第二十一話 悪役令嬢は裁かれる
悪役令嬢は愛されている
第二十一話 悪役令嬢は裁かれる
「エリザベート・フォン・アルヴェイン!」
王立魔法学院の大講堂に、少年の声が響いた。
「お前を、告発する!」
三百人の生徒が、一斉に振り返った。
壇上に立っているのは、銀髪の少年。
アレクシス・フォン・ヴァレンシュタイン。
その手には、分厚い書類が握られている。
そして、告発された当人はというと。
「……まあ!」
目を輝かせていた。
「私、告発されるの!?」
「そうだ!」
「素敵!」
「……何?」
エリザベートは、嬉しそうに両手を合わせた。
「悪役令嬢みたいだわ!」
「お前は本当に……!」
アレクシスは額を押さえた。
この女に常識的な反応を期待した自分が、間違っていた。
◇
事の始まりは、前日の午後だった。
学院の図書室。
アレクシスは、一冊の本を読んでいた。
『王国法における貴族の権限と限界』
彼が調べていたのは、エリザベートによる処刑騒動だった。
あの日、自分は本当に殺されかけた。
それなのに、誰も責任を問わなかった。
王宮も。
学院も。
侯爵家である自分の実家さえも。
「……ふざけるな」
少年は、本を閉じた。
彼女が公爵令嬢だから。
アルヴェイン家が強大だから。
それだけの理由で、何をしても許されるのか。
「……そんなわけがない」
アレクシスは立ち上がった。
そして、ある人物を訪ねた。
◇
「告発、ですか」
オスカー・ベルンハルトは、眼鏡を外した。
「はい」
アレクシスは頷いた。
「学院の規則に基づいて、正式に訴えたいんです」
「……なるほど」
「エリザベートは、何度も学院の秩序を乱しています」
「そうですね」
「授業への介入、教員の解任、権限の濫用……」
「はい」
「それに、私への処刑命令」
オスカーは、静かに頷いた。
「確かに、看過できない問題です」
「……!」
アレクシスは顔を上げた。
初めてだった。
エリザベートの行動を、正面から問題だと言ってくれる大人に出会ったのは。
「……では!」
「ただし」
オスカーは、静かに続けた。
「告発するなら、相応の覚悟が必要です」
「……」
「あなたが正しいからといって、必ず勝てるわけではありません」
アレクシスは、しばらく黙った。
そして。
「……構いません」
はっきりと答えた。
「それでも、やります」
オスカーは、静かに微笑んだ。
「分かりました」
そして、机の引き出しから一枚の書類を取り出した。
「では、正式な手続きをご案内しましょう」
◇
翌日。
王立魔法学院、大講堂。
「本日は、特別審問会を開催いたします」
壇上に立つのは、学院長マリアンヌ。
黒い制服。
整った姿勢。
そして、いつもと変わらない穏やかな表情。
「告発者、アレクシス・フォン・ヴァレンシュタイン」
「はい」
「被告発者、エリザベート・フォン・アルヴェイン」
「はーい!」
少女は元気よく手を挙げた。
「……」
マリアンヌは、静かに頷いた。
「それでは、始めましょう」
◇
「まず、第一の告発」
アレクシスが書類を開いた。
「学院運営への不当な介入」
「まあ!」
エリザベートは目を輝かせた。
「私、そんなことしたかしら?」
「しただろう!」
「何を?」
「校長を解任した!」
「そうね!」
少女は嬉しそうに笑った。
「だって、お昼ご飯がつまらなかったんだもの!」
講堂が静まり返った。
アレクシスは、深く息を吸った。
「……それが理由になると思っているのか」
「なるわよ!」
「ならない!」
「どうして!」
「学院長の解任は、正当な手続きに基づいて行われるべきだからだ!」
そのとき。
マリアンヌが、静かに手を挙げた。
「一点、補足いたします」
「……何でしょう」
「前学院長オスカー・ベルンハルト様の解任は、正式な手続きに基づいております」
「……何?」
「学院理事会の承認を得ております」
