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第十四話 悪役令嬢は謝らない

悪役令嬢は愛されている


第十四話 悪役令嬢は謝らない


「あなた、昨日の人ね!」


王立魔法学院の廊下に、少女の声が響いた。


アレクシス・フォン・ヴァレンシュタインは、足を止めた。


目の前に立っていたのは、エリザベート・フォン・アルヴェイン。


金色の髪。


青い瞳。


そして、今日も当然のように、校則で禁止されている宝石の髪飾りをつけている。


「……何の用だ」


「昨日、私を助けに来たでしょう?」


「……ああ」


「どうして?」


アレクシスは眉をひそめた。


「……貴族として当然のことをしただけだ」


「ふうん」


エリザベートは少し考えた。


そして、満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、あなたも私の使用人になりなさい!」


「断る」


即答だった。


少女の笑顔が消えた。


「……何ですって?」


「俺はヴァレンシュタイン侯爵家の嫡男だ。誰かの使用人になるつもりはない」


「でも、私を助けたじゃない!」


「それとこれとは別だ」


「生意気ね!」


エリザベートは頬を膨らませた。


「レオン!」


「はい、お嬢様」


背後に控えていた青年が、一歩前に出た。


「この人、私の言うことを聞かないわ!」


「左様でございますか」


「どうにかしなさい!」


「どのようにいたしましょう」


「そうね……」


少女は少し考えた。


そして、指を差した。


「謝らせなさい!」


レオンは、静かに頭を下げた。


「かしこまりました」


◇


午前九時。


王立魔法学院、中庭。


「……おい」


アレクシスは、目の前の青年を睨んだ。


「本気か?」


「はい」


レオンは穏やかに答えた。


「お嬢様に謝罪していただきます」


「……何を謝れと言うんだ」


「お嬢様のご命令をお断りになったことについてです」


「断る権利くらいあるだろう!」


「もちろんございます」


「……は?」


「ですが、お嬢様は謝罪をご所望です」


「……」


アレクシスは、しばらくレオンを見つめた。


「……お前、頭がおかしいのか?」


「そのようにお考えいただいても構いません」


「……」


「謝罪していただけますか」


「断る」


レオンは静かに頷いた。


「承知いたしました」


そして、一歩前に出た。


「では、失礼いたします」


◇


午前九時十分。


中庭には、大勢の生徒が集まっていた。


「何だ、あれ」


「またアレクシス様とレオンが戦うらしい」


「昨日も負けたんじゃなかったか?」


「今度は謝罪を賭けているらしいぞ」


ざわめきが広がる。


アレクシスは剣を抜いた。


「……昨日のようにはいかんぞ」


「承知しております」


レオンは、静かに立っていた。


「……武器は?」


「必要ございません」


「……舐めるな!」


アレクシスが地面を蹴った。


炎をまとった剣が、レオンへ迫る。


しかし。


次の瞬間。


アレクシスの身体が、宙に浮いた。


「……!?」


足元から、透明な鎖が伸びている。


手首。


足首。


腰。


すべてが拘束されていた。


「……何だ、これは!」


「拘束魔法でございます」


レオンが答えた。


「……こんな魔法、見たことがない!」


「恐れ入ります」


「……解け!」


「謝罪していただけますか」


「断る!」


レオンは静かに頷いた。


「承知いたしました」


鎖が、少しだけ締まった。


「……ぐっ!」


アレクシスは歯を食いしばった。


「……卑怯者が!」


「申し訳ございません」


「……!」


「ですが、お嬢様のご命令でございますので」


◇


午前九時二十分。


「もう!」


エリザベートが、退屈そうに声を上げた。


「まだ謝らないの?」


「はい、お嬢様」


レオンが答える。


「頑固ね!」


「左様でございます」


少女は、宙に浮いたアレクシスを見上げた。


「ねえ、あなた!」


「……何だ!」


「謝りなさい!」


「……断る!」


「どうして!」


「俺は、何も悪いことをしていない!」


