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第四十七話 悪役令嬢は手紙を燃やす

悪役令嬢は愛されている


第四十七話 悪役令嬢は手紙を燃やす


王立魔法学院の正門に、一頭の白馬がつながれていた。


馬の背には銀の鞍。


鞍には金の刺繍。


そして首からは、こんな札が下がっている。


『悪役令嬢エリザベート・フォン・アルヴェイン様へ』


「……何よ、これ」


エリザベートは札を読み上げた。


周囲の生徒たちが、さっと道を開ける。


誰も答えない。


少女は白馬の鼻先をつついた。


「あなた、私の馬なの?」


白馬は鼻を鳴らした。


「返事をしなさい!」


再び鼻を鳴らす。


「まあ! 生意気ね!」


後ろにいたレオンが、馬の鞍に挟まれた封筒を見つけた。


「お嬢様。お手紙がございます」


「読みなさい!」


レオンは封を切った。


便箋には、たった三行。


『あなたの願いを知っている。


あなたが忘れたものも知っている。


七日後、あなたのものを返しに行く。』


差出人の名前はなかった。


エリザベートは首を傾げた。


「私のもの?」


「そのように書かれております」


「じゃあ、何で持っているのよ!」


「存じ上げません」


「泥棒ね!」


少女は便箋を奪い取った。


「レオン、燃やしなさい!」


「よろしいのですか」


「泥棒の手紙なんていらないわ!」


レオンが指先に小さな炎を灯す。


便箋は一瞬で灰になった。


そのとき、灰の中から小さな鈴が落ちた。


ちりん。


乾いた音がした。


レオンの手が止まる。


エリザベートは、鈴を拾い上げた。


「……あら?」


銀色の鈴だった。


昔、ノアが持ってきたものと、よく似ていた。


「レオン!」


「はい」


「これ、前にも見たわ!」


「はい」


「じゃあ、いらないわね!」


少女は鈴を放り投げた。


レオンが受け止める。


「処分いたしますか」


「いいえ!」


エリザベートは白馬を指さした。


「その馬につけなさい!」


「承知いたしました」


こうして、差出人不明の銀の鈴は、白馬の首に取りつけられた。


少女は満足そうに笑った。


「さあ、授業よ!」


◇


学院の中庭では、アレクシスが剣の稽古をしていた。


「遅いぞ、アルヴェイン」


「何よ!」


「今日の授業は、もう始まっている」


「私が来ていないのに?」


「お前が来なくても始まる」


エリザベートは、嬉しそうに目を細めた。


「相変わらず嫌な男ね!」


「褒め言葉として受け取っておく」


「褒めてないわ!」


「知っている」


アレクシスは剣を鞘に収めた。


「ところで、門の馬は何だ」


「私のよ!」


「誰から贈られた?」


「泥棒!」


「……は?」


「私のものを盗んだ泥棒が、私に馬をくれたの!」


アレクシスは、しばらく少女を見つめた。


「……意味が分からん」


「私もよ!」


「だったら、なぜ乗ってきた」


「綺麗だったから!」


アレクシスは額を押さえた。


「……お前は本当に」


「何よ!」


「いや、いい」


彼はため息をついた。


「今日は、俺がお前の相手をする」


「まあ!」


エリザベートは笑った。


「私に勝てると思っているの?」


「少なくとも、馬の持ち主を確認する程度の知恵はある」


「失礼ね!」


少女は、木剣を受け取った。


「レオン!」


「はい」


「私を勝たせなさい!」


「承知いたしました」


「おい!」


アレクシスが叫ぶ。


「それでは稽古にならんだろう!」


エリザベートは首を傾げた。


「どうして?」


「お前自身が戦え!」


「嫌よ!」


「なら剣を持つな!」


「嫌!」


レオンは二人の間に立った。


「では、お嬢様の剣術の補助に限らせていただきます」


「勝てるのね?」


「勝利を目指します」


「ならいいわ!」


アレクシスは剣を構えた。


「……来い」


三分後。


エリザベートは木剣を放り投げた。


「もう飽きたわ!」


「まだ一度も当てていないぞ!」


「あなたが避けるからでしょう!」


「当たり前だ!」


「卑怯者!」


「何がだ!」


レオンは落ちた木剣を拾った。


そのとき、学院の鐘が鳴った。


正午には、まだ早かった。


◇


鐘の音を聞いて、学院長室にいたマリアンヌが顔を上げた。


「……誰が鳴らしているのです?」


事務官が慌てて入ってくる。


「学院長! 鐘楼に見知らぬ女性が!」


「女性?」


「はい。学院の制服を着ていますが、在籍記録がありません!」


マリアンヌは立ち上がった。


「警備を向かわせなさい。生徒には近づかないように」


「承知しました!」


事務官が走り去る。


マリアンヌは窓を開けた。


鐘楼の最上階。


鐘の下に、一人の少女が座っていた。


短い黒髪。


学院の制服。