アレクシスは、目を見開いた。
「……そんな馬鹿な」
「議事録もございます」
マリアンヌが書類を差し出す。
そこには、理事全員の署名があった。
「……」
アレクシスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……理事会が、アルヴェイン家に従っただけではありませんか」
「その可能性はございます」
マリアンヌは、静かに答えた。
「ですが、手続き上の違反は確認されておりません」
「……」
アレクシスは、唇を噛んだ。
◇
「第二の告発!」
少年は、声を張り上げた。
「学院内での権限濫用!」
「まあ!」
エリザベートは嬉しそうに笑った。
「今度は何?」
「お前は、自分を学院で最も偉い人間だと宣言した!」
「そうよ!」
「それによって、他の生徒たちに不当な圧力を与えた!」
「……そうなの?」
少女は首を傾げた。
そして、周囲を見渡した。
「ねえ、みんな!」
講堂の生徒たちが、びくりと肩を震わせた。
「私が偉いと、嫌なの?」
沈黙。
誰も答えない。
エリザベートは、少し考えた。
そして。
「……誰も嫌じゃないみたいよ!」
満面の笑み。
アレクシスは、拳を握りしめた。
「……言えるわけがないだろう!」
「どうして?」
「お前が怖いからだ!」
少女は、目を輝かせた。
「まあ!」
嬉しそうに笑う。
「私、そんなに怖いのね!」
「……」
アレクシスは、天井を仰いだ。
◇
「第三の告発」
少年の声が、低くなった。
「私への処刑命令」
講堂の空気が変わった。
エリザベートは、首を傾げた。
「……ああ!」
そして、笑った。
「そんなこともあったわね!」
「……」
「でも、やめたじゃない!」
「……それで済むと思うのか」
「だって、あなた生きてるでしょう?」
「……」
「なら、いいじゃない!」
アレクシスは、しばらく黙った。
そして。
「……よくない」
静かに答えた。
「……何?」
「お前は、俺を殺そうとした」
「そうね!」
「そして、気が変わったからやめた」
「ええ!」
「……それで、何もなかったことになるのか」
エリザベートは、少し考えた。
「……なるんじゃない?」
「……」
「だって、何も起きてないもの!」
その瞬間。
「違う!」
アレクシスの声が、講堂に響いた。
「俺は、死ぬかもしれなかった!」
沈黙。
「お前の一言で!」
少年は、まっすぐ少女を見た。
「お前が飽きなければ、俺は殺されていた!」
エリザベートは、しばらく彼を見つめていた。
そして。
「……そうね」
静かに答えた。
アレクシスは、目を見開いた。
「……」
「でも」
少女は、首を傾げた。
「結局、殺してないでしょう?」
沈黙。
「なら、何が問題なの?」
その言葉に。
アレクシスは、何も答えられなかった。
◇
「……少し、よろしいでしょうか」
オスカーが立ち上がった。
マリアンヌが頷く。
「どうぞ」
老人は、ゆっくりと壇上へ歩いた。
そして、エリザベートを見た。
「お嬢様」
「何?」
「一つ、お尋ねします」
「いいわよ!」
「もし、誰かがお嬢様に処刑を命じたら、どう思われますか」
少女は、きょとんとした。
「……私に?」
「はい」
「……」
少し考える。
そして。
「嫌よ!」
はっきりと答えた。
「絶対に嫌!」
「なぜですか」
「だって、死にたくないもの!」
オスカーは、静かに頷いた。
「では、アレクシス様も同じではありませんか」
沈黙。
エリザベートは、しばらく少年を見つめた。
そして。
「……そうなの?」
アレクシスは、歯を食いしばった。
「……当たり前だ!」
「ふうん」
少女は、少し考えた。
そして。
「……じゃあ、あなたも嫌だったのね!」
満面の笑み。
「分かったわ!」
アレクシスは、目を見開いた。
「……」
「でも、もうしないわよ!」
「……」
