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第74話 完成した研究

第74話 完成した研究


「今度こそ、私の研究を完成させよう」


男の声が、雪の降る墓地に響いた。


セバスチャンは石碑を見つめたまま、静かに答えた。


「その必要はございません」


「……何?」


「死者蘇生の術式は、すでに確立されております」


沈黙が訪れた。


やがて、男の笑い声が響く。


「六十年ぶりに会って、最初に言うことがそれか」


「事実でございますので」


「私の研究が、無意味になったとでも?」


「少なくとも、現在の方法を続ける理由はございません」


「相変わらずだな、セバスチャン」


石碑の上に、淡い光が集まり始めた。


やがて、それは一人の男の輪郭を形作った。


長い髪。


痩せた頬。


古びた研究服。


その姿は、六十年前の記録に残された魔術師とよく似ていた。


「お前は昔から、結果しか見ない」


オルフェンは言った。


「私がどれほどの時間を費やしたか、どれほどの失敗を重ねたか、お前には分からん」


「存じております」


「ならば!」


「その結果、何人が亡くなりましたか」


オルフェンの表情が止まった。


セバスチャンは続けた。


「六十年前、二十七名の帰還者を維持するため、それを上回る生者の命が失われました」


「必要な犠牲だった」


「今回は、死者の魂を消費しておられますね」


「……ほう」


オルフェンは目を細めた。


「そこまで調べたか」


「はい」


「ならば、分かるだろう。私は進歩したのだ」


オルフェンは両手を広げた。


「もはや生者を殺す必要はない。すでに死んだ者たちの魔力を利用する。誰も死なずに、死者を蘇らせられる!」


「違います」


セバスチャンの声は静かだった。


「あなたは、死者を失わせております」


*


「失わせる?」


オルフェンは笑った。


「死者を失わせるとは、奇妙な言い方だな」


「魂は、魔力を消費されれば損傷いたします」


「当然だ。魔力を取り出すのだからな」


「その損傷によって、現代の蘇生術では救えなくなる場合がございます」


オルフェンは眉をひそめた。


「現代の蘇生術、現代の蘇生術と……先ほどから何を言っている?」


「現在は、魂と肉体を正しく結びつけることで、生者として蘇生させる術式がございます」


「そんなものが成立するはずがない」


「成立しております」


「死者の肉体は魔力を生み出せない。だから外部から供給する必要があるのだ!」


「生者として蘇生した場合、魂は再び魔力を生み出します」


「……馬鹿な」


「あなたが維持している方々には、それができません」


オルフェンは黙った。


ハロルドが一歩前へ出る。


「私が、その証拠だ」


オルフェンの視線が移った。


「誰だ、お前は」


「ハロルド・ベイン」


「知らんな」


「知らなくて結構だ。私は十一年前に死んだ」


ハロルドは自分の胸に手を当てた。


「だが今は生きている。心臓も動いているし、魔力も自分で生み出している」


オルフェンは彼を見つめた。


「……興味深い」


「お前の術式とは違う」


「調べさせろ」


「断る」


「なぜだ? 研究者だろう?」


ハロルドの顔が強張った。


十一年前の自分なら、同じことを言ったかもしれない。


相手が何を望むかなど、考えもしなかった。


「……私は、お前の研究材料になるつもりはない」


「研究の進歩を拒むのか?」


「違う」


ハロルドは答えた。


「私には、帰らなければならない場所がある」


*


「ねえ」


エリザベートが口を開いた。


「あなたが犯人なの?」


オルフェンは初めて彼女を見た。


「……何だ、この娘は」


セバスチャンが一歩前へ出た。


「言葉にお気をつけください」


「お前の主人か?」


「はい」


「六十年経って、随分と変わったものだな」


オルフェンはエリザベートを眺めた。


「私は今、重要な話をしている。子供は黙っていろ」


「嫌よ」


エリザベートは即答した。


「……何?」


「私が質問したの。答えなさい」


オルフェンは呆れたように笑った。


「面白い娘だな。そうだ、私が死者たちを呼び戻した」


「じゃあ、あなたのせいでエマが死にそうなのね」


「エマ?」


「小さな女の子よ。赤い髪の」


オルフェンは少し考えた。


「個々の魂までは覚えておらんな」


「そう」


エリザベートは頷いた。


「じゃあ、あなたが悪いわ」


「……は?」


「セバスチャン。その人を捕まえなさい」


「かしこまりました」


セバスチャンが右手を上げた。


オルフェンの周囲に、幾重もの魔法陣が展開される。


「待て!」


オルフェンが叫んだ。


「お前、私の話を聞いていなかったのか!」


「拝聴しておりました」


「ならば、私を拘束すればどうなるか分かるだろう!」


セバスチャンの手が止まった。


オルフェンは笑った。


「今、街にいる帰還者たちは、私の術式によって維持されている」


「存じております」


「私を止めれば、全員死ぬぞ」


「……」


「六十年前と同じだ!」


男の笑い声が響いた。


