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第六話 お嬢様の秘密

悪役令嬢は愛されている


第六話 お嬢様の秘密


「願い事は、秘密よ」


王国歴三百二十七年、十二月二十二日。


午前七時。


エリザベート・フォン・アルヴェインは、朝食の席でそう告げた。


「かしこまりました」


老執事セバスチャンは、静かに頭を下げた。


「絶対に教えないんだから」


「承知いたしました」


「あなたにもよ?」


「もちろんでございます」


「マリアンヌにも!」


「お伝えいたします」


「それから、昨日の新人にも!」


「レオン殿でございますね」


「そう、その人!」


少女は満足そうに頷いた。


「だって、願い事は人に話すと叶わなくなるって聞いたもの」


「左様でございますね」


「だから誰にも教えないわ!」


「かしこまりました」


「……でも」


エリザベートは少し考えた。


「もし、私が忘れちゃったらどうなるのかしら?」


「願い事を、でございますか」


「ええ」


「その場合は、思い出されるまでお待ちいたします」


「そう」


少女は安心したように微笑んだ。


「なら、いいわ」


今日もお嬢様は大変お元気でいらっしゃる。


実に喜ばしいことであった。


◇


午前七時三十分。


地下第三会議室。


「では、定例会議を始めます」


セバスチャンが告げた。


「本日の議題は、お嬢様の願い事についてです」


「お嬢様は、秘密にするとおっしゃったのでは?」


マリアンヌが尋ねた。


「はい」


「では、調査は不要ですね」


「そのとおりです」


「承知いたしました」


エルマーが手を挙げた。


「しかし、一つだけ問題がございます」


「何でしょう」


「昨夜の流星が、現在も王都上空に留まっております」


「なるほど」


「流星の制御術式は、すでに停止しております」


「では、なぜ?」


「不明です」


会議室が静まり返った。


「……興味深いですね」


セバスチャンが呟いた。


「ええ」


エルマーが頷いた。


「本来ならば、流星はすでに消滅しているはずです」


「お嬢様の願い事と関係が?」


「その可能性はございます」


「なるほど」


セバスチャンは微笑んだ。


「では、調査は中止いたしましょう」


「……中止ですか?」


「はい」


「しかし、原因が分からなければ対処できません」


「エルマー様」


セバスチャンの声が静かに響いた。


「お嬢様は、願い事を秘密にするとおっしゃいました」


「……」


「その秘密に関わる可能性がある以上、私どもが勝手に調べることは許されません」


沈黙。


エルマーは深々と頭を下げた。


「失礼いたしました」


「結構です」


会議は終了した。


◇


午前八時。


使用人控室。


「本日の教育課題についてですが」


マリアンヌが告げた。


「はい」


レオンは静かに頭を下げた。


「お嬢様の秘密を守ることについて、学んでいただきます」


「承知いたしました」


「では、最初の質問です」


マリアンヌは一枚の紙を差し出した。


そこには、簡潔な文章が記されていた。


『お嬢様が秘密を持っている場合』


「あなたなら、どうなさいますか?」


「秘密を守ります」


「結構です」


「ありがとうございます」


「では、次の質問です」


『お嬢様の秘密が、王国の存亡に関わる場合』


「どうなさいますか?」


「秘密を守ります」


「素晴らしい」


「ありがとうございます」


「では、最後の質問です」


『お嬢様の秘密が、お嬢様ご自身の命に関わる場合』


レオンは少し考えた。


そして、静かに答えた。


「……秘密を守ります」


マリアンヌは微笑んだ。


「満点です」


◇


午前九時。


王宮。


「流れ星が消えないだと!?」


国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「昨夜より、王都上空に一つの流星が留まっております」


「昨日の実験ではないのか!」


「アルヴェイン家によれば、すでに術式は停止しているとのことです」


「ならば、なぜ消えない!」


「不明です」


「調査は?」


「魔術師団が進めております」


「結果は?」


「……陛下」


宰相は困ったように眉を下げた。


「何だ」


「流星から、未知の魔力反応が観測されております」


「未知の?」


「はい」


「危険なのか?」


「不明です」


国王は頭を抱えた。


「……あの娘は、いったい何を願ったのだ」


◇


午前十時。


アルヴェイン公爵邸、庭園。


レオンは、空を見上げていた。


青空の中に、一筋の光が浮かんでいる。


昨夜の流れ星だった。


「……消えない、か」


彼は小さく呟いた。


そのとき、背後から声がした。


「気になりますかな」


エルマーだった。


「はい」


「私もです」


老人は空を見上げた。


「術式は完全に停止しております」


「承知しております」


「それでも、流星は消えない」


「はい」


「実に興味深い現象です」


レオンはしばらく黙っていた。


そして、静かに尋ねた。


「……調査はなさらないのですか?」


「いたしません」


「なぜでしょう」


「お嬢様の秘密に関わる可能性がございますので」


「……なるほど」


「ですが」


エルマーは微笑んだ。


