第75話 帰る場所
第75話 帰る場所
「全員を生き返らせることは、できないのでございますか」
北方グランベルクの領主は、そう尋ねた。
会議室には、帰還者の調査結果が並べられていた。
セバスチャンは資料を閉じる。
「残念ながら、現時点では困難でございます」
「百三十七人もいるのだぞ」
「はい」
「その者たちを、どうするつもりだ」
「まず、現在の状態を維持いたします」
セバスチャンは壁に掛けられた地図を指した。
「帰還者の皆様には、すでに魔力供給のための術式を施しております。設備が稼働している限り、直ちに再び死亡することはございません」
「それは聞いている。だが、いつまで続ける?」
「必要な間は」
領主は眉をひそめた。
「費用は誰が負担する」
「当家が負担いたします」
「……何?」
「お嬢様より、帰還者を死なせぬよう命じられておりますので」
「いや、しかし……」
「領主様には、施設の管理と帰還者の生活支援について、ご協力いただきたく存じます」
領主はしばらく黙っていた。
「……本当に、あの令嬢がすべて決めたのか?」
「はい」
「理由は?」
「お嬢様が、そのようにお望みになりました」
領主は天井を見上げた。
「……そうか」
それ以上、何も言わなかった。
*
調査は、三日間にわたって行われた。
帰還者たちの肉体と魂を調べ、現代の蘇生術を適用できるかを確認する。
セバスチャンは一人ずつ状態を調べた。
そして、ある事実が明らかになった。
帰還者たちの魂は、全員が同じ状態ではなかった。
「こちらをご覧ください」
セバスチャンは、ハロルドとノアに記録を示した。
「魂の損傷が比較的軽い方々には、現代の蘇生術を適用できる可能性がございます」
「可能性?」
ハロルドが尋ねた。
「はい。肉体との結合を回復できれば、外部から魔力を供給し続ける必要はなくなります」
「では、すぐに試せばいい」
「その前に、本人の同意が必要でございます」
ハロルドは口を閉じた。
セバスチャンは続けた。
「蘇生術は、必ず成功するものではございません。失敗すれば、現在の状態を失う危険もございます」
「……そうだな」
「また、魂の損傷が大きい方々については、現在の技術では完全蘇生が困難です」
ノアが資料を覗き込んだ。
「その違いは、何で決まるの?」
「主に、魂から奪われた魔力量と、術式による損傷の程度でございます」
「何度も死んだ人ほど、傷ついているの?」
「必ずしもそうではございません」
セバスチャンは別の記録を示した。
「帰還を繰り返した方でも、損傷が比較的軽い場合がございます。反対に、一度しか帰還していない方でも、深刻な損傷が確認されております」
「じゃあ、回数だけじゃ分からないんだ」
「はい」
ノアは頷いた。
「一人ずつ、ちゃんと調べないといけないね」
「そのとおりでございます」
*
午後。
ノアはカイルと一緒に、街の外れにある家を訪ねていた。
古い木造の家だった。
二十年前、カイルが暮らしていた場所である。
「ここだよ」
少年は門の前で立ち止まった。
「昔は、庭に大きな木があったんだ」
「今はないね」
「うん」
カイルは少し寂しそうに笑った。
「僕が死んでから、切っちゃったのかな」
ノアは門を見た。
「入ってみる?」
「……いいのかな」
「住んでいる人に聞いてみよう」
二人が門を叩くと、中から年配の女性が現れた。
「どちら様?」
ノアが事情を説明すると、女性は驚いたようにカイルを見つめた。
「……あなたが?」
「うん」
少年は小さく頷いた。
「昔、ここに住んでたんだ」
女性はしばらく何も言わなかった。
やがて、家の中へ戻ると、一冊の古い帳面を持ってきた。
「この家を買ったとき、前の持ち主から預かったものなの」
帳面には、何人もの名前が記されていた。
カイルはその中から、見覚えのある名前を見つけた。
「……お父さん」
指先が震えた。
「これ、お父さんの字だ」
女性は頷いた。
「前の持ち主は、遠くの街へ引っ越したと聞いているわ」
「どこ?」
「詳しい場所までは分からないけれど、当時の書類なら残っているかもしれない」
カイルはノアを見た。
「ノア兄ちゃん」
「うん」
「僕、お父さんたちに会えるかな」
ノアは少し考えた。
「探してみよう」
