第二十四話 忘れられたお客様
悪役令嬢は愛されている
第二十四話 忘れられたお客様
「帰ってもらって!」
エリザベート・フォン・アルヴェインは、そう命じた。
セバスチャンが一礼する。
「かしこまりました」
「だって、知らない人なんでしょう?」
「お嬢様のお知り合いでございます」
「でも、私は知らないわ!」
「左様でございますね」
「だったら知らない人よ!」
「ごもっともでございます」
セバスチャンは、扉へ向かった。
すると。
「……待って!」
エリザベートが呼び止めた。
「はい」
「その人、何か持ってきた?」
「……と、おっしゃいますと」
「お土産よ!」
少女は、当然のように胸を張った。
「私に会いに来るなら、お土産くらい持ってくるでしょう?」
「確認いたします」
「そうして!」
セバスチャンは一礼し、部屋を出ていった。
三分後。
戻ってきた。
「お嬢様」
「何?」
「お客様は、お土産をお持ちでございます」
「まあ!」
少女の瞳が輝いた。
「何かしら!」
「……お嬢様の、忘れ物だそうです」
「忘れ物?」
「はい」
エリザベートは、少し考えた。
そして。
「……見せなさい!」
満面の笑みを浮かべた。
◇
応接室。
そこには、一人の少年が座っていた。
黒い髪。
穏やかな瞳。
年齢は十七歳ほど。
白いシャツに、紺色の上着。
貴族らしい華美な装飾はない。
少年は、静かに紅茶を飲んでいた。
その前に。
「あなた!」
エリザベートが現れた。
少年は、顔を上げた。
そして。
「……久しぶり」
小さく微笑んだ。
エリザベートは、目を細めた。
「……」
しばらく少年を見つめる。
そして。
「……誰?」
はっきりと尋ねた。
少年は、少しだけ寂しそうに笑った。
「……やっぱり、覚えてないんだね」
「失礼ね!」
少女は頬を膨らませた。
「覚えてないんじゃなくて、知らないのよ!」
「……そっか」
少年は頷いた。
「じゃあ、初めまして」
そして、立ち上がった。
「僕は、ノア」
深々と頭を下げる。
「ノア・エルディス」
エリザベートは、少し考えた。
「……ふうん」
そして。
「お土産は?」
ノアは、目を瞬かせた。
「……え?」
「お土産よ!」
少女は両手を腰に当てた。
「持ってきたんでしょう?」
「……ああ」
ノアは、少し笑った。
「うん。持ってきたよ」
そして、懐から小さな箱を取り出した。
◇
箱は、古い木製だった。
表面には、細かな傷。
角は少し欠けている。
エリザベートは、眉をひそめた。
「……汚いわね」
「……ごめん」
「もっと綺麗な箱はなかったの?」
「……これじゃないと、駄目だったんだ」
「どうして?」
「……」
ノアは、少し考えた。
そして。
「……君のものだから」
静かに答えた。
エリザベートは、首を傾げた。
「……私の?」
「うん」
「……」
少女は、箱を受け取った。
そして、蓋を開けた。
中には。
小さな銀色の鈴が、一つ入っていた。
「……まあ」
エリザベートは、目を輝かせた。
「可愛い!」
「……」
「でも、古いわね!」
「……うん」
「新品はないの?」
ノアは、少しだけ笑った。
「……それは、世界に一つしかないんだ」
「そう!」
少女は満足そうに頷いた。
「じゃあ、気に入ったわ!」
そして、鈴を手に取った。
ちりん。
小さな音が響いた。
その瞬間。
部屋の空気が、変わった。
◇
レオンは、廊下に立っていた。
応接室の扉の前。
その隣には、セバスチャン。
「……レオン殿」
「はい」
「……お客様をご存じですか」
レオンは、しばらく黙っていた。
そして。
「……はい」
静かに答えた。
セバスチャンは頷いた。
「左様でございますか」
「……」
「では、一つだけ確認させてください」
「……何でしょう」
「お客様は、お嬢様に危害を加えるおつもりでしょうか」
レオンは、静かに首を振った。
「……いいえ」
「承知いたしました」
セバスチャンは、穏やかに微笑んだ。
「では、問題ございません」
◇
応接室。
ちりん。
鈴が、もう一度鳴った。
その瞬間。
エリザベートの目の前に、景色が広がった。
広い庭園。
小さな噴水。
そして。
幼い自分。
金色の髪。
青い瞳。
今よりずっと小さな少女が、庭園を走っている。
『ノア!』
少女が叫んだ。
『こっちよ!』
その先には、黒髪の少年。
『待ってよ、エリザベート!』
『遅いわ!』
『君が速すぎるんだよ!』
『言い訳しないの!』
幼い少女は、楽しそうに笑っていた。
エリザベートは、目を見開いた。
「……何、これ」
景色が変わる。
今度は、雨の日。
幼い少女が、窓辺で泣いている。
『……嫌よ』
小さな声。
