第二十三話 最後の願いは誰のもの
悪役令嬢は愛されている
第二十三話 最後の願いは誰のもの
「私、夢を見たわ!」
エリザベート・フォン・アルヴェインは、朝食の席でそう宣言した。
「それはようございました」
執事長セバスチャンが一礼する。
「どのような夢でございましたか」
「男の子が出てきたの!」
「左様でございますか」
「それでね、私に最後の願いを思い出せって言うのよ!」
セバスチャンの手が、ほんの一瞬だけ止まった。
しかし、少女は気づかない。
「失礼な話でしょう?」
「と、おっしゃいますと」
「私が何を忘れようと、私の勝手だもの!」
「ごもっともでございます」
「それに、その子、私に名前も教えなかったのよ!」
エリザベートは頬を膨らませた。
「次に会ったら、ちゃんと名乗らせるわ!」
「かしこまりました」
「あと、夢に勝手に入ってきた罰として、お菓子を持ってこさせるの!」
「承知いたしました」
少女は満足そうに笑った。
「ふふっ! 楽しみだわ!」
セバスチャンは、静かに頭を下げた。
「それでは、お嬢様」
「何?」
「本日は、どちらへお出かけになりますか」
「学院よ!」
「承知いたしました」
「だって、今日は面白い授業があるんですって!」
「どのような授業でしょう」
「願い事を叶える魔法の授業よ!」
セバスチャンは、静かに微笑んだ。
「……それは、興味深い授業でございますね」
◇
王立魔法学院。
一年A組。
教壇には、元学院長オスカー・ベルンハルトが立っていた。
黒板には、大きくこう書かれている。
『願いの代償』
「皆さん」
オスカーは、教室を見渡した。
「魔法には、必ず代償があります」
一人の生徒が手を挙げた。
「魔力の消費ですか?」
「そうですね」
別の生徒が答える。
「触媒や詠唱も必要です」
「そのとおり」
オスカーは頷いた。
「では、もし魔力も触媒も必要とせず、願いを叶えることができるとしたら?」
教室がざわめいた。
「そんな魔法、あるんですか?」
「伝説では聞いたことがあります!」
「本当に何でも叶うの?」
その中で。
「あるわよ!」
エリザベートが元気よく手を挙げた。
オスカーは、静かに頷いた。
「そうですね、エリザベート様」
「ええ!」
少女は嬉しそうに笑った。
「私、いっぱいお願いを叶えてもらったもの!」
「では、お嬢様」
「何?」
「その願いには、代償がありましたか」
エリザベートは、少し考えた。
「……ないわ!」
「本当に?」
「ええ!」
「何かを失ったことは?」
「……」
少女は首を傾げた。
そして。
「……あ!」
目を輝かせた。
「お金!」
教室が静まり返った。
「私、いっぱいお金を使ったわ!」
オスカーは、少し考えた。
「……なるほど」
そして、黒板に一文を書き加えた。
『願いを叶えた者と、代償を支払う者は同じとは限らない』
◇
昼休み。
学院の中庭。
「……ねえ、レオン」
リリィが、静かに声をかけた。
「はい」
「……あの授業、あなたのためだったんじゃない?」
「……」
レオンは、答えなかった。
リリィは、空を見上げた。
昼間でも薄く輝く、最後の流れ星。
「……もう、一つしか残ってない」
「承知しております」
「……」
「……」
リリィは、しばらく黙っていた。
そして。
「……あの子、まだ何も思い出してないよ」
「……はい」
「……それでも、続けるの?」
レオンは、静かに頷いた。
「……はい」
リリィは、目を伏せた。
「……そっか」
◇
午後一時。
学院の図書室。
アレクシスは、古い魔導書を読んでいた。
『星の願いと世界の理』
三百年前に書かれたとされる、禁書だった。
そのページには、こう記されている。
『願いは、必ず叶うわけではない』
『しかし、叶わなかった願いは、消えるわけでもない』
『それは星となり、世界の外側に留まり続ける』
アレクシスは、眉をひそめた。
「……星?」
窓の外を見る。
最後の流れ星が、静かに輝いていた。
「……」
彼は、ページをめくった。
そこには、さらに一文があった。
『最後の星が消えるとき、願いは持ち主のもとへ帰る』
アレクシスは、静かに息を呑んだ。
「……持ち主?」
そのとき。
背後から声がした。
「何を読んでいるの?」
振り返ると、エリザベートが立っていた。
「……お前か」
「失礼ね!」
少女は頬を膨らませた。
「私が話しかけてあげてるのよ!」
「……」
アレクシスは、静かに本を閉じた。
「……何の用だ」
「暇なの!」
「……」
「だから、あなたと遊んであげるわ!」
「断る」
「何ですって!」
少女は、眉をつり上げた。
「あなた、本当に失礼ね!」
「……お前ほどじゃない」
エリザベートは、しばらく彼を睨んだ。
そして。
「……ふん!」
顔を背けた。
「やっぱり、あなた嫌い!」
「俺もだ」
「ふふっ!」
なぜか、少女は嬉しそうに笑った。
◇
午後二時。
アルヴェイン公爵邸。
「……セバスチャン」
エルマーが、静かに声をかけた。
「はい」
「……最後の星について、解析が完了しました」
「ご苦労様です」
「ですが」
エルマーは、少しだけ言葉を止めた。
「……奇妙な結果が出ています」
「何でしょう」
「願いの持ち主が、特定できません」
「……」
「エリザベート様の魔力反応と一致する部分はあります」
「なるほど」
「ですが、それだけではありません」
エルマーは、魔法陣を指差した。
そこには、複数の光が重なっていた。
「……少なくとも、二人」
