第五十六話 彼女の願いを叶える方法
悪役令嬢は愛されている
第五十六話 彼女の願いを叶える方法
レオンは、エリザベートを救う方法を見つけた。
ただし、それは一度も成功しなかった。
*
最初に試したのは、彼女を説得することだった。
「お嬢様。人の心は、誰かの命令で決められるものではありません」
「知ってるわ!」
エリザベートは、鏡の前で髪飾りを選びながら答えた。
「じゃあ、私のことを好きになりなさいって命令しても無駄なの?」
「命令に従うことと、好きになることは違います」
「変なの!」
彼女は赤い髪飾りを放り出した。
「好きじゃなくても、好きって言えばいいじゃない!」
「それでは、お嬢様が欲しいものとは違うのでは?」
「……」
少女は鏡越しにレオンを見た。
「あなた、今日は嫌なことばかり言うわね」
その世界で、レオンは三か月かけて人の心について教えた。
エリザベートは、最後まで納得しなかった。
世界は崩壊した。
*
次の世界では、願いの仕組みを調べた。
レオンは古い魔術書を集め、星に関する記録を読み漁った。
願いが星になる。
星が消えるとき、願いが現実になる。
その仕組みを知ったのは、この頃だった。
ただ、分からないことがあった。
なぜ、エリザベートの願いだけが、世界を壊すほどの力を持つのか。
彼女は、特別な魔術師ではなかった。
魔力量も、知識も、決して突出していない。
むしろ、魔法の扱いは雑だった。
ある日、レオンは彼女に尋ねた。
「お嬢様は、願いが叶うとき、何かを感じますか?」
「何かって?」
「魔力が減るとか、身体が熱くなるとか」
「ないわ!」
「……そうですか」
「願い事をするのに、疲れる必要があるの?」
レオンは答えられなかった。
彼女は、自分の願いが世界へ作用していることすら知らなかった。
その世界でも、空は裂けた。
*
さらに次の世界。
レオンは、エリザベートの願いを封印する術式を作った。
彼女が何を望んでも、その願いが星にならないようにする。
理論上は、可能だった。
しかし、術式を完成させた夜。
公爵邸の庭園で、奇妙なことが起きた。
エリザベートが、花を欲しがった。
「レオン! あのお花、取って!」
「承知いたしました」
レオンは花を摘み、彼女へ渡した。
それだけだった。
魔法は使っていない。
星も現れていない。
それなのに、封印術式の一部が砕けた。
レオンは、息を止めた。
(……願いそのものを、封じられない?)
彼女の願いは、魔法とは違う。
言葉にしただけで、世界に何かが起きるわけではない。
しかし、特定の願いだけが、異常な力を持つ。
その違いが、分からなかった。
レオンは、封印術式を調べ直した。
そして、一つの仮説に辿り着いた。
願いが強いのではない。すでに存在する何かが、願いを叶えようとしている。
しかし、その何かが何なのか。
彼には、まだ分からなかった。
*
その後も、レオンは何度も世界を渡った。
願いを封じた。
星を壊そうとした。
エリザベートを遠ざけた。
彼女の周囲の人間を調べた。
願いが叶う条件を探した。
どれも、失敗した。
そして、ある世界で。
レオンは、一つの奇妙な事実に気づいた。
エリザベートは、世界が壊れる直前。
必ず、誰かの名前を呼んでいた。
それは、レオンではなかった。
セバスチャンでもない。
アウグストでもない。
エレオノーラでもない。
聞き取れないほど小さな声で、誰かを呼んでいた。
レオンは、その名前を知ろうとした。
しかし、世界はいつも先に崩壊した。
*
次の世界。
レオンは、エリザベートの幼少期を調べた。
公爵邸の記録。
古い写真。
使用人たちの証言。
そして、六年前の日記。
そこには、一人の少年の名前があった。
ノア・エルディス。
レオンは、その名前を見つめた。
「……ノア」
彼は、エリザベートのそばにいた少年だった。
血縁はない。
しかし、家族として育てられていた。
そして、六年前に屋敷を離れた。
レオンは、セバスチャンに尋ねた。
「ノア様は、どちらへ行かれたのですか」
老執事は、静かに答えた。
「申し訳ございません。それは、お答えできません」
「……なぜですか」
「お嬢様に関わることでございますので」
レオンは、それ以上聞かなかった。
ただ、手帳に名前を書いた。
『ノア・エルディス』
その下に、一行。
『エリザベートの願いと関係がある可能性』
*
その世界で、レオンは初めてノアと会った。
場所は、王都の古い時計塔だった。
