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第二十六話 悪役令嬢は約束を破る

悪役令嬢は愛されている


第二十六話 悪役令嬢は約束を破る


「星を見に行くのに、どうして私が歩かなきゃいけないの?」


エリザベート・フォン・アルヴェインは、馬車の窓から外を眺めながら不満を漏らした。


「恐れながら、お嬢様」


執事長セバスチャンが答える。


「馬車にお乗りでございます」


「知っているわよ!」


「失礼いたしました」


「私が言っているのは、もっと楽しい行き方があるでしょうってこと!」


「例えば、どのようなものでしょうか」


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「ポチ!」


満面の笑みを浮かべた。


「ポチに乗って行くわ!」


セバスチャンは頷いた。


「かしこまりました」


十分後。


王都の大通りに、全長八十メートルの黒竜が現れた。


『……なぜ、我が』


「ポチ!」


竜の背中から、少女の声が響く。


「もっと速く飛びなさい!」


『……』


「聞こえているの?」


『……聞こえておる』


「じゃあ、返事!」


『……はい』


王都の住民たちは、空を見上げた。


かつて王国を滅ぼしかけた伝説の黒竜が。


十六歳の少女を乗せて。


星を見に行くために飛んでいた。


◇


目的地は、王都の北にある古い天文台だった。


三百年前に建てられた石造りの塔。


今では使われていない。


しかし、今夜だけは違った。


塔の周囲には、王国の魔術師たちが集まっていた。


そして、その中心に。


「……また、アルヴェイン家か」


国王アルベルト三世が立っていた。


「陛下!」


宰相が叫ぶ。


「黒竜が接近しております!」


「見れば分かる!」


「迎撃いたしますか!」


国王は、空を見上げた。


黒竜の背中には、金髪の少女。


楽しそうに手を振っている。


「……やめておけ」


国王は、深く息を吐いた。


「どうせ、あの娘だ」


◇


「まあ!」


エリザベートは、天文台に降り立つと歓声を上げた。


「人がいっぱい!」


「お嬢様」


セバスチャンが一礼する。


「本日は、最後の流れ星を観測するため、王国中の魔術師が集まっております」


「そう!」


少女は目を輝かせた。


「じゃあ、私が一番いい場所で見るわ!」


「かしこまりました」


「あと、お菓子!」


「すでにご用意しております」


「素敵!」


少女は満足そうに笑った。


そのとき。


「……エリザベート」


背後から声がした。


振り返ると、ノアが立っていた。


黒い髪。


穏やかな瞳。


そして、少しだけ寂しそうな笑顔。


「……あなた!」


エリザベートは、頬を膨らませた。


「また来たのね!」


「……うん」


「今日は何を持ってきたの?」


「……何も」


「まあ!」


少女は、眉をつり上げた。


「失礼ね!」


ノアは、小さく笑った。


「……ごめん」


◇


天文台の最上階。


レオンは、夜空を見上げていた。


最後の流れ星。


赤い光。


その光は、少しずつ大きくなっている。


「……レオン」


リリィが、静かに声をかけた。


「はい」


「……もう、始まってる」


「……」


「最後の願いが、戻ってくる」


レオンは、静かに頷いた。


「承知しております」


リリィは、目を伏せた。


「……止められるの?」


「……」


レオンは、しばらく黙っていた。


そして。


「……止めます」


静かに答えた。


「……たとえ、お嬢様の願いであっても」


リリィは、目を見開いた。


「……それって」


レオンは、静かに続けた。


「……私は、お嬢様に仕える者です」


「……」


「だからこそ、お嬢様が望まれないことは、いたしません」


リリィは、少しだけ笑った。


「……そっか」


◇


夜九時。


天文台の広場。


「皆様!」


王国魔術師団長が、声を張り上げた。


「最後の流れ星が、間もなく消失します!」


人々が、空を見上げた。


赤い星。


それは、ゆっくりと地上へ近づいている。


エリザベートは、椅子に座ってお菓子を食べていた。


「……ねえ、セバス」


「はい」


「星が落ちてきたら、どうなるの?」


「場合によっては、王都が消滅いたします」


「……まあ!」


少女は、目を輝かせた。


「そんなに大きいの!」


「はい」


「じゃあ、私のお家も?」


「おそらくは」


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「……嫌よ!」


はっきりと言った。


「私のお家がなくなるなんて!」


「承知いたしました」


セバスチャンは、静かに一礼した。


「では、落下を防ぐよう手配いたします」


「そうして!」


◇


夜九時三十分。


空が、割れた。


巨大な赤い亀裂。


その向こうには、何もなかった。


星も。


月も。


闇さえも。


ただ、白い空間が広がっていた。


「……始まった」


ノアが、小さく呟いた。


その瞬間。


エリザベートの手の中で、銀色の鈴が鳴った。


ちりん。


少女は、目を見開いた。


そして。


「……あら?」


小さく呟いた。


「……私」


その瞬間。


世界が、止まった。


◇


十年前。


四月二日。


アルヴェイン公爵邸。


六歳のエリザベートは、泣いていた。


その前には、ノア。


「……嫌よ」


少女は、涙を拭った。


「……絶対に嫌」


ノアは、静かに尋ねた。


「……何が嫌なの?」


「……みんな」


「……」


「……みんな、私のことを」


少女は、言葉を詰まらせた。


そして。


「……私のことを、好きって言うの」


ノアは、静かに頷いた。


「……うん」


「……でも」