年齢は十六、七歳ほど。


少女は足をぶらつかせながら、何かを数えていた。


「……五、六、七」


そして、八つ目の鐘が鳴った瞬間。


少女は立ち上がった。


「よし」


鐘楼から飛び降りた。


◇


「落ちたぞ!」


中庭で悲鳴が上がった。


生徒たちが空を見上げる。


黒髪の少女が、まっすぐ落ちてくる。


「レオン!」


エリザベートが叫んだ。


「受け止めなさい!」


「はい!」


レオンが魔法を発動する。


少女の身体が、地面の寸前でふわりと止まった。


しかし。


「……あれ?」


落ちてきた少女は、驚いたように周囲を見た。


「止まっちゃった」


レオンが眉を寄せる。


「お怪我はございませんか」


「ないよ」


少女は宙に浮いたまま答えた。


「でも、ちょっと困るな」


「何がでしょう」


「落ちる予定だったから」


エリザベートが近づいた。


「あなた!」


少女が振り向く。


「何?」


「私の学院で何をしているの!」


「鐘を鳴らしてた」


「見れば分かるわ!」


「じゃあ、何で聞いたの?」


エリザベートは口を開けた。


そして、笑った。


「あなた、面白いわね!」


「ありがとう」


「褒めてないわ!」


「そっか」


黒髪の少女は、あっさり頷いた。


アレクシスが割って入る。


「おい。お前、何者だ」


「私?」


「そうだ」


少女は自分の胸を指さした。


「ミラ」


「姓は?」


「ない」


「所属は?」


「今は、ここかな」


「今は?」


「うん」


アレクシスは顔をしかめた。


「ふざけているのか」


「ううん」


ミラと名乗った少女は、首を横に振った。


「私、待ち合わせしてるだけだから」


「誰と?」


少女は答えなかった。


代わりに、エリザベートの後ろを見た。


そこには、レオンが立っていた。


「……あ」


ミラが小さく声を上げる。


「やっと見つけた」


レオンは動かなかった。


「……私でございますか」


「ううん」


ミラは首を横に振った。


「あなたじゃない」


「……」


「あなたの後ろにいる人」


レオンが振り返る。


誰もいなかった。


◇


ミラは学院長室へ連行された。


ただし、連行という言葉は正確ではない。


彼女は自分から歩いていったし、途中で売店に寄って菓子を買った。


代金はエリザベートが払った。


「私の学院なんだから、私が払うわ!」


「ありがとう」


「その代わり、私にも一つちょうだい!」


「いいよ」


「二つ!」


「いいよ」


「全部!」


「それは嫌」


エリザベートは目を丸くした。


「何ですって?」


「私の分がなくなるから」


「……」


少女はしばらく考えた。


「じゃあ、半分!」


「いいよ」


こうして二人は菓子を分け合った。


学院長室に入ると、マリアンヌが深く頭を下げた。


「お嬢様。こちらの少女について、いくつか確認させていただきます」


「いいわ!」


エリザベートはソファに飛び乗った。


「でも、この子は私の友達よ!」


マリアンヌは一瞬だけ驚いた。


「……承知いたしました」


ミラが首を傾げる。


「友達なの?」


「そうよ!」


「いつから?」


「今から!」


「そっか」


ミラは笑った。


「じゃあ、よろしく」


「ふふん!」


マリアンヌは、ひとまず二人を見守ることにした。


◇


「では、ミラ様」


「うん」


「鐘楼から飛び降りた理由をお聞かせください」


「落ちたら、会えると思ったから」


「どなたに?」


「待ってる人」


「その方のお名前は?」


「……」


ミラは菓子を一つ口に入れた。


「ノア」


レオンの表情が変わった。


マリアンヌは、その変化を見逃さなかった。


「ノア様とは、どのようなご関係で?」


「知らない」


「……知らない?」


「会ったことないから」


「では、なぜ待っているのですか」


ミラは、少し考えた。


「約束したから」


「誰と?」


「ノアと」


マリアンヌは眉を寄せた。


「会ったことがないのに、約束したのですか」


「うん」


「どのように?」


「手紙」


「その手紙は?」


「燃やした」


その瞬間。


エリザベートが勢いよく立ち上がった。


「私と同じね!」


ミラが笑った。


「そうなの?」


「ええ! 私も今日、手紙を燃やしたわ!」


「へえ」


「あなた、気が合うわね!」


レオンは、静かに尋ねた。


「……ミラ様」


「何?」


「その手紙には、何と書かれておりましたか」


ミラは窓の外を見た。


「七日後に会おう、って」


「……」


「でも、七日も待つのは嫌だったから」


彼女は肩をすくめた。


「先に来ちゃった」


レオンは、しばらく黙った。


「……ノア様は、あなたが来ることをご存じなのですか」


「知らないと思う」


「……」


