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第四話 太陽の値段

悪役令嬢は愛されている


第四話 太陽の値段


「太陽が欲しいわ」


王国歴三百二十七年、十二月二十日。


午前七時。


エリザベート・フォン・アルヴェインは、窓の外を眺めながらそう言った。


「かしこまりました」


老執事セバスチャンは深々と頭を下げた。


「昨日もお願いしたわよね?」


「はい、お嬢様」


「なら、どうしてまだないの?」


「申し訳ございません」


「昨日のお月様も偽物だったし、最近のあなたたちは少し怠けすぎじゃなくて?」


「お恥ずかしい限りでございます」


「今日は絶対に本物を持ってきなさい!」


「承知いたしました」


「それと、熱いのは嫌よ」


「かしこまりました」


「眩しいのも嫌!」


「承知いたしました」


「あと、大きすぎても困るわ」


「大きさはいかほどに?」


エリザベートは少し考えた。


そして、両手を広げた。


「これくらい!」


「かしこまりました」


「お昼までよ!」


「承知いたしました」


少女は満足そうに頷いた。


今日もお嬢様は大変お元気でいらっしゃる。


実に喜ばしいことであった。


◇


午前七時三十分。


地下第三会議室。


「では、定例会議を始めます」


セバスチャンが告げた。


「本日の議題は太陽の調達についてです」


「まず、確認したいことがございます」


エルマーが手を挙げた。


「お嬢様は本物の太陽をご所望なのですね?」


「はい」


「複製ではなく?」


「本物でございます」


「なるほど」


エルマーは腕を組んだ。


「それは少々、難しいですな」


「問題が?」


「太陽を地上に移動させれば、王国どころか大陸全土が消滅いたします」


「それは困りますね」


「ええ」


「お嬢様は大陸の消滅をご所望ではありません」


「左様でございます」


マリアンヌが手を挙げた。


「では、太陽を縮小するという方法はいかがでしょう」


「質量も同時に縮小する必要がございます」


「可能でしょうか?」


「理論上は」


「では、問題ございませんね」


「いえ」


エルマーは首を振った。


「太陽を縮小すれば、夜空どころか昼間の空からも太陽が消えてしまいます」


「なるほど」


セバスチャンは頷いた。


「それでは、お嬢様がお困りになります」


「はい」


「では、太陽を一時的にお借りするというのは?」


グレゴールが口を開いた。


「昼間だけ持ってきて、夜には戻せばよい」


「昼間に太陽がなくなります」


「……確かに」


「それに、お嬢様は返却について何もおっしゃっておりません」


「難しいものだな」


「ええ」


セバスチャンは微笑んだ。


「ですが、実にやりがいのあるお仕事です」


全員が深く頷いた。


◇


午前八時。


使用人控室。


レオンは机の上に広げられた資料を眺めていた。


太陽の構造。


恒星魔法の歴史。


空間転移術式。


そして、過去に天体の移動を試みた魔術師たちの研究記録。


「……なるほど」


彼は小さく呟いた。


「月とは違う」


そのとき、扉が開いた。


「おはようございます、レオン殿」


セバスチャンだった。


「おはようございます」


「調子はいかがですか」


「順調です」


「それは結構」


老人は机の上の資料を見た。


「本日の課題について、何かお考えが?」


「はい」


「お聞かせ願えますか」


レオンは一枚の紙を差し出した。


そこには、複雑な魔法陣が描かれていた。


「太陽を移動させるのではなく、太陽の一部を分離させます」


「ほう」


「分離した部分を独立した恒星として維持し、お嬢様のお部屋に設置します」


「なるほど」


セバスチャンは感心したように頷いた。


「素晴らしい発想です」


「ありがとうございます」


「ですが、一つだけ」


「何でしょう」


「それは太陽の一部であって、太陽そのものではございませんね」


沈黙。


レオンは静かに頷いた。


「……おっしゃるとおりです」


「昨日のお月様と同じ失敗をなさるおつもりですか?」


「いいえ」


「それは結構」


セバスチャンは微笑んだ。


「期待しておりますよ」


◇


午前九時。


王宮。


「今度は太陽だと!?」


国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「アルヴェイン家が大規模な恒星魔法の準備を進めております」