「秘密を調べずに、危険を取り除くことはできます」


「……」


「流星そのものを隔離すればよいのです」


「なるほど」


「ただし、お嬢様が流星をご覧になりたいとおっしゃった場合には、いつでもお見せできるように」


「承知いたしました」


レオンは静かに頭を下げた。


◇


正午。


エリザベートは、庭園で紅茶を飲んでいた。


「ねえ、セバス」


「はい」


「昨日の流れ星、まだあるの?」


「はい、お嬢様」


「まあ!」


少女は嬉しそうに笑った。


「見せてちょうだい!」


「かしこまりました」


セバスチャンが指を鳴らす。


すると、青空に一筋の光が現れた。


「綺麗!」


エリザベートは目を輝かせた。


「まだ消えてないのね!」


「はい」


「ふふっ」


少女は満足そうに頷いた。


「きっと、願い事が叶うまで待ってくれているのね」


「左様でございますね」


「素敵だわ!」


「恐悦至極に存じます」


そのとき。


エリザベートは、ふと首を傾げた。


「……あら?」


「いかがなさいましたか」


「私、昨日何をお願いしたのかしら?」


沈黙。


セバスチャンは静かに頭を下げた。


「存じ上げません」


「そうよね」


少女は少し考えた。


そして、笑った。


「まあ、いいわ!」


「よろしいのですか?」


「ええ!」


「かしこまりました」


「だって、叶えば分かるでしょう?」


「おっしゃるとおりでございます」


少女は満足そうに紅茶を飲んだ。


◇


午後一時。


地下第三会議室。


「お嬢様は、願い事をお忘れになったようです」


セバスチャンが報告した。


「なるほど」


マリアンヌが頷いた。


「では、思い出されるまでお待ちしましょう」


「ええ」


「ただし」


エルマーが手を挙げた。


「流星の状態について、少々気になることがございます」


「何でしょう」


「先ほど、流星の魔力反応が変化いたしました」


「ほう」


「お嬢様が願い事をお忘れになった直後です」


会議室が静まり返った。


「……なるほど」


セバスチャンは頷いた。


「では、流星はお嬢様の願い事と関係している可能性が高いですね」


「はい」


「ですが、調査はいたしません」


「承知しております」


「結構です」


会議は終了した。


◇


午後三時。


王宮。


「流れ星が増えただと!?」


国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「現在、王都上空に二つの流星が確認されております」


「昨日は一つだっただろう!」


「はい」


「なぜ増えた!」


「不明です」


「アルヴェイン家は何と言っている!」


「……陛下」


宰相は一通の書簡を差し出した。


「何だ」


「アルヴェイン家より、正式な回答が届いております」


国王は封を切った。


そこには、丁寧な文字でこう記されていた。


『お嬢様の秘密に関わる可能性がございますため、調査は控えております』


国王は手紙を握り潰した。


「調べろ!」


◇


午後五時。


使用人控室。


レオンは、窓の外を眺めていた。


青空には、二つの流星が浮かんでいる。


「……二つ、か」


彼は小さく呟いた。


そのとき、扉が開いた。


「レオン殿」


マリアンヌだった。


「はい」


「本日の教育について、最後に一つ質問がございます」


「承知いたしました」


「お嬢様が、ご自身の秘密をお忘れになった場合」


「はい」


「あなたなら、どうなさいますか?」


レオンは少し考えた。


そして、静かに答えた。


「……お嬢様が思い出されるまで、お待ちします」


「結構です」


「ありがとうございます」


「では、お嬢様が永遠に思い出されなかった場合は?」


沈黙。


レオンはしばらく考えた。


そして、答えた。


「……永遠に、お待ちします」


マリアンヌは微笑んだ。


「満点です」


◇


午後七時。


エリザベートの寝室。


少女は、窓の外を眺めていた。


夜空には、二つの流れ星が輝いている。


「まあ!」


エリザベートは歓声を上げた。


「流れ星が増えてる!」


「はい、お嬢様」


セバスチャンが答える。


「素敵ね!」


「恐悦至極に存じます」


「ねえ、セバス」


「はい」


「私、もう一つ願い事をしてもいいかしら?」


「もちろんでございます」


「ふふっ」


少女は嬉しそうに笑った。


そして、両手を合わせた。


目を閉じる。


一秒。


二秒。


三秒。


十秒。


三十秒。


一分。


やがて。


「……できたわ!」


エリザベートは目を開けた。


「願い事、終わったわ!」


「かしこまりました」


セバスチャンは深々と頭を下げた。


「お嬢様の願いが、叶いますように」


少女は満足そうに頷いた。


◇


その夜。


王都の空には、三つの流れ星が輝いていた。


誰も知らない。


なぜ、流れ星が増えているのか。


誰も知らない。


エリザベートが何を願ったのか。


そして。


誰も知らない。


その願いが、何を引き起こそうとしているのか。


ただ一つ、確かなことがある。


彼女の願いを叶えるために、世界でも最も優秀な人々が動き始めているということ。


今日も悪役令嬢は、愛されている。


第六話 終

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