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第二十五話 悪役令嬢の忘れ物

悪役令嬢は愛されている


第二十五話 悪役令嬢の忘れ物


「私の六歳のお誕生日会を開くわ!」


エリザベート・フォン・アルヴェインは、そう宣言した。


朝食室にいた全員が、一瞬だけ動きを止めた。


最初に口を開いたのは、執事長セバスチャンだった。


「承知いたしました。開催日はいつになさいますか」


「今日よ!」


「かしこまりました」


「ケーキは六段!」


「承知いたしました」


「お客様は六十人!」


「手配いたします」


「それから、六歳の私に似合うドレスを用意して!」


「かしこまりました」


そこで、新人使用人レオンが口を開いた。


「恐れながら、お嬢様」


「何?」


「お嬢様は現在、十六歳でいらっしゃいます」


エリザベートは、きょとんとした。


「知っているわよ?」


「……」


「だから、六歳のお誕生日会をするの!」


レオンは少し考えた。


「……失礼いたしました」


「まったく!」


少女は頬を膨らませた。


「あなた、たまに変なことを言うわね!」


セバスチャンは、静かに微笑んだ。


「それでは、六歳のお嬢様にふさわしい祝宴をご用意いたします」


「そうして!」


エリザベートは満足そうに頷いた。


そして、銀色の鈴を鳴らした。


ちりん。


「……だって、気になるんだもの」


小さく呟く。


「六歳の私が、何をお願いしたのか」


◇


十年前。


アルヴェイン公爵邸には、二人の子供がいた。


一人は、金髪の少女。


もう一人は、黒髪の少年。


「ノア!」


少女が叫ぶ。


「こっちに来なさい!」


「今行くよ!」


少年は、両手いっぱいの花を抱えて走ってきた。


「遅いわ!」


「ごめんね」


「それ、何?」


「お花」


「見れば分かるわ!」


少女は、腰に手を当てた。


「私にくれるの?」


「うん」


「じゃあ、最初からそう言いなさい!」


少年は笑った。


「はい、エリザベート様」


少女は満足そうに花束を受け取った。


そして、一輪だけ抜き取ると、少年の胸元に差した。


「はい!」


「……え?」


「あなたにもあげる!」


「ありがとう」


「ふふん!」


少女は得意げに笑った。


「私って、優しいでしょう!」


「うん」


少年は頷いた。


「世界で一番」


◇


現在。


アルヴェイン公爵邸の大広間では、異様な光景が広がっていた。


天井には、六百個の風船。


中央には、六段のケーキ。


壁には、巨大な文字。


『エリザベートお嬢様 六歳のお誕生日おめでとうございます』


そして、主役の少女は。


「……短いわ!」


鏡の前で怒っていた。


マリアンヌが、静かに頭を下げる。


「申し訳ございません」


「このドレス、短すぎるわ!」


「六歳のお嬢様の採寸記録をもとに製作いたしました」


「でも、私の脚が出てしまうじゃない!」


「現在のお嬢様は、当時よりご成長なさっておりますので」


「そんなこと分かっているわ!」


エリザベートは、しばらく鏡を見つめた。


そして。


「……まあ、いいわ!」


くるりと回る。


「可愛いもの!」


「大変お似合いでございます」


「でしょう!」


少女は満足そうに笑った。


◇


招待客の一人、クラリス・フォン・ベルモンドは、会場の入口で立ち尽くしていた。


「……六歳?」


隣にいたアレクシスが、無表情で答える。


「そう書いてあるな」


「……でも、エリザベート様は十六歳では」


「十六歳だ」


「……」


クラリスは、少し考えた。


「……では、なぜ」


「俺に聞くな」


アレクシスは、深く息を吐いた。


「そもそも、俺は招待を断ったはずなんだ」


「……そうなのですか?」


「ああ」


少年は、手元の招待状を見た。


そこには、こう書かれている。


『アレクシスへ。嫌いだけど来なさい。エリザベート』


「……断ったら、翌日また届いた」


「……」


「三日連続で」


クラリスは、小さく微笑んだ。


「……それで、いらしたのですね」


「違う」


アレクシスは、顔を背けた。


「……今日は、確認したいことがある」


◇


祝宴が始まった。


「皆様!」


セバスチャンの声が響く。


「本日は、エリザベートお嬢様の六歳のお誕生日をお祝いするため、お集まりいただきありがとうございます」


拍手が起こる。


エリザベートは、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう!」


そして、六段のケーキへ歩み寄った。


「ねえ、セバス!」


「はい」


「蝋燭は?」


「六本でございます」


「そう!」


少女は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、お願い事をするわ!」


その瞬間。


会場の空気が、わずかに変わった。


レオンが顔を上げる。


リリィが、静かに目を見開く。


ノアは、ケーキを見つめたまま動かなかった。


エリザベートは、目を閉じた。


そして。


「……」


しばらく黙った。


やがて。


「……あら?」


目を開けた。


「どうしたの?」


マリアンヌが尋ねる。


エリザベートは、首を傾げた。


「……何をお願いしようかしら」


沈黙。


「もう、いっぱい叶っちゃったもの!」


少女は、頬を膨らませた。


「新しいお願いが思いつかないわ!」


そのとき。


「……エリザベート」


ノアが、静かに声をかけた。


「何?」


