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第二十二話 悪役令嬢の敵

悪役令嬢は愛されている


第二十二話 悪役令嬢の敵


「お嬢様を殺害する計画がございます」


朝食の席で、セバスチャンがそう告げた。


エリザベートは、苺のジャムを塗ったパンを口に運ぶ途中だった。


「……まあ!」


少女の青い瞳が輝く。


「誰が?」


「王都の一部貴族と、反アルヴェイン派の魔術師たちでございます」


「そうなの!」


「はい」


「私を殺したいの?」


「そのようでございます」


エリザベートは少し考えた。


そして、嬉しそうに笑った。


「私って、そんなに嫌われているのね!」


「恐れながら、お嬢様」


「何?」


「今回の件は、少々事情が異なります」


「どう違うの?」


「彼らは、お嬢様個人を嫌っているというよりも、アルヴェイン家の存在を危険視しております」


「……ふうん」


少女は、パンを一口かじった。


「じゃあ、私じゃなくてもいいのね」


「おそらくは」


「つまらないわ!」


エリザベートは頬を膨らませた。


「私を殺したいなら、ちゃんと私を嫌いになってほしいもの!」


セバスチャンは一礼した。


「その旨、お伝えいたしましょうか」


「ええ!」


少女は満面の笑みを浮かべた。


「お願い!」


◇


王都の地下には、古い水路がある。


百年以上前に造られた排水施設。


今ではほとんど使われていない。


その一角に、十二人の男女が集まっていた。


「……計画は順調か」


長い髭の男が尋ねた。


名を、ヴィクトル・フォン・ラングレー。


王国の伯爵であり、反アルヴェイン派の中心人物だった。


「はい」


部下が答える。


「学院の警備体制、通学経路、使用人の配置。すべて調査済みです」


「よろしい」


ヴィクトルは頷いた。


「エリザベート・フォン・アルヴェインを排除すれば、あの家も少しは弱体化する」


「……ですが」


若い魔術師が、ためらいがちに口を開いた。


「本当に、あの少女を殺す必要があるのでしょうか」


「何?」


「彼女は、まだ十六歳です」


「……」


「確かに横暴ですが、国家を転覆させようとしているわけではありません」


ヴィクトルは、静かに魔術師を見た。


「……君は、何も分かっていない」


「……」


「彼女自身が国家を望まなくとも、周囲が国家を差し出す」


「……」


「王国法は書き換えられかけ、学院は私物化され、国王ですら彼女を止められない」


ヴィクトルは、机を叩いた。


「今、止めなければならんのだ!」


沈黙。


そのとき。


扉がノックされた。


三回。


丁寧な音だった。


「……誰だ?」


ヴィクトルが眉をひそめる。


「失礼いたします」


扉の向こうから、穏やかな声がした。


「アルヴェイン家のセバスチャンと申します」


十二人の顔から、血の気が引いた。


◇


「突然の訪問、失礼いたします」


セバスチャンは、地下室へ入ると深々と頭を下げた。


その背後には、誰もいない。


武器も持っていない。


ただの老執事だった。


少なくとも、見た目は。


「……なぜ、ここが分かった」


ヴィクトルが尋ねた。


「皆様のご計画を、以前より把握しておりましたので」


「……」


「本日は、お嬢様より伝言を預かっております」


「……伝言?」


「はい」


セバスチャンは微笑んだ。


「お嬢様は、皆様がご自身を嫌っていないことを、大変残念に思っておられます」


沈黙。


「……何?」


「殺害を計画するのであれば、ぜひお嬢様個人を嫌っていただきたい、とのことでございます」


誰も、何も言わなかった。


やがて。


「……ふざけているのか!」


ヴィクトルが怒鳴った。


セバスチャンは首を振った。


「いいえ」


「……」


「お嬢様は、至って真剣でございます」


ヴィクトルは、机を拳で叩いた。


「……我々を侮辱するつもりか!」


「そのような意図はございません」


「では、何だ!」


セバスチャンは、少し考えた。


そして。


「……お嬢様は、退屈なさっておいでなのです」


静かに答えた。


◇


翌日。


王立魔法学院。


「エリザベート・フォン・アルヴェイン!」


教室の扉が、勢いよく開いた。


入ってきたのは、一人の青年。


黒い外套。


