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第十八話 お嬢様、世界が終わります

悪役令嬢は愛されている


第十八話 お嬢様、世界が終わります


世界の終わりは、朝食の途中で告げられた。


「お嬢様」


執事長セバスチャンが、いつもどおりの声で言った。


「本日、世界が滅亡する見込みでございます」


エリザベート・フォン・アルヴェインは、苺のタルトを口に運ぼうとしていた。


「……まあ!」


少女は目を輝かせた。


「世界が?」


「はい」


「全部?」


「すべてでございます」


「お庭も?」


「はい」


「私のお部屋も?」


「残念ながら」


「……」


エリザベートは、しばらく考えた。


そして、タルトを皿に戻した。


「嫌よ!」


「かしこまりました」


「私、まだこのタルトを食べていないもの!」


「左様でございますね」


「世界が終わるのは、食べ終わってからにしなさい!」


「承知いたしました」


セバスチャンは一礼した。


そして、静かに部屋を出ていった。


◇


事の始まりは、昨夜だった。


王立天文台。


観測官たちは、夜空を見上げていた。


五つの流れ星。


十日以上もの間、空に留まり続ける不思議な光。


そのうち、一つが。


突然、消えた。


「……消えた?」


観測官が呟いた。


その瞬間。


残る四つの光が、赤く染まった。


そして。


空に、巨大な亀裂が走った。


まるで、夜空そのものが割れたかのように。


「……何だ、あれは」


誰かが呟いた。


その答えを知る者は、天文台にはいなかった。


◇


午前八時。


アルヴェイン公爵邸。


「エルマー」


セバスチャンが声をかけた。


「はい」


元宮廷魔術師長エルマーは、書斎で魔導書を読んでいた。


「世界の崩壊について、進捗はいかがでしょう」


「現在、解析中です」


「お嬢様は、タルトを召し上がるまで滅亡を延期するようご命令なさいました」


「承知いたしました」


エルマーは本を閉じた。


「では、時間を止めましょう」


「可能ですか」


「世界全体であれば、少々難しいですね」


「なるほど」


「ですが、崩壊現象のみを停止させることは可能かと」


「結構です」


「ただし、一点問題がございます」


「何でしょう」


「今回の崩壊は、通常の魔法現象ではございません」


「……」


「世界そのものの構造に、干渉が起きております」


セバスチャンは、静かに頷いた。


「では、原因を特定してください」


「承知いたしました」


◇


午前九時。


王宮。


「世界が終わるだと!?」


国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「王立天文台より、緊急報告が届いております」


「……原因は?」


「不明でございます」


「……」


「ただし、アルヴェイン家が調査を開始しております」


国王は、しばらく黙っていた。


そして、静かに尋ねた。


「……あの家が原因ではないのか?」


「……」


宰相は、何も答えなかった。


◇


午前十時。


アルヴェイン公爵邸、庭園。


黒竜ポチが、空を見上げていた。


『……これは』


その巨大な瞳が、細くなる。


『……懐かしい気配だ』


背後から、声がした。


「ポチ」


振り返ると、レオンが立っていた。


『……何だ、人間』


「何か、ご存じですか」


『……』


黒竜は、しばらく黙っていた。


そして。


『……三百年前』


低く呟いた。


『我が封印される前にも、同じものを見た』


「……」


『空が割れ、星が落ち、世界が終わりかけた』


「……それは、誰が止めたのですか」


『……勇者だ』


沈黙。


レオンは、静かに空を見上げた。


『だが』


黒竜は続けた。


『あれは、勇者の力ではなかった』


「……」


『誰かが、願ったのだ』


「……願い?」


『そうだ』


黒竜は、巨大な翼を折りたたんだ。


『世界が終わらぬように、と』


◇


午前十一時。


王立魔法学院。


授業は、通常どおり行われていた。


ただし、窓の外には、巨大な亀裂が見える。


「……先生」


一人の生徒が手を挙げた。


「何でしょう」


「……空が割れています」


「……そうですね」


「……大丈夫なんですか」


教師は、しばらく考えた。


そして。


「……本日の授業を続けます」


「……」


「試験範囲ですので」


生徒たちは、静かに教科書を開いた。


その中で、エリザベートだけが窓の外を眺めていた。


「……綺麗ね!」


「左様でございます」


レオンが答えた。


「ねえ、レオン!」


「はい」


「あれ、私のお部屋にも欲しいわ!」


「……」


レオンは、ほんの一瞬だけ黙った。


「……かしこまりました」


◇


正午。


アルヴェイン公爵邸。


エルマーは、巨大な魔法陣を展開していた。


その中央には、四つの赤い光。


「……なるほど」


彼は、静かに呟いた。


「……願望干渉」


背後から、セバスチャンが近づく。


「判明しましたか」


「はい」


エルマーは魔法陣を指差した。


「この世界には、願いを現実へ変換する仕組みが存在します」


「……」


「通常は、ほとんど発動しません」


「なぜでしょう」


「願いの強さが足りないためです」


「なるほど」


「ですが、ある条件を満たすと、願いが世界そのものに干渉する」


セバスチャンは、静かに頷いた。


「その条件とは」


「……」


エルマーは、少しだけ言葉を止めた。


そして。


「……誰かが、その願いを絶対に叶えようとすることです」


沈黙。


セバスチャンは、しばらく魔法陣を見つめていた。


「……なるほど」


老人は、静かに微笑んだ。


「では、原因は私どもかもしれませんね」


◇


午後一時。


王宮。


「原因が分かっただと!?」


国王は、報告書を握りしめた。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「アルヴェイン家より、解析結果が届いております」


