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第三十一話 悪役令嬢は謝らない

悪役令嬢は愛されている


第三十一話 悪役令嬢は謝らない


「謝罪会を開くわ!」


エリザベート・フォン・アルヴェインは、朝食の席でそう宣言した。


父アウグストは新聞を下ろした。


母エレオノーラは紅茶を置いた。


セバスチャンは静かに一礼した。


「どなたに謝罪なさるのでしょうか」


「私に決まっているでしょう!」


「……」


「みんなが私に謝る会よ!」


アウグストは新聞を畳んだ。


「エリザベート。誰かに何かされたのかい?」


「いいえ!」


「では、なぜ謝罪を?」


「昨日、お母様が言ったの!」


エレオノーラが首を傾げる。


「私が?」


「そうよ! 嫌われることが怖くないのかって!」


「ええ。聞いたわね」


「だから考えたの!」


少女は胸を張った。


「嫌われるのは面白いけれど、嫌われっぱなしなのはつまらないわ!」


「なるほど」


アウグストが頷く。


「それで謝ってもらうのか」


「そうよ!」


エリザベートは満面の笑みを浮かべた。


「私を嫌った人たちを集めて、全員に謝らせるの!」


「承知いたしました」


セバスチャンが答えた。


その横で、レオンが口を開く。


「お嬢様。一点、確認してもよろしいでしょうか」


「何?」


「謝罪を拒否する方がいらっしゃった場合、いかがなさいますか」


エリザベートは目を輝かせた。


「まあ!」


そして、嬉しそうに笑った。


「そんな人がいるの?」


「いらっしゃるかと」


「じゃあ、その人を一番前に座らせなさい!」


◇


翌日。


王都中央広場には、巨大な舞台が設置されていた。


正面には金色の文字。


『第一回・エリザベート様への謝罪会』


招待されたのは、先日の鳩騒動で苦情を申し立てた住民たち。


そして、王立魔法学院の生徒たちだった。


舞台の中央には、豪華な椅子。


エリザベートが座るためのものだ。


「……何なんだ、これは」


広場の隅で、アレクシスが呟いた。


隣にいたクラリスが、小さく答える。


「……謝罪会、だそうです」


「見れば分かる」


「……」


「なぜ俺まで呼ばれた」


クラリスは困ったように微笑んだ。


「エリザベート様が、ぜひ来てほしいと」


アレクシスは深く息を吐いた。


「……帰る」


その瞬間。


「アレクシス!」


舞台の上から声が響いた。


エリザベートだった。


「あなた、一番前よ!」


「断る!」


「まあ!」


少女は嬉しそうに笑った。


「もう嫌ってくれているのね!」


◇


謝罪会が始まった。


最初に舞台へ上がったのは、王都の商人だった。


「……先日は、失礼いたしました」


エリザベートは首を傾げた。


「何が?」


「……鳩の件で、苦情を申し立てたことです」


「そう!」


少女は満足そうに頷いた。


「許してあげるわ!」


商人は安堵した。


しかし。


「でも、あなた、本当に私が悪いと思っていたの?」


「……」


商人は黙った。


「ねえ!」


「……はい」


「まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「じゃあ、謝りたくないのね!」


「……」


「どうして謝ったの?」


商人は困惑した。


「……招待状に、謝罪するよう書かれておりましたので」


エリザベートは、しばらく彼を見つめた。


そして。


「……つまらないわ!」


商人は、膝から崩れ落ちそうになった。


◇


二人目。


三人目。


四人目。


全員が謝罪した。


しかし、エリザベートは次第に不機嫌になっていった。


「みんな同じことしか言わないじゃない!」


セバスチャンが静かに答える。


「お嬢様への謝罪でございますので」


「でも、誰も怒らないわ!」


「恐れながら、謝罪の場でございます」


「だから何よ!」


少女は頬を膨らませた。


そして。


「レオン!」


「はい」


「次は誰?」


「アレクシス様でございます」


「まあ!」


エリザベートは満面の笑みを浮かべた。


「やっと面白くなるわ!」


◇


アレクシスは、舞台に上がった。


そして、エリザベートを睨んだ。


「……俺は謝らない」


「知ってるわ!」


「なら、なぜ呼んだ」


「あなたが謝らないところを見たかったの!」


「……」


アレクシスは、しばらく黙った。


そして。


「……お前は、本当にどうしようもないな」


「ふふっ!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「もっと言って!」


「人を困らせて喜ぶな」


「それから?」


「自分の行動に責任を持て」


「それから?」


「……」


アレクシスは、深く息を吐いた。


「……俺は、お前が嫌いだ」


エリザベートは、満面の笑みを浮かべた。


「私も、あなたが好きよ!」


「……は?」


「だって、面白いんだもの!」


アレクシスは、顔をしかめた。


「……最悪だ」