腰には剣。


そして、鋭い眼差し。


「……まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「誰?」


「我が名は、カイル・ラングレー!」


青年は胸を張った。


「貴様に決闘を申し込む!」


教室が静まり返った。


アレクシスが、ゆっくりと顔を上げる。


「……ラングレー?」


青年は彼を一瞥した。


「ヴァレンシュタイン家の坊ちゃんか。邪魔をするな」


「……」


アレクシスは眉をひそめた。


「……お前、何をするつもりだ」


「決闘だ!」


「……」


「この女を、正々堂々と倒す!」


エリザベートは、嬉しそうに立ち上がった。


「素敵!」


そして、レオンを見た。


「レオン!」


「はい」


「私、決闘するわ!」


「かしこまりました」


◇


学院の訓練場。


生徒たちが、円形の闘技場を囲んでいた。


中央には、エリザベートとカイル。


審判は、オスカー・ベルンハルト。


「決闘の条件を確認します」


老人は、二人を見た。


「致命傷を与える攻撃は禁止」


「分かったわ!」


「……承知した」


「相手が降参した場合、即座に終了」


「はーい!」


「……」


カイルは、剣を抜いた。


その刃には、青い魔力が宿っている。


「……覚悟しろ」


エリザベートは、首を傾げた。


「何を?」


「……貴様を倒す」


「そう!」


少女は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、頑張ってね!」


カイルは、歯を食いしばった。


「……舐めるな!」


そして、地面を蹴った。


◇


一瞬だった。


カイルの剣が、エリザベートへ迫る。


しかし。


少女は、動かなかった。


「……?」


次の瞬間。


剣が、空中で止まった。


「……何!?」


カイルは目を見開いた。


剣が動かない。


腕も動かない。


足も。


身体全体が、何かに固定されている。


「……魔法か!」


エリザベートは、きょとんとした。


「……何が?」


「貴様、何をした!」


「何もしてないわよ!」


少女は頬を膨らませた。


「失礼ね!」


そのとき。


訓練場の端で、レオンが静かに一礼した。


「お嬢様に刃が届かぬよう、固定いたしました」


「まあ!」


エリザベートは、嬉しそうに笑った。


「ありがとう!」


「恐れ入ります」


カイルは、歯を食いしばった。


「……卑怯だぞ!」


エリザベートは首を傾げた。


「どうして?」


「決闘は、一対一だろう!」


「そうなの?」


少女は、オスカーを見た。


老人は、静かに頷いた。


「通常は、そうですね」


「ふうん」


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「じゃあ、レオン!」


「はい」


「放してあげて!」


「かしこまりました」


その瞬間。


カイルの身体が自由になった。


彼は、よろめきながら剣を構え直した。


「……今度こそ!」


そして、再び突進した。


◇


今度は、エリザベートが動いた。


少女は、右手を軽く振った。


それだけだった。


次の瞬間。


カイルの剣が、花束に変わった。


「……は?」


青年は、目を見開いた。


手に握っているのは、赤い薔薇。


剣ではない。


花束だった。


「……何だ、これは」


エリザベートは、満面の笑みを浮かべた。


「綺麗でしょう!」


「……」


「あなた、怖い顔をしてるから、お花の方が似合うわ!」


カイルは、しばらく花束を見つめていた。


そして。


「……ふざけるな!」


花束を地面へ叩きつけた。


その瞬間。


薔薇の花びらが、空中へ舞い上がった。


赤い花びら。


白い光。


そして。


カイルの身体が、ふわりと浮いた。


「……何!?」


青年は、空中で手足をばたつかせた。


「降ろせ!」


エリザベートは、楽しそうに笑った。


「嫌よ!」


「……!」


「だって、面白いもの!」


少女は、くるくると指を回した。


カイルの身体が、空中で回転する。


一回。


二回。


三回。


「やめろ!」


「ふふっ!」


エリザベートは、満面の笑みを浮かべた。


「あなた、面白いわね!」


◇


「そこまで!」