「だから、びっくりするんじゃないかな」


ミラは楽しそうに笑った。


その笑顔には、悪意も恐怖もなかった。


ただ、誰かを驚かせることを楽しみにしている少女の顔だった。


◇


夕刻。


ミラは、アルヴェイン公爵邸に泊まることになった。


エリザベートが決めたからだ。


「客室を用意しなさい!」


「承知いたしました」


セバスチャンが一礼する。


「それから、お菓子も!」


「かしこまりました」


「あと、鈴!」


レオンが顔を上げた。


「鈴、でございますか」


「そうよ! あの馬につけた鈴を持ってきなさい!」


「承知いたしました」


ミラが、ふと尋ねた。


「鈴?」


「ええ!」


「銀色の?」


「そうよ!」


ミラは、目を細めた。


「……へえ」


その反応に、レオンは気づいた。


「お心当たりがございますか」


「うん」


「……」


「昔、同じものを持ってる男の子を見たことがある」


「……どこで?」


ミラは答えなかった。


代わりに、エリザベートへ尋ねた。


「ねえ」


「何?」


「あなた、ノアのこと覚えてる?」


エリザベートは、少し考えた。


「覚えてるわ!」


「どんな人?」


「黒い髪の男の子よ!」


「それだけ?」


「あと、鈴を持ってたわ!」


「ほかには?」


少女は眉をひそめた。


「……何よ!」


ミラは笑った。


「ごめんね」


「失礼ね!」


「でも、よかった」


「何が?」


ミラは、エリザベートを見つめた。


「あなたが、ちゃんと忘れてて」


部屋が静かになった。


エリザベートは首を傾げた。


「……変なこと言うのね」


「そうかな」


「そうよ!」


少女は立ち上がった。


「レオン!」


「はい」


「この子に、もっとお菓子を持ってきなさい!」


「承知いたしました」


ミラは、嬉しそうに笑った。


「ありがとう」


◇


その夜。


レオンは、客室の前で足を止めた。


中から、歌声が聞こえていた。


知らない歌だった。


しかし、その旋律だけは、どこかで聞いたことがある。


レオンは扉を叩いた。


「ミラ様」


「どうぞ」


部屋に入ると、ミラは窓辺に座っていた。


月明かりが、短い黒髪を照らしている。


「……一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


「いいよ」


「あなたは、何者でございますか」


ミラは、少し考えた。


「……難しい質問だね」


「……」


「名前はミラ。十七歳。好きなものは甘いもの」


「……」


「嫌いなものは、待つこと」


レオンは、黙っていた。


ミラは窓の外を見た。


「ねえ、レオン」


「……はい」


「あなた、ノアがどこにいるか知ってる?」


「……存じ上げません」


「そっか」


ミラは、少し残念そうに笑った。


「じゃあ、一緒に探してくれる?」


レオンは、答えなかった。


ミラは続けた。


「私、あの子に聞きたいことがあるの」


「……何でしょう」


「どうして、あの子だけが」


そこで、ミラは言葉を止めた。


そして、首を横に振った。


「……ううん。やっぱり、会ってから聞く」


レオンは、静かに頭を下げた。


「承知いたしました」


部屋を出ようとしたとき。


ミラが呼び止めた。


「ねえ、レオン」


「はい」


「あなた、エリザベートのこと好き?」


レオンは、少しだけ振り返った。


「……私は、お嬢様にお仕えしております」


「それは知ってる」


「……」


「好きかどうかを聞いてるの」


レオンは、しばらく黙った。


そして。


「……分かりません」


静かに答えた。


ミラは笑った。


「そっか」


「……」


「じゃあ、まだ大丈夫だね」


レオンは、眉を寄せた。


「……何が、でしょう」


「秘密」


ミラは、窓を閉めた。


「おやすみ、レオン」


「……おやすみなさいませ」


扉が閉まった。


廊下に一人残されたレオンは、しばらく動かなかった。


やがて、静かに歩き出した。


◇


同じ頃。


エリザベートは、自室で銀の鈴を鳴らしていた。


ちりん。


ちりん。


「……変な音ね」


少女は、鈴を耳元に近づけた。


ちりん。


その音を聞いていると、なぜか眠くなる。


「……レオン」


呼んだ。


返事はない。


「……レオン?」


もう一度。


しかし、誰も来なかった。


少女は、少し不満そうに頬を膨らませた。


「……もう」


そして、鈴を枕元に置いた。


目を閉じる。


その瞬間。


誰かの声が聞こえた。


『……今度は、間に合ったね』


少女は、目を開けた。


部屋には、誰もいない。


「……?」


銀の鈴が、小さく揺れていた。


第四十七話 終

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