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第十話 悪役令嬢、登校する

悪役令嬢は愛されている


第十話 悪役令嬢、登校する


王国歴三百二十七年、十二月二十六日。


王立魔法学院の校長、オスカー・ベルンハルトは、人生で三度ほど死を覚悟したことがある。


一度目は、若き日に古代竜と遭遇したとき。


二度目は、王国の魔術師団長として戦争に参加したとき。


そして三度目が、今朝であった。


「……もう一度、お願いできますかな」


校長室。


目の前に立つ老執事は、穏やかに微笑んでいた。


「本日より、エリザベートお嬢様が貴学院に通われます」


「……本日?」


「はい」


「入学試験は?」


「必要であれば、お受けになります」


「学籍の手続きは?」


「すでに完了しております」


「……誰が許可を?」


「王国教育省でございます」


オスカーは机の上の書類を見た。


確かに、王国教育省の正式な印章が押されている。


しかも、日付は昨日。


「……ずいぶん早い仕事ですな」


「お嬢様が学校をご所望でしたので」


「なるほど」


オスカーは頷いた。


そして、静かに尋ねた。


「……お断りすることは?」


「もちろん可能でございます」


「そうですか!」


「その場合、お嬢様にその旨をお伝えいたします」


「……」


「ご自身の言葉でお断りになられますか?」


オスカーは書類に署名した。


◇


午前八時。


アルヴェイン公爵邸。


「学校って、何をするところなの?」


エリザベートは鏡の前で尋ねた。


「学問を修める場所でございます」


マリアンヌが答える。


「学問?」


「魔法、歴史、数学、文学などを学びます」


「ふうん」


少女は制服の袖をつまんだ。


「この服、可愛いわね!」


「お嬢様のために仕立て直しました」


「気に入ったわ!」


「光栄でございます」


「でも、勉強は嫌いよ」


「承知しております」


「難しいことを言われたら帰るわ!」


「かしこまりました」


「あと、お昼ご飯は美味しいの?」


「学院の食堂がございます」


「美味しい?」


「確認済みでございます」


「そう」


少女は少し考えた。


「じゃあ、行ってあげてもいいわ!」


「恐悦至極に存じます」


◇


午前九時。


王立魔法学院。


校門前には、学院の教師たちが整列していた。


その中央に、校長オスカーが立っている。


「……皆さん」


校長は小声で告げた。


「くれぐれも失礼のないように」


教師たちは頷いた。


「ただし、ここは教育機関です」


「はい」


「生徒は平等に扱わねばなりません」


「はい」


「特別扱いは、教育の理念に反します」


「おっしゃるとおりです」


そのとき。


校門の向こうから、一人の少女が歩いてきた。


金色の髪。


青い瞳。


純白の制服。


その後ろには、老執事と一人の青年。


「まあ!」


エリザベートは校舎を見上げた。


「大きいのね!」


「ようこそ、王立魔法学院へ」


オスカーは深々と頭を下げた。


「私が校長のオスカー・ベルンハルトです」


「そう!」


少女は嬉しそうに笑った。


「あなたが先生なのね!」


「はい」


「じゃあ、私を案内しなさい!」


「……かしこまりました」


教育の理念は、登校から三十秒で試練を迎えた。


◇


午前九時三十分。


一年A組。


教室には、三十人の生徒が座っていた。


「本日より、新しい生徒が加わります」


担任教師が告げた。


「エリザベート・フォン・アルヴェインさんです」


教室が静まり返った。


少女は教壇の前に立った。


「エリザベートよ!」


満面の笑み。


「よろしくね!」


誰も返事をしなかった。


「……あら?」


エリザベートは首を傾げた。


「聞こえなかったのかしら?」


その瞬間。


「よろしくお願いいたします!」


三十人の声が、一斉に響いた。


「まあ!」


少女は嬉しそうに笑った。


「元気なのね!」


教室の後方。


レオンは、静かにその光景を眺めていた。


◇


午前十時。


第一時限、魔法基礎。


「では、本日は魔力制御の実習を行います」


教師が告げた。


「皆さん、机の上の水晶に魔力を流してください」


生徒たちは、それぞれ水晶に手をかざした。