「……うん!」
少年は笑った。
*
その日の夕方。
ノアはセバスチャンに、カイルの家族を探したいと伝えた。
「承知いたしました」
セバスチャンはすぐに使用人へ指示を出した。
「二十年前の住民記録と転居記録を確認してください。必要であれば、近隣領地にも照会を」
「かしこまりました」
カイルは目を丸くした。
「そんなことまでしてくれるの?」
「もちろんでございます」
「でも、僕……」
「何かご心配が?」
「お父さんたち、僕が帰ってきたら困るかもしれない」
ノアは少年を見た。
「どうして?」
「だって、二十年も経ってるんだよ」
カイルは俯いた。
「僕のこと、もう忘れてるかもしれない」
セバスチャンは答えなかった。
代わりに、ノアが口を開いた。
「忘れているかどうかは、会ってみないと分からないよ」
「……うん」
「それに、会いたくないって言われるかもしれない」
カイルは顔を上げた。
ノアは続けた。
「でも、それを決めるのは、カイルのお父さんたちだから」
「……そうだね」
「カイルは、どうしたい?」
少年は少し考えた。
それから、小さく答えた。
「会いたい」
ノアは微笑んだ。
「じゃあ、探そう」
*
一方、屋敷では。
エリザベートが大きな皿を前にしていた。
「これ、違うわ」
「申し訳ございません」
セバスチャンが頭を下げる。
「いちごのケーキを頼んだのよ」
「はい」
「どうして、いちごがこんなに少ないの?」
皿には、見事な装飾を施されたケーキが置かれていた。
ただし、いちごは三粒しかなかった。
「お嬢様のお好みに合わせ、甘さを調整した特製のケーキでございます」
「甘さなんて聞いてないわ」
「失礼いたしました」
「いちごを増やしなさい」
「かしこまりました」
その隣では、エマが小さなフォークを握っていた。
「おいしい!」
少女は嬉しそうに笑った。
ハロルドは、その様子を見つめていた。
「……味が分かるのか?」
「うん!」
「本当に?」
「甘いよ!」
ハロルドは娘の皿を見た。
エマの肉体には、まだ正常な生命活動が戻っていない。
それでも、味を感じることはできる。
「……そうか」
ハロルドは笑った。
「よかったな」
「お父さんも食べて!」
エマはフォークを差し出した。
ハロルドは少し戸惑った。
「いや、私は……」
「食べて!」
「……分かった」
差し出されたケーキを口に運ぶ。
甘かった。
十一年前、娘が生きていた頃にも、同じようなことがあった。
あのときは、仕事が忙しいと言って断った。
次に一緒に食べればいいと思っていた。
けれど、その次は来なかった。
「……おいしいな」
ハロルドは呟いた。
エマは満足そうに笑った。
*
夜。
セバスチャンは帰還者の記録を整理していた。
調査を終えた百三十七名のうち、現代の蘇生術を試みる余地がある者は、決して少なくなかった。
しかし、すべての者に適用できるわけではない。
さらに、蘇生できたとしても、その後の生活が保証されるわけではなかった。
二十年前に死んだ少年。
六十年前に死んだ老人。
家族を失った者。
家族がすでに別の人生を歩んでいる者。
戻る場所のない者もいる。
セバスチャンは記録を閉じた。
そこへ、ノアが入ってきた。
「まだ仕事してたんだ」
「はい、ノア様」
「大変だね」
「いえ。必要なことでございますので」
ノアは机の上の資料を見た。
「ねえ、セバスチャン」
「はい」
「生き返ることと、元の生活に戻ることって、違うんだね」
「……そうでございますね」
「僕は、エリザベートのところに戻りたかった」
ノアは静かに続けた。
「でも、みんなが同じとは限らない」
「はい」
「だから、何を望んでいるのか聞いてあげたいんだ」
セバスチャンは顔を上げた。
「帰還者の皆様に、でございますか」
「うん」
「承知いたしました。では、明日からの聞き取りにご協力いただけますでしょうか」
「もちろん」
ノアは笑った。
「僕にもできることがあって、よかった」
セバスチャンは一礼した。
「大変ありがたく存じます」
窓の外では、雪が静かに降っていた。
死者が戻ってきた街。
その街で、人々は再び生活を始めようとしている。
失われた時間は戻らない。
それでも、これから過ごす時間まで失われたわけではなかった。