『絶対に嫌』
その隣に、ノアが座っていた。
『……大丈夫だよ』
『大丈夫じゃないわ!』
『……』
『私、嫌なの!』
少年は、何も言わなかった。
ただ、少女の手を握っていた。
そして。
『……じゃあ、僕が』
小さく呟いた。
『……君の願いを、叶えてあげる』
その瞬間。
景色が、白く染まった。
◇
「……っ!」
エリザベートは、息を呑んだ。
気づけば、応接室に戻っていた。
手には、銀色の鈴。
目の前には、ノア。
「……」
少女は、しばらく黙っていた。
そして。
「……あなた」
小さく呟いた。
ノアは、静かに微笑んだ。
「……思い出した?」
「……」
エリザベートは、少し考えた。
そして。
「……知らないわ!」
はっきりと答えた。
ノアは、目を瞬かせた。
「……え?」
「だって、あれ、夢みたいだったもの!」
少女は頬を膨らませた。
「私、あんなに泣かないわ!」
「……」
ノアは、しばらく彼女を見つめていた。
そして。
「……そっか」
小さく笑った。
「……君らしいね」
「失礼ね!」
エリザベートは、鈴を握りしめた。
「でも、これは気に入ったわ!」
「……うん」
「だから、もらってあげる!」
「……ありがとう」
少女は、満足そうに頷いた。
「ふふっ!」
◇
その日の午後。
アルヴェイン公爵邸、庭園。
「……ノア」
リリィが、静かに声をかけた。
少年は振り返った。
「……久しぶり」
「……うん」
リリィは、少し考えた。
そして。
「……どうして、来たの?」
ノアは、空を見上げた。
最後の流れ星。
その光が、昼間の空に薄く輝いている。
「……もうすぐ、終わるから」
「……」
「だから、最後に会っておきたかった」
リリィは、目を伏せた。
「……あの子、まだ思い出してないよ」
「……うん」
「……それでも?」
ノアは、静かに頷いた。
「……それでも」
◇
同じ頃。
アルヴェイン公爵邸、書斎。
「……奇妙ですね」
エルマーは、魔法陣を見つめていた。
その中央には、小さな銀色の鈴。
エリザベートが、調べるように命じたものだった。
「どうしたの?」
少女が尋ねる。
「この鈴には、非常に古い魔力が残っています」
「そう!」
「ですが、通常の魔法とは異なります」
「ふうん」
エルマーは、少し考えた。
そして。
「……これは、願いの痕跡です」
「願い?」
「はい」
「……誰の?」
エルマーは、静かに答えた。
「……お嬢様のものでございます」
エリザベートは、目を輝かせた。
「まあ!」
そして、嬉しそうに笑った。
「やっぱり、私のものだったのね!」
◇
夕方。
庭園の奥。
ノアは、一人で立っていた。
その前に、レオンが現れた。
「……ノア」
「……久しぶり」
二人は、しばらく黙っていた。
そして。
「……どうして、来た」
レオンが尋ねた。
ノアは、少し考えた。
「……約束を果たしに」
「……」
「君も、覚えてるでしょう?」
レオンは、答えなかった。
ノアは、静かに続けた。
「……あの日、僕たちは約束した」
「……」
「エリザベートの願いを、必ず叶えるって」
レオンは、静かに目を閉じた。
「……その願いは」
小さく呟く。
「……叶えてはならない」
ノアは、少しだけ笑った。
「……そうだね」
「……」
「でも、約束したんだ」
沈黙。
夜風が、二人の間を通り抜けた。
◇
その夜。
エリザベートは、寝台の上で鈴を鳴らしていた。
ちりん。
ちりん。
小さな音。
「……ふふっ」
少女は、満足そうに笑った。
「可愛いわね」
そのとき。
窓の外から、声がした。
『……エリザベート』
少女は、顔を上げた。
「……また?」
『……思い出して』
「もう!」
エリザベートは頬を膨らませた。
「みんな、そればっかり!」
『……』
「思い出してほしいなら、ちゃんと教えなさいよ!」
沈黙。
そして。
『……君が、忘れたかったから』
小さな声が響いた。
エリザベートは、しばらく黙っていた。
そして。
「……私が?」
『……うん』
「……どうして?」
返事はなかった。
ただ。
最後の流れ星が、静かに輝いていた。
◇
深夜。
アルヴェイン公爵邸。
セバスチャンは、書斎で一冊の古い日記を開いていた。
そこには、十年前の日付が記されている。
『四月二日』
エリザベートの誕生日。
その日の記録には、短い一文があった。
『お嬢様は、本日、一つの願いを口にされた』
その下には。
黒いインクで、何度も塗りつぶされた文章。
セバスチャンは、静かにページを閉じた。
そして。
「……ようやく、お戻りになりましたか」
小さく呟いた。
窓の外では。
最後の流れ星が、赤く輝いていた。
第二十四話 終