オスカーの声が響いた。


エリザベートは、指を止めた。


カイルの身体が、ゆっくりと地面へ降りる。


「勝者、エリザベート・フォン・アルヴェイン」


訓練場に、拍手が響いた。


エリザベートは、嬉しそうに両手を挙げた。


「やったわ!」


その一方。


カイルは、地面に膝をついていた。


「……くそっ」


彼は、拳を握りしめた。


「……こんなはずじゃ」


そのとき。


「ねえ!」


エリザベートが、彼の前にしゃがみ込んだ。


「……何だ」


「あなた、私が嫌いなの?」


「……」


カイルは、顔を上げた。


「……当たり前だ!」


「まあ!」


少女は目を輝かせた。


「どうして?」


「……お前が、俺たちの家を脅かしているからだ!」


「ふうん」


「……」


「じゃあ、やっぱり私のことじゃないのね!」


エリザベートは、頬を膨らませた。


「つまらないわ!」


カイルは、呆然とした。


「……何?」


「だって、私のことを嫌いになってほしいのに!」


少女は、立ち上がった。


そして、満面の笑みを浮かべた。


「今度は、ちゃんと私を嫌いになってから来なさい!」


カイルは、何も言えなかった。


◇


その夜。


アルヴェイン公爵邸。


「お嬢様」


セバスチャンが一礼した。


「何?」


「本日の決闘について、ご報告がございます」


「そう!」


エリザベートは、嬉しそうに笑った。


「楽しかったわ!」


「それは何よりでございます」


「カイルって、面白い人ね!」


「左様でございますね」


「また遊びたいわ!」


「承知いたしました」


少女は、少し考えた。


そして。


「ねえ、セバス!」


「はい」


「私の敵って、どれくらいいるの?」


「……」


セバスチャンは、静かに答えた。


「現在、確認できているだけで、百二十七名ほどでございます」


「まあ!」


エリザベートは、目を輝かせた。


「そんなに!」


「はい」


「素敵!」


少女は、満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、全員と遊びたいわ!」


「かしこまりました」


◇


深夜。


王都の地下水路。


ヴィクトル・フォン・ラングレーは、机に座っていた。


その前には、息子のカイル。


「……失敗したか」


「……はい」


「……」


ヴィクトルは、静かに目を閉じた。


「……あの少女は、やはり危険だ」


「……父上」


「何だ」


「……俺は」


カイルは、少し考えた。


そして。


「……あの女を、もう一度倒したい」


ヴィクトルは、目を開いた。


「……なぜだ」


「……」


カイルは、拳を握りしめた。


「……今度は、家のためじゃない」


「……」


「……俺自身のために」


沈黙。


ヴィクトルは、しばらく息子を見つめていた。


そして。


「……好きにしろ」


静かに答えた。


◇


同じ夜。


アルヴェイン公爵邸、庭園。


リリィは、空を見上げていた。


二つの流れ星。


そのうち、一つが、赤く輝いている。


「……レオン」


「はい」


「……もう、あと二つだよ」


「……」


「……本当に、間に合うの?」


レオンは、しばらく黙っていた。


そして。


「……必ず」


静かに答えた。


リリィは、目を伏せた。


「……そう」


そのとき。


空の流れ星が、一つ消えた。


残る星は、一つ。


夜空に、ただ一つだけ輝く光。


レオンは、静かに空を見上げた。


そして。


「……あと、一つ」


小さく呟いた。


◇


同じ頃。


エリザベートは、寝台の上で眠っていた。


その夢の中で。


少女は、一人の少年と出会った。


黒い髪。


穏やかな瞳。


そして、どこか懐かしい笑顔。


『……エリザベート』


少年は、静かに微笑んだ。


『……もうすぐだよ』


少女は、首を傾げた。


「……何が?」


少年は、答えなかった。


ただ。


『……最後の願いを、思い出して』


小さく呟いた。


そして、姿を消した。


エリザベートは、夢の中で頬を膨らませた。


「……もう!」


「秘密ばっかり!」


その声は、誰にも届かなかった。


第二十二話 終

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