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第六十五話 死者を数える町

悪役令嬢は愛されている


第六十五話 死者を数える町


北方領グランベルクでは、死者にも住民票が必要になった。


「前回の死亡年月日を記入してください」


役所の窓口で、若い職員が淡々と告げる。


向かいに座る男は、困った顔で書類を見つめた。


「二度目なんだが、どっちを書く?」


「直近のものをお願いします」


「一昨日だ」


「死因は?」


「転落」


「最初の死因は?」


「落石」


職員はペンを止めた。


「……高い場所がお好きなんですか?」


「好きで死んでるわけじゃない!」


男が怒鳴ると、後ろに並んでいた老人がため息をついた。


「早くしてくれ。こっちは四十年ぶりに帰ってきたんだ」


「では、先にお名前を――」


「名前を忘れた」


窓口の職員は、静かに書類を裏返した。


そこには、昨日新しく追加された項目があった。


『氏名不明の帰還者はこちら』


彼は、その欄を指さした。


「……こちらにどうぞ」


北方領では、常識が急速に役に立たなくなっていた。


*


アルヴェイン公爵邸。


レオンは北方から届いた報告書を整理していた。


帰還者は四十三名から五十一名へ増加。


死亡時期は三年前から百年以上前まで幅がある。


肉体は生前と同じ状態で戻る者が多いが、年齢が異なる例も確認された。


そして、最も奇妙なのは帰還場所だった。


「……墓地だけではないのですね」


レオンが呟く。


報告書には、帰還者が現れた場所が記されていた。


自宅。


職場。


戦場跡。


かつて通っていた学校。


「死者が、生前に関係していた場所へ戻っている……」


そのとき、扉が開いた。


「レオン!」


エリザベートが入ってくる。


「北方へ行くわよ!」


レオンは顔を上げた。


「……なぜですか」


「面白そうだから!」


「お断りいたします」


「何ですって!」


「現在、北方では殺人事件も発生しております」


「じゃあ、犯人を捕まえればいいじゃない!」


「そういう問題ではございません」


エリザベートは腕を組んだ。


「ノアは連れていくわ!」


レオンは、少しだけ眉をひそめた。


「……ノア様は、何と?」


「まだ聞いてない!」


「では、先にお尋ねください」


「聞いたら行っていいのね!」


「そうは申し上げておりません」


エリザベートは、不満そうに頬を膨らませた。


*


その頃。


セバスチャンは、屋敷の地下書庫にいた。


古い棚から、一冊の記録簿を取り出す。


表紙には、王国暦百九十二年と書かれていた。


現在から、六十年以上前の記録である。


彼はページをめくった。


そこには、北方領で起きた事件が記されていた。


『グランベルク領、死者帰還事件』


『確認された帰還者、二十七名』


『原因不明』


『王国魔術院による調査開始』


さらに次のページ。


『帰還者の一部が、再死亡後に再び出現』


『住民の混乱を防ぐため、情報の公開を制限』


セバスチャンは、最後のページを開いた。


そこには、調査責任者の名前があった。


『セバスチャン・アルヴェイン』


彼は、しばらくその文字を見つめていた。


そして、静かに呟いた。


「……あの頃のことを、覚えている者が残っていたとは」


*


昼過ぎ。


レオンは、セバスチャンのもとを訪れた。


「北方の件で、お話がございます」


「何でしょう」


「今回の現象は、過去にも起きたことがあるのではありませんか」


セバスチャンは、顔色を変えなかった。


「なぜ、そうお考えに?」


「帰還者の中に、百年以上前の人物が含まれています」


「はい」


「しかし、肉体の状態が一定ではない。これは単純な蘇生魔法では説明できません」


レオンは、一枚の報告書を差し出した。


「そして、帰還者の一人が『前にも帰ってきたことがある』と証言しています」


セバスチャンは、書類を受け取った。


そこには、老人の証言が記されていた。


『昔も、同じことがあった』


『そのときは、黒い服の男が来て、全部終わらせた』


レオンは、静かに尋ねた。


「……その男に、心当たりはございますか」


セバスチャンは、しばらく黙っていた。


そして。


「ございます」


そう答えた。


レオンは、目を細めた。


「……どなたですか」


「私でございます」


*


その日の夕方。


北方領から、三通目の手紙が届いた。


今度は、セバスチャン宛てではなかった。


宛名には、エリザベート・アルヴェインと書かれている。


エリザベートは、嬉しそうに封を切った。


「私に手紙なんて、珍しいわね!」


中には、一枚の紙が入っていた。


『アルヴェイン家の令嬢へ』


『あなたの家には、死者を戻す方法を知る者がいる』


『その者を、北方へ寄越してほしい』


『さもなければ、こちらから迎えに行く』


エリザベートは、読み終えると首を傾げた。


「……何よ、これ」


レオンが手紙を確認する。


「脅迫状ですね」


「私を脅してるの?」


「そのようです」


エリザベートは、しばらく考えた。


そして。


「……面白いじゃない!」


笑った。


レオンは、深くため息をついた。


「お嬢様」


「何よ!」


「どうか、軽率な行動は――」


「セバスチャン!」


エリザベートは、廊下へ向かって叫んだ。


すぐに老執事が現れる。


「お呼びでしょうか」


「北方へ行くわよ!」


「……承知いたしました」


レオンは、思わずセバスチャンを見た。


「お待ちください。先ほどは――」


「事情が変わりましたので」


セバスチャンは、静かに答えた。


「先方がお嬢様を名指しした以上、こちらも対応する必要がございます」


エリザベートは、満足そうに頷いた。


「そういうことよ!」


レオンは、頭を抱えた。


*


その夜。


グランベルクの町外れ。


雪の積もった墓地に、一人の男が立っていた。


黒い外套。


白い手袋。


年齢は、四十代ほどに見える。


彼は、墓石に刻まれた自分の名前を見つめていた。


『ハロルド・ベイン』


十一年前、処刑。


男は、静かに笑った。


「……セバスチャン」


その声に応えるように、背後で足音がした。


振り向くと、十歳ほどの少女が立っていた。


「お父さん」


男は、少女を見た。


「どうした」


「また、誰か帰ってきたよ」


「何人だ」


「……十二人」


男は、少しだけ目を細めた。


「増えているな」


少女は頷いた。


「でも、変なの」


「何が?」


「今度の人たち、みんな同じことを言ってる」


男は、少女を見た。


「……何と?」


少女は、静かに答えた。


「アルヴェイン家の人が、呼んだって」


雪が、音もなく降り続いていた。


第六十五話 終

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