沈黙。


エリザベートは、しばらくアレクシスを見つめていた。


そして。


「……そうなの?」


「……ああ!」


少女は首を傾げた。


「じゃあ、何で謝らないといけないのかしら?」


レオンが答えた。


「お嬢様が、ご命令なさったためです」


「そうだったわね!」


エリザベートは満足そうに頷いた。


「じゃあ、やっぱり謝りなさい!」


「……!」


アレクシスは、心の底から思った。


この女とは、会話が成立しない。


◇


午前十時。


学院長室。


「……また、問題が起きたのですか」


元学院長オスカーは、机に向かっていた。


現在は、アルヴェイン公爵家の専属教育顧問。


ただし、学院に残って事務仕事をしている。


「はい」


報告に来た教師が答えた。


「エリザベート様が、アレクシス様に謝罪を要求されております」


「……理由は?」


「使用人になるよう命じられ、断られたためです」


「……」


オスカーは、静かに目を閉じた。


「……それは、謝る必要があるのでしょうか」


「……分かりません」


「……」


「ですが、レオンが拘束魔法を使用しております」


「……」


オスカーは、ゆっくりと立ち上がった。


「……行きましょう」


◇


午前十時十分。


中庭。


「エリザベート様」


オスカーが声をかけた。


「まあ!」


少女は振り返った。


「校長先生!」


「……現在は、教育顧問でございます」


「そうだったわね!」


「……少々、お話をよろしいでしょうか」


「いいわよ!」


オスカーは、宙に浮いたアレクシスを見上げた。


「……まず、彼を降ろしていただけますか」


「どうして?」


「……話し合いのためです」


「ふうん」


少女は少し考えた。


「レオン!」


「はい」


「降ろしなさい!」


「かしこまりました」


鎖が消えた。


アレクシスは、地面に着地した。


「……くそ」


オスカーは、静かに息を吐いた。


「ありがとうございます」


「ふふっ!」


エリザベートは嬉しそうに笑った。


「それで、何のお話?」


◇


午前十時十五分。


「……エリザベート様」


オスカーは、慎重に言葉を選んだ。


「人には、それぞれの意思がございます」


「そうね!」


「……ですから、命令を断ることもあります」


「そうなの?」


「はい」


少女は少し考えた。


「じゃあ、私の命令を断ってもいいの?」


「……場合によっては」


「ふうん」


エリザベートは、アレクシスを見た。


「あなた、私の使用人になりたくないの?」


「……ああ」


「どうして?」


「……俺には、俺の人生がある」


「人生?」


「……そうだ」


少女は首を傾げた。


「私の使用人になったら、人生がなくなるの?」


「……そういう意味じゃない!」


「じゃあ、どういう意味?」


「……」


アレクシスは、言葉に詰まった。


エリザベートは、しばらく彼を見つめていた。


そして、満面の笑みを浮かべた。


「まあ、いいわ!」


「……何?」


「あなた、つまらないもの!」


「……」


「もういらないわ!」


少女は、くるりと背を向けた。


「レオン!」


「はい」


「行くわよ!」


「かしこまりました」


◇


午前十一時。


学院の廊下。


「ねえ、レオン」


「はい、お嬢様」


「あなたは、私の使用人で楽しい?」


「はい」


「本当に?」


「はい」


少女は嬉しそうに笑った。


「ふふっ!」


「恐悦至極に存じます」


「じゃあ、ずっと私の使用人でいなさい!」


「……」


レオンは、ほんの一瞬だけ黙った。


そして。


「かしこまりました」


静かに頭を下げた。


◇


正午。


学院食堂。


「ねえ、マリアンヌ!」


エリザベートは、食堂の料理を見て歓声を上げた。


「今日は違うご飯なのね!」


「はい、お嬢様」


新学院長マリアンヌが微笑んだ。


「本日は、牛肉の赤ワイン煮込みでございます」


「まあ!」


少女は嬉しそうに笑った。


「美味しそう!」


「お気に召しましたか」


「ええ!」


エリザベートは一口食べた。


そして、満足そうに頷いた。


「美味しいわ!」