「また二十七人を殺したように、今度は百人以上を殺すのか?」


ハロルドが息をのんだ。


ノアはセバスチャンを見た。


老人は表情を変えなかった。


「それについては、すでに対策を講じております」


「何?」


「帰還者の皆様には、別の魔力供給経路を設けました」


オルフェンの笑みが消えた。


「……別の経路?」


「はい」


「そんなものを、一晩で?」


「必要な設備は、先ほど完成いたしました」


「馬鹿な……」


「あなたの術式を停止しても、直ちに全員が再び死亡することはございません」


オルフェンは初めて、セバスチャンから目を逸らした。


「……そうか」


しばらくして、男は小さく笑った。


「やはり、お前は素晴らしい」


*


「ならば、なおさらだ」


オルフェンは顔を上げた。


「セバスチャン。私と研究を続けよう」


「お断りいたします」


「即答するな。お前の能力があれば、必要な魔力量を大幅に減らせる」


「存じております」


「ならば分かるだろう! 六十年前にお前が協力していれば、犠牲はもっと少なく済んだ!」


「少なくはなったでしょう」


「そうだ!」


「ですが、なくなりはしません」


オルフェンは口を閉じた。


「そして現在は、犠牲を必要としない蘇生術がございます」


「……まだ言うか」


「はい」


「私の六十年を否定するのか?」


セバスチャンは少し考えた。


「研究に費やした時間と、その成果は別のものでございます」


オルフェンの顔が歪んだ。


「お前には分からん!」


「そうかもしれません」


「私は六十年だぞ! 肉体を失っても、研究を続けた! 魂だけになっても、術式を改良した!」


「はい」


「それを、今さら間違っていたなどと!」


オルフェンの姿が激しく揺らいだ。


墓地の雪が舞い上がる。


ハロルドは一歩後ずさった。


しかしセバスチャンは動かなかった。


「オルフェン様」


「何だ!」


「あなたは、何を完成させたいのでございますか」


「死者蘇生だ!」


「それは、すでに完成しております」


「違う!」


オルフェンは叫んだ。


「私の研究だ!」


沈黙が落ちた。


セバスチャンは静かに頷いた。


「ようやく、理解いたしました」


*


「ねえ、セバスチャン」


エリザベートが不満そうに言った。


「まだ終わらないの?」


「申し訳ございません」


「私、ケーキを食べに帰りたいのだけれど」


「すぐにご用意いたします」


「その人は?」


「拘束いたします」


「じゃあ、早くしなさい」


「かしこまりました」


セバスチャンが手を掲げた。


オルフェンの周囲の魔法陣が、一斉に収縮する。


男は抵抗しようとした。


しかし、その魔力は術式に触れた瞬間、弱められていく。


「……っ!」


「あなたの魔術行使を制限しております」


「セバスチャン!」


「はい」


「お前は、また私の研究を止めるのか!」


「左様でございます」


「六十年前と同じように!」


「いいえ」


セバスチャンは首を横に振った。


「今回は、お嬢様のご命令でございます」


魔法陣が閉じた。


オルフェンの姿は、小さな光の球へと変わった。


セバスチャンはそれを手に取る。


「……これで終わりか?」


ハロルドが尋ねた。


「術者の拘束は完了いたしました」


「帰還者たちは?」


「当面は、こちらの設備で維持できます」


「では、もう……」


「いいえ」


セバスチャンは光の球を見つめた。


「まだ、解決していない問題がございます」


「何だ?」


「この方が消費した魂の数でございます」


ハロルドは黙り込んだ。


セバスチャンは続けた。


「そして、残された帰還者の皆様を、どこまで救えるのか」


*


帰り道。


エリザベートは移動台に座り、毛布にくるまっていた。


「ねえ、セバスチャン」


「はい、お嬢様」


「ケーキは?」


「すでにご用意しております」


「いちご?」


「はい」


「エマの分も?」


「もちろんでございます」


「じゃあ、早く帰りましょう」


「かしこまりました」


ノアは隣を歩きながら、空を見上げた。


雪はまだ降っていた。


「セバスチャン」


「はい、ノア様」


「魂にも、罰って必要なんだね」


「……そうでございますね」


「死んだら終わりだと思っていたけど、そうじゃないんだ」


セバスチャンは手の中の光を見た。


「今後、考えなければならない問題でございます」


「うん」


ノアは頷いた。


そして、少し先を行くエリザベートを見つめた。


彼女は、もう事件のことなど気にしていないようだった。


「ねえ、ノア!」


「何?」


「あなたもケーキを食べるでしょう?」


「うん。食べるよ」


「だったら早く来なさい!」


ノアは笑った。


「今行くよ」


その声に応えるように、雪道を駆け出した。


六十年続いた研究は、ひとまず終わった。


けれど、失われたものが戻ったわけではない。


それでも、今日を生きる人々の時間は続いていく。


そして、北方の街には、久しぶりに穏やかな夜が訪れようとしていた。

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