第十五話 悪役令嬢の処刑命令
悪役令嬢は愛されている
第十五話 悪役令嬢の処刑命令
王国歴三百二十七年、十二月二十九日。
王立魔法学院では、年末を前に一つの噂が広まっていた。
エリザベート・フォン・アルヴェインに嫌われると、退学になる。
怒らせると、家が没落する。
そして、本気で逆らうと、命を失う。
その噂を聞いたエリザベートは、満面の笑みを浮かべた。
「まあ! 私って、そんなに怖いのね!」
隣に控えるレオンが、一礼する。
「そのようでございます」
「ふふっ! 素敵!」
少女は嬉しそうに笑った。
「悪役令嬢みたいだわ!」
◇
午前九時。
王立魔法学院、一年A組。
「本日は、王国法の授業を行います」
教師が黒板に文字を書いた。
『貴族の権利と義務』
「貴族には、領地を統治する権利が与えられています」
生徒たちは真剣に耳を傾けていた。
「ただし、王国法に従う義務もあります」
そのとき。
エリザベートが手を挙げた。
「先生!」
「はい、エリザベート様」
「私、人を処刑できるの?」
教室が静まり返った。
教師は、慎重に答えた。
「……公爵家には、一定の司法権が認められております」
「そうなの!」
「ただし、正当な手続きが必要です」
「ふうん」
少女は少し考えた。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、私も処刑してみたいわ!」
◇
午前十時。
学院長室。
「……処刑、でございますか」
マリアンヌは、報告に来た教師を見つめた。
「はい」
「お嬢様が、そのように?」
「はい。授業中におっしゃいました」
マリアンヌは静かに頷いた。
「承知いたしました」
「……あの」
「何でしょう」
「……止めなくてよろしいのでしょうか」
「お嬢様は、どなたを処刑するとおっしゃいましたか」
「……まだ、誰も」
「では、確認が必要ですね」
マリアンヌは微笑んだ。
「ご報告、ありがとうございます」
◇
午前十一時。
学院の中庭。
「ねえ、レオン!」
「はい、お嬢様」
「私、処刑してみたいの!」
「かしこまりました」
「でも、誰を処刑しようかしら?」
「どなたをご希望でしょうか」
「そうねえ……」
少女は周囲を見渡した。
そのとき。
一人の少年が、訓練場を歩いていた。
銀色の髪。
鋭い瞳。
アレクシス・フォン・ヴァレンシュタイン。
「……あら!」
エリザベートは目を輝かせた。
「ちょうどいいわ!」
レオンは静かに頭を下げた。
「承知いたしました」
◇
午前十一時十分。
「……何の用だ」
アレクシスは、エリザベートを睨んだ。
「あなた!」
「……何だ」
「私、あなたを処刑するわ!」
沈黙。
アレクシスは、しばらく少女を見つめていた。
そして、鼻で笑った。
「……馬鹿馬鹿しい」
「何ですって?」
「お前にそんな権限があるわけないだろう」
「あるわよ!」
「……」
「先生が言ってたもの!」
アレクシスは、静かに息を吐いた。
「……処刑には、正当な理由が必要だ」
「そうなの?」
「当然だ」
少女は少し考えた。
「じゃあ、私が嫌いだから!」
「……それは理由にならん」
「どうして!」
「王国法で認められていないからだ!」
エリザベートは頬を膨らませた。
「つまらない法律ね!」
◇
正午。
アルヴェイン公爵邸。
「お嬢様が、処刑をご所望でございます」
セバスチャンが告げた。
「承知いたしました」
グレゴールが答える。
「対象は?」
「アレクシス・フォン・ヴァレンシュタイン侯爵令息」
「なるほど」
「ただし、法的手続きに問題がございます」
「では、どういたしましょう」
セバスチャンは少し考えた。
「お嬢様に、ご確認いたしましょう」
◇
午後一時。
学院食堂。
「お嬢様」
セバスチャンが一礼した。
「何?」
「処刑について、ご確認がございます」
「そう!」
少女は嬉しそうに笑った。
「もう準備できたの?」
「現在、調整中でございます」
「ふうん」
「お嬢様は、アレクシス様を本当に処刑なさりたいのでしょうか」
「ええ!」
「承知いたしました」
「でも、先生が法律で駄目だって言ってたわ!」
「左様でございます」
「どうにかならないの?」
「方法はございます」
「まあ!」
エリザベートは目を輝かせた。
「じゃあ、お願い!」
「かしこまりました」
◇
午後二時。
王宮。
「処刑だと!?」
国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。
「はい、陛下」
宰相が答える。
「アルヴェイン家より、正式な申請が届いております」
「誰をだ!」
「ヴァレンシュタイン侯爵家の嫡男、アレクシス様です」
「理由は!?」