「光栄でございます」


そのとき。


食堂の入口から、アレクシスが入ってきた。


少女は、彼を見つけた。


「あら!」


アレクシスは足を止めた。


「……何だ」


「あなた、さっきの人ね!」


「……そうだ」


「ふうん」


エリザベートは少し考えた。


そして、満面の笑みを浮かべた。


「一緒に食べる?」


沈黙。


アレクシスは、少女を見つめた。


「……は?」


「お昼ご飯!」


「……」


「一緒に食べましょう!」


アレクシスは、しばらく黙っていた。


そして。


「……断る」


「まあ!」


エリザベートは頬を膨らませた。


「また断った!」


「……」


「本当に生意気ね!」


アレクシスは、静かに息を吐いた。


「……俺は、お前が嫌いだ」


沈黙。


食堂が静まり返った。


エリザベートは、しばらく彼を見つめていた。


そして。


「そう!」


満面の笑み。


「私もあなたが嫌いよ!」


「……」


「ふふっ!」


少女は満足そうに食事を再開した。


◇


午後二時。


学院の図書室。


アレクシスは、一人で本を読んでいた。


そのとき。


「……隣、よろしいですか」


声がした。


レオンだった。


「……何の用だ」


「少々、お話を」


「……」


アレクシスは、本を閉じた。


「……謝罪ならしないぞ」


「承知しております」


「……」


「本日は、申し訳ございませんでした」


アレクシスは、眉をひそめた。


「……何?」


「拘束魔法を使用したことについてです」


「……」


「お嬢様のご命令とはいえ、ご不快な思いをさせました」


アレクシスは、しばらくレオンを見つめた。


「……お前」


「はい」


「自分が間違っていると思っているのか」


「……」


レオンは少し考えた。


そして、静かに答えた。


「……いいえ」


「……」


「同じ状況であれば、同じことをいたします」


「……」


「ですが、ご不快な思いをさせたことは事実でございます」


アレクシスは、静かに息を吐いた。


「……お前も、相当おかしいな」


「恐れ入ります」


◇


午後四時。


アルヴェイン公爵邸。


「ねえ、セバス!」


エリザベートは、紅茶を飲みながら尋ねた。


「はい、お嬢様」


「私、今日ね、嫌いな人ができたの!」


「左様でございますか」


「ええ!」


少女は嬉しそうに笑った。


「アレクシスっていうの!」


「存じております」


「そう!」


「はい」


「ねえ、セバス」


「何でしょう」


「嫌いな人って、どうすればいいの?」


セバスチャンは、少し考えた。


「お嬢様は、どのようになさりたいのでしょうか」


「そうねえ……」


少女は紅茶を一口飲んだ。


「……別に、何もしたくないわ!」


「かしこまりました」


「だって、嫌いなんだもの!」


「左様でございますね」


「ふふっ!」


エリザベートは満足そうに笑った。


◇


午後六時。


王立魔法学院。


アレクシスは、夕暮れの訓練場に立っていた。


その手には、一本の剣。


「……」


彼は、静かに剣を振った。


一度。


二度。


三度。


何度振っても、昨日の光景が頭から離れない。


レオンの圧倒的な魔法。


そして。


エリザベートの笑顔。


「……嫌いだ」


アレクシスは、小さく呟いた。


「……あんな女」


しかし。


なぜだろう。


彼女のことを考えると、腹が立つ。


それなのに。


どうしても、忘れられなかった。


◇


その夜。


アルヴェイン公爵邸。


レオンは、庭園を歩いていた。


黒竜ポチが、静かに眠っている。


その背後には、屋敷の灯り。


そして、最上階には、エリザベートの寝室。


「……」


彼は、静かに空を見上げた。


五つの流れ星。


そのうち、一つが。


また、わずかに動いた。


「……」


レオンは、しばらくその光を見つめていた。


そして、静かに呟いた。


「……時間が、ない」


その言葉は、夜風に消えた。


今日も悪役令嬢は、愛されている。


第十四話 終

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