夜。
レオンが星の観測をしていると、一人の少年が現れた。
黒い髪。
穏やかな表情。
年齢は、十七歳ほどに見えた。
「……レオン?」
少年が、彼の名前を呼んだ。
「……あなたは」
「ノア・エルディス」
レオンは、息を止めた。
「……どうして、ここに?」
ノアは、空を見上げた。
「星を見に来たんだ」
「……」
「君も、そうだろう?」
レオンは、答えなかった。
ノアは、少しだけ笑った。
「エリザベートのことを、調べているんだね」
「……はい」
「どうして?」
レオンは、しばらく考えた。
そして、答えた。
「……彼女を、生かしたいからです」
ノアは、彼を見つめた。
「……そう」
「……」
「それなら、君は僕と同じだ」
レオンは、目を細めた。
「……どういう意味ですか」
ノアは、答えなかった。
ただ、空を見上げていた。
夜空には、三つの星が浮かんでいた。
「……レオン」
「はい」
「エリザベートは、願いを叶えることが好きなんじゃない」
レオンは、眉をひそめた。
「……どういうことですか」
「願いが叶うと、誰かが自分のために動いてくれたって分かるだろう?」
「……」
「彼女は、それが好きなんだと思う」
レオンは、しばらく黙っていた。
そして、尋ねた。
「……あなたは、彼女を知っているのですね」
ノアは、笑った。
「家族だからね」
*
その夜。
レオンは、ノアに一つの質問をした。
「……エリザベートは、なぜ世界中の人間に愛されたいと願うのですか」
ノアは、しばらく考えた。
そして。
「……分からない」
そう答えた。
レオンは、目を見開いた。
「……あなたにも?」
「うん」
「……」
「僕は、彼女の家族だけど」
ノアは、静かに続けた。
「彼女の考えていることを、全部知っているわけじゃない」
レオンは、何も言えなかった。
ノアは、彼を見た。
「君は、彼女のことを全部知りたいの?」
「……はい」
「どうして?」
「……救うためです」
ノアは、少しだけ笑った。
「……それなら」
彼は、空を指さした。
「全部知らなくても、いいんじゃないかな」
レオンは、眉をひそめた。
「……どういう意味ですか」
「彼女が何を考えているか分からなくても」
ノアは、静かに言った。
「彼女が困っていたら、助ければいい」
レオンは、しばらく黙っていた。
そして。
「……それでは、世界は救えません」
そう答えた。
ノアは、頷いた。
「そうかもしれないね」
「……」
「でも、彼女は救えるかもしれない」
レオンは、何も言えなかった。
*
その世界も、崩壊した。
レオンは、最後までエリザベートのそばにいた。
空が赤く裂ける。
星が消える。
屋敷が崩れる。
少女は、窓辺に立っていた。
「……レオン」
「はい」
「……どうして、皆いなくなるの?」
レオンは、答えられなかった。
彼女は、泣いていなかった。
ただ、困っていた。
「……私、何か悪いことした?」
レオンは、静かに答えた。
「……いいえ」
少女は、彼を見た。
「……本当に?」
レオンは、息を止めた。
嘘だった。
彼女の願いが、世界を壊している。
その事実は、変わらない。
しかし。
彼は、もう彼女を責めたくなかった。
「……お嬢様」
「何?」
「……私は、あなたを救いたいのです」
エリザベートは、目を丸くした。
「……私を?」
「はい」
「……」
少女は、少し考えた。
そして。
「……じゃあ、救いなさい!」
そう言った。
レオンは、笑った。
「……承知いたしました」
その瞬間。
世界が、崩壊した。
*
次の世界。
レオンは、再び十七歳だった。
彼は、工房の窓から空を見上げた。
青い空。
まだ、星はない。
まだ、亀裂もない。
レオンは、手帳を開いた。
そこには、これまでの世界で得た知識が書かれていた。
願い。
星。
世界の崩壊。
エリザベート。
ノア。
そして。
彼女を救う方法。
レオンは、最後のページを開いた。
そこに、一つの文章を書いた。
『願いを叶えるのではなく、願いを終わらせる』
彼は、しばらくその文章を見つめていた。
そして。
「……これなら」
小さく呟いた。
「……できるかもしれない」
それは、まだ答えではなかった。
しかし。
初めて。
世界を救うための、具体的な道筋が見えた気がした。
レオンは、手帳を閉じた。
そして。
アルヴェイン公爵邸へ向かった。
今度は。
彼女の願いを叶えるためではなく。
彼女自身に、願いを終わらせてもらうために。
第五十六話 終