「……」
「あるいは、それ以上の願いが混ざっています」
セバスチャンは、静かに頷いた。
「では、引き続き調査を」
「承知いたしました」
◇
午後三時。
学院の中庭。
「ねえ、リリィ!」
エリザベートが、嬉しそうに声をかけた。
「何?」
「あなた、星から来たんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、星に帰るの?」
「……」
リリィは、少し考えた。
「……いつかは」
「そう!」
少女は満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、私も一緒に行くわ!」
「……え?」
「だって、星のお家を見てみたいもの!」
リリィは、しばらくエリザベートを見つめていた。
そして。
「……駄目」
静かに答えた。
「何ですって?」
「……あなたは、ここにいなきゃ」
「どうして!」
「……」
リリィは、目を伏せた。
「……あなたがいなくなると、困る人がいるから」
エリザベートは、少し考えた。
そして。
「……セバスたち?」
「……うん」
「そうね!」
少女は、嬉しそうに笑った。
「みんな、私が大好きだもの!」
「……」
「じゃあ、星に行くのは、みんな一緒にするわ!」
リリィは、何も答えなかった。
◇
夕方。
王都の時計塔。
レオンは、一人で立っていた。
その前には、一人の男。
黒い外套。
顔は、深い影に隠れている。
「……久しぶりだな」
男が言った。
「……」
レオンは、静かに頭を下げた。
「……ご無沙汰しております」
「……任務は、どうなっている」
「……継続中です」
「……」
男は、静かに息を吐いた。
「……もう、時間がない」
「承知しております」
「……最後の星が消えれば、すべてが決まる」
「……」
「……お前は、本当にあの少女を止められるのか」
レオンは、しばらく黙っていた。
そして。
「……必ず」
静かに答えた。
男は、目を細めた。
「……そうか」
そして。
「……なら、最後まで見届けよう」
そう言って、姿を消した。
◇
その夜。
アルヴェイン公爵邸。
「ねえ、レオン!」
エリザベートは、寝台の上で本を読んでいた。
「はい、お嬢様」
「あなた、願い事ってある?」
「……」
レオンは、少し考えた。
「……ございます」
「まあ!」
少女は目を輝かせた。
「何?」
「……」
レオンは、しばらく黙っていた。
そして。
「……秘密でございます」
エリザベートは、頬を膨らませた。
「また秘密!」
「申し訳ございません」
「もう!」
少女は、本を閉じた。
「みんな、秘密ばっかり!」
そして、少し考えた。
「……でも」
「はい」
「願い事って、秘密にした方が叶うんでしょう?」
「……そのように言われることもございます」
「そう!」
少女は、満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、教えなくてもいいわ!」
レオンは、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
◇
深夜。
アルヴェイン公爵邸、庭園。
最後の流れ星が、赤く輝いていた。
その下に、リリィが立っている。
「……レオン」
「はい」
「……あの子、まだ知らない」
「……」
「自分が、何を願ったのか」
「……」
「それなのに、もうすぐ叶ってしまう」
レオンは、静かに空を見上げた。
「……」
リリィは、静かに続けた。
「……ねえ」
「はい」
「もし、願いが叶ったら」
「……」
「あなたは、どうするの?」
レオンは、しばらく黙っていた。
そして。
「……」
何も答えなかった。
その沈黙を見て。
リリィは、静かに目を伏せた。
「……そう」
◇
同じ夜。
エリザベートは、夢を見ていた。
広い草原。
青い空。
そして、一人の少年。
黒い髪。
穏やかな瞳。
どこか懐かしい笑顔。
『……エリザベート』
少年は、静かに微笑んだ。
『……願いを、思い出して』
少女は、頬を膨らませた。
「またあなた!」
『……』
「ねえ、あなた誰なの!」
少年は、少し考えた。
そして。
『……僕は』
小さく呟いた。
『……君が、忘れた人だよ』
エリザベートは、首を傾げた。
「……私が?」
『……うん』
少年は、静かに頷いた。
『……君が、忘れたかった人』
その瞬間。
草原が、白く染まった。
少年の姿が、ゆっくりと消えていく。
「……待ちなさい!」
エリザベートは、手を伸ばした。
「まだ、お名前を聞いてないわ!」
しかし。
少年は、答えなかった。
ただ。
『……また、会おう』
そう言って、姿を消した。
◇
翌朝。
エリザベートは、目を覚ました。
窓の外には、朝日が輝いている。
「……」
少女は、しばらく天井を見つめていた。
そして。
「……変な夢!」
小さく呟いた。
そのとき。
扉がノックされた。
「お嬢様」
セバスチャンだった。
「何?」
「本日は、お客様がいらっしゃいます」
「まあ!」
少女は目を輝かせた。
「誰?」
セバスチャンは、静かに答えた。
「……お嬢様の、昔のお知り合いでございます」
エリザベートは、首を傾げた。
「……私の?」
「はい」
「……誰かしら?」
セバスチャンは、静かに頭を下げた。
「……お会いになれば、お分かりになるかと」
その瞬間。
窓の外で。
最後の流れ星が、強く輝いた。
第二十三話 終




