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第六十七話 二度目の処刑

悪役令嬢は愛されている


第六十七話 二度目の処刑


「十一年前、私はお前に殺された」


グランベルクの城門前で、ハロルド・ベインはそう言った。


セバスチャンは否定しなかった。


「正確には、処刑の執行に立ち会いました」


「首を落としたのはお前の部下だ。大した違いはない」


「確かに」


ハロルドは笑った。


「それで、今度はどうする? また私を殺すか?」


「必要であれば」


その返答を聞いて、ハロルドの笑みが消えた。


「……本当に変わらんな」


「お互い様でございます」


「ちょっと!」


二人の間にエリザベートが割って入った。


「私を無視して話を進めないでちょうだい!」


ハロルドは彼女を見下ろした。


「失礼した、お嬢さん」


「お嬢さんじゃないわ。エリザベート・アルヴェインよ!」


「では、エリザベート様。あなたの執事は、かつて二十七人の死者を殺した男だ」


「聞いたわ!」


「……聞いた?」


「本人からね!」


ハロルドはセバスチャンを見た。


「自分から話したのか」


「お嬢様に尋ねられましたので」


「昔は王宮の尋問官にも黙っていた男が?」


「主人に嘘をつく理由がございません」


ハロルドは声を上げて笑った。


「そうか。お前にも主人ができたのか!」


「昔からおりますが」


「違う。命令を聞く相手ではない。自分の判断を捨てても従いたい相手だ」


セバスチャンは答えなかった。


エリザベートは二人を見比べた。


「あなたたち、仲が悪いの?」


「最悪でございます」


「親友だったんだがな」


二人の答えは、ほとんど同時だった。


*


グランベルクの領主館では、帰還者の登録が続いていた。


五十一名だった帰還者は、すでに七十九名に増えている。


ハロルドの案内で、一行は地下の収容施設へ向かった。


「ここには、危険性が確認された帰還者を隔離している」


鉄格子の向こうには、十人ほどの男女がいた。


そのうち一人が、セバスチャンの姿を見るなり立ち上がった。


「お前!」


老人だった。


「また殺しに来たのか!」


セバスチャンは老人を見た。


「……ロイド様」


「名前を覚えていたか!」


「もちろんでございます」


老人は鉄格子を掴んだ。


「六十年前、お前は私たちを殺した! 今度こそ、あのとき何をしたのか話してもらうぞ!」


エリザベートが振り向いた。


「セバスチャン?」


「はい」


「この人、昨日の関所にもいたわよね」


「左様でございます」


「六十年前に死んで、また帰ってきたの?」


「はい」


「じゃあ、六十年前の事件も、今回と同じなのね?」


セバスチャンは頷いた。


「現時点では、そう考えております」


ハロルドが口を挟んだ。


「ただし、前回は二十七人で終わった。今回はまだ増えている」


「どうして前回は終わったの?」


エリザベートが尋ねる。


ハロルドは、セバスチャンを指さした。


「こいつが止めたからだ」


「どうやって?」


「それを知るために、お前たちを呼んだ」


セバスチャンは静かに言った。


「六十年前、私は帰還者に作用していた魔力を弱体化させました」


「……それだけか?」


「はい」


「それだけで、二十七人が死んだのか」


「帰還者の肉体は、その魔力によって維持されていたのでございます」


ハロルドは腕を組んだ。


「つまり、お前の能力を使えば、今回も全員殺せる」


「その可能性はございます」


エリザベートは眉をひそめた。


「待ちなさい」


全員が彼女を見た。


「その人たち、今は生きてるんでしょう?」


「はい」とセバスチャン。


「だったら、殺さなくてもいい方法を探しなさい!」


ハロルドが笑った。


「簡単に言うな、お嬢さん」


「簡単じゃないから、セバスチャンに命令してるのよ!」


「……なるほど」


ハロルドは、彼女を見つめた。


「お前は、こいつが何でもできると思っているのか」


「当然よ!」


エリザベートは即答した。


「セバスチャンなんだから!」


ハロルドは、しばらく黙っていた。


そして、セバスチャンを見た。


「……お前、随分と厄介な主人を持ったな」


「光栄でございます」


*


その日の午後。


セバスチャンは、収容施設の一室で調査を始めた。


協力を申し出たのは、三年前に病死した女性だった。


「痛いことはしませんか?」


「もちろんでございます」


「……また死んだりは?」


「それもございません」


女性は安心したように頷いた。