「昨日は月だっただろう!」


「はい」


「月はどうなった!」


「庭園にございます」


「……何?」


「直径二メートルほどの球体として、現在も保管されております」


「それは本物なのか?」


「不明です」


国王は頭を抱えた。


「……あの娘は何を考えているのだ」


「陛下」


宰相が一通の書簡を差し出した。


「アルヴェイン家より、正式な通達が届いております」


「何だ」


「本日正午より、王都上空において大規模な魔法実験を行うとのことです」


「許可した覚えはないぞ!」


「はい」


「ならば中止させろ!」


「……陛下」


宰相は困ったように眉を下げた。


「何だ」


「すでに魔法実験の準備は完了しております」


「だから何だ!」


「中止を要請するための使者が、全員辞退いたしました」


沈黙。


「……全員?」


「はい」


「なぜだ!」


「昨日の使者が、まだ帰還しておりませんので」


国王は天井を見上げた。


「……誰か、あの悪役令嬢を止めてくれ」


◇


午前十時。


アルヴェイン公爵邸、庭園。


巨大な魔法陣が地面を覆っていた。


数百人の魔術師が配置につき、空には無数の光の線が走っている。


「準備はよろしいですかな」


エルマーが尋ねた。


「はい」


レオンは静かに答えた。


「では、始めましょう」


魔法陣が輝いた。


空間が歪み、空気が震える。


やがて、庭園の中央に小さな光の球体が現れた。


直径、およそ五十センチ。


白銀の光を放つ、美しい球体。


「……太陽だ」


魔術師の一人が呟いた。


球体は眩しく輝いている。


しかし、不思議なことに熱は感じられない。


「成功です」


レオンが告げた。


エルマーは球体を観察した。


「なるほど。恒星の存在座標を分割し、同一の天体を複数の空間に存在させたのですな」


「はい」


「つまり、これは太陽の複製ではない」


「はい」


「太陽そのものが、二つの場所に同時に存在している」


「そのとおりです」


エルマーはしばらく球体を見つめていた。


やがて、ゆっくりと笑った。


「……素晴らしい」


老人は深々と頭を下げた。


「実に見事です」


◇


午前十一時五十分。


「まあ!」


エリザベートは庭園に現れた球体を見て、歓声を上げた。


「太陽だわ!」


「はい、お嬢様」


セバスチャンが答える。


「ご所望の太陽でございます」


「綺麗!」


少女は駆け寄った。


「熱くないの?」


「はい」


「眩しくもない?」


「はい」


「本物?」


「間違いなく本物でございます」


「まあ!」


エリザベートは満面の笑みを浮かべた。


「素敵!」


彼女は球体に手を伸ばした。


指先が、白銀の光に触れる。


「……あら?」


少女は首を傾げた。


「何だか、思っていたのと違うわ」


「左様でございますか」


「太陽って、もっと暖かいものじゃないの?」


「はい」


「でも、熱いのは嫌よ」


「承知しております」


「……難しいわね」


少女は少し考えた。


そして、手を叩いた。


「そうだわ!」


「はい」


「この太陽、私のお部屋に飾りなさい!」


「かしこまりました」


「それと、夜も光っていてほしいわ!」


「承知いたしました」


「あと!」


「はい」


「お月様も一緒に飾ってちょうだい!」


「かしこまりました」


少女は嬉しそうに笑った。


「ふふっ! 素敵なお部屋になりそう!」


◇


午後一時。


地下第三会議室。


「本日の新人教育についてですが」


セバスチャンが口を開いた。


「非常に有意義な結果となりました」


「ええ」


マリアンヌが頷く。


「レオン殿は、昨日の失敗を見事に克服されました」


「素晴らしいことです」


エルマーが微笑んだ。


「彼の術式は、既存の魔法理論を大きく進歩させるものでした」


「ほう」


「学会に発表すれば、歴史に名を残すでしょう」


「それは結構」


セバスチャンは頷いた。


「ですが、発表は不要です」


「もちろんです」


「お嬢様のために生み出された魔法ですから」


「左様でございます」


会議室の全員が深く頷いた。


「ところで」


マリアンヌが手を挙げた。


「レオン殿の今後についてですが」


「何でしょう」


「正式な教育課程に移行してもよろしいかと」


「なるほど」


「基礎能力は十分です」


「ええ」


「今後は、お嬢様のご要望をより深く理解するための教育を」


「結構です」


セバスチャンは微笑んだ。


「では、明日より第二段階に進めましょう」


◇


午後三時。


王宮。


「太陽が二つになっただと!?」


国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「正確には、同一の太陽が二つの場所に存在している状態です」