「エリザベート嬢が、お嫌いだからとのことです」
沈黙。
国王は、ゆっくりと椅子に座った。
「……却下だ」
「承知いたしました」
「当然だろう!」
「はい」
「嫌いだから処刑など、認められるわけがない!」
「おっしゃるとおりです」
国王は深く息を吐いた。
「……まったく」
そのとき。
宰相が、もう一枚の書類を差し出した。
「……ただし、陛下」
「何だ」
「アルヴェイン家より、追加の申請がございます」
「……何?」
「王国法の改正案です」
国王は、静かに目を閉じた。
◇
午後三時。
王立魔法学院。
「……おい」
アレクシスは、レオンを呼び止めた。
「はい」
「……あの女、本気なのか」
「はい」
「……」
「お嬢様は、処刑をご所望です」
アレクシスは、しばらく黙っていた。
「……お前は、どう思う」
「……」
レオンは少し考えた。
そして、静かに答えた。
「……お嬢様のご命令でございますので」
「……」
「従います」
アレクシスは、静かに息を吐いた。
「……お前も、あの女も、狂っている」
レオンは、穏やかに微笑んだ。
「そのようにお考えいただいても構いません」
◇
午後四時。
王宮。
「認められるか!!」
国王の怒声が響いた。
「はい、陛下」
宰相が答える。
「王国法の改正は、正式に却下されました」
「当然だ!」
「ただし」
「……何だ」
「アルヴェイン家より、別の提案がございます」
国王は、ゆっくりと宰相を見た。
「……今度は何だ」
「アレクシス様を、アルヴェイン公爵領へ招待するとのことです」
「……それがどうした」
「公爵領内での司法権を用いるためです」
沈黙。
国王は、しばらく黙っていた。
そして。
「……あの家を、誰か止めろ」
小さく呟いた。
◇
午後五時。
アルヴェイン公爵邸。
「お嬢様」
セバスチャンが一礼した。
「何?」
「処刑の準備について、ご報告がございます」
「まあ!」
少女は目を輝かせた。
「できたの?」
「はい」
「素敵!」
「ただし、一点確認がございます」
「何?」
「アレクシス様を処刑する場合、今後二度とお会いすることはできません」
「……そうなの?」
「はい」
エリザベートは少し考えた。
「……じゃあ、つまらないわね」
「左様でございますか」
「だって、嫌いな人がいなくなったら、嫌いって言えないじゃない!」
「なるほど」
「じゃあ、やめるわ!」
「かしこまりました」
少女は満足そうに頷いた。
「ふふっ!」
「それでは、処刑の準備を中止いたします」
「そうして!」
◇
午後六時。
王宮。
「中止だと!?」
国王アルベルト三世は、玉座から立ち上がった。
「はい、陛下」
宰相が答える。
「エリザベート嬢が、処刑を取りやめられました」
「……理由は?」
「嫌いな人がいなくなると、嫌いと言えなくなるためだそうです」
沈黙。
国王は、しばらく黙っていた。
そして、静かに椅子へ座った。
「……もう、何も分からん」
◇
その夜。
王立魔法学院。
アレクシスは、寮の窓から夜空を見上げていた。
五つの流れ星。
いつまでも消えない、不思議な光。
「……」
彼は、静かに目を閉じた。
今日、自分は処刑されかけた。
理由は、ただ一つ。
エリザベートに嫌われているから。
「……馬鹿馬鹿しい」
小さく呟く。
しかし。
彼は、ふと思った。
もし、彼女が本当に処刑を命じたら。
あの使用人たちは、迷わず従うのだろうか。
「……」
その答えを、彼はすでに知っている気がした。
◇
同じ夜。
アルヴェイン公爵邸。
レオンは、セバスチャンの前に立っていた。
「本日は、ご苦労様でした」
「恐れ入ります」
「処刑については、中止となりました」
「承知しております」
「レオン殿」
「はい」
「もし、お嬢様が本当に処刑をお命じになった場合」
「……」
「あなたは、どうなさいますか」
レオンは、静かに答えた。
「……従います」
セバスチャンは微笑んだ。
「結構です」
そして、静かに付け加えた。
「そのお言葉、忘れませんように」
◇
その夜。
エリザベートは、寝台の上で本を読んでいた。
題名は、『悪役令嬢の華麗なる処刑劇』。
「ふふっ」
少女は嬉しそうに笑った。
「やっぱり、悪役令嬢って素敵ね!」
窓の外には、五つの流れ星が輝いていた。
彼女は知らない。
自分の一言で、王国法の改正案が提出されたことを。
自分の一言で、一人の少年が死を覚悟したことを。
そして。
彼女は知らない。
その少年が、いずれ自分の運命に深く関わることを。
ただ一つ、確かなことがある。
彼女の願いを叶えるために、世界でも最も優秀な人々が動き始めているということ。
今日も悪役令嬢は、愛されている。
第十五話 終