セバスチャンは彼女の手首に指を添えた。


魔術による身体検査。


魔力の流れ、肉体の構造、生命活動。


すべてを確認する。


そして、あることに気づいた。


「……これは」


ノアが尋ねた。


「何か分かった?」


「帰還者の肉体を維持している魔力が、外部から供給されております」


「外部?」


「はい。彼女自身の魔力ではございません」


セバスチャンは女性に尋ねた。


「帰還されたとき、何か見たり聞いたりしましたか?」


女性は少し考えた。


「……声がしました」


「どのような?」


「帰っておいで、って」


セバスチャンの指が止まった。


「……誰の声でしたか?」


「分かりません。でも、とても優しい声でした」


ノアは、女性を見た。


「それで、帰ってきたの?」


「はい」


女性は小さく笑った。


「夫に、もう一度会いたかったので」


ノアは頷いた。


「……会えたんだね」


「はい」


「よかった」


女性は、目を潤ませた。


セバスチャンは二人の会話を聞きながら、検査を終えた。


*


夕方。


領主館の執務室で、セバスチャンはハロルドと向かい合っていた。


「……分かったか?」


ハロルドが尋ねる。


「ええ」


「原因は?」


「まだ特定できておりません。ただし、帰還者を維持する魔力の供給源は、北方領の内部にございます」


ハロルドは頷いた。


「私もそう考えていた」


「そして、もう一つ」


セバスチャンは書類を机に置いた。


「帰還者の中に、魔力の供給を受けていない者がおります」


ハロルドの表情が変わった。


「……誰だ」


「あなたでございます」


沈黙が落ちた。


ハロルドは、ゆっくりと椅子に座り直した。


「……どういう意味だ」


「あなたの肉体は、通常の人間と変わりません」


「私は死んだはずだ」


「存じております」


「では、なぜ生きている?」


セバスチャンは、静かに答えた。


「……それを、私も知りたいのでございます」


ハロルドは、しばらく彼を見つめていた。


そして、笑った。


「なるほど。今回は、お前にも分からないことがあるわけだ」


「はい」


「面白いじゃないか」


セバスチャンは、微笑まなかった。


「ハロルド様」


「何だ」


「十一年前、あなたが処刑された理由を覚えておいでですか」


ハロルドの笑みが消えた。


「……当然だ」


「では、お聞かせください」


「お前が一番よく知っているだろう」


「確認したいのでございます」


ハロルドは、ゆっくりと口を開いた。


「……私は、死者を蘇らせようとした」


セバスチャンは頷いた。


「はい」


「そして、成功した」


「……」


「だが、蘇った者は、すぐに死んだ」


ハロルドは、拳を握った。


「だから、私は研究を続けた」


セバスチャンは、静かに尋ねた。


「……誰を蘇らせたかったのですか」


ハロルドは、目を伏せた。


そして。


「……娘だ」


そう答えた。


*


その夜。


エリザベートは、ノアと夕食を取っていた。


「ねえ、ノア」


「何?」


「死んだ人が帰ってきたら、嬉しいものなの?」


ノアは、少し考えた。


「……人によると思う」


「どうして?」


「帰ってきてほしい人もいるし、帰ってきてほしくない人もいるから」


エリザベートは、首を傾げた。


「……変なの」


「そうかな」


「だって、死んだらもう会えないんでしょう?」


「うん」


「だったら、会える方がいいじゃない!」


ノアは、少しだけ笑った。


「……エリザベートらしいね」


「何よ!」


「でも、帰ってきた人が幸せかどうかは、別の話だと思う」


エリザベートは、黙った。


ノアは続けた。


「僕は、帰ってこられて嬉しかったよ」


「当然よ!」


「でも、もしエリザベートが僕に帰ってきてほしくなかったら……」


「そんなわけないでしょう!」


彼女は、即座に遮った。


ノアは、少し驚いた顔をした。


エリザベートは、頬を膨らませた。


「あなた、約束したじゃない!」


「……うん」


「もう、いなくならないって!」


ノアは、静かに頷いた。


「……そうだね」


エリザベートは、満足そうに食事を再開した。


ノアは、その横顔を見つめた。


そして、心の中で思った。


――この子は、きっと知らない。


帰ってきた人間が、どれほど多くのものを失っているのかを。


けれど。


それでも、帰ってきてほしいと言ってくれる人がいる。


それが、どれほど救いになるのかを。


第六十七話 終

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