「意味が分からん!」


「私にも分かりません」


「何か問題はないのか!」


「現在のところ、天体運行への影響は確認されておりません」


「……そうか」


国王は安堵した。


「ならば、ひとまずよい」


「ただし」


「何だ」


「アルヴェイン家より、追加の通達が届いております」


「……何だ」


「本日より、太陽の一部を屋内照明として使用するとのことです」


沈黙。


「……屋内照明?」


「はい」


「太陽を?」


「はい」


国王はしばらく黙っていた。


そして、静かに呟いた。


「……もう好きにしてくれ」


◇


午後五時。


エリザベートの寝室。


天井には、小さな太陽が浮かんでいた。


その隣には、白銀の月。


二つの天体が、柔らかな光を放っている。


「まあ、素敵!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「まるでお空がお部屋にあるみたい!」


「お気に召しましたか」


セバスチャンが尋ねた。


「ええ!」


「恐悦至極に存じます」


「ねえ、セバス」


「はい」


「星も欲しいわ」


「かしこまりました」


「たくさん!」


「何個ほどご用意いたしましょう」


「全部!」


「承知いたしました」


「それと、流れ星も!」


「かしこまりました」


「願い事をしたいの!」


「承知いたしました」


少女は満足そうに頷いた。


「明日の朝までよ!」


「かしこまりました」


◇


午後七時。


地下第三会議室。


「では、明日の課題についてですが」


セバスチャンが口を開いた。


「お嬢様は、星をご所望です」


「なるほど」


エルマーが頷いた。


「恒星の調達であれば、本日の術式を応用できますな」


「ええ」


「しかし、流れ星となると少々事情が異なります」


「何か問題が?」


「流れ星は、恒星ではございません」


「なるほど」


「大気圏に突入した小天体が発光する現象です」


「では、再現は可能ですね」


「もちろんです」


「それは結構」


マリアンヌが手を挙げた。


「一つ、よろしいでしょうか」


「何でしょう」


「お嬢様は、願い事をしたいとおっしゃいました」


「はい」


「では、流れ星を用意するだけでは不十分では?」


沈黙。


「……なるほど」


セバスチャンが頷いた。


「お嬢様の願い事を叶える必要がございますね」


「左様でございます」


「しかし」


エルマーが首を傾げた。


「お嬢様の願い事が何であるかは、まだ分かりません」


「ええ」


「では、どうなさいます?」


セバスチャンは微笑んだ。


「簡単なことです」


全員が彼を見た。


「どのような願い事でも叶えられるよう、準備しておきましょう」


会議室の全員が深く頷いた。


「お嬢様の御心のままに」


◇


午後八時。


使用人控室。


レオンは、机の上に広げられた書類を眺めていた。


恒星の構造。


流星の発生条件。


願望実現魔法の理論。


そして、過去に願いを叶える魔法を研究した魔術師たちの記録。


「……なるほど」


彼は小さく呟いた。


「願い事、か」


そのとき、扉が開いた。


「失礼いたします」


マリアンヌだった。


「レオン殿」


「はい」


「明日より、あなたには正式な教育課程に進んでいただきます」


「承知いたしました」


「これまでの課題は、基礎能力の確認にすぎません」


「はい」


「明日からは、お嬢様にお仕えする者としての心得を学んでいただきます」


「光栄です」


マリアンヌは微笑んだ。


「では、最初の質問です」


「はい」


「お嬢様が、あなたに死ねとおっしゃったら?」


レオンは即答した。


「死にます」


「結構です」


「ありがとうございます」


「では、お嬢様が、あなたに生きろとおっしゃったら?」


「生きます」


「素晴らしい」


マリアンヌは満足そうに頷いた。


「最後に」


「はい」


「お嬢様が、あなたにお嬢様を殺せとおっしゃったら?」


沈黙。


レオンは、しばらく考えた。


そして、静かに答えた。


「……殺します」


マリアンヌは微笑んだ。


「満点です」


◇


その夜。


エリザベートは寝台の上で、天井に浮かぶ太陽と月を眺めていた。


「ふふっ」


少女は笑った。


「明日も楽しみだわ」


窓の外では、雪が静かに降っている。


彼女は知らない。


自分の一言で、世界の魔法理論が書き換えられたことを。


自分の一言で、王国の政治が揺れ動いていることを。


そして、自分の一言で、一人の青年が新たな教育を受け始めたことを。


彼女は知らない。


その青年が、何を考えているのか。


何を望み、何のためにこの屋敷へやってきたのか。


しかし、それを知る必要はなかった。


なぜなら。


彼女の周囲には、彼女を愛する人々がいるのだから。


今日も悪役令嬢は、愛されている。


第四話 終

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