◇


そのとき。


広場の後方から、一人の女性が声を上げた。


「……私も、謝りません」


人々が振り返る。


そこに立っていたのは、若い女性だった。


二十代半ば。


質素な服装。


腕には、小さな子どもを抱いている。


エリザベートは、興味深そうに首を傾げた。


「あなた、誰?」


「……王都で洗濯屋をしております」


「そう!」


「……先日の鳩の件で、仕事を失いました」


エリザベートは、目を瞬かせた。


「……仕事?」


「はい」


女性は、静かに続けた。


「お預かりしていた衣服が汚れ、納期に間に合わなくなりました」


「……」


「公爵家から補償金はいただきました」


「なら、いいじゃない!」


「……いいえ」


女性は、首を振った。


「お金は戻りました。でも、お客様は戻ってきませんでした」


沈黙。


エリザベートは、しばらく女性を見つめた。


そして。


「……そうなの?」


「はい」


「……」


少女は、少し考えた。


そして。


「……じゃあ、私があなたのお客さんになってあげる!」


女性は、目を見開いた。


「……え?」


「私のドレスを全部洗いなさい!」


「……」


「百着でも千着でも!」


セバスチャンが静かに頷いた。


「承知いたしました」


しかし。


女性は、首を振った。


「……お断りします」


沈黙。


エリザベートは、目を丸くした。


「……どうして?」


「……あなたのお金で、仕事を取り戻したくないからです」


「……」


「私は、あなたに謝ってほしいんです」


広場が静まり返った。


◇


エリザベートは、しばらく黙っていた。


そして。


「……嫌よ!」


はっきりと答えた。


女性は、唇を噛んだ。


「……なぜですか」


「だって、私、謝りたくないもの!」


「……」


「それに!」


少女は、胸を張った。


「あなたが私を嫌っているなら、私の願いは叶っているでしょう!」


沈黙。


女性は、何も言わなかった。


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「……でも」


小さく呟いた。


「……あなた、困っているのね」


「……はい」


「……」


少女は、レオンを呼んだ。


「レオン!」


「はい、お嬢様」


「この人のお客さんを戻しなさい!」


「承知いたしました」


「それから!」


エリザベートは、少し考えた。


「……私のことは、嫌いなままでいいわ!」


女性は、目を見開いた。


「……」


エリザベートは、満面の笑みを浮かべた。


「だって、その方が面白いもの!」


◇


その日の夜。


アルヴェイン公爵邸。


レオンは、洗濯屋の女性に関する報告書をまとめていた。


失われた顧客との契約を回復させるため、商人組合と交渉した。


公爵家の権力は使わなかった。


代わりに、女性の技術を評価する新しい取引先を紹介した。


それだけだった。


セバスチャンが、静かに尋ねた。


「……なぜ、そのような方法を?」


レオンは答えた。


「お嬢様は、あの方のお客様を戻すようお命じになりました」


「はい」


「公爵家の命令で仕事を与えることは、顧客を戻すこととは異なります」


「……」


「ですので、あの方の技術を必要とする方々を探しました」


セバスチャンは、しばらく黙っていた。


そして。


「……なるほど」


静かに頷いた。


◇


深夜。


エリザベートは、寝室でレオンを呼んだ。


「レオン!」


「はい、お嬢様」


「今日の女の人、どうなったの?」


「新たな取引先が決まりました」


「そう!」


少女は満足そうに頷いた。


「じゃあ、もう私を嫌っていないの?」


「いいえ」


「……本当?」


「はい」


エリザベートは、目を輝かせた。


「まあ!」


そして、嬉しそうに笑った。


「素敵ね!」


レオンは、一礼した。


「恐れ入ります」


少女は、少し考えた。


そして。


「……ねえ、レオン」


「はい」


「……あなた、私に謝ってほしいことってある?」


レオンは、しばらく黙っていた。


そして。


「……ございます」


静かに答えた。


エリザベートは、目を丸くした。


「……何?」


レオンは、彼女を見つめた。


その瞳には、一瞬だけ、遠い記憶が浮かんだ。


しかし。


「……今は、申し上げられません」


静かに答えた。


エリザベートは、頬を膨らませた。


「ずるいわ!」


「申し訳ございません」


「……」


少女は、少し考えた。


そして。


「……いいわ!」


満面の笑みを浮かべた。


「いつか、教えなさい!」


レオンは、深く頭を下げた。


「……承知いたしました」


その夜。


レオンは、長い間、眠れなかった。


彼女に謝ってほしいことは、一つではなかった。


そして。


謝ってもらったところで、戻らないものがあることも。


彼は、誰よりもよく知っていた。


第三十一話 終

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