少女は、涙を流した。


「……私、怖いの」


「……どうして?」


「……だって」


小さな声。


「……いつか、嫌いになるかもしれないでしょう?」


沈黙。


ノアは、何も言わなかった。


少女は、続けた。


「……だから」


そして。


「……お願い」


小さく呟いた。


「……私のことを」


涙を拭う。


「……ずっと、好きでいて」


ノアは、静かに微笑んだ。


「……うん」


「……絶対よ?」


「……うん」


「……約束よ?」


「……約束する」


その瞬間。


小さな銀色の鈴が、鳴った。


ちりん。


◇


現在。


世界が、再び動き始めた。


エリザベートは、立ち尽くしていた。


手には、銀色の鈴。


目の前には、ノア。


「……」


少女は、しばらく黙っていた。


そして。


「……思い出したわ」


小さく呟いた。


ノアは、静かに頷いた。


「……うん」


「……私、あなたにお願いしたのね」


「……うん」


「……ずっと、好きでいてって」


「……」


ノアは、静かに微笑んだ。


「……そうだよ」


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「……じゃあ」


顔を上げた。


「……今も、私のこと好き?」


ノアは、迷わず答えた。


「……うん」


「……」


「……ずっと、好きだよ」


エリザベートは、しばらく彼を見つめた。


そして。


「……そう!」


満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、もういいわ!」


ノアは、目を見開いた。


「……え?」


「だって、叶ってるんでしょう?」


「……」


「なら、もうお願いしなくていいじゃない!」


沈黙。


ノアは、しばらく彼女を見つめていた。


そして。


「……でも」


小さく呟いた。


「……その願いは、まだ終わってない」


◇


夜空。


最後の流れ星が、赤く輝いた。


その光が、天文台を包み込む。


リリィが、静かに呟いた。


「……始まる」


レオンは、空を見上げた。


「……」


ノアは、エリザベートを見つめた。


「……あの日、君が願ったこと」


「……」


「……それは、僕だけじゃない」


エリザベートは、首を傾げた。


「……何?」


ノアは、静かに続けた。


「……世界中の人に、ずっと愛されたいって願ったんだ」


沈黙。


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「……そうなの?」


「……うん」


「……」


少女は、空を見上げた。


赤い星。


白い亀裂。


そして。


「……ふうん」


小さく呟いた。


「……じゃあ、私」


少し考える。


そして。


「……そんなお願い、もういらないわ!」


ノアは、目を見開いた。


「……え?」


「だって、今だってみんな私のこと大好きでしょう?」


「……」


「それに、嫌いな人もいるもの!」


少女は、満面の笑みを浮かべた。


「私、それでいいわ!」


その瞬間。


最後の流れ星が、強く輝いた。


◇


「……エリザベート」


ノアが、静かに声をかけた。


「何?」


「……それは、約束を破ることになるよ」


「……約束?」


「……うん」


「……」


少女は、少し考えた。


そして。


「……別にいいわ!」


はっきりと言った。


ノアは、目を見開いた。


「……」


「だって、私のお願いでしょう?」


「……うん」


「だったら、やめるのも私の勝手よ!」


沈黙。


その言葉に。


リリィが、静かに目を閉じた。


レオンは、深く息を吐いた。


そして。


ノアは、少しだけ笑った。


「……そっか」


小さく呟いた。


「……君は、そういう子だったね」


◇


夜空の亀裂が、ゆっくりと閉じていく。


赤い星が、白く輝いた。


そして。


最後の流れ星が、消えた。


世界は、静かになった。


誰も、何も言わなかった。


ただ。


エリザベートだけが、満面の笑みを浮かべていた。


「ふふっ!」


そして。


「ねえ、セバス!」


「はい、お嬢様」


「星、終わっちゃったわね!」


「左様でございます」


「つまらないわ!」


少女は頬を膨らませた。


「次は、何をしようかしら!」


セバスチャンは、静かに微笑んだ。


「お嬢様のお望みのままに」


◇


その夜。


アルヴェイン公爵邸。


レオンは、一人で庭園に立っていた。


空には、もう流れ星はない。


その背後から、声がした。


「……レオン」


リリィだった。


「……終わったね」


「……はい」


「……あの子、自分で願いをやめた」


「……はい」


「……」


リリィは、少し考えた。


そして。


「……これで、帰れるね」


レオンは、答えなかった。


その沈黙を見て。


リリィは、静かに目を伏せた。


「……そう」


◇


同じ頃。


ノアは、王都の外れに立っていた。


その手には、古い木箱。


中は、空だった。


「……約束、破られちゃったな」


少年は、小さく笑った。


そして。


「……でも」


空を見上げた。


「……よかった」


静かに呟いた。


◇


翌朝。


アルヴェイン公爵邸。


「セバス!」


エリザベートの声が響いた。


「はい、お嬢様」


「私、思いついたわ!」


「何でしょう」


少女は、満面の笑みを浮かべた。


そして。


「今度は、世界中の人に私を嫌ってもらうの!」


沈黙。


セバスチャンは、静かに頭を下げた。


「……かしこまりました」


エリザベートは、嬉しそうに笑った。


「ふふっ!」


第二十六話 終

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