「……昔の願いを、もう一度お願いしてみない?」


少女は、目を瞬かせた。


「……昔の?」


「うん」


「……」


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「……嫌よ!」


はっきりと答えた。


ノアは、目を見開いた。


「……え?」


「だって、忘れちゃったんでしょう?」


「……うん」


「だったら、もういらない願いなんじゃない?」


沈黙。


ノアは、何も答えなかった。


エリザベートは、満足そうに頷いた。


「そうよ!」


そして、蝋燭を吹き消した。


六本の火が、消えた。


その瞬間。


窓の外で、最後の流れ星が強く輝いた。


◇


祝宴の途中。


アレクシスは、ノアを見つけた。


「……少しいいか」


ノアは振り返った。


「……何?」


「お前は、エリザベートの昔の知り合いなんだろう」


「うん」


「……十年前、何があった」


ノアは、少し考えた。


「……どうして知りたいの?」


「……」


アレクシスは、窓の外を見た。


最後の流れ星。


赤い光。


「……あの星と関係があるんだろう」


ノアは、静かに頷いた。


「……うん」


「……」


「でも、全部は話せない」


アレクシスは、眉をひそめた。


「……なぜだ」


「……約束したから」


「……誰と」


ノアは、少しだけ笑った。


「……エリザベートと」


沈黙。


アレクシスは、しばらくノアを見つめていた。


そして。


「……あいつが忘れている約束を、まだ守っているのか」


「……うん」


「……」


アレクシスは、静かに息を吐いた。


「……馬鹿げている」


ノアは、小さく笑った。


「……そうかもね」


◇


夕方。


祝宴が終わったあと。


エリザベートは、庭園で一人、銀色の鈴を鳴らしていた。


ちりん。


ちりん。


「……」


少女は、しばらく鈴を見つめた。


そして。


「……ねえ、セバス」


背後に控えていた執事長が答える。


「はい」


「私、六歳のとき、何をお願いしたの?」


セバスチャンは、静かに頭を下げた。


「……お嬢様」


「何?」


「その願いは、お嬢様ご自身が忘れることを望まれたものでございます」


「……そうなの?」


「はい」


エリザベートは、少し考えた。


「……じゃあ」


そして、満面の笑みを浮かべた。


「教えなくていいわ!」


セバスチャンは、静かに頷いた。


「かしこまりました」


「だって、私が忘れたいって言ったんでしょう?」


「はい」


「なら、忘れたままでいいもの!」


少女は、満足そうに笑った。


◇


夜。


アルヴェイン公爵邸、書斎。


セバスチャンは、古い日記を開いていた。


十年前。


四月二日。


その日の記録。


『お嬢様は、本日、一つの願いを口にされた』


黒く塗りつぶされた文章。


セバスチャンは、静かに指を滑らせた。


そして。


「……お嬢様」


小さく呟いた。


「……本当に、それでよろしいのですね」


返事はなかった。


◇


同じ頃。


庭園の奥。


レオンとノアが、向かい合っていた。


「……ノア」


レオンが、静かに口を開いた。


「……今日、彼女は拒んだ」


「……うん」


「……もう、終わりにするべきだ」


ノアは、しばらく黙っていた。


そして。


「……まだ、終わってない」


「……」


「最後の星が、残っている」


レオンは、静かに目を細めた。


「……それが消えれば」


ノアは、頷いた。


「……願いは、持ち主に帰る」


沈黙。


そのとき。


背後から声がした。


「……ねえ」


リリィだった。


二人は振り返った。


白髪の少女は、静かに二人を見つめた。


そして。


「……もう、やめようよ」


小さく呟いた。


ノアは、目を伏せた。


「……」


リリィは、続けた。


「……あの子は、忘れたままでいいって言った」


「……」


「……それが、今の願いなんじゃないの?」


沈黙。


ノアは、しばらく何も言わなかった。


そして。


「……でも」


小さく呟いた。


「……あの日の願いも、本物だったんだ」


◇


深夜。


エリザベートは、夢を見ていた。


十年前の庭園。


小さな噴水。


そして、幼い自分。


六歳の少女は、泣いていた。


『……嫌よ』


小さな声。


『絶対に嫌』


その前には、ノアがいた。


『……エリザベート』


『……私、嫌なの!』


『……』


『……だから』


幼い少女は、涙を拭った。


そして。


『……お願い』


小さく呟いた。


『……私のことを――』


その瞬間。


夢が、途切れた。


◇


翌朝。


エリザベートは、目を覚ました。


窓の外には、朝日。


そして、最後の流れ星。


少女は、しばらく天井を見つめていた。


「……」


そして。


「……もう!」


頬を膨らませた。


「また、途中で終わったわ!」


そのとき。


扉がノックされた。


「お嬢様」


セバスチャンだった。


「何?」


「本日は、重要なお知らせがございます」


「……何かしら?」


セバスチャンは、静かに答えた。


「……最後の流れ星が、今夜、消えるそうです」


エリザベートは、目を輝かせた。


「まあ!」


そして、満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、最後の流れ星を見に行くわ!」


第二十五話 終

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