悦至極に存じます」


そのとき。


エリザベートは首を傾げた。


「……でも」


「はい」


「私、まだ一人も見つけてないわ」


「左様でございますね」


「つまらない!」


「申し訳ございません」


少女は少し考えた。


そして、手を叩いた。


「そうだわ!」


「はい」


「もう一回!」


令嬢たちの顔が青ざめた。


◇


午後三時。


地下第三会議室。


「本日のお茶会についてですが」


セバスチャンが口を開いた。


「お嬢様は、大変お喜びでいらっしゃいます」


「実に喜ばしいことです」


マリアンヌが微笑んだ。


「ただし、一点問題がございます」


「何でしょう」


「招待客の皆様が、少々お疲れのご様子です」


「なるほど」


「現在、三回目のかくれんぼが進行しております」


「結構です」


「ですが、皆様の体力が限界に近づいております」


「では、回復魔法を」


「すでに施しております」


「それは結構」


会議は滞りなく進んだ。


◇


午後五時。


庭園。


「楽しかったわ!」


エリザベートは満面の笑みを浮かべた。


「みんな、ありがとう!」


「……こちらこそ」


令嬢たちは、疲れ切った笑顔で頭を下げた。


「また遊びましょうね!」


「……はい」


「明日も!」


沈黙。


「……明日、でございますか」


クラリスが尋ねた。


「ええ!」


エリザベートは嬉しそうに頷いた。


「毎日でもいいわ!」


「……」


令嬢たちは、互いに顔を見合わせた。


そのとき。


「お嬢様」


セバスチャンが一歩前に出た。


「明日は、別のご予定がございます」


「あら、そうだったかしら?」


「はい」


「何だった?」


「王宮より、正式な招待状が届いております」


「まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「王宮!」


「はい」


「楽しそう!」


「恐悦至極に存じます」


少女は満足そうに頷いた。


「じゃあ、明日は王宮に行くわ!」


「かしこまりました」


令嬢たちは、静かに息を吐いた。


◇


午後七時。


地下第三会議室。


「では、明日の予定についてですが」


セバスチャンが口を開いた。


「お嬢様は、王宮へお出かけになります」


「なるほど」


マリアンヌが頷いた。


「準備は整っております」


「結構です」


「ただし、一点確認がございます」


「何でしょう」


「王宮からの招待状は、まだ届いておりません」


沈黙。


「……なるほど」


セバスチャンは頷いた。


「では、届くようにいたしましょう」


「承知いたしました」


会議は終了した。


◇


その夜。


王宮。


「明日、あの娘が来るだと!?」


国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「アルヴェイン家より、正式な通知が届いております」


「招待した覚えはないぞ!」


「はい」


「ならば、なぜ来る!」


「……陛下」


宰相は困ったように眉を下げた。


「何だ」


「招待状を送るよう、要請がございました」


沈黙。


「……誰からだ」


「アルヴェイン家でございます」


国王は天井を見上げた。


「……もう、好きにしてくれ」


◇


その夜。


エリザベートは寝台の上で、明日のことを考えていた。


王宮。


国王。


そして、まだ見ぬ人々。


「ふふっ」


少女は笑った。


「明日も楽しみだわ」


窓の外では、五つの流れ星が輝いていた。


彼女は知らない。


今日、自分の一言で何人の令嬢が疲れ果てたのか。


何人が恐怖を感じ、何人が帰宅を願ったのか。


そして、彼女は知る必要もなかった。


なぜなら。


彼女の周囲には、彼女を愛する人々がいるのだから。


今日も悪役令嬢は、愛されている。


第八話 終

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