「……何だ」


「願いが、世界の構造に干渉しているとのことです」


「……願い?」


「はい」


「……誰の願いだ」


宰相は、静かに目を伏せた。


「……エリザベート嬢の可能性が高いと」


沈黙。


国王は、しばらく黙っていた。


そして。


「……やはり、あの家か!!」


玉座の間に、怒声が響いた。


◇


午後二時。


アルヴェイン公爵邸、応接室。


「お嬢様」


セバスチャンが一礼した。


「何?」


エリザベートは、紅茶を飲んでいた。


「世界の崩壊について、ご報告がございます」


「そう!」


少女は嬉しそうに笑った。


「もう直ったの?」


「現在、対応中でございます」


「ふうん」


「ただし、原因がお嬢様の願いに関係している可能性がございます」


「……私の?」


「はい」


エリザベートは、少し考えた。


「……何を願ったかしら?」


「それは、お嬢様のみがご存じでございます」


「そうね!」


少女は満足そうに頷いた。


「でも、忘れちゃったわ!」


「左様でございますか」


「ええ!」


セバスチャンは、静かに頭を下げた。


「では、お嬢様」


「何?」


「世界が終わることについて、いかがお考えでしょうか」


少女は、しばらく考えた。


そして。


「……嫌よ!」


はっきりと答えた。


「私、まだやりたいことがいっぱいあるもの!」


「承知いたしました」


「だから、世界を終わらせないで!」


「かしこまりました」


◇


午後三時。


アルヴェイン公爵邸、地下魔法施設。


「お嬢様のご命令です」


セバスチャンが告げた。


「世界を終わらせてはなりません」


「承知いたしました」


エルマーが答える。


「ただし、願望干渉は非常に複雑です」


「何が必要でしょう」


「……新たな願いです」


「なるほど」


「それも、世界の崩壊を上回るほど強い願い」


セバスチャンは、静かに頷いた。


「では、お嬢様にお願いしましょう」


◇


午後四時。


アルヴェイン公爵邸、庭園。


エリザベートは、空を見上げていた。


赤く染まった四つの流れ星。


そして、巨大な亀裂。


「……綺麗ね」


少女は、小さく呟いた。


その隣には、レオンが立っている。


「お嬢様」


「何?」


「一つ、お願いがございます」


「何かしら?」


「……願い事を、していただけますか」


「願い事?」


「はい」


エリザベートは、少し考えた。


そして、満面の笑みを浮かべた。


「いいわよ!」


少女は、両手を胸の前で組んだ。


目を閉じる。


そして。


「……」


何かを願った。


その瞬間。


空の亀裂が、止まった。


赤い光が、白へ戻る。


四つの流れ星が、静かに輝き始めた。


そして。


世界は、再び動き出した。


◇


午後五時。


王宮。


「……止まった?」


国王アルベルト三世は、窓の外を見つめた。


「はい、陛下」


宰相が答える。


「世界の崩壊現象は、完全に停止しました」


「……そうか」


国王は、深く息を吐いた。


「……助かったのか」


「はい」


「……原因は?」


「エリザベート嬢の願いであった可能性が高いと」


「……」


「そして、停止したのも、エリザベート嬢の願いによるものと思われます」


国王は、しばらく黙っていた。


そして、静かに椅子へ座った。


「……あの娘は、世界を壊して、世界を救ったのか」


「……そのようでございます」


国王は、静かに目を閉じた。


「……もう、何も言うまい」


◇


その夜。


アルヴェイン公爵邸。


エリザベートは、寝台の上で本を読んでいた。


そのとき、扉がノックされた。


「お嬢様」


マリアンヌだった。


「何?」


「本日は、お疲れ様でございました」


「ええ!」


「世界が無事に存続し、何よりでございます」


「そうね!」


少女は嬉しそうに笑った。


「だって、私、まだ遊びたいもの!」


「左様でございますね」


「ふふっ!」


マリアンヌは、静かに微笑んだ。


「……ところで、お嬢様」


「何?」


「本日は、何をお願いなさったのでしょうか」


エリザベートは、少し考えた。


そして。


「秘密!」


満面の笑み。


「教えてあげないわ!」


「かしこまりました」


マリアンヌは、深々と頭を下げた。


◇


深夜。


アルヴェイン公爵邸、庭園。


レオンは、一人で夜空を見上げていた。


四つの流れ星。


そのうち、一つが。


ゆっくりと、地上へ降りてきた。


「……」


レオンは、静かに目を細めた。


光は、屋敷の上空で止まった。


そして。


小さな声が、聞こえた。


『……見つけた』


レオンは、動かなかった。


『……やっと、見つけた』


声は、確かにそこにあった。


しかし。


誰の姿も見えない。


「……誰だ」


レオンが、小さく呟いた。


すると。


光の中から、一人の少女が現れた。


白い髪。


赤い瞳。


そして、透き通るような肌。


少女は、静かに微笑んだ。


『……久しぶり』


レオンは、息を止めた。


その顔を。


彼は、知っていた。


『……レオン』


少女は、嬉しそうに笑った。


『また、会えたね』


第十八話 終

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