青。


赤。


緑。


さまざまな光が、水晶の中に灯る。


「まあ!」


エリザベートは目を輝かせた。


「綺麗!」


「では、エリザベートさんも」


教師が声をかけた。


「嫌よ」


「……はい?」


「私、魔法なんて使えないもの」


教室が静まり返った。


教師は困ったように微笑んだ。


「大丈夫ですよ。誰でも最初は」


「使えないって言ってるでしょう?」


「……」


「代わりに、レオン!」


「はい」


教室の後方から、青年が立ち上がった。


「これ、光らせなさい!」


「かしこまりました」


レオンは水晶に手をかざした。


次の瞬間。


水晶が、七色に輝いた。


教室中から歓声が上がる。


「すごい!」


「七属性同時発現!?」


「そんなことが可能なのか!?」


教師は呆然としていた。


エリザベートは満足そうに頷いた。


「ふふっ!」


そして、教師に向き直った。


「どう? 綺麗でしょう?」


「……は、はい」


「私のレオンは優秀なのよ!」


「恐れ入ります」


レオンは静かに頭を下げた。


◇


午前十一時。


第二時限、王国史。


「では、問題です」


教師が黒板に文字を書いた。


『王国建国の年を答えなさい』


生徒たちが一斉に手を挙げる。


エリザベートは、退屈そうに窓の外を眺めていた。


「エリザベートさん」


「何?」


「分かりますか?」


「知らないわ」


「……そうですか」


「でも」


少女は首を傾げた。


「王国って、そんなに昔からあるの?」


「はい。三百年以上の歴史があります」


「ふうん」


エリザベートは少し考えた。


「じゃあ、私より年上なのね!」


「……そうですね」


「すごいわ!」


少女は満足そうに頷いた。


そして、隣の生徒に尋ねた。


「ねえ、あなた!」


「……は、はい!」


「三百歳の人って、見たことある?」


「……ありません」


「そう」


エリザベートは少し残念そうにした。


「つまらないわね」


◇


正午。


学院食堂。


「まあ!」


エリザベートは、食堂に並ぶ料理を見て歓声を上げた。


「美味しそう!」


「本日の献立は、鶏肉の煮込みと野菜のスープです」


食堂の職員が説明した。


「そう!」


少女は席に着いた。


料理が運ばれてくる。


一口。


二口。


そして。


「……美味しくないわ」


食堂が静まり返った。


料理長の顔が青ざめた。


「……も、申し訳ございません」


「味が薄いのよ!」


「……はい」


「それに、お肉が硬いわ!」


「……はい」


エリザベートは頬を膨らませた。


「レオン!」


「はい」


「美味しくしなさい!」


「かしこまりました」


レオンは皿に手をかざした。


淡い光が料理を包む。


香りが変わった。


少女はもう一度、一口食べた。


「まあ!」


満面の笑み。


「美味しい!」


「恐悦至極に存じます」


「ふふっ!」


エリザベートは嬉しそうに食事を続けた。


その様子を見ていた料理長が、恐る恐る尋ねた。


「……あの」


「何でしょう」


レオンが振り返る。


「……その魔法、教えていただけませんか?」


レオンは少し考えた。


「……構いません」


料理長は、深々と頭を下げた。


◇


午後一時。


第三時限、実戦魔法。


学院の訓練場には、生徒たちが整列していた。


「本日は、模擬戦を行います」


教師が告げた。


「二人一組で、魔法による対戦をしていただきます」


エリザベートは、退屈そうに空を見上げていた。


「ねえ、先生」


「はい」


「戦うの?」


「はい」


「痛いの?」


「安全結界がございますので、大丈夫です」


「そう」


少女は少し考えた。


「じゃあ、私もやるわ!」


教師は安堵した。


「では、対戦相手を」


「レオン!」


「はい」


「私の代わりに戦いなさい!」


「かしこまりました」


教師は、静かに目を閉じた。


◇


午後一時三十分。


訓練場。


レオンの前に、一人の少年が立っていた。


銀色の髪。


鋭い瞳。


王国でも有数の名門貴族、ヴァレンシュタイン侯爵家の嫡男。


アレクシス・フォン・ヴァレンシュタイン。


「……お前が、アルヴェイン家の使用人か」


「はい」


レオンは静かに頭を下げた。