「だって、あなたを殺してもつまらないもの!」
講堂が静まり返った。
オスカーは、静かに目を閉じた。
そして。
「……ありがとうございます」
小さく呟いた。
◇
審問会は、三時間に及んだ。
そして、最後。
マリアンヌが、静かに立ち上がった。
「審問の結果を申し上げます」
講堂が静まり返る。
「第一の告発、手続き上の違反なし」
「……」
「第二の告発、明確な規則違反は確認できず」
「……」
「第三の告発、処刑命令は実行されておらず、学院規則上の処分対象には該当しません」
沈黙。
アレクシスは、静かに目を閉じた。
「……つまり」
「はい」
マリアンヌは、穏やかに微笑んだ。
「エリザベート様への処分は、ございません」
その瞬間。
「やったわ!」
エリザベートが、両手を挙げた。
「私の勝ちね!」
講堂に、拍手が響いた。
誰が最初に拍手したのか。
誰にも分からなかった。
◇
審問会の後。
学院の廊下。
「……アレクシス様」
クラリスが声をかけた。
「……何だ」
「……お疲れ様でした」
「……」
少年は、窓の外を見た。
「……結局、何も変わらなかった」
クラリスは、少し考えた。
そして。
「……そうでしょうか」
「……何?」
「少なくとも、わたくしは」
彼女は、静かに続けた。
「……エリザベート様に、嫌だと言ってもいいのだと知りました」
アレクシスは、目を見開いた。
「……」
クラリスは、小さく微笑んだ。
「……それだけでも、意味があったと思います」
◇
同じ頃。
学院長室。
「……よろしかったのですか」
オスカーが尋ねた。
マリアンヌは、書類を整理していた。
「何がでしょう」
「……今回の審問です」
「正式な手続きに基づいて行われました」
「……」
「それ以上でも、それ以下でもございません」
オスカーは、少し考えた。
そして。
「……あなたは、お嬢様を愛しているのですね」
「はい」
マリアンヌは、迷わず答えた。
「……たとえ、間違っていても?」
「はい」
「……」
「ですが」
マリアンヌは、静かに続けた。
「お嬢様が間違っているかどうかを、私が決める必要はございません」
「……」
「私は、お嬢様のご命令に従うだけでございます」
オスカーは、静かに息を吐いた。
「……なるほど」
◇
その夜。
アルヴェイン公爵邸。
「ねえ、レオン!」
エリザベートは、寝台の上で本を読んでいた。
「はい、お嬢様」
「今日の裁判、楽しかったわ!」
「左様でございますか」
「ええ!」
少女は嬉しそうに笑った。
「みんなが私を見ていたもの!」
「はい」
「それに、アレクシスが怒っていて面白かったわ!」
「……」
レオンは、静かに頭を下げた。
「お楽しみいただけたのであれば、何よりでございます」
「ふふっ!」
エリザベートは、少し考えた。
そして。
「ねえ、レオン」
「はい」
「私、悪いことをしたのかしら?」
レオンは、しばらく黙っていた。
そして。
「……お嬢様は、どうお考えでしょうか」
「……」
少女は、少し考えた。
そして。
「……分からないわ!」
満面の笑み。
「でも、楽しかったからいいわ!」
レオンは、静かに一礼した。
「かしこまりました」
◇
深夜。
アルヴェイン公爵邸、庭園。
リリィは、空を見上げていた。
三つの流れ星。
そのうち、一つが、赤く輝いている。
「……レオン」
「はい」
「……今日、あの子は初めて、自分が悪いことをしたかもしれないって考えた」
「……」
「それって、すごいことだと思う」
レオンは、静かに頷いた。
「……そうかもしれません」
「……」
リリィは、少し考えた。
そして。
「……でも」
小さく呟いた。
「……もう、時間がない」
その瞬間。
空の流れ星が、一つ消えた。
残る星は、二つ。
レオンは、静かに空を見上げた。
そして。
「……あと、二つ」
小さく呟いた。
第二十一話 終