「レオンと申します」


「ふん」


アレクシスは鼻で笑った。


「平民の分際で、七属性を扱うとはな」


「恐れ入ります」


「だが、実戦ではどうかな」


「よろしくお願いいたします」


アレクシスは剣を抜いた。


その刃に、炎が宿る。


「行くぞ!」


次の瞬間。


巨大な炎が、レオンを包み込んだ。


生徒たちが悲鳴を上げる。


しかし。


炎が消えたとき。


レオンは、無傷で立っていた。


「……何?」


アレクシスが呟いた。


「……どういうことだ」


「申し訳ございません」


レオンは静かに頭を下げた。


「もう一度、お願いいたします」


アレクシスの顔が歪んだ。


「……ふざけるな!」


再び、炎が放たれる。


今度は、先ほどの数倍。


しかし。


レオンは、動かなかった。


炎は、彼の身体に触れる直前で消滅した。


「……馬鹿な」


アレクシスは呆然としていた。


そのとき。


「つまらないわ!」


エリザベートの声が響いた。


「レオン!」


「はい」


「早く終わらせなさい!」


「かしこまりました」


レオンが、一歩前に出た。


そして。


指を鳴らした。


アレクシスの剣が、粉々に砕け散った。


沈黙。


「……勝者、レオン」


教師が告げた。


エリザベートは満足そうに頷いた。


「ふふっ!」


「やっぱり、私のレオンは優秀ね!」


◇


午後三時。


学院長室。


「……本日の授業についてですが」


校長オスカーは、静かに尋ねた。


「はい」


セバスチャンが答える。


「お嬢様は、大変お喜びでいらっしゃいます」


「……そうですか」


「はい」


「……ただ、一点だけ」


「何でしょう」


「使用人が授業を受けるのは、学院の規則に反します」


「なるほど」


セバスチャンは頷いた。


「では、レオン殿も入学させましょう」


「……はい?」


「彼は十七歳でございます」


「……」


「年齢上の問題はございません」


「……」


「学力についても、本日の授業で証明されたかと」


オスカーは、静かに目を閉じた。


「……分かりました」


「ありがとうございます」


「……ですが」


「はい」


「一つだけ、お願いがございます」


「何でしょう」


「……学院を、壊さないでください」


セバスチャンは微笑んだ。


「お嬢様がご所望でなければ」


◇


午後五時。


アルヴェイン公爵邸。


「楽しかったわ!」


エリザベートは、満面の笑みを浮かべた。


「学校って、面白いのね!」


「お気に召しましたか」


セバスチャンが尋ねた。


「ええ!」


「恐悦至極に存じます」


「でも、勉強は嫌いよ」


「承知しております」


「明日は、もっと楽しいことがしたいわ!」


「かしこまりました」


「そうねえ……」


少女は少し考えた。


そして、手を叩いた。


「そうだわ!」


「はい」


「明日は、学校で一番偉い人になりたい!」


「かしこまりました」


◇


午後七時。


地下第三会議室。


「では、明日の予定についてですが」


セバスチャンが口を開いた。


「お嬢様は、学院で最も偉い方になりたいとおっしゃいました」


「なるほど」


マリアンヌが頷いた。


「では、学院長に?」


「その可能性はございます」


「承知いたしました」


エルマーが手を挙げた。


「ですが、一点確認がございます」


「何でしょう」


「お嬢様は、勉強がお嫌いでございます」


「はい」


「学院長となれば、さまざまな職務が発生いたします」


「なるほど」


「では、職務は我々が代行いたしましょう」


「結構です」


会議は終了した。


◇


その夜。


王立魔法学院。


校長オスカーは、机の上に置かれた一通の書簡を見つめていた。


差出人は、アルヴェイン公爵家。


封を切る。


そこには、丁寧な文字でこう記されていた。


『明日より、お嬢様が学院で最も偉い方となることをご希望です』


オスカーは、しばらく黙っていた。


そして、静かに呟いた。


「……私は、いつまで校長でいられるのだろうか」


窓の外には、五つの流れ星が輝いていた。


今日も悪役令嬢は、愛されている。


第十話 終

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